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第4話 記憶の糸

一部名称に誤りが有りましたので、修正致しました。

『クリム村』⇒『クムリ村』


 「奇跡にも程があるね、おにーさん。っていうか、笑える。」


 そう言うとマリスは屈託の無い笑顔でお腹を押えて笑った。


 「もーまたマリスったら!ごめんなさい。お話しを聞く限りでは、恐らく西明寺・・・大地さんは突然何者かに転移魔法で飛ばされた様ですね。何か心当たりはありますか?」


 「いえ、全く。そもそも転移魔法ってなんです?あ、それと西明寺でも、大地でも呼びやすい方でいいですよ。」


 だいたい察しは付く。

 転移魔法とは、漫画やアニメなんかで良く有る瞬間移動系の魔法だろう。

 とはいえこの世界ならあり得るとしても、少なくとも俺がいた世界では当たり前だが魔法なんて存在しない。

 量子テレポートなんて技術がささやかれてもいたが、結局の所は人や物体をテレポートさせる事なんて実現には至ってはいない。


 「そのままの説明ですが転移魔法と言うのは離れた場所に移動する魔法で、本来は術者自身が移動する魔法なので、術者以外を転移させる場合は直接術者に触れる必要が有ります。」


 「それはつまり手を繋いだり、という事ですか?」


 「ええ、そうなりますね。服を掴んだりとかでも大丈夫ですがその場合、術者の半径約1メートル以内である必要があります。」


 転移魔法については察した通りだが、この森に来た時は俺は一人だった。

 こっちに飛ばされる前、会社にいた時も確実に1人・・・いや、違う。

 確かに俺1人だったはずだが、確か、確かに誰かいた。

 はっきりと顔を見た訳でも無いので誰かは分からないが、人らしき『影』の様な物を視界に捉えていた気がする。

 影と言っても光に照らされて地面に映った影では無く、明らかに人の形をした黒い影が立っていた。


 「「あの!!」」


 と、その事を伝えようとした所でマリリも何か言おうとしたらしく、声が重なる。


 「あ、すみません、どうぞお先に」


 俺はマリリに譲り彼女の言葉に集中した。


 「えっとでは、そんなに大した方法では無いのですが、大地さんにそっと近づき術者から大地さんに触れ魔法を発動、この森に転移した後に術者のみ転移魔法でその場から去る。という方法なら可能かと思います。」


 「あー、なるほど。でも、そっと近づいても流石に詠唱する時にバレない?」


 うなずきつつマリスが答える。


 「認識阻害の魔法があるでしょ、あれを使えば術者の技量にもよるけど詠唱の声を消すことも可能よ。」


 ポンッと両手を叩き、感心した様にマリスが拍手をする。


 「そうか、じゃぁあの影は・・・」


 腕を組みその時の事を考えながら呟き、記憶の糸を手繰るがどうも記憶に靄がかかっている様にハッキリと思い出せない。

 確か現場の業務が終わった後、俺は溜まった管理業務をこなすべく現場事務所の中でパソコンに齧りついていた。

 その時は上司も部下も既に退社した後、俺1人だけが残業で報告書や稟議書をせっせと片していたのだった。

 所謂、中小企業の中間管理職はツライよ、というヤツだ。

 はっきりと覚えてはいないが残業を開始して大方3時間は経過していた頃合いに、コーヒーでも淹れて一息付こうかと考えていた様な気がする。


 気が付くと俺はその場で床に倒れていた。


 どう倒れたのかはわからないが、肘やら脇腹を打ったのか痛かったのを覚えている。

 起き上がる時に入口の扉の前に人影が見えた。

 その人影に視線を移すとその影はふっと消えたかと思うと直ぐさま背後に気配を感じ、その異様な気配に思わず声を上げ振り返った瞬間、気が付いたらこの森に居た。


 「あ、あの、大丈夫ですか?何か心当たりでも・・・?」


 「はい、ちょっと今思い出してまして。実は。」


余りにも考え込む俺を心配してか、マリリが不安げに俺の顔を覗き込んでいた。

 俺は思い出した事を、身ぶり手ぶりを交えながらマリリとマリスに説明をした。

 勿論、パソコンだの中間管理職だの、恐らく通じないであろう言葉は適当に省略したり他の言葉に置き換えたりしてだ。

 ただ説明しながら有る事に気が付いた。


 普通に言葉が通じている。


 別に俺は英語などの多国語が話せるバイリンガルなんて能力は無く、普通に日本語で普段の言葉で話しているだけだ。

 話の中で使う単語にはなるべく気を付けてはいるが。

 ひょっとするとこの二人は日本人なのか?

 いや、最初に二人から聞いたザトー領やらクムリ村やら、少なくとも日本名という感じでは無かった。

 今ここで其れを考えても恐らく答えは出ないだろうし、取り敢えず言葉が通じているだけ良しとするべきか。

 一通りの説明を終えると、少し考える様に間をおいてマリリが口を開いた。


 「大地様のお話を聞く限りですが、恐らくはその『影』なる人物が術者で間違い無いと思います。何か心辺りはございますか?その・・・言いにくいのですが、誰かに恨みをかっているなど。」


 「いえ、全く思いつきません。」


 30年以上生きていれば恨み妬みの1つや2つ位は、気が付かない所でかってはいるかも知れない。

 だが、流石に魔法とか全く身に覚えが無い。

 

 「あ、そういえばその影なのですが、手に何か棒のような長い物を持っていた様にも思います。後はそうですね、頭の当たりに何か大きなものがぶら下がっていた様な・・・一瞬だったので、見間違いかもしれませんが。」


 「えっ!?はっきりと人の形に見えたって事ですか!?」

 

 「ほえ~、おにーさん魔法耐性の能力の持ち主かにゃ?珍しいね。」


 マリリとマリスが少し驚きの表情を浮かべた。

 

 「えーっと、そのまぁどうなのかは分かりませんが確かに人の形に見えましたが、その認識阻害でしたっけ?は、本来どんな風に見えるのですか?余り経験が無い物で。」


 とにかく今はこの世界の事を少しでも知る事が先決だなと考え質問をした時、俺の質問を遮る様にマリリが自分の口元に人差し指を立て、俺の右後方に視線を移した。


 これは恐らく静かにと言う意味だろう・・・こういうのは万国共通だなと納得をしつつ指示の通りに口を噤んだ。

 マリスもマリリと同じく俺の右後方へ注意を向けながら、左腰に携えた弓を手に持ち替え矢をセットしていた。

 魔法なんてものが当たり前に存在するであろう世界なら余り工業技術的な進歩は無いものだろうと勝手に想像をしていたのだが、マリスが所持している弓のそれはまるでアーチェリーの競技で使用される物に似た形状をしており、ハンドルの上下には輝くクリスタルの様な装飾が施されている。

 上側に赤色、下側に緑色のそれは、マリリの持っている杖に施されたクリスタルと似た輝きをしている。

 俗にいう魔法石とか言う代物なのだろうか。


 「お姉ちゃん、どうする?仕掛ける?」


 「いえ、こちらには気が付いていない様ね。様子を見つつこのまま去るのを待ちましょう」


 マリスとマリリが視線はそのままに、小声で確認を行う。

 どうやら何かが俺の右後方の方角に近づいているらしい。

 赤褐色のゴブリンに襲われた時のことが脳裏を過り、嫌が追うにも鼓動が速くなる。

 この娘たち2人がどれ程の強さなのかは知らないが2人きりでモンスターの巣食う森の中に来ているのだ、きっとそれなりに強いハズ。

 だから大丈夫だ。

 自分自身に頭の中でそう言い聞かせるも、やはり多少なりとも動揺はしてしまう。

 

 「大丈夫ですよ。大地さんが目覚める前から、私たちの周囲に認識阻害の魔法を施していますから。」


 表情に出ていたのか、俺の動揺を読み取ったマリリが優しく微笑みかけてくれた。

 その笑顔の可愛さの余り、背後方向にモンスターがいるにも関わらず胸の奥がきゅっと反応してしまう。

 少女マンガじゃねーんだよ、しっかりしろ俺!

 自分自身にそう言い聞かせ静かに一つ深呼吸をし気持ちを整える。

 マリリとマリスの視線の方向へ、ゆっくりと向き直り軽く身構え警戒を取るが俺自身これといって格闘技が出来る訳じゃ無ければ、剣のような武器がある訳でも無い。

 ましてや魔法が使える訳も無く、襲ってこられたら逃げるか避けるか位だ。

 それが出来ればの話だが。

 そう、赤褐色のゴブリンに勝てたのだって、偶然に偶然が重なった末の勝利だったのだ。

 偶然や奇跡も実力の内、なんて自己啓発の本にでも出てきそうな言葉も有るが油断は禁物である。

 男としては情けないかもしれないが、ここはマリリやマリスの足手まといにならない様にだけ努めねばならない。

 しかし俺はいくら目を凝らしても、どうにもゴブリンらしき姿を捉える事が出来ない。

 マリリに目で問い掛ける様に視線を移すと、意図をくみ取ってくれたマリリが小声で答える。


 「まだ距離が有るので余程視力が良くない限り、肉眼では見えないと思います。」


 「そうそう、私たちは魔法力で離れた場所のモンスターを察知してるんだよ。武道の達人なんて呼ばれる人達だと、魔法力とは別の気配で察知出来る人も居るよ。」


 成る程、この場の3人の中で俺だけがゴブリンの姿を捉える事が出来ない訳だ。

 この状況どう考えても不利にも程があるな。

 そう考えていた時だった、マリリとマリスはふうっっと息を付き身構えるのを辞めると互いに顔を合わせ頷き合った。


 「今のうちにここから離れましょう。」


 「行くよ、おにーさん!」


  右も左もわからない、ましてやモンスター達がうろつく見知らぬ森の中に一人留まる理由も無いので、俺は二人に従い付いていく事にした。


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