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バルザック 4

 夕日が沈んで街にもようやく静けさが訪れた頃。


 「よお、バル。どうしたんだ、今日は?」

 「いつものだよ」


 俺が何を注文するのか予め知っていたようで

ジンはすぐに親父の好きな酒の入った酒樽をどんとこちらに持ってきた。

どうも最初から準備は出来ていたらしい。


 まあ、いつも同じ酒しか頼まないものだからそれも無理はないか。

ジンと俺は長い付き合いだ。


 俺と年も二、三程しか離れてはなく、

俺が分からないことや知らないことを大抵は知っている。

また以前は職を転々としており、あまり居場所を掴むことが出来なかったが

今はこの酒場でようやく腰を落ち着けた。

 どうやらここでの仕事が上手くいっているらしい。

 

 「どっこいしょっと」


 運ばれてきた酒樽にどっと腰を下ろし、首をこきこきと鳴らしているとジンは濁った液体の入った大口のグラスを二つと小さなランプを持ってきた。それだけで暗い路地裏は小さな酒場に様変わりした。


 「ほら」

 「ああ、済まねえ……」


 それを利き手の左手で受け取って、一気に煽っていく。

 ちなみにだが、親父は俺がここで毎回酒を煽っているのは知っているため多少帰りが遅くなっても特に何も言ってこない。

 喉元を突き抜ける、強い刺激と舌を撫でる苦味を味わいながら半分まで飲みきってしまった。


 「く~~~~~」


 そんなおっさんみたいな声を上げるジンはまだ17だというのに最近妙に老けて見える。

 まあ同じ『紋なし』どうし互いに苦労してきらからこそ、年以上に気苦労が増えるものだ。

 

 「で、最近どうよ」

 「どうってなんだよ」


 不意の質問に、一瞬答えに窮するもこいつはいつもこんな感じで話を切り出すためにすぐに答えは用意できた。


 「いつも通りだよ。魔物たちを殺して、憲兵と喧嘩して、そして……」


 最近はそれに新たな話題が増えた。


 「そういえば、幼なじみが今はいるな……」 

 「幼なじみってのは、ここに来る前のか。女か?」

 「ああ」


 アイツは今、闘技場の俺の寝床で一緒に生活している。

 

 メリル自身、路銀を結構な額持っていたためあんな汚い所よりも

ちゃんとした宿にでも泊まればいいものを、俺の部屋を見た瞬間、

『掃除しなきゃ』と何かに駆られるように掃除を始めたのだ。

その間、居場所のなくなった俺はこうして雑用がてらジンに会いに来たのだ。


 一方のジンは腕を組んで空の方を見上げている。

これはジンの変な癖だ。少し頭を働かせたいときはいつもこんな仕草をする。

そして少したって再び口を開いた。


 「それってお前の許嫁とか?」

 「イイナズケ?」

 「まあ、一生を共にするような、そんな奴の事だよ」

 「どういう意味だ? メリルはただの幼馴染だぞ」


 たまにだが、ジンは意味の分からない事を言う。

 俺とメリルがなぜ一生を共にしなければいけないのか。


 そんな訝し気に小首を傾げる俺に、ジンも自分の言わんとしていること

が伝わっていないと察し、ため息をつく。


 「例えば、その女の子、えっと……」

 「メリルだよ」

 「そのメリルちゃんとお前は、因縁浅からぬ仲で、

お前の数少ないこの街以外の知り合いなんだろ?」


 それは間違いない。

 だからうんと頷いて見せる。


 「そして、そのメリルちゃんが今はお前の所に来ている。

そう言えばその子は今どこに滞在しているんだ?」


 その事情は少し面倒くさいから、簡単に説明すると、ジンは大層驚いた顔になった。


 「なに⁉ 今お前のあの豚箱みたいなところを掃除しているのか⁉ 

『紋なし』ってことを知った上で⁉ しかもお前の髪、なんかちょっと明るいと思ったら、

もしかしてそのことも……」

 「ん? ああ、これはちょっと色々あってな」


 そんなすごいことなのか? 

 この前、メリルは俺のこの髪についてもすんなり受け入れてくれた。


 紅い髪と言うのはここでは選ばれた者にだけなるような尊いもの、

しかし俺は忌み嫌われた『紋なし』なわけで、

そんな俺が紅い髪を持つのは剣士からすればそれは神への冒涜らしい。

 

 そんなわけで俺は色々な意味で疎まれた存在なのだ。

 だが、メリルは


 「綺麗な髪ですね」

 

 そう言って静かに俺の頭を撫でつけた。

この髪にそんな言葉をかけられたのはのは初めての事だった。


 それは単にメリルが世間を広く知らないだけかも知れない。

もしくは俺に取り入るための方便か。

ただあの井戸端でのメリルの言葉に、俺の心情が少しだけ動いたのは事実だ。


 「いや、お前、そのメリルちゃんって……いや、これは俺が言うべきではないか。なら質問を変えるがお前はメリルちゃんの事をどう思うんだ?」

 「どうって……」


 また急な質問だ。


 メリルは俺にとっても、ジンや闘技場の親父と同じ『味方』に分けられるような相手だ。それは俺にとってはかけがえのない存在なのだろう。


 「まあ、大切な奴だな」

 「おぉ⁉」


 色めくジンに俺はさらに続ける。


 「そりゃ、俺の事を出会い頭に殴ったりしないし、こそこそと俺の悪評を言うような相手でもない、そういう意味でメリルは俺の味方だぞ」

 「お、おう……」


 と一転してあからさまに、落胆するジン。何がダメだったのだろうか。


 「はあ、お前にはまだこういう話は早いか……」

 「だからどういう意味なんだよ!」


 まるで聞き分けのない子供を相手しているかのようなジンの態度に少しムッとする。


 「良いって、良いって、いつか自然に分かることだから」


 そう軽く笑って見せるジンを見ていると、

どうにも本気で問い詰めるのが馬鹿らしく思える。

いつもおかしなことを言うジンだが、今日は一段とおかしいような気がした。

俺の心中に妙なもやもやが生まれようとしたその時、静寂が破られる。


 「おい、貴様ら何をしているっ⁉」


 そんなささやかな一時に水を差すように、街道の先から声がこだまする。


 「ちっ、憲兵が来たか」


 舌打ちを聞きつけたかのように、バタバタとした足音が近づく。


 「おい、お前ら!」

 「はい、なんでしょうか?」


 まるで猫を被ったかのような、ジンのその声に憲兵たちもすぐに応じた。


 「ここで何をしている?」

 「見ての通り、夜空を肴に一杯……」


 グラスを突きだして、おどけてみせると憲兵たちは少し納得したようにうなずいた。


 「そうか……まあ、今晩は良い月が出ているからな」


 その視線の先には、丸く怪しく光り輝く満月が顔を出していた。


 「どうですか、憲兵さんもご一緒に」


 そう言って杯を差し向けると憲兵もまんざらでもない顔になる。

しかし、少しの迷いのあと、すぐに正気にもどった。


 「まあ、今晩はこの位にしておく事だな。最近どうも物騒だからな」

どうやらただの見回りらしい。

 見回りの憲兵は特に目くじらを立てることなく、

何とも穏やか顔で何度かやり取りを躱して


 「はいはい、それでは憲兵さん今晩もご苦労様です」


 ジンがそう言うと、憲兵は軽く手を振ってその場から去って行った。


 「すごいな、ジンは」


 それまで無言を貫いていた俺は遠ざかる後ろ姿をようやく口を開いた。


 「何がだ?」


 再びグラスを煽って、特に気もなさそうに答えるジンはいつもの口調に戻っている。


 「よくも、あんな簡単に憲兵と馴染めるよなって。

俺なんか、あいつ等とはしょっちゅう喧嘩してるぜ」

 「自慢げに言うことじゃないだろ。そもそもお前何歳だよ?」

 「えっと14かな……」


 かっーとジンは額を押さえて、説教でもするかのように述べつらう。


 「あのよお、お前もいい加減に大人なれよ。

なんつうかさ、誰に対しても俺みたいに振る舞っていればそりゃ角も立つだろうよ。

特に俺たちは『紋つき』でそれもお前は佩刀も許されていて、髪も赤い。

何もしなくても標的にされるだろ」

 「それは……まあ分かるけどよぉ、でも俺が何か悪いことをしているわけじゃねえだろ!」

 「いや、それはそうだがな……なんつーかな……ほら、世の中なんてなんでも都合の良いように回っているわけでもねえだろ。そりゃ、嫌なことだってあるだろうし、面倒なことだってあるしよぉ。だからもっと柔軟に生きてみろよ」

 「ジンの言う柔軟ってのは、さっきみたいに媚びを売ることなのか?」

 「ちょ、お前媚びって……あれは、どっちかいうと相応の対応を取っただけだろ。

ここの憲兵には誰だってあんなふうにしているぞ。

もし目でも付けられたら、色々と面倒だしな」


 確かにこの町の憲兵は、限定的に市民を取り締まることができるだけに市民もそれなりの対応だったような……


 「いいか、お前、一時はこの街で獣狩りしているのもいいかもしれないけどよ、かといって一生そうしているつもりでもないだろ」

 「……」

 「いつか街を出て、どこかで何かをしようっていうなら、

あれくらいの振舞は出来ておいた方が良いぞ。

そうした方が将来絶対損しないから」


 正直未来のことは分からない。

今の自分には色々な縛りもあるし今後も見通しもない。

 ゆくゆくは本気で剣を学ぶために街を出て剣の武者修行をするというのが、

何となくで描いている未来だ。

 

 とりあえずはこの窮屈な街からは出たい。

だが例え剣の腕があっても自分には最低限生きていくため

に必要な『血紋』がないだけに、それも難しい。

 もしかしたら、メリルを連れて『剣都ガウス』へと向かえば万が一は……とも思うが、あそこは俺の嫌いな『龍紋騎士団』もいる。

 

 「やっぱり、俺ここに居座ってもいいかもな……」


 ぼそっと呟く声にジンは何も言わない。


 「誰かいないのか? ほら、さっきの言っていたメリルちゃん以外でもいいからよ。

一緒に旅にでも出て外で楽しくやっていけそうな奴の一人や二人は」

 「ん~」


 俺と共に旅をするなら、やはり同じ境遇かもしくはそれはかき消せるような存在が良い。

 長い旅は、それだけで大変であったしある程度息の会う奴が好ましい。

 そうしなければどうにも俺の心地が悪くなるし、なによりも苦労も絶えない。


 だとすれば同じ『紋なし』だと都合もいいのだが……

 チラッとジンに目をやると、何を勘違いしたのかジンは得意げに自分の夢を語りだす。


 「なあ、俺はよ、『紋なし』だけど今の職場では、『商紋』がある奴にも仕事を教えている。

店主が結構出来た人でよぉ、まあ最初はそりゃ、いい顔はしなかったけど今は俺の仕事の出来をちゃんと見てくれる。

 そしてそれだけの評価をしてくれているんだ。ほらお前も知っているだろ?」


 「俺の前の職場では、俺が結果を出したら盗人扱いしやがって牢屋行きだぜ。

それに比べたら今なんて天国みたいなもんだぜ。それで少し分かったんだよな。

俺みたいになんの才能がない奴でもこうして地道に少しずつやっていけばそれなりにはなれんだってな。だから、今はこの店でしっかり商売のイロハでも学んでよ、将来は自分の店を持ちたいよなって、それで嫁さんでももらって家族が出来れば……なんてな」


 白い歯を全開にして見せるジンに俺は新ノ口を告げないでいる。

両親から捨てられるようにして家を出たジンにとって、家族というのは憧れの対象なのだろう。


 だからこそジンは凄いと思う。

 たとえ『紋なし』でも、しっかり今自分の出来る事をやってそしてはっきりとした将来の夢を持っている。

 俺なんかはたまたま師匠から教わった剣技があるから、なんとか食いつなぐことができているがそれすらなければ、ただの愛想の悪いクソガキだろう。

 将来の夢どころか、今の生活すらまともに送れていなかったかもしれない。


 だからこそ、夢を持っているジンを無理にこっち側に連れ出そうとは思えなかった。


 「まあ、なんかあったらここから出てみるさ。なにかきっかけがあれば……」


 そう言って俺は、酒樽から立ち上がった。

 憲兵の言うことを真に受けるわけではないが、確かに夜も随分と更けている。

 それを察したのかジンもグラスの残りの酒を一気に煽って腰を上げた。 


 「今日はもうお開きだな」

 「ああ」


 その場の酒樽をグッと持ち上げ、ジンはグラスを片付ける。


 「じゃあな。バル」

 「またな」


 片言で返し、俺は薄暗い街路をひた歩く。

普段は暗いこの道も今日は月明かりのせいで、ひどく明るく見えた。


 一時歩いてからだろうか。

 背後から、ジンのやや低いトーンの声が響き渡る。


 「バル、最近近くの村で『黒衣教団』がでたらしい。

あいつら武器を持つ奴らは真っ先に狙うらしいからな。お前も気を付けろよ」


 耳が少しだけ、動いたかもしれない。


 『黒衣教団』はもちろん物騒だし、危なっかしい集団だ。

 それはもう街の憲兵が普段は絶対にしない夜回りをするくらいに……

街の大半も人間もそんな街の雰囲気に霧のような不安を抱えている。

しかし、俺には何故かそれとは別の不思議な感情があった。


 『黒衣教団』を介して、ずっと待ち焦がれていた何かに会えるような予感めいたもの。

 そのせいで、未だに危機感をもてない自分が居ることに少し焦り感じるのであった。


 「なあ、メリル」

 「はい?」


 闘技場に帰って見違えるほど綺麗になった寝床に驚きつつ、

俺は古いソファの上でくつろぐメリルに質問をした。


 「メリルは一生、一緒に暮らしていきたい相手とかっているか?」


 そう言うと、メリルは「ふわぁ‼」と変な声を出した。

 

 顔を見れば頬を真っ赤にして、瞳に潤いを帯びながら「な、内緒です!」と叫んだ。


 何だか良く分からない反応だった。

  

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