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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編小説集

言わぬが花

作者: 翠泉
掲載日:2017/03/25

 探し続けている答えは見つからない。

 ここにも多分無いのであろう。

 弱い自分は未だに彼女の影を追いかけている。

 いや、彼女の影に憑かれているのかもしれない。

 どれだけ怯えても現実からは逃れられないというのに……




 自分はそれなりに生きていければ、特に長生きをしなくてもいいと思ってきた。

 だから自分は普通に結婚して、家庭を築いて、何気ない日常を過ごしてきた。

 ある事件が起きるまでは……




 その日も淡々と仕事をこなし、家路を急いでいた。

 家に辿り着いた時、異変に気付いた。

 「家の明かりが点いていない。まだ時間も20時なのにおかしい……」

 そう考えた自分は静かになるべく音をたてないように部屋に入ったのでした。


 居間に入ろうとした時に自分は驚きました。

 なんと壁や床に鮮血が飛び散っていたのです。

 最悪の可能性が頭をよぎりました。

 部屋に飛び込んだ自分が目の当たりにしたのは、首から血を滴らせる妻の姿でした。


 妻が倒れている傍らには剃刀が転がっており、喉元には大量の引っ掻き傷と共に出血も多大な量でした。

 それを見て私は自殺を試みたことが分かりました。

 喉笛が掻き切られているせいか妻はヒューヒューと苦しそうに荒い息をたて、呻いているのでした。


 何故こんな事になっているのだと焦っている自分をよそに違う感情を抱いているもう一人の自分がいたのです。

 なんて美しいのだ……と。

 こんな事、普通の人間の思考回路ではない。あってはならないのだと自分に言い聞かせました。

 しかし、月明かりに照らされ、命を散らせようとしている妻に感動を覚えたのでした。

 

 妻は立ちつくしている自分の方を見てこう言ったのです。

 「もう……私のい……命は長く……ないわ」

 そんなもの言われなくたって分かっている。

 この出血量では手遅れだということは……

 「何故こんなことをしたんだ!」

 自殺の理由に検討もつかない。


 すると妻は、力を振り絞りながらタンスを指差しました。

 「そ……それよりも、とても……苦しいの。自殺の……ほ……方法を……間違えたわね」

 そう言いながら妻は目を瞑った。

 その様子すらも自分は愛おしく思えたのでした。


 「さ……最後のお願い……聞いてくれる?」

 消え入りそうな声で自分に話しかけた。

 「私を……く……苦しみから……開放して……ほしいの……」

 自分は嫌であった。要するに最後に手を下せと言っているのである。

 この美しい作品に自分で手を加えるような、無粋な真似をするのは許されない、と心の何処かで思った。


 しかし、衰弱していく妻の姿を見ていられない、と思う自分の方が大きかった。

 「分かったよ、最後の望みを叶えよう……」

 自分は台所から包丁を持ち出し、妻の胸に突き立てた。




 気がついた時には既に陽が昇っていた。

 夢であってほしいと思っても自分の手は真っ赤に染め上げられていた。

 なんてことをしてしまったんだ……

 その時にふと思ったのだ。

 この怒りは一体何なのだ?

 不可抗力とはいえ妻を殺めてしまったことか?

 それとも……

 そこまで考えて自分はゾッとして、そのことを考えないようにした。


 そういえば妻が最期にタンスを指差していたな……

 そこには妻の日記が残されていた。

 そこには、

「今日、病院に行くと末期がんであることが分かりました。私の命は長くありません。延命をして生きながらえるよりも、どのみち死ぬなら、私は美しく死にたい」

と書かれていました。

 妻の苦しみに気付けなかった悲しみと同時に、妻の心意気に感動を覚える自分に嫌気がさしました。




 そして自分は今、開放感のあるビル屋上にいます。

 あの時の感情は一体……

 きっと自分は生れつき悪のウイルスに侵されていたのでしょう。

 起こった一連の出来事を他人に伝えることはないでしょう。

 言わぬが花、沈黙は金とも言いますし……


 「そういえば、旅行に出かけるんだった」

 これでもうこの事を考えることもなくなるでしょう。

 この事件だけではなく全てのことも……

 「俺は旅に出る、永遠の向こう側へ……」  

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