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休日の話

作者: 上条伊織

どこにでもいる兄弟の休日の一コマ。

多分、続かない……。

 穏やかな休日の昼下がり。いつものようにベッドで寝ていた私は、レースカーテンを通して射す日差しによって起こされた。起き上がらなきゃいけないとは思いつつ、クーラーの効いたこの部屋で惰眠を貪るという贅沢を手放すのは惜しい――。眩しさに目を細めながらスマホを見れば、時間は最後に記憶がある時間から十二時間以上経っている。……寝すぎた。

 寝すぎて頭痛のする頭を片手で抑えながら、のろのろとベッドから起き上がる。特に予定がないからといって、さすがに寝すぎだ。数回瞬きをしてようやく覚醒した思考で考える。  

 ……ご飯、食べよう。


 顔を洗い、一階へ降りる。食卓に行けば、兄がリビングにあるソファーに寝転がって文庫本を読んでいるのが目に入った。ローテーブルにはノートパソコンと飲みかけのコーヒーが置いてあり、休日の午後を堪能しているようだ。

「兄さん、何読んでいるの?」

 私の言葉に文庫本から顔を上げた兄は私に呆れた顔を向ける。「やっと起きたのかお前……」と目が語っていた。

「ゲーテの『ファウスト』だけど……。つか、お前寝過ぎ。寝る子は育つとかいうけど、お前もうそんな言葉で許される年齢(とし)じゃねえだろ」

 兄の言葉に少しだけむっとする。寝すぎだとは自分でも思ったけど、それを人に言われるのはなんだかむかつく。

 なんて反論しようか言葉を選んでいると、ポケットに入れておいたスマホが振動する。バイヴの長さからして電話のようだった。

「あ……。はい、もしもし。ミサキさん、ご無沙汰しています」

 私の言葉にぎょっとしたように兄は起き上がる。心なしか顔は青ざめ、冷や汗をかいているようだった。

「兄ですか? えーと、兄は今……」

 「いないって言え!」と必死にジェスチャーをしているのが見える。しかし、意趣返しにこれほど丁度いいものはない。

(うち)に居ますよー。本読んでいるし、暇だと思います」

(あかり)、てめっ!」

「はーい、わかりましたー。伝えときますねー」

 スマホを切って兄を見れば、なんだか面白い顔をしていた。青ざめつつも怒った顔をしている。どうやら意趣返しには成功したみたい。私は機嫌よく口を開いた。

「ミサキさん、原稿取りに来るって」

 その言葉に兄は絶望したように文庫本を落とす。しおりを挟んでいなかったようで、落ちた衝撃で閉じた文庫本に声を上げ拾いながら、兄は恨みがましく私を見た。

「お前、久々に作れた貴重な読書の時間を……。口止め料で本二十冊買ってやったのに。しかも、なんでミサキさんの電話がお前に……」

「残念。本はもう読み終わっているから無効でーす。電話は、兄さんにかけてもつながらないか居留守使われるかのどちらかだからって教えてもらいましたー」

 兄の疑問に一つひとつ答えていく。私の言葉にうなだれながら飲みかけのコーヒーを飲み干し、パソコンを起動させる兄はやはり甘い。すぐに家を出るなりなんなりすれば逃げられるというのに……。

「もうやだ、お前……。読むの早すぎ。俺、まだ三冊しか読めてないのに……」

 軽く涙目の兄をしり目にトースターに食パンを入れる。つまみを回して時間を設定し、焼きあがるまでの時間にスープを作っていれば、玄関の開く音が聞こえた。

「「ただいまー」」

 双子の春樹と夏希が帰ってきたようだ。今日は部活で学校へ行っていたようで、午前中で練習は終わりだと言っていた。少しだけ遅いと感じていたが、無事帰ってきたようだ。

「おかえりー……って、どうしたの!?」

 訂正。ぜんぜん無事じゃない。夏希は無事だが、春樹が無事じゃなかった。

 兄も私の声に反応するように緩慢な動作で双子を見て、ソファーから落ちた。コーヒーが入っていたマグも一緒にラグの上へ落ちる。

「うおっ!? ハル、なんでそんなにドロドロ……。いや、ボロボロなんだ?」

「別に……」

「エリカ様かっ!」

 兄の問いかけに顔を逸らす弟に突っ込んでいる場合ではない。急いで救急セットを用意しながら夏希に事情を聴く。春樹が喧嘩するなんて、大抵は夏希関連だ。

「えっと、その……。告白されて、断ったら押し倒されて……」

「「はぁっ!?」」

 夏希の姿をよく見れば、払ったようだけど服に汚れが付いているのが見て取れた。何てことだ。可愛い妹の身に危険が迫っていたなんて気づきもしなかった。

「ちゃんと無事だよ? 春樹が助けてくれたから……。だからお姉ちゃん、包丁持ちださないで。お兄ちゃん、どこ行くの。鉄バットどこから持ち出したの!? やーめーてー!」

 夏希の必死の訴えに手にした包丁をしまう。妹に怖い思いをさせた輩を潰そうとしたのに…………ちっ。

「にしてもハル、やるじゃねえか。中学入った途端髪染めた時はついに不良になったかと思ったが、俺はお前を見直した!」

 兄の言葉に春樹は顔を逸らしたまま。兄の言葉に答えたのは夏希だった。

「お兄ちゃん、春樹って優しいよ? 雨の日に震える子猫に傘をあげちゃう系の不良なんだよ?」

「え、なにそれ」

 夏希の唐突な発言についつい声が漏れる。

「普通にいい子ちゃんとかがそれやっても『ふーん』で終わるけど、それを普段素行も悪くて口も悪い春樹がやるからこそ、なんかこう……、胸にキュンとこない?」

 夏希の目がキラキラと輝き始める。……これは、合いの手を入れるべき、か?

「……つまり?」

 夏希が嬉しそうに口を開いた。

「春樹はツンデレです!」

「おいっ!」

 夏希のツンデレ発言に春樹が抗議の声を上げるが、夏希はそれを無視する。兄は常に携帯しているメモ帳に残像ができそうなスピードで何かを綴っている。

「普段素行も態度も口も悪い不良がときおり見せるやさしさ……。それゆえに起こる、ギャップ。胸キュンか……」

 そう呟いて、春樹をじっと見始める兄。見つめられた本人は兄の熱いまなざしに引いている。

「……兄貴、まさか……」

「次の小説の主人公のモデルはハルで決まりだな。却下をレシーブする」

(きゃっ)……()ができない、だと……」

 愕然と絶望をないまぜにした様子を見せる春樹。対して夏希は羨ましそうだ。

「いいなー、春樹。お兄ちゃんの小説のモデルになれるなんて」

「羨ましい!? 夏希、お前マジで言ってんの?」

「うん。だって、主人公だよ? 憧れるじゃん」

 ノートパソコンに素早いタイピングで文章を書きこむ兄。何やら創作意欲が湧いてきたらしい。目が爛々と輝いている。

「ナツ。なんかネタあるか?」

「とっておきあるよー!」

「夏希、何言うつもりだ」

「えー? そうだなー、シュラバとか?」

「シュラバ? 春樹を巡って女の子二人がキャットファイトでもするの?」

 修羅場と聞いてなんとなく想像したイメージを口にする。夏希は首を横に振った。

「ううん。春樹を巡っているのは同じだけど、女の子じゃなくて男の子」

 その言葉に驚きの声を上げたのは兄だ。

「えっ」

「えっ?」

 私はその話題に口元がゆがむ。それはぜひ、私も聞きたいなあ。

 私は下衆い表情をしたのだろう。春樹がまるで汚物を見るような目で見てきた。

「姉貴は絶対聞くなよ。『薄い本が厚くなる』とか言ったらぶっ飛ばすからな」

「え~、どうしよっかな~」

「バスプリのアンソロジー三冊」

「名前も春樹で描いちゃおうかな~」

「~~~~っ! 五冊!!」

「ほら、夏希と春樹は早く着替えといで。ミサキさん来るから」

 兄と夏希からの視線が痛い。確かに弟を脅すのはどうかと思う。でも、今月本当に金欠なんだ。今回だけだ、多分。許せ、春樹。

 私の言葉に双子は階段を上がっていく。兄も今ネタを聞くのは諦めたようで、再びソファーに寝転がる。自分の担当編集者が来ると言うのに、なんて怠惰な姿だろう……。

「灯も着替えろよ。パジャマなままなの気づけ、いい加減。あと、コーヒーとなんか甘いもの持って来い」

「これから着替えるし! それくらい自分でっ」

「お前に買ってやった本の総額、三万……」

「はいはい、仰せのままにすればいいんでしょ!」

 くっそ、やっぱり兄さんムカつく!

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