第十七話:スライムは邪神になる
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ぐるぐる目を回したスライムファイブの面々が墜落していく。
……あいつらけっこう余裕があるな。
目をぐるぐる回すコミカルな仕草は巧みな操作で体を変形させないとできないのだ。
実際、墜落直前に浮力を生んで、水面を滑るようにして陸地にたどり着いている。
俺の分身だけあって、なかなかに抜け目がない。
スライムファイブは、力と力のぶつかり合いで押し負けると察した瞬間、ダメージが少ない負け方をしつつ、最低限自分たちの無事を確保する算段をしていたようだ。
彼らは、そのままぴょんぴょん跳ねて戦場から離れると、一か所に固まって、くっついて魔力充電モードに入った。彼らはそれぞれの属性のマナとの親和性が高く、ああやって特定の並びで、魔術的に意味ある形に変形することで、マナを取り込み回復力が高くなる。
どうやら、スライムファイブたちは、先陣としての役割を十分に果たしてくれただけでなく、まだ自分たちの出番があると考えてくれているらしい。
俺としては【極大消滅五芒星】だけでなく、もう一つの切り札、五体合体スラゴッドも見たかった。もしかしたら、その機会もあるかもしれない。
「ぴゅいっ(いけ)」
スライムファイブに気を取られている隙に、シマヅとクレオが距離を詰めている。
ようやく、【強欲】の邪神マモンは二人に気付いたがもう遅い。
それに動きが鈍かった。
【強欲】の邪神マモンが纏う黄金の鎧は、奴の能力で動かしているようだが、【極大消滅五芒星】という消滅に特化した魔術を力技で跳ね返すために、とんでもない量の力を消費している。
【強欲】の邪神マモンを守る堅牢の鎧は、今や奴を縛る重りとなっていた。
そのような鈍い動きで、【剣】のエンライトと【暗殺】のエンライトを捉えられるはずはない。
【暗殺】のエンライト、その本能で標的をかぎ分けたクレオがナイフを投擲。
いくら、瘴気による強化が無くなったとはいえ、黄金の鎧を投げナイフで貫くことはできない。傷一つつけただけで終わる。
しかし、それで十分。
なぜなら……。
「いい目印ね。叩き切るわ!」
初めから、シマヅへの目印でしかないからだ。
シマヅの刀。ニコラが西と東の知識を融合して打ち上げた神域の刀が、気を纏い光り輝く。
城では、シマヅは斬撃を飛ばした。
しかし、今度はそうはしない。
その有り余る力を刃としてとどめ、そのまま横薙ぎ。
圧倒的な密度で振るわれた力は、飛ばす斬撃とは桁違いの威力がある。
飛ばす斬撃を弾いた黄金の鎧を深々と切り裂いた。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
【強欲】の邪神マモンは叫び、黄金の光を周囲に放つ。
その声には怯えがあった。
湖の水が黄金になり、自らが動けなくなるも覚悟での放射。
シマヅは、その場に踏みとどまらず、後ろに跳ぶ。
いくら、神獣の気を纏っていても、あれだけの【強欲】の力だ。あの場にとどまっていれば、数十秒で黄金化されてしまう。
「オルフェ! 止めを」
「うん、任せて」
俺の隣にいたオルフェは、すでに詠唱の最終段階に入っている。
シマヅに言われるまでもなく、オルフェは自らの力を振るうときを待ち続けていた。
黒い炎の弓に、同じく黒い炎の矢が番えられている。
それは、無価値の炎。熱で焼き尽くすのではなく、触れたもの全ての価値を無にし、崩壊させる呪われた力。
オルフェの心臓に宿る【憤怒】の邪神サタンが持つ力だ。
【強欲】の邪神を討つには、その力を使わざるを得ないとオルフェが判断したからこその禁忌の魔術。
「【黒炎光矢】」
オルフェの全力をたった一本の矢に込めた一撃。
もし、オルフェ一人なら、こんな魔術を使うことはなかっただろう。
あの巨体に、矢一つの穴をあけることに意味はないのだから。
だが、奴にはクレオが印をつけ、シマヅが穿った傷跡がある。
その一点を撃ち抜けばいいのであれば、これ以上の魔術はない。
黒炎の矢が走る。
奴が放ち続ける【強欲】の力に触れるが、その力すらも無意味にしながら。
概念同士の戦いであれば、より強い概念が打ち勝つ。最強の邪神であるサタン、その力は【強欲】を上回る。
シマヅがつけた傷跡に黒炎の矢が吸い込まれる。
その瞬間だった。
恐ろしい光景が広がる。
巨人を形どる黄金が、すべてその傷に集まっていく、黒炎の矢はそれすらも無価値に変えていくが、黄金が埋め続け、消滅が追いつかない
それはあり得ない光景だった。
黒炎の矢が黄金を喰らい続け、巨人が黒炎に対抗するため黄金を一か所に集め続けるせいで、どんどん【欲望】の巨体が小さくなっていく。
【強欲】の邪神マモンのサイズが、せいぜいその辺の家ぐらいにまで小さくなったころ、ついに黒炎の矢が尽きる。
オルフェが膝をついた。息を荒くして、心臓を抑えながら。
「ぴゅいっ!?(大丈夫か!?)」
「大丈夫、だよっ」
サタンの力を使った副作用だ。
黒い炎は本来、人に扱える類のものではない。
「QYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
家サイズまで縮んだ【強欲】の邪神マモンが吠える。
オルフェを睨みつけていた。
さきほどの黒炎の矢を最大級の脅威と認識したらしい。
纏う黄金の鎧が崩れ、そのすべてを力に変換し、無造作に放った。
黄金色の風、こちらに向かいながら通り道すべてを黄金に変えてしまっている。
速い。
俺一人なら避けれるが、オルフェを抱きかかえて逃げるのは不可能。
防御するには、スライムファイブが放ったような消滅魔術や、シマヅがまとう神獣の気、というような概念的な力がいる。
間に合うかは微妙だ。
だが、何があってもオルフェだけは救ってみせると覚悟を決めた瞬間、目の前にキツネ尻尾が現れる。
シマヅが神獣の気を限界まで放出して俺たちをかばう。
「ぴゅいっ!(シマヅ、無茶だ!)」
「父上が私に言ったのでしょう。妹を守れって、だからそうするの」
神獣の気で【強欲】の力を防ぐ。
だが、力の絶対量が違いすぎて、そう長く持たない。
シマヅが全ての力を使い切る瞬間、俺はシマヅが稼いでくれた時間で練り上げた、瘴気を用いた魔術を使う。
「【悪魔炎】」
劣化無価値の炎というべき力。
魔力を元にした魔術であれば、絶対に使えない邪神の力。
シマヅが飲み込まれる前に、劣化無価値の炎は【強欲】とぶつかり、ついに防ぎきった。
シマヅが膝をついた。振り返ったその顔には驚愕があった。
やってしまったな。
こうするしかなかったとはいえ、娘の前で邪神の力を使った。
ついに隠していた秘密がばれてしまった。
後悔はない。シマヅとオルフェを守れたのだから。
「お父さん、その力は」
「……やっぱり、父上は邪神になっていたのね」
こんなものを見せた以上、オルフェとシマヅをごまかすことは不可能だ。
だから、すべてを話そう。
話が長くなりそうだし、娘たちとの会話を邪魔させないよう、周囲に控えていた偽スラちゃんたちに時間稼ぎを命じる。
偽スラちゃんズは【強欲】に纏わりつきながら、連携を駆使してうまく立ち回り始めた
「そうだな、今の俺は邪神だ。今まで五体もの邪神を喰らってきたおかげで、ついに俺自身が邪神になった」
流暢な言葉で話す、スラちゃんとしての皮を脱ぎ捨てた意思表示。
「今は理性があるが、今後どうなるかはわからない。俺を封印するか、俺から離れるか、どちらを選んでも、娘たちを責めはしない。好きにするといい」
邪神を吸収し続ければ、こうなることはわかっていた。
だが、それでも人間に戻るため、それ以上に魔術士の性として知らない世界を見るために邪神を吸収し続けた。
どうなろうと覚悟はできている。
もし、娘たちが封印をしようとするなら、そうされてもいい。
離れていくなら、一人旅をしよう。
オルフェとシマヅは俺を見て微笑む。
悩むかと思ったが、そんな様子はなく、まるで世間話をするかのように、いつもの笑顔で、口を開く。
「なら、お父さんが悪いことしないように一生傍にいないとだね」
「そうね。普通の女の子なら、支えきれないけど。私たちエンライトなら大丈夫よ。困ったわね。一生、お嫁にいけないわ。父上、責任を取ってね」
……しまったな、娘たちに俺の監視をさせるという重荷を背負わせてしまった。俺のせいで娘たちの幸せを奪ってしまう。
なのに、なぜだろう。
二人がまったく嫌そうじゃないどころか、嬉しそうなのは。
しょうがない子たちだ。
「ふむ、なら、まずはあれを倒そうか。俺はもう隠さんよ。今の俺の力をすべて使う。ついてこい」
「うん、お父さん。なんか、ちょっと元気が出たよ」
「私もね。力なんて絞り切ったと思ったのに」
瘴気が体から噴き出る。同時に魔力も。
瘴気と魔力が混ざり合い、新たな力に昇華する。この世界で俺だけに許された力。
瘴気を操れるようになってから、ずっと研究し、ようやく完成した力だ。
……我ながらおかしなものだ。邪神になることを恐れることより先に、その力を使いこなす研究をしていたのだから。
これはもう病気だな。
時間稼ぎを命じていた偽スラちゃんズに撤退命令を出す。
【強欲】の邪神の敵意がこちらに戻ってきた。
自らを被う、黄金の鎧すべてを使い切ってもなお、俺たちを倒せなかったことで【強欲】の邪神マモンが苛立っている。
黄金の鎧を無くしたやつは、ひょろっとした黒いのっぺらぼうのようだ。
いいだろう。
邪神対邪神の戦いだ。
すべてをさらけ出した俺の力、存分に振るわせてもらおう。