第3章 6話 二人だけの静かな時間
「ちょうど今、準備が整いましたよ。」
俺とマリスが1階のリビングダイニングのドアを開けると、テーブルに配膳を完了させたマリリがエプロンを外し畳んでいた。
「おおっ!ビーフシチュー!美味しそう!」
「僕もお腹すいたー!」
さっきまでは余り空腹感を感じていなかったが、シチューの香りを感じた途端に急に食欲が湧いてきた。
5日間も眠っていたのだから、普通に考えればお腹が空いていて当然である。
マリスから聞いた話だが、回復魔法の一種というか派生みたいなもので、生命維持に必要な最低限の栄養を補う魔法をマリリが毎日施してくれていたらしい。
そのお蔭で俺は5日間もの間、何も飲まず食わずでも普通に耐え、目覚めた今もこうして普通にしていられるらしい。
またその魔法の副作用として個人差は有るものの、ごく僅かながら空腹感を紛らわせる効果も有るとの事だ。
「くうーっ!美味い! 骨身に浸みわたるなぁ!」
5日間ぶりに味わうマリリの手料理に舌鼓を打ちつつ、1杯目を一気に平らげ早速おかわりを頂く。
「煮込んで2日目なので、味もちょうど良くなじんでる頃合いみたいですね。
まだまだたくさん有るので、おかわりして下さいね。」
なんやかんやで俺は5杯ものおかわりをし、食事を終えた後はソファーで寛がせて貰っている。
片付けをしようとしたのだが、マリリとマリスに休んでおくようにと強く止められ2人の言葉に甘えさせて貰う事となった。
命を救って貰ったばかりか、ここまでして貰って本当に申し訳なく、マリリとマリスのは感謝の極みだ。
「・・・・、あれ?
俺、ひょっとして寝てた?」
「あ、大地さん起きました?」
「大地、ソファーでもぐっすりだったね。
ちょっと心配したー。」
どうやら2人がキッチンで片づけをしている後ろ姿を見ている内に寝てしまっていたらしい。
片づけを終えた2人はそっと俺にブランケットを被せてくれて、先にお風呂を済ませていた様だ。
湯上りで寝間着を来ている2人が、妙に色っぽく見えドキッとする。
しかも2人とも下はショートパンツの様な寝間着の為、その白く眩しいふとももが露わとなっている。
俺の分身もドキッとしよううとしていたが、そこは得意技の『素数カウント』を発動し、取りあえず抑え込むことに成功した。
このまま居ては再び俺の分身が元気になってしまう危険が非常に高いと判断した俺は、取り敢えず風呂を頂くことにした。
心配だからとマリリとマリスが脱衣所までついて来てくれようとしていたが、もう大丈夫だからとお礼を言いつつ丁重にお断りした。
でなければ、俺の分身が大丈夫では無くなってしまうのは時間の問題だろう。
「くーっ、風呂はやはり日本人の宝だな。」
手早く体を洗った俺は湯船に浸かり、おっさんの様に唸り声をあげる。
実際におっさんか。
今日はもう夜も遅いし、マリリとマリスの言う様に無理をせず休むとして、明日から色々と忙しくなるな。
事情聴取といえば大げさな表現だけど、ギルド協会からのちょっとした聞き取り的なものも有るみたいだとマリリとマリスが言っていた。
俺が目覚めた事は、まだマリリとマリスしか知らないので明日、みんなの所へ回りお礼を兼ねた挨拶に行かねばならない。
そしてなにより、セリーだ。
今回の件、ある意味、俺よりも一番の被害者とも言える。
魔族に体を乗っ取られると言う余りにも予想外な出来事の張本人だ。
命に別状も無く、また何らかの後遺症や外傷なども一切なく生還できたのは不幸中の幸いと言えよう。
俺が眠っている間にギルド協会本部から調査員が派遣されて来ていたらしく、その時の聞き取りにマリリとマリスも交代で同席したそうなのだ。
交代でというのは、俺の事を心配しマリリかマリスのどちらかは、ずっと側に着いていてくれていた為らしい。
その時の話では、相手が相手なだけにセリーが処分を受けるような事は今回は無いそうだが、やはり多少なりとも厳しい言葉の一つ二つは有ったそうだ。
改めて第三者からの言葉が有る事で、只でさえ責任を感じているセリーは余計に自責の念が増してしまい、落ち込むを通り越し塞ぎこんでしまっているそうだ。
もちろん同じギルドでの同僚や冒険者達、村長や警備隊の者達はみんなセリーをフォローしていたそうだが、そう簡単に考えが切替えられる物では無い。
後でマリリがギルド協会本部からの調査員と話したそうだが、調査員自身も本気でセリーを責めようと言う気はないが、どうしても立場上それなりの事を言わなくてはならず、心苦しいと言いていたとの事だ。。
会社員だったから、ギルド調査員のそこら辺の気持ちは良く分かる。
俺としては、無事をいち早くセリーに知らせ、少しでもセリーの心の荷を減らしてやりたい所だ。
とはいえ物事には色々と順番もあるだろうし、そこら辺は後でマリリとマリスに相談し指南を仰ぐ事にしよう。
風呂から上がりリビングに戻ると、マリリがソファーに座って待っていてくれた。
「大地さん、体調は大丈夫ですか?」
心配そうな顔で俺を見つめるマリリ。
「ああ、お蔭様でこの通り大丈夫だよ。
マリリの手料理も5日ぶりに食べれたし、大満足だよ。」
「ふふ、それは良かったです。」
「あれ?そういえば、マリスは?」
「マリスなら少し前に先に寝室に行きましたよ。
大地さんが無事目覚めた事の安心感と、朝から色々と動いて貰っていたので疲れが一気に来たみたいです。」
「そっか、マリスにも随分と負担かけてしまったな。
本当にありがとう。2人には感謝しても感謝しきれないよ。」
「何言ってるんですか。
私達にとって、大地さんが居てくれる事がとても大きな心の支えになっているのですから。」
「そっか。 ・・・ん?」
マリリが立ったままの俺を見上げながら、ソファーを右手でポスポスと軽く平手打ちする。
どうやら座れと言う事の様だ。
「あ、はい、失礼します。」
言いながらマリリの横に座り、互いに目が合う。
なんだか照れくさい。
どうやらマリリも同じらしく、ちょっと照れ笑いをしている。
するとマリリが俺の左腕に寄りかかる。
「良かった、本当に。」
「うん。ありがとう。」
多くの言葉は要らない。
互いの手が触れ合う。
触れあった瞬間、まるで男女として意識し合う中学生の様に一瞬手をビクッと除けるが、直ぐに俺とマリリは互いに強く手を握り合う。
俺とマリリ、二人だけの静かな時間。
俺が握り合う手に、少しの力を入れる。
するとそれに応える様にマリリもぎゅっと俺の手を握り返す。
何度か交互にそれを繰り返す。
マリリが俺を見つめる。
俺もマリリを見つめる。
マリリがそっと瞳を閉じる。
互いに握り合った手に少し力が入り、マリリが僅かに震えているのを感じる。
俺はもう片方の手でマリリの肩を優しくそっと抱き寄せ、俺も目を閉じる。
俺とマリリ、二人の影が重なる。
「トイレ―!!」
その瞬間、リビングのドアが勢い良く開き、寝ぼけ眼のマリスがあくびをしながらリビングに入ってきた。
「大地お風呂あがったんだねー。
2人で何かしてたのー?」
再び大きなあくびをしながら、マリスがてくてく歩く。
間一髪。
リビングのドアが開く際の空気圧の変化を肌で感じ取った俺とマリリは、光の速さでソファーの端と端に移動していた。
どうやら、マリスには気づかれ無かった様だ。
「ああ、い、いま調度、明日の行動予定について話ししてたんだよ。」
「そ、そうそう、明日は朝から忙しくなりそうですからね。」
「そっかー、僕はトイレしたら寝るから、よろしくねー。」
そう言いながらトイレを済ませ、何事も無かった様に2階へ戻るマリス。
俺とマリリは耳を澄ませマリスが自室のドアを閉める音を確認すると、2人ほっと胸を撫で下ろす。
お互い顔を合わせ、笑みがこぼれる。
5日ぶりに目が覚めた俺の夜は、まだ少し長くなりそうだ。
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