エピローグ3:大賢者と娘たち(後編)
スライム転生。最終回。今までありがとう!
↑サブタイトル 誤:中編 正:後編 ……シマヅの風呂に付き合って大変な目にあった。
あの子は、父であっても俺が男だということがわかってない。いや、わかっているからこそまずいのか。
だが、風呂は悪くなかった。
娘と風呂に入れて良かったという意味ではなく、ニコラが新設した風呂が良いという意味だ。
入浴剤も工夫を凝らしており、あれを売り出せば一財産を築けるだろう。
そして、いよいよ本日最後の約束だ。
【王】のエンライト、レオナ・エンライト。
彼女は純粋な人間であり、他の娘たちとは違い身体能力も魔力も常人の枠を超えない。ただ、ずば抜けた頭脳を持つだけ。
だからこそ、【王】の資質がある少女だ。
彼女の執務室に向かう。
執務室には、これでもかと山のように資料が積まれていた。
【王】であるには、ありとあらゆる情報が必要なのだ。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。そして、レオナの場合は常に周辺諸国のデータを情報網から吸い上げ、そこから予測する未来からも学ぶ。だからこそ、【王】のエンライト足りえる。
そんなレオナが微笑みかけてくる。
「やっと、私の番だね。だいたい、予想通りの時間だよ」
「そうか、待ちぼうけをさせているのではないかと気にしていたのだがな」
他の娘たちに何度も捕まり、当初の予定よりだいぶ遅れたが、レオナはそれすら読んでいたのだろう。
その言葉が嘘でないことを証明するように、二人分の淹れたての紅茶がある。
席につき、ありがたく紅茶をいただく。
「パパ、今日呼んだのは私の計画を実行する前の最終確認。国ができるのは、だいたい二年後だけど、ここから一気に動き出す予定」
レオナが資料が詰まった封筒を渡してくる。
中を開き、目を通す。
二年後に国を立ち上げる。その壮大な計画が書かれているだけあって情報量は多いが、的確にまとめられている。
その計画を成し遂げるために、今までレオナが各国で培ったコネ、エンライトの姉妹たちの力、俺の能力まで加味されている。
脳内で、未来地図を描く。
自分たちの動きだけでなく、周辺各国の情勢まで。
……そうして、導き出した結論は。
「ふむ、成功するだろうな。この路線で行くなら多少の誤差やトラブル程度、エンライトの力で修正できる」
「うん。私もそう思ってる。じゃないと、もっと入念に準備してるもん。お姉ちゃんたちやパパの対応力も込みでの計画」
ある意味、拙速とも言えるが、効率的だ。
余裕があるのにこしたことはないが、そのために時間と資源を浪費するのはかしこくない。
「これで、私は自分の夢をかなえつつ、エンライトの力を利用しようって人たちから、みんなを守れる。それに、パパも周囲の目を気にせず、やりたい放題できるようになるよ」
「最後のはどういう意味だ」
「一生父親離れしたくない、一部のお姉ちゃんたちへの配慮?」
こいつは……。
レオナは人心掌握に長けている。
ずっと前からシマヅの気持ちに気付いていたし、約一名、まだ本人は気付いていないが、そういう感情が芽吹き始めていることにも気づいているのだろう。
「俺は、そういう配慮は望んでいないのだがな」
「まんざらでもないくせにー。他の男に持って行かれたらいやでしょー」
「俺が認める男であれば、やぶさかじゃない。娘たちを一生守れるだけの力、幸せにしてやれるだけの包容力、それから……」
俺は夫になる男に必要な条件を一つ一つあげていく。
あれも必要、これも必要。それから……。
五分後、レオナの額に汗が浮かび始めた。
「……まあ、他にもいろいろあるが、最低限これだけあればいい」
「それを満たしてるのこの世界にパパぐらいしかいないんじゃないかな」
「俺にできるのなら、他にもできる男はいるだろう」
条件が厳しくないというつもりはないが、やはり最高の娘たちの夫になるのであれば最高の男であってほしいと思う。
ここは譲れない線だ。
「なにはともあれ、パパ。これから忙しくなるよ。さっそく、明日には仕掛けるから」
「明日は城へ行く日か」
「そだねー。まあ、大騒ぎになるだろうから覚悟しておいてね」
【強欲】の邪神を倒したことに対する表彰を国王になったエレシアから直々に受けるのだ。
城が落ち着くまで時間がかかり今になった。
その場では、大賢者マリン・エンライトの復活もお披露目となる。
大騒ぎになるのは間違いないだろう。
死人が蘇った。それは不老不死を求める権力者たちにとって垂涎の的で、これから大勢がその秘密を知ろうと押し掛けてきたり、裏から手を回すのが目に見えている。
スライムの変身能力を使い別人として生きていくことも考えた。
そうすれば波風立たず平穏に生きていける。
しかし、娘たちが俺は俺として生きてほしいと言ってきた。
だから、俺は大賢者マリン・エンライトとして生きることを選んだのだ。
……そのこともレオナが国を興す計画を前倒しにした理由の一つだろう。
「しかし、意外だな。レオナが思い浮かべる国の概要を見させてもらったが、共和国ではなく、帝国にするとは」
「エンライトの国だからね。共和国って、みんなで国を運営していこうって考え方だけど、そのみんなが賢くないと大変なことになっちゃう。有能な少数が国を導くほうが、対応力も高いし、迅速に動ける」
それは正しい。
極論を言えば、国民の大半には学がなく、正常な判断ができない。そんな国民が選挙で能力があるものを選べるはずがなく、能力ではなく、人気、あるいは国民をうまく騙せるものが選ばれる。
そういったものも能力と言えるだろうが、国をよりよくできるものを選べるかは別問題。
選挙などに頼らず、優秀なものを選び、上に立たせるにこしたことはない。
「だが、次の世代、そのさらに次、常に優秀な人物が現れるかはわからない」
そう、どの王国や帝国も立ち上げたときに頂点に立っているものたちは優秀だ。そうでなければ国を作るなんてできない。
しかし、代を重ねればその資質を受け継がなかった後継者が現れ、無能なものの独裁で国は衰退する。
それはシステム上避けられないもの。
優秀なトップがいるうちは、王国や帝国が優位。しかし、長い目で見れば共和国のほうがいい。
「それだけどね。お姉ちゃんたちと色々と研究中。確実に優秀な子孫を作る方法と、それとセットになる教育システム。私的には、効率が悪いけど長持ちする共和国にするぐらいなら、優秀な後継者を作り続けるシステムの確立を実現することで、常に優秀な指導者が供給される帝国を作るほうが強い国になるって思ってるんだ」
なかなか、ぶっとんだ発想だ。
だが、理にかなっているし、エンライトらしいとも思う。
「というわけで、早く理論の実証がしたいから、パパ、子供作ってね」
「頭が痛くなってきたな」
「あははは、シマヅお姉ちゃんはその気だよ。ぶっちゃけ、パパとシマヅ姉さんはほとんど不老不死だし、オルフェお姉ちゃんもエルフですっごい長寿だから、子孫が無能でも国は安泰なんだけどね」
「そっちが本当の理由か」
「うーん、半分半分かな」
「ふう、わかった。大筋は問題ないが、いくつか指摘点がある」
「だろうね。ゆっくり聞かせて」
エンライトの家族が暮らしていく国だ。
全力でよりよくしていこう。
たぶん、この国は歴史上類を見ない発展をするだろう。娘たちは今まで以上に、それぞれの研究分野に打ち込めるし、次々と凄まじい発明品が出来上がる。
そして、この国のかじ取りは【王】のエンライトのレオナ。
その気になれば、十年後には世界征服を成し遂げているかもしれない。
そこまで先のことは俺には読み切れないが、世界征服はするかしないかの問題であり、できるできないという問題ではない。
エンライトとはそういう存在なのだから。
◇
翌日、それぞれが正装をして王城に向かう。
王城は移転した。
【強欲】の邪神に壊されたものを短期間で復旧するのは諦めて、王家が所有している別の城に移住し、王都も変更したのだ。
あの城は、巨大な封印装置だったが、【強欲】の邪神が倒れたのだから、維持する必要はない。
娘たちが順番に呼ばれ、次々に勲章を受け取り、拍手が響き渡る。
そして、最後に俺の番がやってきた。
「大賢者、マリン・エンライト」
檀上にあがると周囲がざわつく。
大賢者マリン・エンライトが復活したという噂はすでに広がっていた。
しかし、半信半疑だったものも多い。
王となった巫女姫エレシアがその名を呼ぶことによって、大賢者の復活が真実だったと多くのものが実感する。
「【強欲】の邪神を……いえ、すべての邪神を娘たちと共に打倒した大賢者よ。その功績は歴史に残るでしょう。第十七代、グランファルト国王エレシアの名において、あなたが望むものを与えましょう」
エンライトの屋敷を褒美として受け取っていたが、さらに何かをもらえるようだ。
俺の望みか。
それは一つしかない。
娘たちの顔を一人ひとり見渡す。
オルフェ、ニコラ、シマヅ、ヘレン、レオナ。
みんな、俺の考えていることがわかるのか微笑んでいる。
「私の望みはただ一つ。娘たちとの穏やかな日々。それだけです」
すべてを極め、ついには死すら克服した大賢者が望むのは、ただそれだけだ。
娘たちと穏やかに暮らせれば他に何もいらない。
「承りました。その望みが叶うよう尽力します」
その場で敬礼し、勲章を受け取る。
娘たちのほうへ戻る。
五人の娘たちが駆け寄ってくる。
「お父さん」
「父さん」
「父上」
「お父様」
「パパ」
可愛らしく、それぞれに違った魅力があり、なによりも大事な娘たち。
これからもずっと、この子たちと幸せに暮らしていく。
俺にとってのハッピーエンド。
だが、俺は知っているのだ。幸せというのは掴むことより、掴み続けるほうがずっと難しい。
これからも大賢者として、父として、戦っていくだろう。
今まで、スライム転生。を読んでいただき本当にありがとうございました!