エドガー 3
(死んだのか……)
飛来してきたはずの斬撃がいつまでたっても、
来ないことにいよいよ疑問を覚え頭を持ち上げると……
ブーーン
耳鳴りのような音と共に、薄い紅色の膜が僕の周りを覆っていた。
「これは……」
「ごめんなさい、随分遅くなって」
「あなたは⁉」
そこに居たのは先ほど、僅かな間だけ会話をしたあのスーツの女性だった。
その女性が両の手を必死に横に押し当てて、僕の周りに半透明のシールドのようなものを展開していた。
「事情は後で説明します。今は……」
そう言って、更に力を込めて膜の外の斬撃を押し返す。
と同時にガラスが割れるような破裂音が鳴り響き、同じくして薄いシールドも消え去った。
「あ、あの……」
その隣で呆ける僕は、何が起きているのかいまいち分からない様相で口を開く。
しかし、それに答える声は何とも切羽詰まった感じだ。
「まだです。まだ後ろに下がっていて。」
途端にその場に緊迫が蘇る。
確かにまだ廊下の先には、鎧武者と背後からは甲冑の気配を感じる。
またあの斬撃が飛んでくるのだろうか。
戦々恐々と構える僕の前で女性は何かを唱え始める。
「~~~~~~」
それが何を意味しているか聞き取れなかった。
がしかし、何か尋常ならざるものだということは不思議と理解できて、
そしてそれがすぐに形となって現れた。
青と赤の光が同時に輝きを見せて、そして一気に質量を持つ。
青はそのまま冷気をもって、赤は熱気を宿して二つの光となって各々の騎士の元へ放たれた。
炎と氷の二つの波動。
放たれる前よりも、さらに威力を増したそれは大きな奔流となって騎士を襲う。
それはさながら、魔法と呼ぶのにふさわしいものだった。
凄まじい破壊音と爆発。
このまま、この建物自体が破壊されそうな勢いに僕は別の理由で汗が滲み出た。
「流石にここでは、この程度の威力しか出ませんね」
困り顔で笑って見せるその顔により一層、
恐ろしいものを感じるがそれでも自分の敵だとは思えなかった。
「あぁ、ごめんなさい」
女性はこの場には似合わないような丁寧なお辞儀をしてみせて、
そして腰を折って僕の視線に顔を合わせた。
「剣が共鳴している……。やっぱり貴方が、そうなのですね?」
何がそうなのかは分からない。でも、とりあえずこの場は深く頷いておく。
今はそれが正解のような気がしてならなかった。
「申し遅れました。私の名前はミレイ・ユースティ。
こんな見た目で名前に合ってないように思えますが、本当の姿はこうではございません。
ただ今はこの姿しか見せられないのです、ごめんなさいね」
女性は軽く笑みを浮かべ、今度は僕の手を取った。
「余りのんびりはしてられませんね。全てを執り行う前に一つだけ貴方に聞かせてください」
一転して、真剣な眼差しに戻ったミレイさんに僕は一瞬だけ息を呑む。
「あなたは、この世界に違和感を覚えていませんか?」
「え?」
「あなたがもし、本当のこの世界の住人ではないと言ったらそれを信じることは出来ますか?」
「……」
その気迫に圧され声を出せないでいる僕。
しかし、答えを考えつく前にその思考はすぐに遮られるのだった。
ブンっ
二人の間に、奴らは性懲りもなく剣戟を繰り出す。
「っ⁉」
そして、1㎜たりとも反応することの出来なかった僕を咄嗟にミレイさんが庇う。
「うぅっ‼」
文字通り、身を挺して斬撃から僕を守るミレイさん。
その背中からは、赤い血液ではなく光の粒が舞い上がる。
「ミレイさん!」
「大丈夫ですっ、私は。それよりあなたに怪我は⁉」
「ぼ、僕は、なんとも。」
その様相はおよそ、無事には見えない。
ただ、それでもミレイさんは次手を打っていた。
「~~~~~~」
呪文を唱えて、今度は守りではなく攻めの魔法。
黄色と紫色の二つの光が打ち上がり、ボロボロになった二つの騎士を足止めする。
しかし、先ほどよりも威力を欠いているのか騎士たちはまだ微かに動いている。
「やはり威力が……、致し方ない。名前を!」
「えっ?」
「あなたの名前を!」
「え、江戸川 勇気」
「勇気……良い名前ですね。それでは勇気、もう一度聞きます。
貴方の本来の出生はこことは違う別の世界です。
それを分かった上で、貴方にはその世界に戻ってもらいたいのです。
それを受け入れられますか?」
強い意志のような物が篭った瞳は、僕にあやふやな答えを許さない。
それだけに、今の話がどれだけ真剣みを帯びているのか、そして今の状況が逼迫しているのかを教えてくれた。
「は、はい」
鬼気迫ったその表情に、僕はほとんど無意識にそう答えた。しかし、不思議なことにそれだけで長年のこの胸のなか黒いもやもやしたモノが取り払われたような気がした。
「ありがとう。では今から私の言うことを復唱して」
この間にも二体の鎧はこちらに近づいている、僕は決して聞き逃さまいと、聞き耳を立てた
そして
『剣に誓う、我が半身は常に一つであると』
「剣に誓う、我が半身は常に一つであると」
『剣に誓う、我が宿命に背くことは無いと』
「剣に誓う、我が宿命に背くことは無いと」
『剣に誓う、我が身の全てを剣に捧げると』
「剣に誓う、我が身の全てを剣に捧げると」
全てを言い終えたその時、剣が急激に熱くそして重くなった。
「離さないでっ!」
不意に剣を手放そうとする僕に、ミレイさんが激を飛ばす。
尾の声に剣の柄を、きつく握りしめる。
ブンッ
その隙を見計らったかのように飛んでくる斬撃。
「ッッ~‼」
比較的、軽傷だった鎧武者の方がボロボロになりながらも剣を振り抜いた。
その無言の太刀からは、黒い悪意のような物纏って地面を這ってきた。
「私の事は気にしないで! もう大丈夫だから」
そう言っている間にも斬撃は無情に飛んでくる。そしてミレイさんの背中に深々と斬りかかった。
「ッつ、ッ~」
苦しそうに悶えるミレイさん。
しかし、為すすべのない僕はただ剣を握ることしか出来ない。
その時、
「ッ⁉」
その時、突如として剣にさらなる変化が起きた。
光が、剣から小さな光の粒が湧きだした。
最初は目の錯覚かと思ったが、光は次から次へと湧きだし、そしてそれは僕の体からも
発生した。
剣の熱さもいつの間にかその感覚が消え去り、体が空気の様に軽くなる。
そして同時にゆっくりと、意識が遠のいてゆく。
温かくて、懐かしい感覚。
それはちょうどこの剣を初めて握った時と同じだった。
次第に体から完全に重みがなくなり、宙に意識が舞い上がる。
そんな消えゆく意識の中で僕はある声を聞いた。
『道は開かれた、”時の巫女”の元に推し進め。全ては剣の意思のままに』
男とも女とも思えるその声。
その声の主が誰のものかと推し量る前に、僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。