第一話:スライムはお嬢様を助ける
港街目指して旅は続く。
ゴーレム馬車は快走していた。
オルフェが歌っている。
エルフは歌と風を愛する一族。その歌に耳を傾けると幸せな気分になる。
いい天気、天上の歌声、最高だ。
馬と違って、ゴーレムは疲れない。
擬装用のシカの皮をかぶった四足歩行ゴーレムも元気そうだ。
俺はオルフェの腕のなかでうとうとし始めていた。
ところが……。
「ぴゅいっ!?」
ゴーレム馬車が急ブレーキ、オルフェの腕のなかから投げ出され壁にぶつけられる。
「ぴゅへっ」
自慢のスライムボディが少し潰されてしまった。
「ニコラ、どうしたの!」
「前で馬車が横転してる」
よくよく見ると、目の前で豪華な馬車が横転している。
車輪が砕けていた。偶然ではああはならない。
おそらく投石か何かだ。
……トラブルの予感しかしない。
微妙にゴーレム馬車が揺れた。
「たぶん、盗賊に囲まれた。今、タイヤに投石をくらったっぽい」
「っぽい?」
「私と父さんの作品。足回りのタイヤはすごく頑丈に作ってる、【魔術付与】までしてあって、あの程度の衝撃だと、よくわからない」
目の前の馬車の車輪を砕くようだから、ステータスが高い盗賊たちだろう。
だが、俺とニコラの共作であるエンライト家自慢のゴーレム馬車の耐久力は折り紙付きだ。
戦争中、魔術と弓矢が飛び交うど真ん中を疾走しても大丈夫なように設計してある。
「オルフェねえ、二つ方針がある。一つ、目の前で襲われてる馬車を知らないふりをして全力で走り抜ける。ゴーレム馬車の頑丈さなら盗賊程度の攻撃は気にならないし、全速力なら振り切れる」
たしかに、この馬車の性能なら可能だ。
しかし、そうなれば……。
「目の前の馬車にいる人たち相当まずいよね」
「男だけなら、おとなしく積み荷を渡せば命まではとられない」
「もし、女の子がいれば」
「さらわれてレイプされてから売り飛ばされる」
そう言っている間にも、護衛らしき男が二人、荷台から飛び出した。やけに豪奢な馬車だけあって護衛もきっちりと用意しているようだ。
あの護衛たちは相当の手練れだ。だけど相手が悪かった。姿を隠している盗賊たちの矢と投石の雨が降り注ぎズタボロになった。弱ったところに二人の盗賊が現れしっかり止めを刺し、再び距離をとる。
盗賊たちは手慣れているな。これ以上の護衛がいないと判断すれば一気に襲いかかってくるだろう。
オルフェは決断を下す。
「助けよう。ただ、あんまり盗賊さんたちに恨まれてもつまらないし、襲われている人を連れてさっさと逃よう。助けようとした人が荷物をあきらめてくれないなら、可愛そうだけど見捨てることにする」
冷たいようだが、それが無難だ。
盗賊たちの中には仲間意識を持っている者が多い。
追い払うために殺してしまおうものなら、付きまとわれかねない。
「了解。オルフェねえ、回収任せた。みんなが乗り込んだら全力で走る」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
オルフェが馬車から飛び出す。
そして横転している馬車まで走っていった。
俺も追走する。
「スラちゃん、一緒に来てくれるの?」
「ぴゅい!」
今の俺はオルフェの使い魔であるスラちゃん、オルフェを守るのが仕事だ。
【気配感知】を発動しておく。
多数の魔物を吸収したことで感覚が鋭敏になり、【気配感知】も強化されている。
潜んでいる盗賊たちの位置がわかる。
ほら、さっそく来た。
「ぴゅい」
ジャンプ。オルフェの顔を狙った投石をスライムボディに受け止める。
ぷにゅっと沈み込む。それだけじゃない。
「ぴゅいぴゅいぴゅー、ぴゅい!」
体の性質をゴムのようにし、打ち返す。反発させるために自らの筋力を使うことで威力を増す。
まさにゴムスライム状態。
悲鳴が聞こえた。
殺すつもりはないが、オルフェに手を出したんだ。痛い目にあってもらう。
「スラちゃん、ありがとう。でも、大丈夫だよ。ちゃんと私たちを守る壁は作ってるから」
ああ、そういうことか。
多方向から矢と石が飛んでくる。
だが、あらぬ方向に軌道を変えられる。
オルフェは自身と俺を囲むように、風の結界を仕掛けていた。
一定範囲内に攻撃が入ったときに、自動で迎撃する自動発動魔術。
もちろん、超高等技術だ。
あっという間に横転した豪奢な馬車にたどり着く。
「助けにきたよ! すぐに私たちの馬車に乗って! 私たちの馬車は丈夫で速いから逃げられるから」
オルフェが馬車の中に声をかける。
すると、オルフェより少し年下の少女と、使用人らしき男と女が顔を出した。
『あの子は!?』
その少女は綺麗な子だった。大人びた実用性重視のドレスを身にまとい、金の髪が良く似合う整った顔つき。
よく知っている女性の面影を残していた。まさかとは思うが……。
そんなことを考えていると使用人らしき初老の男が口を開く。
「あなたが盗賊どもとグルじゃない証拠は?」
「そんなのないよ。私たちは信じられないなら構わない。見捨てる。善意で助けに来たけど、この手を取らない人の面倒を見る気はない。二十秒だけ待つよ。その間に準備して。二十秒後、私は自分の馬車に戻る。私と一緒に来れば、私たちの馬車に乗るまでの間全力で守ること、そして街に送り届けることを約束する。カウントスタート」
オルフェはこういうところで割り切る。
救いの糸を垂らしたのだから、それを掴むかどうかはご自由にどうぞ。
「待ってください、大事な積み荷が……、見たところ、凄腕の魔術士のようですが、盗賊どもを倒していただけないでしょうか? 報酬も」
「あと十秒」
使用人の男の顔がゆがむ。
まあ、見ず知らずの人間のために人殺しなんて、断って当然だ。
助けるだけでも、十分すぎるほど甘いし優しい。
「じい、行きましょう」
「ですが、お嬢様、この積み荷は大事な贈り物で」
「命のほうが大事です。適当に持ち運べそうなものを持って」
そういうと、少女はたった一つの小さな箱を大事そうに抱きしめ、じいと呼ばれた男性と女性は、両手いっぱいに慌てて、もてるだけの荷物を抱えた。
まだ、十二、三歳なのに肝が据わっている。
最初に見たとき感じた予感が確信に変わりつつある。こんなところまでよく似ている。
「じゃあ、行くよ。ついてきて」
オルフェが少女の手を引いて走り、使用人の男女と俺が追いかけてくる。
相変わらず、石と矢の雨は降り注いでいるが風のベールは敗れはしない。
しびれを切らした盗賊たちが数人、剣を持ってこちらに向かってくる。
ニコラの馬車が動き出し、俺たちに並走。そして、扉を開いた。
「乗って、早く!」
ニコラの声が響く。
少女から順番に馬車に入っていく。
オルフェはしんがりになり、矢や石を次々に叩き落していく。
そして、三人が乗ったのを見届けると俺を抱えて馬車に飛び乗った。
その数秒後、馬車の扉に剣が叩きつけられる音がした。
「ニコラ、全速力!」
「任せて、この子の最大出力、見せつける」
キィィィンっと甲高い音がなり、タイヤが超高速回転、爆発的な加速でゴーレム馬車が走る。
擬装用のシカゴーレムも必死だ。これだけ大荷物と大人数なのに馬車が早すぎて、追いつかれかねない。
「ニコラ、後ろから馬に乗った盗賊が来ている」
「大丈夫、余裕で引き離せる」
二人ほど、盗賊が馬に乗って追いかけてくるがどんどん距離が開いていく。
魔力を注いで加速したゴーレム馬車は、大荷物だろうが馬を凌駕するスピードだ。
……ただ、こんな無茶をすると後で整備が大変だ。
この救出劇は高くついたな。
「オルフェねえ、まだ追いかけてきてる?」
「ううん、引き離せたみたい」
「わかった。なら、馬車を痛めつけない程度の全力に切り替える」
そういうとゴーレム馬車がスピードダウン。それでも十分早い。
救助した、高貴な少女と使用人の二人が目を丸くしている。
まあ、これだけめちゃくちゃな馬車に乗ったらこんな反応をするだろう。
……そして、厄介ごとの匂いがさらに強くなっていた。
あの盗賊が追いかけてきたのが気になる。
やつらの狙いのはずの豪華な馬車とその積み荷は放置したし、強力な魔術士であるオルフェの実力を感じ取ったはずだ。
なのに、リスクを冒してまで追撃を選んだ。
考えられるのは、やつらの目的が略奪ではなく、この少女の誘拐であったこと。まあ、俺の勘が正しければこの子の家はあそこだ。
盗賊を雇って、そいつらの仕業に見せかけて始末しようというものが現れてもおかしくない。
おそろしく面倒なことになりそうだ。
その少女がゆっくりと口を開く。
「助けていただきありがとうございました」
少女が優雅な礼をする。
そして、その使用人も頭を下げた。
「わしからも礼を言わせてもらおう。……ただ、このような強力な馬車を持つようなあなたがたなら、盗賊ぐらい倒せるはず、そうしていただいていれば」
「じい、助けてくださった方々に失礼です!」
笑いそうになった。
普通は、お嬢様がだだをこねて、使用人のじいさんが嗜めるのに逆だ。
オルフェも苦笑する。
「いいよ。だいたい、そう言われるのは想像できたしね。街までは送り届けるけど、あとは面倒が見れないよ。どうするかは考えておいてね」
「そこまでしていただけるだけで十分です。なんとお礼を言っていいか。街までたどりつけば大丈夫です。あそこには私の屋敷があります。ぜひ、我が屋敷に招かせてください。お礼をしたいのです。あっ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね」
そういうと少女は立ち上がり、スカートの裾をつまんで礼儀正しくお辞儀をする。
「私は、クリス・ヴィリアーズ。ヴィリアーズ公爵の娘です」
ヴィリアーズ。ああやっぱり。懐かしい名前だ。
面倒に巻き込まれないために辞退したほうがいいかもしれない。だが、公爵の娘の命を救ったとなれば報奨金がもらえる公算が高い。ついて行きたい気持ちもある。
オルフェもおんなじことを考えたようで。にっこりと笑い。
「わかったよ。なら、お言葉に甘えるね。私はオルフェ・エン……オルフェ・エンバースだよ。よろしくね」
「はい、オルフェ様。よろしくお願いします!」
とっさにオルフェはエンライトではなくエンバースと名乗った。
エンライトの名は大きな意味を持つ。エンバースと名乗るのは俺たちの処世術だ。
それにしても……オルフェとニコラは引きが強いよな。
温泉旅行にいったら巫女姫をめぐる陰謀に巻き込まれて、街道を走れば公爵家の娘の誘拐事件に巻き込まれる。
あんまり大事にならなければいいが。
そして、ヴィリアーズ公爵の屋敷なんて行けば、あいつと会ってしまう。
いや、いいか。あいつとの出会いは二人を成長させるきっかけになるだろう。
そんなことを考えながら、オルフェの腕の中で俺はすやすやと眠り始めた。
「スラちゃん、疲れちゃったんだね。ふふっ、かわいい」
オルフェが腕のなかで眠る俺の頭をなぜなぜしてくれた。
気持ちいい。
「ぴゅぐー」
進化してから、強力な力に体が慣れていない。たっぷり眠りつつ力を慣らすのが最近の日課だった。
オルフェのなぜなぜを楽しみながら、俺はぐっすりと眠った。