第2話 殺すという決意
昨晩アップした続き、2話です。
『まだか・・・まだなのか・・・』
確実に死ぬ、今まさに殺されると悟ってからの1秒1秒が無限にも感じる。
どれ程の時間が流れたであろうか。
1分なのか3分なのか、はたまた10分は経過したのであろうか。
まだ意識は有る。
痛みは・・・感じる。
だが、落下直後と対して変わらない。
「あ、れ?」
俺は不思議に思いゆっくりと目を開いた。
先程まで登っていたそびえ立つ巨木と周りの木々、そして木々の間から差し込む陽の光が視界に飛び込んできた。
ふと体の下に違和感を感じた俺は、右手に握ったままの木の枝を支えにゆっくりと上半身を起こし、その違和感の正体を捉える事が出来た。
仰向けになり倒れた赤褐色ゴブリンだった。
赤褐色ゴブリンの右目には、俺が先程まで握っていた腕の太さ程の木の枝が深々と刺さっており、それが頭部を貫通してその下の地面に突き刺さっていた。
「うわぁぁぁ!」
俺は驚き情けない声を上げながら赤褐色ゴブリンから飛び退き、地面に落ちている赤褐色ゴブリンのハンマーに脚を引っ掛け尻もちを付いた。
だが赤褐色ゴブリンは微動だにせず、右目に木が突き刺さったままもう片方の目と口を大きく開いていた。
どうやら赤褐色ゴブリンの上に落下し、その際に手に握っていた木が見事に赤褐色ゴブリンの頭部から右目にヒットし、偶然にも倒したのだった。
ようやく状況が飲み込めた俺は、一つ大きく安堵のため息を付き気持ちを落ち着かせた。
「さて、どうしたものか。ってか、何処なんだよ此処。」
5分ほどその場で体を休ませた俺は、周りの様子を伺いながらゆっくりと立ち上がり辺りを見回した。
だが見渡す限りの木々等の覆い茂る植物、見たことも無い様な種類もある。
耳を澄ましてみるが遠くに響く鳥であろう鳴き声と、木々の葉が揺れ擦れ合う音しか聞こえて来ない。
「まぁ取り敢えずコイツみたいなのは近くには居ないみたいだな。」
俺は誰にでも無く一人呟くと、目の前で絶命している赤褐色ゴブリンに目線を落とした。
足元に落ちている赤褐色ゴブリンのハンマーを手に取りまじまじと見てみたが、荒く削り出した様な石の塊に硬い木を弦のようなもので縛り付けただけのそれは3キロ程の重さが有り、片手で持つには少し重い位だ。
「もしこっちを食らっていたら、骨が折れていたな」
俺は呟きながらそのゴブリンのハンマーを手にとり、マジマジと眺めため息を付いた。
「何処かに隠れる場所は、休める所は・・・」
せめて軽く見を隠せる様な穴蔵や岩陰が無いかと辺りを見渡すが、視界に入る範囲ではどうもそれっぽい所は見当たらないのでこの場から離れる事にした。
横たわる赤褐色ゴブリンに背を向けた時、『グギィィィ』と微かに苦しむような唸り声が聞こえ咄嗟に飛び退き振り返ると、先程まで微動だにせず息絶えていたと思っていた赤褐色ゴブリンが僅かに手足を動かし苦しそうにしていた。
どうやらまだ生きていたらしい。
だが、とても起き上がる程の力は残っていないのが見て取れた。
そのままこの場から逃げようかとも思ったが、万が一コイツの唸り声につられて仲間が集まりでもしたら次も奇跡的に難を逃れる事が出来るなんて保証は何処にもない。
拾ったゴブリンのハンマーを握る右手に力が入る。
『どうする・・・今ならトドメをさす事が出来るんじゃないか?殺人・・・には成らないよな、どう贔屓目に見てもコイツは人には見えない。それどころか明らかに怪物だ。それにコイツは確実に俺を狩ろうと、殺そうとしていた。』
俺は思いっきりハンマーを振りかぶると、一気に赤褐色ゴブリン目掛けて振り下ろした。
正直言うとまだ戸惑いはあった。
そのせいで振り下ろす瞬間少し躊躇し力が弱まってしまったが、虫の息のゴブリンにトドメを指せるには十分だった。
『ゴキュッ!!』というなんとも気持ち悪い音と共に、感じたことのない感触がハンマーを通して手に伝わる。
ハンマーの無骨に尖った先端がゴブリンの額に命中し、潰れるようにめり込んだ。
只でさえ気味の悪い形相が潰れる事で、余計に拍車がかかり、その恐ろしさに思わず俺はハンマーから手を離し2歩3歩と後ろに下がった。
「やった・・・やっちまった・・・」
モンスターとはいえ人に似た形の生物を殺すのは、なんとも例えがたい嫌な気持ちに苛まれる。
気がつけば手が震えていた。
俺は震えを押さえ込むように両方の拳を握ると、とにかく心拍を整えようと数回大きく深呼吸をし改めて息絶えたソイツに目を移した。
すると息絶えた赤褐色ゴブリンが突然青い炎に包まれ5秒もしない内に『ジュッ!』と短く音を立て、炎と共に消滅すると同時に炎の先端辺りから紫色に輝く何かが出現し地面に落ちた。
俺は恐る恐るその何かを震える手に取ってみた。
大きさは3センチ程度、ティアドロップの様な形で濃い紫色のクリスタルの様な物だった。
「これはひょっとして、俗にゲームで言うところの敵を倒した時に入る金銭か、それに変わるアイテム的なものなのか?」
何度か深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせてから、俺は取り敢えずこの紫色のクリスタルをしまおうとポケットに手を突っ込み思い出す。
「あ、スマホ...」
ジーパンの後ろのポケットに突っ込んであるスマホを取り出し、俺は淡い期待をしつつ画面を確認したが画面の左上にははっきりと圏外の表示が出ていた。
「ですよねー。」
予想はしていたものの、予想通りの展開にため息混じりに声が漏れる。
とは言え、あの高さから落下して画面が割れてないと言うの流石、頑丈さを売りにしているだけの事はある商品だと今更納得した。
電波の届かない所でも使えるオフラインナビのアプリをインストールしていたので、期待半分あきらめ半分に起動してみるが、GPS機能はONになっているもGPS衛星は補足出来ていない様だった。
その他カメラ等のアプリは起動するが、通信を必要とするアプリはやはり圏外表示の通りで、通話も出来ない状態だ。
「圏外は仕方ないとして、今時どこの国の何処に居たってGPSの捕捉はでき・・・」
と、そこまで声に出して俺は唾を飲み込んだ。
『何処にいても・・・』
冷や汗が一筋、頬を伝う。
俺は左手に持ったままのハンマーに視線を移した。
嫌な予感しかしない。
有りえないし、考えたくもない。
『ここは地球じゃないとか?いや異世界か・・・まさか漫画やアニメじゃあるまいし、ストレートに夢か。』
背筋が凍るような、全身に電気が走るような、色んな不快感が不安感が体中を駆け巡る。
そんなハズは無いと自分自身に言い聞かせるが、左手に握るハンマーの感覚が、目の前で絶命したあの赤褐色ゴブリンの姿がその思いを否定する。
認めざるを得ない、今自分の身に起きているこれは現実だ。
俺はどうしようも無い虚無感と脱力感に成すすべもなく、その場に倒れるようにへたり込む。
漫画やアニメならここで自分の頬でも抓って夢かと疑うところだが、まだ掌や背中に残る痛みがこれは現実だと俺自身に知らしめる。
10分、15分いや、30分位だろうか、俺はへたり込んだまま絶望に似た感情に打ちひしがれていた。
再びスマホを確認するがやはり圏外の表示は変わっておらず、画面の左上に表示された『緊急通報のみ』という表示に淡い期待を覚えつつ、一か八か電話を掛けては見るが110番や119番の緊急通報も含めコールすらかからない。
だからといってこのまま此処にへたり込んでいても、また赤褐色ゴブリンの様なモンスターが襲ってくるかも分からない。
そう思った俺はとにかく立ち上がることにした。
本日中に3話目アップの予定です。