第五話:スライムは大賢者の遺産を手に入れる
オルフェとニコラは研究成果たちを魔術実験室に集めていた。
魔術実験室は魔術の実験をするために、物理構造は非常に堅牢。さらに何層もの防御結界があり、研究成果を処分するのに向いている。
ものによっては生半可な火力では壊すことはできない。
この部屋ならオルフェの概念型焼却魔術が使える。
「オルフェねえ、これであらかた全部」
「普通の研究成果はこれだけだね」
普通と言ったのは、将来的に公にしようとしていたものと、娘たち独自で研究していたもの。
これらはまだ奪われてもいい類のものだ。
問題は各国のパワーバランスを崩しかねない発明たち。
「ニコラ、封印の間に行くの初めてだね」
「ん。あそこに近づくと父さんは怒る」
「世界を変えてしまう発明品たちがある場所だもん、一つでも漏れたら、それだけで所持した国が世界統一できるとか思っちゃうレベルだからね」
そう、俺は大賢者として名声を得ているが、表に出していいものとそうでないものをしっかりとわけていた。
そして、封印の間とはけっして表に出してはいけないものだけを集めた部屋。
あれだけは絶対に、成金デブ……ヨブクに渡してはいけない。
隠された地下室の入り口を通り、オルフェとニコラは地下に向かう。
オルフェの恐れと震えが腕から、スライムボディに伝わってくる。
すっかりオルフェは俺を抱きしめるのが癖になってる。
そして、封印の間にたどり着いた。
五重の扉が存在し、それぞれに鍵と特殊な暗号が用いられ、同時に正しい手順で解かないと、部屋そのものを吹き飛ばす超高難度の封印が施されていた。
ぶっちゃけ、これをヨブクたちが解けるとは思わない。
適当に封印を解こうとして、部屋が吹き飛ぶのがオチだ。
「オルフェねえ、わざと封印解除失敗したら目的が達成できる」
「……それは止めとこう。この屋敷で過ごす最後の夜だよ。父さんが残したものを少しでも学びたいよ」
「ん。見落としてた」
二人は役割分担して扉を開けようとする。
封印のほうは【魔術】のエンライトたる、エルフのオルフェが。
物理的な開錠と暗号解読は【錬金】のエンライトたる、ドワーフのニコラが。
少し、感心した。
実はこの扉は、秘密を守るためのものでもあり、同時にこの子たちへの試練でもある。
この扉を開けられるほどに成長したとき、裏の技術を教えてもいいと思っていたのだ。
二人は夢中になって試練に挑む。どこか楽しそうだ。俺の出した問題を彼女たちは次々に解いていく。
一時間後、鈍い音がして五重の扉が開く。
オルフェとニコラがハイ・タッチ。お父さんは少し泣きそうになっていた。
二人は試練を乗り越えたのだ。これで本当に【魔術】と【錬金】のエンライトの資格を得たことに二人は気付いていない。
その部屋は白い部屋だった。
ゴーレム、スライムを始めとした魔法生物……それも従来の常識を吹き飛ばすような特別なもの。
禁呪が記された魔術書。未だ概念すら登場していない銃という発明品とその進化形。魔術を使用せずに自由に空を舞う鉄の鳥。一発で一軍を始末できる爆弾。不治の病と恐れられている感染症の特効薬と逆に意識的に引き起こすウイルス、神剣すら凌駕する魔剣。それらの実物と設計書たちがところせましと並んでいる。
ここは世界を変えてしまう発明の残滓が詰まった、禁断の箱。
二人は無心で部屋のものを調べ始める。
「お父さん、私が思ってたよりずっとすごい人だったんだ」
「同感。そろそろ追いつくって思ってた。でも、それはうぬぼれだった。見ていたのは父さんの一面に過ぎない。まだまだ先があった。気が遠くなる」
「お手本があるのは今日が最後、しっかりと父さんの残したもの学ぼう」
「ん。すぐに取り掛かる」
才能ある二人は貪欲に学ぶ。
時間制限があると分かっているので、一つ一つに時間はかけない。
入口となる発想、それだけを得て、すぐに次に行く。入口さえわかればあとは自分でたどり着けるという天才の発想だ。
一睡もせずに、朝までそれは続く。
「オルフェねえ、そろそろ。あの人が来ちゃう」
「……悔しいけど、時間切れだね。魔術実験室に運んじゃおう」
禁忌の発明を運搬し終えた。その際には、ニコラが作ったゴーレムたちが活躍していた。
これらは通常の炎で焼却させることはできない。オルフェの概念型焼却魔術で塵も残さず焼き尽くすつもりだ。
オルフェが寂しそうな目をしてから、俺を下ろして、ぽんと頬を叩く。
魔力を集中し始めた。
俺の残した遺産を燃やすことが悲しいのか、目が潤んでる。
大丈夫、おまえたちは泣かなくていい。俺がついている。
「ぴゅいー」
ようやく俺の出番だ。
一か所に集めた禁忌の発明品の一つをぱくんっと食べてしまう。続けて、もう一つ。次々に食べ続ける。
もちろん【吸収】しているわけではない。ただお腹に入れているだけ。【吸収】でなく【収納】なので一瞬だ。
禁忌の発明品たちは、俺の腹の中こと異空間にしっかり保管した。
ふう、スライムボディは便利だぜ。
「あっ、スラちゃん、食べちゃった」
「驚き、そんなの食べてお腹壊さない?」
オルフェが慌てて、魔術を中止して駆け寄ってくる。
オルフェが見つけた【無限に進化するスライム】の資料には、無限の進化と吸収について記述はあったが、【収納】のことは書いていない。
オルフェが俺を持ち上げて、透き通るスライムボディをのぞき込む。
「スラちゃん、大丈夫なの?」
「ぴゅい!」
元気よく返事をする。
すると、オルフェが笑いだした。
「あはははははは、人類の英知、禁忌の発明も、こうしてあっさり食べられちゃうんだね。ちょっと、寂しいかも」
「ん。どんな発明も、お腹に入れば一緒。そんなものを手に入れるために、策略を張り巡らせて奪おうとする豚も、必死になって守ろうとする私たちもスライムから見たら滑稽かもしれない」
あれ、なんとかオルフェとニコラが妙に悟ったようなテンションで深いことを言っている。
ちょっとからかおう。
「ぴゅい」
お腹の中から、オルフェが最後に読んでいて、まだ続きを読みたそうにしていた魔術書を取り出す。
確か、戦場で使う戦略魔術を書いた魔術書。自然界に溢れるマナと、戦場でロスとして空気中に漏れ出てとどまっている両軍の魔術士の魔力。それらすべてを束ねることで一切の消費なしで極大魔術を放つ秘術について記してある。
それをオルフェに渡す。
「ぴゅい!」
「あっ、ありがとう。ねえ、スラちゃんって食べたもの出したり入れたりできるの? しかも全然濡れてないんだけど、スラちゃんってそんなにすごいの?」
「ぴゅいぴゅい」
「えっと、じゃあ、これは片づけて、父さんがアンデッドの生成と魂の操作について書いた魔術書、死霊目録を出して」
渡したばかりの魔術書を受け取り、別の魔術書を出す。
オルフェの顔がぱーっと輝く。
「スラちゃん、すごい!! これなら、こっそり持ち出せるよ。スラちゃんのお腹にあるなんてだれも思わないもんね」
頭の上に俺を掲げて、オルフェがくるくる回る。
それをニコラがうらやましそうに見ていた。
「ねえ、スラ。もしかして、私の読んでた原子力爆弾の設計書も出せる?」
「ぴゅい」
ご注文の品をさっと取り出す。
ニコラが目を見開いた。
「オルフェねえ、もしかして、スラってお腹に入る上限がないんじゃ、しかも好きなときに取り出せる。つまり、今食べたものだけじゃなくて、表に出していい研究資料とか、私たち自身の研究成果や私物とかも持ち出せるかも」
「……できそう。聞いてみるね。スラちゃん、もしかしていくらでもお腹に入ったりする?」
「ぴゅい!(ばっちこーい)」
「「スラ(ちゃん)、すごい」」
二人の娘に同時に抱き着かれる。
ああ、幸せだ。お父さん、がんばっちゃうぞ。
「時間がないし急がないとね。片っ端からスラちゃんに食べさせよう」
「ん。オルフェねえ、さすがに研究成果が何もないと怪しいからダミーでどうでもいい研究は残しとこう」
「うん、それはいいね。あの人たちにとっては私たちがどうでもいいものも、十分すごく見えるだろうし」
二人は頷き合う。
二人の表情は、さきほどまでの悲し気なものではない。希望に満ちていた。
「「荷造り開始!!」」
それから二人の娘に連れまわされ、それぞれの研究資料や研究成果、ついでに私物もたらふく腹に収めた。
ちなみに、お腹にあるものを読むこともできる。
娘の研究をすべて見ているわけではなかったが、二人は独自の発想と技術で俺にとって未知の分野を研究していた。
親の欲目なしに、素晴らしい研究だ。
まさか、俺があの子たちから学ぶときがくるとは思わなかった。
いろいろとお腹に詰め込んだが、下着類だけは、必死に拒否した。
……娘の下着を食べるという行為に抵抗があったのだ。
それらは旅行鞄に詰めてある。
そして、ばたばたしているうちになんとか準備が終わった。成金デブこと、ヨブクの一行が現れたのは、そのタイミングとほぼ同時。
また、乱暴に扉が叩かれる。
オルフェとニコラは旅行鞄だけを持って、玄関に出る。
「……なんだ、その妙に晴れやかな顔は。てっきり、泣き明かしているとでも思ったんだがな」
きっと、この成金デブはオルフェをいたぶって楽しむつもりだったのだろう。
馬鹿が、この俺がいる限りそんなことはさせない。
「それで決めたのか。わしの愛人になるか、この屋敷を出ていくか」
「決めました。私はこの屋敷を出ていきます」
オルフェは躊躇なく、断言する。
ヨコブは、予想外の反応に戸惑う。
「父親の研究を奪われて、なんとも思わないのか。助手にしてやってもいいんだぞ」
愛人にしたいというのも本音だが、学会でもナンバー2の成果を出しているオルフェを助手にして、彼女の成果を横取りしたい。さらに言えば、俺の研究を引き継いだところでオルフェの力なしで先に進むことはできず、オルフェを利用したいというのが奴の本音だろう。
「はい、あげます。好きにしてください」
「わかったぞ、そのかばんに研究資料が全部隠しているんだな! 騎士ども荷物を確認しろ」
その命令で、オルフェとニコラの旅行鞄が開かれる。
そこには着替えとローブ、それに路銀と携帯食料、いくつかのポーション、工具類しか入っていない。
「……研究資料は入っていないな。もう一度だけチャンスをやる。本当にいいんだな? この屋敷にいるなら贅沢をさせてやるぞ」
「もう決めました。では、時間もないので私たちは出発します」
「オルフェねえ、いこ」
オルフェとニコラは二人で、ヨブクの隣を通り過ぎていく。
彼女たちにためらいはない。大事なものは全部、オルフェの抱いている俺のスライムボディの中だ。
二人の後ろ姿を、茫然とした顔でヨブクは見ていた
”ヨブクは虫にでも刺されたのか、赤くはれてきた首筋を掻いた”。ふふふっ、お仕置き完了。娘を泣かせる害虫は絶対に許さない。
二人は、騎士たちが見えなくなってから話し始める。
「オルフェねえ、研究成果は無事だけど、思い出がつまった屋敷がなくなるのが悲しい」
「私も悲しいよ。父さんや、みんなと一緒に暮らしてきた屋敷だから」
「昨日も話したけど、絶対取り戻す」
「もちろんだよ。そのためにもお金を集めないとね」
昨日、荷造りをしながら二人は話し合っていた。
ろくな研究資料や研究成果がないとわかれば、ヨコブは必ず屋敷に興味をなくすだろう。実はたっぷりとあの屋敷には罠が仕掛けてあり、普通に暮らすにはそれ相応の力がいる。そうそうに逃げ出すのは目に見えている。
そうなれば、やつは売りに出す。
売りに出されれば、どれだけ高くても手に入れると二人は誓った。
そのために、旅に出てお金を稼ぐのだ。
「ニコラ、とりあえず東に行こう」
「理由は?」
「父さんの故郷がそっちだって聞いたことがあるの。それに、景気がいいって話だからお金を稼ぎやすいよ」
「賛成。【錬金】のエンライトの力でたっぷりお金を稼ぐ。屋敷を買い戻すまでの研究設備もほしい」
「……やりすぎないでね。ニコラがその気になれば、比喩抜きの錬金できるでしょ」
錬金とは別の金属を金に変える魔術だ。それをやらかすと市場の金の相場が崩壊し恐慌が起きかねない。
「心得てる。父さんの教えは守る」
そうして、エルフとドワーフとスライムの旅は始まった。
お金を稼いで、いつか思い出の場所を買いなおすと誓った姉妹は東に向かう。
少々過保護な父親と一緒に。
「ぴゅい!」
「スラちゃん、どうしたの」
ついつい上機嫌になり鳴き声を上げていた。
上機嫌な理由は二つ。
一つはすれ違い様、【収納】していたファットラットの骨を針に加工したものを吹き矢のようにとばして成金デブの首筋に打ち込んだ。
その針は直径一ミリ以下。ほんの少しちくっとしたぐらいだろう。
だが、その先端には禁忌の発明の一つが仕込まれていた。
それは毒だ。しばらくすると奴は高熱で倒れ……そして、一生勃起できなくなる。
血を残すことを至上の目的とする貴族たちに対する嫌がらせ用に若気の至りで作ったものだ。
これで、あいつは二度とオルフェを嫌らしい目で見ることはない。これを去勢ポーションと呼んでいる。ああいう奴には一番効果的だ。
そして、もう一つ。
自らが作った禁忌の発明たちをすべて所持して自由に取り出せるようになった。
その中でも、ひと際輝くのが【進化の輝石】。魔物の力を極限まで高めて強制的な進化を促す。
使い捨てな上、一時的かつ副作用もあるが、その力は計り知れない。
たった三つしかない宝物だ。これは、娘たちが全力でがんばってがんばって、それでもダメなとき、手を差し伸べるために使おう。
「スラちゃん、お外に出れて嬉しいんだね。私もこれからの旅、ちょっと楽しみなんだ」
「ぴゅい♪」
二人と一匹の旅。
もちろん俺の定位置は、オルフェの腕の中。それなりに大きな胸がスライムボディにジャストフィット。柔らかくて暖かくていい香り、ここは天国だ。娘に甘えるというのも悪くない。
今日も、大賢者は養女エルフに抱きしめられています。
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種族:フォビドゥン・スライム
レベル:4
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 フォレスト・ラット素材 ピジオット素材
ステータス:
筋力G+ 耐久G+ 敏捷E 魔力F+ 幸運F 特殊EX
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