第十話:スライムは六人目の娘と出会う
エレシアと別れて、城を出る。
エレシアの無事を確かめられて良かった。
かなり疲れている様子だったが、癒し系スライムである俺と触れ合ったことで、元気を取り戻していた。
触手を使ってツボを押したり、こっそりと、ポーションを湯船に流すことも忘れない。
俺は気が利くスライムなのだ。
「ぴゅふぃ~(癒された)」
幸せで優しい時間だった。
目的も達成できて大満足だ。
オルフェたちが借りている屋敷にたどり着いたとき、偽スラちゃんから緊急連絡が入った。
『ぴゅいっ、ぴゅいっぴゅ、ぴゅいっ!(ボス、ターゲットを見つけました。増援を呼び、監視に移行しております!)』
監視網を構築している偽スラちゃんの一体だ。
彼らのいうターゲットは一人しかいない。
クレオ・エンライト、【影】のエンライトだ。
「ぴゅむ(ふむ)」
ただ、妙ではある。
俺が進化したことにより、偽スラちゃんのスペックはあがっている。
加えて、百体以上の偽スラちゃんで構成されている監視網は広く深い。
だが、【影】のエンライトを見つけ、あまつさえ気付かずに監視、追跡し続けるなんてことは不可能だ。
スライムファイブですら、キャパの限界からスキル数に制限があり、それぞれの役割に応じたスキルを取捨選択する必要がある。
一般偽スラちゃんたちは、さらにキャパが少なく、個別にスキルを選ぶ手間をかけられないので全員汎用性重視のスキルしか持っていない。
つまり、隠密行動にも追跡行動も、せいぜい一流どまりで、超一流を相手にするには心もとない。
クレオを追うには力不足だ。
それでも追跡ができているのならば、こう考えるべきだろう。クレオはわざと見つかり、追跡させている。
何のために?
その答えも決まっている。俺に会って話しをするためだ。
◇
偽スラちゃんたちの報告を受けながら現地に向かう。
視界情報をリンクさせる。
背が低く、黒髪をポニーテールにした十代半ばの少女。
どこか中性的ですらりとした美しい肢体を持っている。
髪の色と同じ黒い機能的な服を身に付け、その上に外套を羽織っていた。
彼女が走っているのは王都の東端、城門の外にあるスラム街だ。
ここには、王都に住めない者たちが集まって暮らしている。
そんなスラム街のさらに奥へと奥へと向かう。
『ぴゅっ、ぴゅひいいいいいいいいいいい』
クレオの進路を塞ごうとした偽スラちゃんが悲鳴と共に消滅した。
クレオが投げたナイフが刺さったとたん、スライム細胞が膨れ上がり破裂したのだ。
ほとんどの毒が効かない偽スラちゃんを殺すとは、面白い薬が塗られている。もしかしたら、あれは本体である俺にすら効くかもしれない。
あとで回収して調べてみよう。
殉職した偽スラちゃんには悪いが、一匹始末されたところで思考をリンクした十体以上の偽スラちゃんが包囲網を作っているので、問題ない。
もっとも、クレオが本気になればこんな包囲網は軽く突破できるのだが。
……奥へ奥へ進んだ袋小路。
そこでクレオは立ち止まり、振り向く。
切れ長の鋭い目で、追跡者の偽スラちゃんたちを睨んだ。
「要請。父、姿を見せて。ここなら話しやすい。それともスラちゃんと呼ぶべき?」
ご要望に応えて、偽スラちゃんたちの背後から姿を現す。
ただ、このままで話しにくいので、【創成】の力で、少年時代の姿へ変身した。
性別は違うが、少年時代の俺とクレオが並ぶと、瓜二つだ。
本当によく似ている。
髪の色も、目の色も、その顔立ちも。
オルフェたち、五人のエンライトは容姿がまったく俺とは似ていない。
血が繋がっていないのだから似るはずがないのだ。
でも、この子だけは違った。
俺と同じ血が流れている。
だからこそ、この子は他の姉妹たちと交流することを選ばなかった。
俺の子供だからというわけじゃない。
もっとありえない存在であり、彼女を見つけたときは驚いたものだ。
「クレオ、こんな場所に呼び出したわけを聞こう」
「警告。邪魔をしないで。私は誕生パーティでエレシアを殺す。その邪魔をするなら、容赦しない……【剣】は無理でも、他のエンライトを一人二人始末するぐらいはできる」
シマヅを高く評価をしているようだ。
シマヅもクレオを高く評価していた。達人同士、互いの力を見抜くことができる。
「それを俺が許すと思うか」
「不可。殺すより、守るほうがずっと難しい。父でも全員は守れない」
たしかにそうだ。
この子は、シマヅを除いた四人のうち誰かを狙えばいい。
だが、俺はエレシアを含めれば五人を同時に守る必要がある。それはとてつもなく不利だ。
スライムファイブは頼りになるが、さすがに本気のクレオ相手ではどうにもならない。
「教えてくれ。エレシアを狙うのはお前の信念に従ってのことか?」
「肯定。世界平和のためにこの命を使うと誓った。でなければ、私が作られた意味がない。彼女の死は平和に貢献する」
「理由は話してもらえないんだな」
「肯定。話すことによって、私の目標が達成できなくなる」
こういう聞き方をしても、何もクレオは話さないだろう。
何を質問するべきか、もっと考えるべきだ。
ただ、こういった警告をするためだけならクレオは姿を現さなかっただろう。
俺がクレオの意思を変えられないと察したように、クレオだって俺やエンライトの姉妹たちが警告をされたからと言って、エレシアを見殺しにするなんてありえないと気付いているはずだ。
絶対に、クレオは無駄なことをしない。
ゆえに、ただの警告で呼んだわけではない。
そもそもおかしいのだ、クレオは誕生パーティでエレシアを殺すと言った。
普通に考えればわかる。わざわざ殺しのタイミングを教える暗殺者なんてありえない。
それはただの自殺行為だ。
ならば、わざわざそう言ったことに意味がある。
……繋がった。
今まで彼女がした行動と、ここで会ったこと、そして、さきほどの会話が意味することは一つしかない。
「わかった。クレオの暗殺は邪魔をしない。エレシアを誕生パーティで殺すことに意味があるんだろう」
「肯定。あの場所で、エレシアを殺すまで余計なことをしないでほしい」
「おまえが、エレシアを殺したあとは、何をしてもいいんだな」
「それも肯定」
満足げに、クレオが頷いた。
なるほど。
そういうわけか。
なら、クレオとオルフェたちが殺し合う必要はなさそうだ。
……彼女の計画には俺たちがどう動くかも組み込まれている。
まったく、めんどくさそうだ。
これなら、エレシアをよく思わない他の王位継承者の策謀だったほうがよっぽどわかりやすい。
「クレオ、全部終わったら、おまえをオルフェたちに紹介したい」
「否定。私の終わりは遠くない。無意味」
「なら、いっそ俺のようになるか」
【無限に進化するスライム】とクレオの相性に対する不安はない。
なにせ、俺に適応するよう作った。
ならば、クレオと合わないはずがない。
「保留。考えてみる。父がそこまで人間に近づくのに苦労したのがネック。そもそも、私は延命したいのか不明」
クレオが去っていく。
それから俺はぴゅいっと変身を解いてスライムに戻る。
彼女を見て思う、父としてまだまだ未熟だ。
彼女が望んだとおり、いや、彼女を生み出した女性の意思で【影】のエンライトとして必要な知識と技術を与えた。
だが、心だけは与えられなかった。
オルフェたちが、いい子に育ったのは俺の力じゃない。
きっと、姉妹として育ったからだろう。あの子たち同士で、心を育てあったからだ。
……だからこそ、姉妹の輪に迎え入れてやりたい。
そのためにも、クレオの筋書きを読み切り、最高のエンディングにたどり着くように動こう。
まずはレオナに相談だ。
あの子なら、すでにおおよそのことは察しているのかもしれない。