第六話:スライムは東を目指す
住み慣れた屋敷を出て、東を目指して旅だった。
たしか東は商業で栄えているアッシュレイ王国。
関税を安くして市場を活性化させたり、港街であることの利点を生かすため、造船技術の発展のため大金を投資し、それにより今まで不可能だった遠くの街との貿易が可能になり巨万の富を得ている。
あの国の王族は有能だ。王族自身もそうだし、有能なものを平民だろうとどんどん採用していく制度があると聞いている。
軍事力も強く、魔術も発展している。この子たちの行先としては間違ってはいないだろう。
「オルフェねえ。そろそろ距離が稼げた。森の中に隠れつつ、足を作る」
「だね。ずっと歩いての旅はつらいからね」
しばらく、成金デブたちは屋敷の探索に夢中だろう。
しかし、いくらダミーをたっぷりおいてきたとはいえ、研究資料と成果が持ち出されていることに気づいて、オルフェたちを追いかけてくる可能性がある。
そのため、オルフェたちは馬では踏破しにくい山道を選び、かなり無茶なペースで踏破していたし、痕跡を残さないように注意し、なおかつ別の方角に向かったように偽装工作をしていた。
ニコラ特製の疲労回復ポーションと、一時的な身体能力強化ポーションが役立ってる。
二人は、森の中に入りある程度開けた場所に出た。
「スラ、馬車をお願い」
「ぴゅい!」
ニコラに頼まれて、ゴーレム馬車の部品を吐き出す。
まるまるではなく、部品なのは理由がある。
この体に【収納】できる量は無限だが、入り口には制限がある。
限界まで薄く延ばしても、せいぜい人間ひとりの大きさがせいぜい。
だから、ニコラは手早くゴーレム馬車を分解してパーツごとに【収納】する方法を選んだ。
「スラ、ありがとう。オルフェねえ、パーツは全部無事だった。これなら組み立てられる」
「どれぐらいかかりそう?」
「一時間程度必要」
その返事を聞いたオルフェは空を見上げて、しばらく考え込んでから口を開いた。
「それなら、今日はここで野営にしよう。そろそろ日が沈むから、どっちみちこれ以上は無理だね。ということで、スラちゃん。ニコラが馬車を組み立てている間に、スラちゃんのご飯と、私たちのご飯を調達しようか」
「ぴゅーい♪」
楽しい楽しいお食事タイムだ。
この辺りはきっと、屋敷周辺と違った魔物が出るだろう。
「じゃあ、スラちゃん、私の弓を出してもらえるかな」
「ぴゅい」
オルフェの弓を取り出す。
オルフェの弓はただの弓ではない。【錬金】のエンライト、超一流の錬金術士、ニコラ・エンライトの珠玉の逸品だ。
使っている素材も神木に、高位の魔物の糸、さらに霊鳥の羽をあしらっており、伝説級の武器にも匹敵する。
オルフェの弓の腕も超一流。
俺が引き取ってからは【魔術】を叩きこんだが、もとは風と弓の一族、その中でも天才と呼ばれた少女であり、弓の腕は鈍っていない。
森を知り尽くしており狩りは得意だ。とりあえずオルフェと一緒にいれば飢え死にはしない。
「ニコラ、行ってきますね」
「脂の乗ったカモを期待」
「この季節なら、いけるかも。期待はしないで待ってて」
そうはいいつつも、オルフェは可愛い妹の期待に応えるためにやる気まんまんだ。
俺は俺で【気配感知】を発動させておく。
さて、この土地の魔物を食べて新しいスキルをいただくとしよう。
◇
「スラちゃん、なにか見える?」
右手に、血抜きをしたカモを二羽、それ以外にも食用のキノコと野草が入った籠をぶら下げたオルフェが見上げながら問いかけてくる。
今日の晩御飯はあっさり手に入ったのだが、俺の餌、もとい魔物は見つかっていない。
なので、こうして空から探している。
【飛翔Ⅰ】でスライム色の翼をはためかしている。便利なスキルだがけっこう疲れるのが難点だ。はやく、スキルを強化したい。
だが、苦労した甲斐があって魔物を見つけた。
「ぴゅい、ぴゅい!」
魔物の発見を知らせる。
そのまま、俺は魔物のほうに飛んでいく。だけど途中で時間切れ、墜落。
木の枝に串刺しになった。
スライムじゃなかったら死んでいた。不定形の魔物なので串刺しになろうがなんの問題もない。
力を抜いて液状になり、地面にだらっと垂れて、合体!
完全復活だ。
スライム走りで【気配感知】で捉えた魔物のほうに走っていく。
きっと、オルフェもこっちに向かっているはずだ。
【隷属刻印】を結んでいるとお互いの居場所がなんとなくわかる。
さて、獲物の発見だ。
今回見つけた魔物は、ホーン・バンビー。槍のようにとがったツノが前方に向いている凶暴なシカの魔物だ。
あの一撃を喰らうと厄介だ。
物理攻撃無効なスライムボディとはいえ、あの角には魔力が宿ってる。魔力を込めた一撃ならスライム細胞を破壊できてしまう。
耐久力の差も、敏捷性の差も絶望的。遠距離から攻撃する必要があるだろう。
『酸ビームのポンプ。今までより強くできるか』
狙撃をするため、気配を消してこっそり近づき木の陰に隠れる。
そして、スライムボディを変形させ、強力なポンプを作っていく。
おおう、前よりもだいぶ強くなってる。
これならできるかも。
「ぴゅっ、ぴゅい!(ウォーター・カッター)」
お腹に適当にため込んでいるお風呂の残り湯を限界まで圧縮させ、さらに威力を上げるために鉄粉を混ぜて放つ。
水をいくら圧縮しようと大した威力にならないが、鉄粉を混ぜることにより威力が各段に跳ね上がる。
ちなみに鉄の材料は今まで【収納】した魔物の血の鉄分だ。
十メートルほどの距離を一筋の閃光のように水の線が走る。
直撃、ホーン・バンビーの脇腹から血が流れる。
『ふむ、成功したが。まだまだポンプの強度が足りないな。皮を切り裂くのが限界か』
必殺技にするには修行が必要と見える。
将来的には骨まで断ち切るウォーターカッターを身に着けたいものだ。
「ぐがあああああああああああ」
怒った、ホーン・バンビーがこちらに突っ込んでくる。
ツノにはしっかり魔力が宿ってる。
あれを食らえば一撃でお陀仏。
だけどその心配はない。
【飛翔Ⅰ】を発動。
一回に飛べるのは一分ほどだが、三分ほどたてばまた使える。
足元を猛スピードで、ホーン・バンビーが通り過ぎていって、大木に深々と角を突き刺さった。
『お疲れ様』
空飛ぶスライムな俺は、奴の背中にしっかり着地。奴は暴れるが背中の上は完全な死角。
今回はいつもの毒スライムモードには頼らない。
強酸ポーションの材料が手に入らないので節約したいのだ。
「ぴゅ、ぴゅいー(ウォーター・カッター)」
先ほど通用しなかった、ウォーター・カッターを放つ。
これの問題は皮を裂くのが限界だったこと。
だが、その程度の威力でもさす場所によってはそれで十分だと言える。
狙うのは首の動脈。
背中に乗った状態からなら、その急所を楽に狙い打てる。それも連射で。初弾で皮を裂き、次弾で血管を切り裂いた。
ホーン・バンビーは首から噴水のように血をまき散らす。
そして、ばったりと倒れた。
スライムのように非力でも、知識と工夫で俊敏で高い攻撃力を持つ魔物を倒せるのだ。
お腹の中にある、俺の遺産を使えばお手軽に強くなれるが、しばらくはそれに頼らず可能性を探りたい。
そして、魔物を倒したあとは、いつもの【吸収】タイム。
うまい! ネズミ、ハト、ときてシカ。どんどん食べ物が豪華になっていく。
力が湧いてくる。どうやら筋力が上昇したようだ。
そして、ゲットしたスキルは……【角突撃】。魔力を込めた強力な突進スキル。
うっ、微妙に使いづらい。この非力な肉体で突撃しても自分がぺしゃっと潰れる未来しか見えない。
いや、案外使い道はあるかも。あとでいろいろと試してみよう。
「もう、スラちゃん、一人で先に行っちゃだめ」
息を荒くしたオルフェが追いついてきた。
俺を心配して、必死に走ってきたようだ。
「……ぴゅーい(ごめんなさい)」
申し訳なさそうに謝っておく。
ちなみに、俺はホーン・バンビーの【吸収】が終わっていない。シカ一頭になるとまるまる【吸収】できないので、下半身部分がはみ出てる。上半身が消えていくたび、すこしずつもぐもぐ。シカうめえ。こう、スライムの野生が呼び覚まされる。
「スラちゃん、そんな大きな魔物を倒したんだ。すごいね」
「ぴゅい!」
げぷっ、食べ終わったので元気よく返事をする。
すると、オルフェが俺を持ち上げてぎゅっと抱きしめた。
いつもの定位置。柔らかい、温かい、いい香り、やっぱり落ち着く。
「だけど、スラちゃんは弱いの。一人で遠くにいっちゃだめ」
「……ぴゅーい」
とりあえず反省だ。
弱いというのは同意だ。
今回のは無茶の範疇に入る。
「お説教はおしまい。スラちゃん、帰ろうか。美味しいカモのスープ作ってあげるね。……あっ、でも、こんなの丸一匹食べたらお腹いっぱいかな」
「ぴゅいぴゅい(まだまだ食べれるよ)」
「えっ、まだ入るの。なら腕によりをかけて作るね」
「ぴゅい♪」
愛娘の料理は別腹だ。
オルフェの料理が楽しみだ。
そうして俺たちは、ニコラが馬車を組み立てている場所に戻る。
今日は楽しいキャンプだ。たき火を囲みながらとびっきりの鴨スープ。
こうして親子でのキャンプは久しぶりでわくわくしていた。
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種族:フォビドゥン・スライム
レベル:5
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 フォレスト・ラット素材 ピジオット素材 ホーン・バンビー素材
ステータス:
筋力F 耐久G+ 敏捷E 魔力F+ 幸運F 特殊EX
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