03.続き
アレン達12班の練習機が格納されているのは先程説明を受けていた1番格納庫から最も遠く離れた場所にあった。
「あっ、やっと来た!遅いよアンタ達!」
息を切らしながら格納庫に入った4人を迎えたのは、他の生徒達に指示を出していた1人の女子生徒であった。
作業用のオレンジのツナギを着ており、捲られた袖から見える腕は女子でありながらなかなか逞しい。
「もうそんなに汗かいてるの?もっとしゃんとしなさいな。」
「あのねぇレーナさん。アンタは日の当たらないところで整備してたから楽だろうけど、こちとら数十分この炎天下の中立ってたんだぜ?無茶言わないでくれよ。」
「格納庫の中だってサウナみたいに暑いわよ。それに、そんなモン男なんだから我慢しなさいな。」
レーナと呼ばれた整備士の女子生徒はニッキーの反論をピシャリと一喝した。
彼女は航空機整備士コース志願の五年生であり、アレン達12班の搭乗する機体の整備担当である第24班の班長であった。
外見だけで言えば、170cm代の小柄な体型、ショートカットの茶髪、くりんとした緑色の目など日常的に見かける年頃の女の子といったところだが、しかしその反面、喧嘩っ早い荒くれ者のニッキーですら屈するような男勝りな性格なのである。
ふと、そんな2人様子を見ていたモーガンがぼそりと呟く。
「僕もあんな風に振る舞えたらなぁ・・・」
「やめとけ、あんなゴリラみたいな奴参考にしても得る物なんか無いぞ。」
「アレン、アンタなんか言った?」
ギロリとレーナが睨む。
その目線から避けるように目を逸らしつつ、しかしアレンはあからさまな棒読みで返す。
「いやいやいや、ナニモイッテマセーン」
「全く、本当かしらね・・・。まあ良いわ。それよりアンタ達!早く乗りなさい!」
「了解」「へいへい・・・」「分かった」「りょ、了解!」
レーナからの指示に返事しつつ、アレンは目の前に鎮座する灰色の機体、T-4中等練習機のタラップを駆け上った。
「よっしゃ、俺もいくか!」
アレンに続いてその後部座席に、行動記録を担当するニッキーが座る。
アレン達の機体の後ろにあるもう一機のT-4には前部座席にモーガン、後部座席にはアッシュが乗り込んだ。
「よし、電源送ってくれ!」
「了解!」
レーナが機体の右脇に置いてある起動用電源装置のスイッチを入れると共に、コクピット内の様々な計器盤が一斉に点灯し始める。
それを見てからアレンはスターターを起動。
一瞬遅れてエンジンの回転するキュイイイインという音が聞こえ始める。
段々とその音が大きくなっていくのを聴きながら、
その間にアレンは油圧計、高度計、HUD等のチェックを進める。
と、ここでエンジンの回転率が30%を超えたのを確認したアレンはエンジンをアイドリング状態に設定し安定させる。
「・・・状態良好。異常なしっと。」
整備士達の見守る前で、二機の機体のF3-IHI-30ターボファンエンジンは力強く唸りを上げる。
コンソールを弾きキャノピーを閉めると、人一人分の肩幅が丁度収まるくらいの広さのコクピット内に、聞き慣れたエンジン音がこだました。
外部電源の入力、スターターの起動。
主にこの二つの手順だけでエンジンを回せるT-4はパイロットの育成に最適だとしてベルナスの全育成学校で使われている。
事実、アレン自身も、数ある練習機の中でこの機体が一番お気に入りであった。
≪エンジン出力、30%で安定。各計器異常なし。フラップチェックに入る。≫
≪OK、右からどうぞ!≫
レーナからの指示に従い、2人は右主翼、水平尾翼、垂直尾翼を振り返りつつスティックを動かす。
三枚のフラップは特に怪しい挙動も無く滑らかに動いた。
≪右フラップ問題なし。次は左をチェックして。≫
≪了解。≫
先程と同じように、今度は左の主翼と水平尾翼の動きを確認する。こちらも特に問題は無いようだ。
≪こっちも問題無し。腕は確かだな。≫
≪あったり前よ!あたしを誰だと思ってんの?適性試験一位通過のレーナ・ウィンディーよ!≫
そう言ってレーナは胸を張った。自分の仕事を完璧にこなせたのが余程嬉しかったらしく、その表情は自信に満ちている。
(成る程な。確かにあの性格は、弱気なモーガンが憧れる訳だ。)
半ば感心しつつ、アレンは前を向く。
斜めに降り注ぐ夕方の日光が、格納庫の扉とその周辺を明るく照らしている。
----それはまるで、アレン達の機体が動き出すのを歓迎しているかのように見えた。
≪じゃあ行ってくる。整備班の皆、ありがとう。≫
「頑張れ!応援してるからな!」
レーナとは別の整備士がキャノピー越しにアレン達に叫ぶ。それに呼応し、他の整備士達も口々に、
「華麗にターン、決めてこいよ!」
「間違っても壊すんじゃないぞ〜」
「班対抗演習負けんなよ!お前らが何位になるかでアイス賭けてるんだからな!」
思い思いの言葉を送る。
≪いやいや、勝手に賭けるなっての。≫
アッシュが苦笑しながら返答する。
それにつられてモーガンもふふっと笑う。
「こういうの良いよなぁ。出撃前の談話。」
と、会話を聞いていたニッキーがポツリと漏らす。
友達という存在を何よりも大切だと考える彼にとって、目の前の光景は当たり前ではあるがとても嬉しいものだった。
「あぁ。何となくだけど、分かる気がするよ。」
「おっ、久しぶりだねぇアレン君がデレてくれたの。この頃試験ばっかでいっつもしかめっ面だったから心配してたんだぜ?」
「うるせぇ茶化すな。もう行くぞ。」
「へいへい。もぉ〜全くツンデレなんだからぁ。」
「だからうるせぇよ、ったく・・・」
あっという間に平常通りのキャラに戻ったニッキーにいつもの様に返しながら、アレンはエンジンの回転率を上げ、機体を前進させた。
続く→