宇宙人の女の子が家についてきた。
--初夏--
道を歩いていると、かわいい女の子がいた。
この文だけでは今の時代だと不審極まりなく感じるが、第一印象を素直に述べただけだ。やましい思いは無い。
年齢は小学校低学年と言ったところか、真っ白なワンピースにサンダルを履いている。
顔を見る限り……日本人ではない。
シミとかほくろが一切ない真っ白な肌
人形めいた整った顔
大きな瞳の色は紫
背中まで伸びた透き通るような白髪には緩いウェーブがかかっている
そして頭のてっぺんから生えた触覚。
長さは十センチ、太さは直径1センチ程度。先端にはピンポン玉より一回り小さい黄色の球体が付いている。よく見るとピョコピョコと動いている。
作り物には見えない質感だ。
やはり日本人ではないな、と俺は確信した。
女の子はキョロキョロと何かを探すように周りを見ている。
じっと見つめていると、ふと、目が逢った。こっちにトコトコと駆け足で寄ってくる。
「いろーな!」
これまた愛らしい笑顔で話しかけてきた。喋ってるのは日本語ではなさそうだ。
「で、その子はコウイチがお菓子で釣って誘拐したってわけ?」
「勝手についてきたんだよ」
俺と向かい合ったソファに座った友達のモっくんが訝しげな眼を向けてくる。俺は自分の無実について釈明した。
今の時代、小さな子供を親に無断で連れ込んだとなると通報ものだ。その点はハッキリさせないといけない。
あの時俺はコンビニの帰りだった。
女の子は俺に挨拶(?)をした後、俺のコンビニ袋の中に入っていたチョコ菓子のブラッドサンダーを執拗に要求してきた(言葉が通じなくても分かるくらい執拗に)。
袋買いしてきたので、少しくらいならいいかと思って袋を開封して一つあげた。
彼女は一口でそれを食べ終え、次を要求してきた。そして五つ目をあげた時点でキリがないと思い、無視して帰ろうとしたのだが彼女は家までついてきてしまった。
そして俺の「一緒にコンビニ行こうぜ」と言う誘いを断り、俺の家で待機してたモっくんに誤解されたというわけだ。
「しっかし…頭に触覚がついているなんてね……宇宙人じゃないの?」
「いや~、研究所で悪の組織に作られた合成怪人かもしれんぞ」
「怪人と言うには可愛すぎるんじゃないかな」
モっくんが苦笑いをする。
ちなみにモっくんと言うのは俺が高校時代に付けたあだ名だ。彼はイケメンなのでこのだっさいあだ名とのギャップが激しい。彼は改名を求めているが、今でも親しい友人内ではこのあだ名で呼ばれている。
それはさておき、俺とモっくんは俺の隣にいる女の子に目を向けた。
彼女はブラッドサンダーを食べながらテレビを見ていた。
彼女は知らない大人にホイホイついてきて、今は横長ソファで知らない大人と並んで座っている。性犯罪者はびこる現代の都会にいるというのに無警戒すぎだ。
女の子は俺たちに見られていることも気に留めず。ブラッドサンダーとオレンジジュースを食しつつもテレビに集中していている。
見たい番組でもあるのだろうか。次々とリモコンのボタンを押してチャンネルを切り替えている。
少しの間、様子を見ているとチャンネルを切り替えてる手がピタッと止まった。
「おー! ×××××!!」
興奮した様子で日本語じゃない言葉を話しながらテレビに指をさしている。探していたものが見つかったのか。
目を向けるとテレビ画面には緊急速報と書かれていた。
「どうやら合成怪人ではなかったようだね」
ドヤ顔でモっくんは自分が正しかったことを主張した。
画面には生中継で空港が映し出されてる。画面右上のタイトルは 「宇宙人とのファーストコンタクト!?」だった。
空港の滑走路の上にジャンボジェット機くらいの大きさの円盤状のUFOらしき物体がある。
周りには黒服を着た人間や、ライフルを持った警察らしき人間がずらっと並んでいた。ライフルを持った人間は円板を警戒するというより、円板を護衛するように並んでいる。
映像はキープアウトテープで遮られた手前側で他の報道陣らしき人々に混ざりながら撮られている。
宇宙人がどうだこうだと話しているテレビのレポーターは興奮しつつも笑顔で、緊迫感とかそういうものは感じられない。
円盤状の物体の一部がぱかっと開き、中から女の子と同様に頭から触覚を生やしたスーツ姿の宇宙人?たちが降りてきた。
テープの手前側のレポーター達から どっと歓声が沸き、宇宙人たちは手を振ってそれにこたえた。
とりあえず敵対してる様子は無いので安心する。
「××××!××××!」
女の子は画面を見ながら早口で何かを言っていた。知り合いがあの中にいるのかもしれないな。
「しかしテレビに映ってる様子だと、宇宙人の存在が公表されてから一時間もたってなさそうだよ。それなのに何故この子は道をうろついていたんだろう?」
モっくんがもっともな疑問を口にする。
「そうだなー・・・・・・事故にあったとかそんな感じじゃないのか?」
「うーん・・・」
いろんな想像をしてみるが、面倒ごとに巻き込まれる未来しか見えなかった。
女の子の方は足をバタバタさせながらテレビをじっと見ている。
言葉が通じれば事情を聴けるんだがな。
そう考えていると当然玄関の方からガチャガチャと音が聞こえてきてた
「ん?何の音だ」
突然ドアが折られるような勢いで開き、同時にリビングと中庭をつなぐガラスドアが粉砕され黒づくめの人が十人くらい入ってきた。
彼らは黒色の目出し帽を被り全身に黒色の服を着ており、腕にはサブマシンガンを抱えていた。
生で銃見るの初めてなんすけど。
「うわあ!な、なんだ!?」
俺が言い終えるより早く黒づくめたちは俺たちのもとに駆け寄ってくる。
「ちょっとあんたら誰dギャピッ!!」
「ぐえっ!!」
俺とモっくんは瞬きしてる間に柔道というかCQC的な技で床にたたきつけられた。動けないように背中をガシッと踏みつけられる。
「1階クリア!」「2階クリア!」
黒づくめたちは映画やゲームで聞いたようなセリフを叫んでいる。
特殊部隊がテロリストのアジトを襲撃する時のアレだ。
女の子の方を見ると驚いた様子で体をすくませ目を白黒させていた。
黒づくめたちは俺たちを床に叩き伏せてからすぐに女の子をさっと取り囲んだ。
「ターゲット確保!」
一人が家の外まで聞こえるような大きな声で叫んだ。
「あんたら・・・誰です・・・か・・・」「動くな!床に伏せていろ!」
叩きつけられてうまく息のできない肺から必死に声を絞り出したが一蹴された。
俺を押さえつける足により力が籠められる。
黒づくめの一人が通信機を取り出して連絡を取り始めた。他の奴らは床に這いつくばっている俺やモっくんに銃を向けているか、女の子を守るように囲っているかだった。
どうしようもないので踏みつけられながら床に這いつくばってボーっとしていると玄関の方から黒づくめとは別の人間が数人入ってきた。
「ローナは無事なのか!」
「屋内の安全は確保しました。VIPに外傷はありません」
焦った様子で部屋に入ってきた初老の男は頭に触覚が生えている。宇宙人だ。
後ろからスーツ姿の人間が3人ほど続いて入ってくる。
宇宙人の男は黒づくめに囲まれている女の子を見つけると、そばに駆け寄って行った。
「おお!ローナ!××××!」「××××」
宇宙人の男は女の子と話し始めた。そうか、女の子はローナと言うのか。
少し頭が落ち着いてきて状況が読めてくる。
おそらくあの宇宙人はローナの仲間だ。そしてローナは行方不明になっていたのだ。黒づくめたちは公的機関の人間で宇宙人の男とともに彼女を探していたのだろう。そして俺の家の中にいるローナを発見して救助するために突入してきた。
つまり俺とモっくんは宇宙人の幼女を拉致監禁した犯罪者だ。最悪すぎる。
残された望みは宇宙人の男と話してる女の子だけだ。
たのむ!連れ去られたんじゃなくて勝手についてきたんだと言ってくれ!
「××××!」
「おお!そうだったのか!」
宇宙人の男はスーツ姿の人間たちに向きかえった。
「彼らは誘拐犯ではない。彼女は家にかくまってもらっただけだと言っている。
彼らを解放してくれ」
どうやら事実を話してくれたようだ。助かった。
スーツ姿が黒づくめに指示を出し、俺たちの背中から足がどけられる。俺を踏みつけていた奴が俺の手を引いて起こしてくれた。
「飛んだ失礼を申し訳ございません。お怪我はございませんか?」
初老の宇宙人が紳士的な言葉づかいで俺たちに確認してきた。
「は、はい。大丈夫です」
「あ、俺も平気です」
叩きつけられて数分は経ったし、押さえつける足には息ができないほどの力は込められていなかったので呼吸は落ち着いている。
「それはなによりです」
宇宙人は普通の日本人のそれと変わりない流暢な言葉で話している。
相手を気遣うような柔らかい語調で、話しやすい人だな、と思った。
宇宙人は自己紹介を始めた。
「私はモルモル人のオルト・ジエンダーと申します。オルトが名でジエンダーが姓です。あ、モルモルと言うのは母星の名前で国名ではありません」
「俺は田中コウイチって言います」
「僕は島崎アキラ(愛称:モっくん)です。オルト…さんでよろしいでしょうか?」
「はい、私の母星では初対面の相手でも名で呼ぶのが一般的です。」
モルモル星か、なかなか面白い名前だ。母星の名前と母国の名前が別だというところに妙なリアリティを感じる。
「では…まずは何から話しましょうか……」
モルモル人のオルトさんは状況を説明したいようだが何を話せばいいのか思いつかないらしい。
まあ、ローナは宇宙人の存在が初公開された時点で空港から遠く離れたこの家の近所をうろついていたのだ。そう単純な事情でもなさそうだから仕方ない。
あと黒づくめやスーツの人たちは地球人に見えるが、どこの組織の人間なのかも気になる。
「そうですね…お宅に突入して失礼を働いたことの謝罪や、ローナを保護していただいたお礼もしたいので私たちにご同行を願えないでしょうか」
「えー…それは……」
明らかに国際レベル(と言うか宇宙レベル?)の問題なので政治家級の偉い人とも会わないといけないんじゃないだろうか。そう思うとためらってしまう。
「ここまで来て断れるわけないじゃん。行くしかないよ」
モっくんが正論を言う。嫌だと言っていい雰囲気じゃない。
オルトさんの後ろのスーツ姿の人たちも「断れると思ってんのか?」って感じの視線を向けてくるし。
「は、はい。わかりました」
「では、外に車を止めてありますのでまずはそこに行きましょう」
オルトさんが玄関の方に歩き出そうとする。面倒ごとに巻き込まれたなー・・・と思っていたらローナがオルトさんの服の裾を引っ張って引き留めた。
オルトさんと話していている間にすっかりローナがここにいることを忘れていたな。
ローナが振り向いたオルトさんに話しかける。
「×××××!」
「ん? ああそうだ。すっかり忘れていた」
そう言うとオルトさんがローナに小さな髪留めのようなものを渡した。
受け取ったローナは髪留めを適当に前髪に取りつける。
するとローナはこっちの方に歩いてきた。俺の目の前で立ち止まり、下から見上げてくる。
「ねえ! お兄ちゃん! ブラッドサンダーはもうないの?」
「え? 20個入りのを袋買いしたはずだけどもう食べてしまったのか・・・
って、いやいや! 今日本語喋ったのか!?」
今の髪留めは翻訳機だったのか。モっくんも驚いた様子で目を丸くしている。
「へえ・・・すごいテクノロジーですね」
「私たちはなるべく現地の言葉を覚えるようにしているのですが何分言語の種類が多いものでして、
私も日本語は話せないので今は翻訳機に頼っています。」
そういうオルトさんの髪の毛にも同じように小さな髪留めが付いていた。
感心しているとローナが俺の服の裾を引っ張ってくる。
「ねえ、もうブラッドサンダー無いの?」
「ロー・・・君が食べたので全部だよ」
名前で呼ぶか一瞬迷ったが、本人からの自己紹介がまだだったのでやめておいた。
「コウイチさん、彼女のことはローナと呼んでかまいません。 ローナ、こちらの方は田中コウイチさんと島崎アキラさんとおっしゃるのですよ」
オルトさんが俺の考えを察してくれたようだ。ついでに俺たちの紹介もしてくれる。
「わかった。お兄ちゃんはコウって言うんだね。 そっちのお兄ちゃんは・・・」
「こいつのあだ名はモっくんだ。ローナもそう呼んでくれ」
「え、ちょ」
「うん! わかった。モックだね!」
「モック!?」
無慈悲にもローナは俺の教えたあだ名でモっくんの呼び方を決定してしまった。しかも少し変形しているのが笑える。
モっくんが恨めしそうな目でこっちを見てくるが無視した。
ローナはその様子を見て楽しそうに笑いながら言った。
「わたしは、ローナ・ジエンダーって言うんだ。よろしくね!」
「あ、ああ。よろしく」
これからどうなってしまうのか不安だったけど、ローナのいたずらっぽい笑顔見ると元気が出てきた。
まあ、なるようになるか。
「じゃ、 ブッラドサンダー買いに行こっか!」
「いや、それはおかしい」
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何故ローナが一人で町中をうろついていたのか後で聞いた。
まず、今日宇宙人の存在が公開されるより3年前から極秘に交流は行われていたらしい。彼らは銀河のはるか彼方から旅をしている途中に地球を発見して、異星人との文化交流のためにやってきそうだ。
ローナは宇宙人の外交使節団のエンジニアで、驚くことに10歳でありながら空港に留まっていた巨大円板の設計図を完璧に把握している才女らしい。そしてとんでもないお転婆娘でもあるとオルトさんに言われた。
彼女は文化交流の一環で受け取っていた地球の食品を日常的に食べていたらしいのだが、その中でも特にチョコ菓子のブラッドサンダーがお気に召したそうだ。
ローナは薬物中毒患者のごとく船内にあったブラッドサンダーを食べつくした。
そしてブラッドサンダーの備蓄が尽きてブラッドサンダー禁断症状に陥った彼女は、勝手にあの巨大円板から移動用の小型宇宙船を拝借してブラッドサンダーを求め単身日本にやってきたらしい。
意味が分からない。
そんなローナだが、あの日からひと月経った今は文化交流だとかで俺の家にホームステイしている。
当初の予定では政府関係者の家が対象だったらしいが、なんでもローナ本人の希望で俺の家を選んだようだ。
俺はそんな重要な役割を担ってしまっていいのか乗り気ではなかったが、謝罪と礼として贈られた数々の品を前に気を良くした俺の両親が快諾してしまった。
具体的に述べると、リビングのテレビや台所の冷蔵庫がでかくて新しいものになった。先日破壊された玄関の扉はオートロック式に進化した。
ローナはあの日と同じように、リビングのソファに座ってブラッドサンダーを食べながらテレビを見ている。
部屋の隅には彼女が持ってきたブラッドサンダーの段ボール詰めが積み上げられている。
「コウ! オレンジジュース持ってきて!」
「それくらい自分でやれよ。仕方ないなあ、もう……」
両親に対してはまだ丁寧に振る舞っているのだが、俺に対する態度は出会ったあの日から厚かましいままだった。
「コウ、前にやったゲームの続き、進めようよ」
「俺のデータで勝手に攻略するの止めてくれよ……」
「えー、だって続き気になるもん」
何はともあれ今日も平和だった。