第十四話:スライムは娘の成長を喜ぶ
現時点で可能な封印の強化をすべてやり終えた俺たちは山を下りはじめた。
駆け付けた騎士団たちと合流して、対処策を検討しないといけない。
漏れ出た瘴気で魔物が大量発生しており気が抜けない。さきほどから苦戦しながらもなんとか切り抜けられている。
「ぴゅふー」
そろそろお腹いっぱい。
先に山を下りたニコラが心配だ。特製の魔物避けポーションがあるから大丈夫とは思うが……。
しばらく山を下りていると、騎士の集団と出会った。
「巫女姫様、ご無事でしたか」
先頭にいた騎士が安堵の表情を浮かべる。
ニコラから救出されたことを聞いてはいるだろうが、実際に自分の目で見るまで不安は消えなかったのだろう。
「心配をかけましたわ。オルフェ様が助けてくださったの」
「さすがは【魔術】のエンライト、我ら守護騎士ですらかなわなかった相手から巫女姫様を救ってしまうとは。私からも感謝を。オルフェ・エンライト様。これは勲章ものです。申請を進めておきます」
「いえ、結構です」
オルフェはやんわりと断る。
オルフェが首を振る。
「そんな、オルフェ様。栄誉だけじゃなくて望むものを差し上げますわよ」
「いいの。妹のように思っている巫女姫様だから助けた。それだけです。そのようなものをいただくわけにはいきません」
騎士たちが現れたことでオルフェの口調が、妹のような少女向けではなく巫女姫に向ける固いものになる。
この子はいろいろとわきまえている子だ。
そして、エレシアの提案を断る。
「オルフェさまぁ」
うっとりした顔でエレシアがオルフェの顔を見ている。
第三王女であるエレシアの権力を借りれば屋敷を取り戻すことができるかもしれない。
それがわかっていてオルフェがエレシアに頼らないのは、一つは妹分を利用することに躊躇があること。
そして、屋敷を奪った成金デブ公爵、あいつの妹は王の後妻であり、さらにエレシアのことを疎ましく思っているし、姫であるエレシアよりも発言力がある。
エレシアに助けを求めると、そんな状況でもエレシアは屋敷を取り戻すために奮闘し立場を危うくしてしまう。
それを避けるためだろう。
成金デブ公爵を魔術研究者として見たときには、まったく記憶に残っていなかったが、エレシアが愚痴を吐いていた扱い辛い公爵としてなら名前を覚えていて。後日馬車の中で、あの成金デブと態度のでかい公爵が同一人物だと気付いていた。
「巫女姫様、オルフェ様。すでに【錬金】のエンライト。ニコラ・エンライト様から事情は聞いております。陣を用意しておりますのでそこで話をしましょう。ニコラ様はすでにそこでお待ちです」
「わかりました。案内してください」
「ぴゅい(良かった)」
ちゃんとニコラは山を下りれたようだ。
心配の種が一つ消えた。
俺たちは、兵士たちに案内してもらった先ではテントが用意されている。
邪神の封印が解かれると聞いて、どんどん騎士と兵士たちが向かってきているらしい。
早馬で飛ばしても、封印が解けるまでに増援が間に合うかは怪しい。
今この場にいるのは付近に駐在していた騎士と兵士が合わせて五十人に魔術士が二十人ほど。
現実的には、これだけの人数で戦わないといけないだろう。
「邪神に詳しいものを、村から呼んできました」
ふもとの村は温泉を観光資源として生計をたて、同時に封印を管理も任されている一族が住んでいる。
当然、封印されている【暴食】の邪神ベルゼブブの資料が残っており、彼らの意見は非常に役にたつ。
初老の男性が、テントの中に入るなり土下座をして口を開いた。
「巫女姫様、申し訳ございません。あのようなものたちを山に入れてしまって」
「私こそ、さらわれて利用されました。後悔するのはあとにしましょう。今はどうやって封印を解かれた【暴食】の邪神とどう戦うのかを考えないといけませんわ」
その場の全員がうなずく。
ここにいるの面々はきちんと冷静に行動できるメンバーらしい。
「私とオルフェ様の二人で封印に仕掛けをしましたわ。最悪でも十二時間、長ければ二十四時間ほどは封印を維持できます。そして、封印を破られたとしても、邪神は本来の三十パーセント程度の力しか出せません」
三十パーセントと聞いても、みんなの表情は晴れない。
三十パーセントとはいえ、邪神とはたった一発で村一つを消し飛ばす存在、あまり油断はできない。
「巫女姫様、封印解除の直後に倒せないと終わりです。邪神は一日も経てば周囲の力を飲み込んで、どんどん力を取り戻していく。三十パーセントの力なら、私とニコラの二人がいればなんとか渡り合えるかも……こんなときシマヅ姉さんがいてくれればって思っちゃう」
オルフェが爪を噛んだ。
オルフェが嘆くのも無理もない。純粋な武力ではシマヅは最強だ。あの子なら、三十パーセントの出力の邪神なら圧倒できるだろう。
「オルフェねえ、ないものねだりしてもしょうがない。できることをやらないと。そのためには封印されている邪神の能力が知りたい」
全員の目が村の守り人に向かう。
邪神たちは、純粋な強さのほかに厄介な特殊能力をもっている。
その対処なしに勝つことは不可能だ。
「【暴食】の邪神は、伝承によると山と見間違おうばかりの巨大なハエと人が混ざったような化け物です。【暴食】を関する邪神とあって、木々だろうか人間だろうがすべてを食らいながら無限に力を取り込み、ますます巨大になる」
厄介なやつだ。
放っていくほど倒すのが厄介というレベルではない。
「そして、厄介な能力があって、やつは群体なんです。危険を感じたら、数万の小鳥サイズのハエに分裂して逃げます。その一体一体が並みの魔物以上に強い上に、たった一匹の統率者のハエによってチームワークを発揮しますし、いくら分裂体を倒しても栄養が十分に溜まれば分裂して追いつきません。さらに厄介なのが、統率者を倒したところで、別の個体に統率者を引き継ぐところ、分裂を許せば勝ち目がないと言っていいでしょう。巨大な一匹でいるうちに致命傷を与えないと終わりということです」
俺の知っている情報と一致する。
ベルゼブブは、すべての邪神の中で最弱と言っていい。
だが、群体と増殖、食欲のせいで一番倒しにくい邪神だ。
復活と同時に集中砲火で分裂をする間もなく倒すしかない。
問題はその火力だ。
この場の視線が、【魔術】のエンライトたるオルフェとニコラに集まる。
大賢者マリン・エンライトの名をこの国で知らぬものはいない。この国ではどうしようもない災厄が訪れたときに使用される切り札。
無数の英雄譚を持ち、何度も世界を救った男。
そして、【魔術】【錬金】という一分野であれば、娘たちはその大賢者に匹敵するという話も周知の事実ではあった。
オルフェは深く息を吸う。
それから、覚悟を決めて語り始める。
「使える属性は問わない。魔法を使える人は全員で何人いますか? 村に来ている人の中からもかき集めての数を教えてほしいです」
「何をするつもりですの、オルフェ様」
エレシアは期待と不安を半々にして問いかける。
「あいつが復活すると同時に儀式魔術を使う。その場にいる魔術士全員の魔力を無理やり根こそぎ引っ張り出して叩きつける特別な術式の陣を今から最速で準備します。それぐらいしないと火力が足りない」
「無理ですわ! 同じ属性ですら魔力は人によって性質が違う上、属性が違う魔力を束ねるなんて聞いたことがありません。複数人の魔力を使う魔術は聞いたことがありますが、せいぜい十人までのはずです、今回は百人以上集まりますよ。不揃いな属性で百人を超える人間の魔力を束ねて放つなんて、超人的なんて生ぬるい、神業的な魔力制御が必要になります。だいたい、儀式魔術の陣を作ると言っても、宮廷魔術士だって儀式魔術の陣を描くのに十人がかりで三日はかかります。最短十二時間で奴は復活するのですよ! どう考えても間に合いませんわ」
エレシアの言葉を聞いたオルフェは微笑む。
その顔には確固たる自信があった。
「その程度できずして、【魔術】のエンライトは名乗らない。集められるすべての魔術士の力を束ねて放てば、弱体化した邪神なら倒せる可能性がある」
オルフェの眼にはなんの気負いもない。
ただ当たり前のことを言っているとばかりに。その発言が許されるだけの技量をオルフェは持っている。
だからこそ、俺は【魔術】のエンライトと名乗ることを許しているのだ。
オルフェとニコラ以外の全員が絶句する。それほどまでに荒唐無稽でありえない魔術。
「魔術を使えない方々は、魔術士たちの護衛を頼みたいです。そして、もし一撃で致命傷を与えられなければ、高確率で分裂してくる。そのときは総力戦になる。儀式魔術で体の大半を吹き飛ばしさえすれば、数がかなり減る。一体一体潰しても間に合うはずです」
オルフェは口には出さないが、間に合うと言ったのは気休めだ。分裂を許した時点で終わりだ。
数の暴力に飲み込まれ、一人ひとりが餌になり、餌を得た奴らは分裂する。
正直、穴だらけの計画だが、それ以上の代替案がない。
「もちろん、全力を尽くすのは【魔術】のエンライトだけではありません。【錬金】のエンライトもその力を振るいましょう。ニコラ、出し惜しみはしないで、片っ端から爆弾を使い切りなさい、命中させることが難しいなら、風で飛ばして絶対に当てる。だから威力だけを考えたチョイスを頼みます」
「ん。在庫一掃セール」
この場では魔術士たちのプライドがあって言わないが、ニコラの爆弾のほうが百人の魔力を束ねた一撃より強いだろう。
儀式魔術とニコラの爆薬の超火力攻撃の連射。
それで弱体化した邪神を殺し切る。
もし、それが叶わない場合。
……きっとこの子は切り札を使うつもりだ。
オルフェの中に宿る、【憤怒】の邪神サタンの力。
それを完璧に封印する過程で、その力を操るすべも得ている。
最後の最後はその反則に頼るしかない。
それはオルフェにとってもリスクが大きい力。
父親としての意見が許されるなら、オルフェとニコラにはここから逃げだしてほしいと思う。
いくつかの街は滅ばされるだろうし、邪神は完全に力を取り戻すだろう。
だが、それだけだ。
一度逃げて残りの姉妹を呼び寄せ、十分なバックアップがあれば完全に力を取り戻した邪神相手に必勝の戦略を仕掛けられる。五人揃いさえすれば、何度も世界を救った大賢者すらも凌駕する。それがエンライトの姉妹だ。
だが、オルフェはその選択をしない。
彼女はこの街の人たちを見捨てられない。優しい子だ。
それだけではなく、邪神に滅ぼされた自分の村をこの村に重ね、なにより邪神に立ち向かった俺への憧れ。それがオルフェにここで分の悪い戦いをしてでも、みんなを守ろうという決意をさえた。
……少し呆れるが、誇らしい。
父として、使い魔として支えよう。その優しさと気高さに輝きを感じた。娘の勇気を蛮勇になどさせてなるものか。
「ぴゅい(がんばれ)」
この身はスライムなれど、世界一の魔術士の使い魔。
なればこそ、世界一の使い魔としてふさわしい働きをしよう。
------------------------------------------------
種族:フォビドゥン・スライム
レベル:16
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃 言語Ⅰ 千本針 嗅覚強化 腕力強化 邪神のオーラ 硬化
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 フォレスト・ラット素材 ピジオット素材 ホーン・バンビー素材 デンクル・ラット素材 ニードル・ベア素材 グラッジ・ドッグ素材 スロック・チンパ素材 邪教神官の遺品 クイーン・ラット素材
ステータス:
筋力D+ 耐久D 敏捷D+ 魔力E+ 幸運E 特殊EX
-------------------------------------------------