エピローグ:スライムは娘の夢を応援する
レオナたちと合流した。
レオナ率いる軍は終始戦いを優位に進めており、とどめを刺す直前、【傲慢】の邪神が死んだことにより、敵軍が溶けて消えたらしい。
同じ戦力同士のぶつかり合いでは、圧倒的に【傲慢】の邪神の軍勢が優勢だった。
なにせ、敵兵は死を恐れないし、躊躇もない。
さらに偽スラちゃんたちのようにテレパシー機能を持っており、情報伝達が一瞬で終わる。
こと軍同士のぶつかりあいではこれらの利点は、生半可なことでは埋められない。
……それでもレオナは圧倒した。さすがは【王】のエンライトと言えるだろう。
「みんな、ありがと。私一人の力じゃ絶対勝てなかったよ。お姉ちゃんたち、それにパパのおかげ」
レオナがオルフェに抱きついてきた。
オルフェ姉ちゃんのが一番気持ちいいよと顔を胸に擦り付けるものだから、オルフェが顔を赤くし、周りの兵士たちが羨ましそうに見ている。
「レオナ、恥ずかしいからやめて。……それからね、私たちが揃えば勝てる状況を整えたのはレオナの力だよ」
「そうね、私たちは最後の最後に美味しいところを持って行っただけよ」
オルフェとシマヅの言葉にぴゅいっと頷く。
レオナがいなければ、とっくにこの国は七罪教団に掌握されていた。
危機を察知して、速やかに王族をかくまいつつ、王城の中に残ったわずかな手駒をうまく使い抵抗し、奴らの浸蝕を遅らせた。
それだけでなく、逆転のために物資・人員を用意し、機がくれば即座に出陣できる体勢を整えた。
さらには、この荒れた国が立ち直るために必要な準備をしつつ、他国からの支援を受けられるように手回しをしていた。
他のエンライトの姉妹は戦うものと、作るもの。
一人で凄まじい功績を出せる。
レオナは一人では何もできない。だが、周りの力を束ね、新たな価値と力を生み出していく。どれだけの偉人でも為せないことをする。
それこそが【王】の資質。
レオナはその資質を磨き上げてきた。
「じゃあ、お城にもどろ。お姉ちゃんたち、期待していてよ。盛大にお祝いするから!」
「それは嬉しいけど、いいのでしょうか? 復興で、これからお金がたくさんかかりますわ」
「だからこそだよ。悲劇は終わったって、高らかに宣言する。そのために必要な投資。ここはケチっちゃだめなところだよ」
道理だ。
ここから明日を向かって歩くために必要だ。
それに、せっかくグランリード王国に来たのに、グランリードの名物を何一つ味わえてない。
このまま帰るのはもったいない。
◇
軍に同行し、王城に戻る。
【進化の輝石】は短時間で完成させるためにいくつもの工程を省略した。
ぎりぎり、効果を発揮できるだけのものは出来たが、それ以外は全部おざなりにしたせいで、体へのダメージが大きい。
これも、即座に邪神を吸収しなかった理由。
精鋭部隊スライムフォーを除いた全偽スラちゃんを外に出して餌を集めている。
体を修復するためのスラ細胞が少しでも多く必要だ。
城に戻ったあとは、客室を用意してもらいゆっくりくつろぎ、いよいよ宴へ向かった。
城にあるダンスホールを使って、多くの人をもてなす。
今回は貴族や大商人といったものだけではなく、功績をあげた一般人が多く呼ばれている。
たくさんの料理が並ぶ。
だけど、城には似つかわしくない家庭料理ばかりだ。
今回のパーティは、一般階級のものが多い。
それに疲れ切っている。だから、温かい家庭料理が一番染みる。
実にレオナらしい配慮だ。
それに、俺やエンライトの姉妹もそちらのほうがいい。
家庭料理が一番その土地の色がでる。
こっちのほうが楽しいのだ
。
「スラちゃん、美味しいね」
「ぴゅいっ!」
すね肉とすじ肉をとろとろになるまで煮たものを具にしたパイ、安い部位だけど絶品だ。
竹の筒で、魚を蒸し焼きにしたのもたまらない。
竹の爽やかな香りとエキスがしみ込んでいる上に、魚の旨味を閉じ込められている。これはいい。
「美味しくてほっとする味」
「そうね、優しい美味しさよ」
「グランリードまで来た甲斐がありましたわ」
姉妹たちもみんな大満足だ。
「そう言えば、レオナはどこにいるのかな?」
レオナは開幕の挨拶をしたあと、すぐに引っ込んでいった。 ……だいたい想像はつく。
まったくあの子は。
「レオナは痩せすぎ、もっと食べないとだめなのに」
「ニコラ、人のことを言えないでしょ」
年下組の二人は成長が遅く父としては心配だ。
ヘレンやオルフェのようにはと言わないが、シマヅぐらいになってほしい。
「スラ、また変なこと考えてない」
「ぴゅんぴゅん」
体を震わして否定する。
……ニコラはこういうときだけ鋭くなるのはなぜなのだろう。
◇
兵士たちが得意な楽器を演奏したり、のど自慢たちが歌ったりして会場が盛り上がる。
その楽しい雰囲気に感化されたオルフェがニコラの伴奏に合わせて歌い、シマヅが舞を披露したときは、凄まじい人だかりができ、盛り上がりが最高潮になった。
ニコラの伴奏はどこまでも楽譜に正確で、うまいが面白くないもの。
だけど、オルフェの歌とシマヅの舞は、魂まで揺らすほどの感動がある。
なにより、全員とびっきりの美少女。大騒ぎになるのも無理はない。
ナンパしようとした不埒ものがたくさん湧いてきて、害虫駆除したせいで疲れた。
……なぜか、二人に怒られる。オルフェとシマヅのためにがんばったのに理不尽だ。
そんな楽しい時間も終わりがくる。
開幕の挨拶は、救国の英雄であるエンライトの姉妹を代表してレオナが行ったが、閉幕はレオナが救った王族が行った。
さて、俺も行くか。
今も頑張っている娘のところへ。
◇
レオナの匂いは覚えているので、同じ建物にいればどこにいるかわかる。
頭の上に、レオナが好きそうな料理にひと手間加えたものを乗せて、ぴゅいっとスライム跳びして進んでいく。
衛兵たちは、俺を止めない。
すでに、【魔術】のエンライトの使い魔であることは広まっている。
レオナの執務室に入る。
今もペンを走らせる音が聞こえる。
予想通りだ。
みんなが宴で騒いでいるなか、この子はずっと働いていた。
「ぴゅいっぴゅ!(レオナ、差し入れだよ!)」
「ありがと。パパ、そこ置いといて」
視線を向けることなく、レオナが返事をする。
皿を机の上に乗せる。
「あっ、サンドイッチ。うれしいな。手を止めなくても食べられる。……でも、宴で予定されていた料理にはなかったよね。どうやって作ったの」
「ぴゅいっぴゅい!(企業秘密)」
スラ触手さばきもだいぶうまくなってきた。
あとは、スラ斬触手があればこれぐらいはできる。
レオナが働いていることは予測していたので、サンドイッチに加工した。
何も言わずにベッドに飛び乗り、レオナの姿を見る。
ここには邪魔をしに来たのではない、応援しに来たのだから。
……ただちょっと暇だ。触手を出して、変身の特訓を兼ねたスラ体操でもやっていよう。
◇
明け方になって、ようやくレオナのペンが止まる。
「ふぅ、やっと終わったよぅ、パパ、ありがとね」
「ぴゅいっ!」
献身的なスライムとして、夜食を渡したあとも、紅茶を入れたり、インクを補充したりとサポートしていた。
ついでに、書類の仕分けや、必要な資料を添えたり。これができるスライムクオリティ。
「うーん、はかどった。これなら三時間は寝れるね。ねえ、パパ、寝る準備をする三十分、お話をしてよ。ぴゅいじゃなくてさ」
レオナが服を脱ぎ捨て、お湯で濡らしたタオルで体を拭く。 やっぱり、肉をたくさん食べないとだめだ。
話したいか……娘の頼みは叶えてやりたいが、体調次第なところはある。自らの体の状態を調べる。
だいぶ回復してきた。これなら、大丈夫。
【創成】の力で、変身能力を強化し、少年の頃の姿に戻る。
「ああ、構わないよ。レオナ、お疲れさま。やっと終わったな」
「終わってなんかない。わかっているくせに。【王】の仕事はこれからだよ。英雄は戦いに勝って終わりだけど、【王】はその後の方が長いって、パパが教えてくれたんでしょ」
「そうだな。そのくせに、【王】は誰より最初に動かないといけないんだからやってられないな」
そう、【王】たるものは戦いの前も後も長い。
レオナは戦い勝てばこの国を救える状況を作るためにどれだけ苦労しただろう?
そして、これからこの国を正しく導くためにどれだけがんばらないといけないのだろう?
みんなの疲れを癒すためにレオナが手配した宴会に参加する時間もない。
彼女が言った通り、【王】は最初に動く。
指示を出さないと、下は動けない。
宴という下が休んでいる間に【王】は、彼らをどう動かすべきか決めなければならなかった。
でないと明日になり、いざ復興作業を始めようとした瞬間、人々は何をしていいのかわからず立ち往生する。
「……でも、私の夢に近づいた。私の国を作り上げる。最初は夢物語だったけど、もうすぐ手が届きそう」
「そうだな。今のレオナならできるかもしれない」
レオナの夢は、自らの国を作ること。
レオナはとある亡国の姫だ。
彼女の父は、善人ではあったが愚かだった。
あまりにも若くして王についてしまい、未熟なまま理想を追って、間違った方法で豊かで強い国にしようとして、国を潰すきっかけを作った。
運がなかったのもある。
近くに彼を諫める者がおらず、レオナの国は他国から見れば魅力的で、虎視眈々と狙われていた。
その結果が内側から腐り、弱ったところを外から食い破られて滅亡。
俺は先代の王に借りがあったから、彼の頼みを聞いた。
それが処刑が決まっていたレオナを連れ去ること。
レオナという名は偽名だ。本名は、レオハルーヤ・フォル・ソバーニャ。
北の滅びた小国ソバーニャの姫。
「パパが作ろうとした理想のソバーニャを作るんだ。パパはやり方を間違っただけで、その理想は間違ってなかったって私が証明する」
それこそがレオナの夢。
【王】を志した理由。
知識と技術を得た彼女は、今回のグランリードのように、救国請負人として三つの国を救っている。
どの国も、バックにいる大賢者マリン・エンライトの力に頼るための窓口としか見ずにレオナの協力を受け入れる。
しかし、今回以外はレオナは自らの力だけで救国することで、実力と自らの価値を示した。
それぞれの国から、レオナにずっといてほしい。レオナになら望みのままの報酬を払うという話が来ている。
いろんな国を救って回るより、とどまったほうが楽なのに、レオナは次々と滅びようとしている国に行き、その都度地獄と向かいあっている。
「これで救った国は三つ目だ。レオナ、建国は今までの救国以上の地獄だ。その夢を諦め、誘いを受けて、どこかの国で骨を埋めるのも悪くないぞ」
「……悪くないね。そういうのも楽しいと思うし。でもね、やっぱり夢は諦められない。パパの理想を叶えたい。それにね、もう一つ夢をかなえる動機ができたの。お姉ちゃんたちとパパが幸せに住める国を作るんだ」
ほうっと、感嘆の声が出た。
「エンライトは前に進みすぎたよ。どの国にとっても異物。私たちが幸せに暮らすためには私たちの国が必要だと思わない?」
「考えたことはあるが、実行しようとは思わなかった。大賢者マリン・エンライトですら、困難と感じたことをやり遂げられるか?」
「もちろん、パパと違って、私はそれだけをやるから。……経験は積んだ。資産も十分、各国にコネと人脈も用意した。……そろそろ動くよ。三つの救国は、ただの準備運動だから」
救国を準備運動と言えるのは【王】のエンライトらしい。
「……ただね。私にも自信がないことが一つだけあるんだ」
目で、言葉の先を促す。
「それはね。お姉ちゃんたちやパパが私の作る国に来てくれるどうか」
小さく笑う。
「世界で一番くだらない質問だな」
「そうかな? パパ、今日は私と一緒に寝てね。お姉ちゃんたちばっか、ずるい」
「ああ、三時間だけだが、存分に父に甘えてくれ」
朝が来れば、また激務が始まる。
だから、今このときだけは安らかな気持ちにさせてあげよう。
◇
翌朝、レオナは早朝には身支度をして出ていった。彼女の戦場へ。
仕事は山積みだ。
国の復興作業。
国内に潜り込んでいる七罪教団残党の対処。
国外への事情説明と付け込まれないようにする根回し。
クッチャカッチャの体内に囚われていた人々の治療とサポート。
そして、五体目の邪神まで倒してしまったエンライトの姉妹を守るための工作。
本来、レオナの仕事は救国までだが、アフターサービスまですると決まった。
国王を始めとした人々に懇願されているし、レオナも部下たちをこの状態で放り出せないと言っている。
そして、他の姉妹たちは……。
「お姉ちゃんたち、いつ帰るの?」
忙しい時間の合間でレオナは姉妹たちと昼食を取っている。
一通り、指示を出し終わったので少し余裕ができている。
「それなんだけどね。もうちょっと私たちも残ろうかなって」
「邪神に取り込まれた人の依存症を治すのは、この国の医者じゃ無理ですわ。薬のレシピを渡しても作れないでしょうし、容態が急変したら大変ですから」
「ん。ヘレンねえ一人で作れる量じゃ足りないからニコラが助手にいる」
「まだまだ、七罪教団の残党もいるし、今回の騒ぎで捕まった仲間を取り戻そうとするでしょ? しばらく用心棒が必要ね」
姉妹たちは全員が残ると決めた。妹を助けるために。
オルフェたちも、レオナがまだ頑張っていることを知っているし、力になりたいと思っている。
「ありがとう、お姉ちゃんたち」
「その代わり、仕事が終わったら、みんなで屋敷に帰るよ。いい、レオナ?」
「……うん、オルフェお姉ちゃん。早く帰れるようにしなきゃ」
レオナは姉たちが、建国すればついてきてくれるか心配してたが、そんな心配無用だ。
みんな、レオナのことが好きだから。
俺も、ぴゅいっと鳴いて応援すると告げる。
姉妹全員と一緒に屋敷に戻る。
そんな日が来るのが今から楽しみで仕方ない。
……そういえば、アッシュポートの屋敷ではなく、成金デブに奪われたエンライトの屋敷はどうなっただろう?
あの短気な成金デブなら、もう売り出していてもおかしくない、偽スラちゃんの一体に確認させてみよう。