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死神の口説き方  作者: 海水
第1章 王都へ向けて
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第4話 騎士も色々

 コルネリウスさんとアサルさんに守られながら馬車は真っ白な景色の中をゆっくり走っていく。併走するふたりの馬の口からは白い息が綿アメみたいに吐き出されてる。

 思い出したら食べたくなっちゃった。甘くてほっぺがキューンとしちゃうのよね!





 コルネリウスさんは柔やかな顔で、手綱を握る手つきも軽やかだ。片やアサルさんは……不気味な獣の仮面で顔も分からないしなんとも言えないけど、静かに併走してる。

 不気味な獣の仮面を見ても馬は騒がないのは、よく調教されてるからなのかしら?

 そういえばふたりは近衛騎士と親衛騎士って言ってたけど、何が違うのかしら? 聞いてみよっと。

 馬車の窓に手をかけて、はしたないけどちょっと身を乗り出しちゃう。

 ひゃー、頬に当たる風が冷たい! 耳が凍っちゃう!


「ねえ、コルネリウスさん! 近衛騎士と親衛騎士って何が違うんですか?」

「イシスお嬢様危ないですって!」

「大丈夫よ!」


 コルネリウスさんも小さく口を開けびっくり顔してる。たっぷり3秒くらい石像になって「はは、お嬢様はお転婆さんですな!」って白い息を吐きながら豪快に笑った。





「近衛騎士はですね、王城を守る騎士の中でも強くて忠誠心が高い者だけがなれる、名誉ある騎士なんです! えっへん!」


 コルネリウスさんはニカッとしながら、ちょっと自慢げに話してくる。丸い耳もピコピコ動いて嬉しそうな感じ。

 近衛って名誉ある騎士で強いのね。さっき国で1番と2番って言ってたもんね。


「じゃあ親衛騎士って?」

「あー、その辺はアサルの奴に……」


 ちょっと困った顔で言い辛そうに口籠もった。あら、何かあるのかしら?


「アサルさん、どうなんですか?」 


 パッと反対側の窓に飛びついて並走してる不気味なアサルさんに話しかける。獣の仮面の口からは白い煙が出てるから、生きてはいるのよね。


「お嬢様!」

「分かってるわよ、おしとやかに、でしょ!」


 分かってる分かってる、あたしはお転婆さんですよ!


「……親衛騎士は王族を守るために存在するロイヤルガードです。現在は私ひとりですが」


 彼はテノールの声でそれだけ言うとまた静かになっちゃった。


「ひとりだけ、なんですか?」


 あたしの疑問に獣の骸骨が僅かに頷いた。





 雪原の道を進む馬車の中は暇だ。何もしないでいるとまた気持ち悪くなっちゃう。だからあたしの興味はあの不気味な獣の仮面に注がれた。

 何でまたあんなの付けてるのかしら? 見え辛いと思うのよね。大体護衛なんだから視界を妨げるような物付けてちゃダメじゃない! 気になるわね。気になっちゃうわねぇ!


「その獣の仮面は、付けっぱなしなんですか?」


 あてしはまた窓から身を乗り出してアサルさんに尋ねる。獣の骸骨はまたもコクっと頷くだけ。

 む~、会話にならな~い。

 ルティも気になるのか、おすましして興味ない顔してるけど長い耳がこっちを向いてる。バレバレよ?


「その仮面は取れないんですか? 仮面を付けてて周りが見えるんですか? 邪魔にならないんですか?」


 気になっちゃうとダメね、あたし。「やたらと首を突っ込むな」って怒られる事が多いのは自覚してるんだけど、止められないのよね。

 アサルさんはと言えば、当たり前だけど顔が見えないからどう感じてるかさっぱり分らない。でもフードの下の大きい耳がピクって動いたのは見えた。


「あ~イシス様。そいつ、顔に酷い傷があって人様に見せられるようなモンじゃないんですよ」


 馬車の向こう側のコルネリウスさんが大きな声をあげてきた。


「そうなんですか?」


 あたしの問いかけに獣の仮面は小さく頷く。

 んもぅ、会話にならないじゃない! 会話は言葉のやり取りよ! 黙ってちゃ分からないわよ!


「ちょっとだけでも外すことって出来ないんですか? ちょっぴりだけ!」

「お嬢様、そこまでにしておきましょう。人には色々と事情があるもんです」


 向かいに座ってるルティから窘められちゃった。自分が取り潰ぶされた貴族令嬢だったっていうのはあまり人には言いたく無い事だもんね。これ以上は失礼になっちゃうから止めておきましょ。

 あたしが諦めて長椅子に座ったらアサルさんはペコリとお辞儀をした。あんなの付けてるのに良く見えてるのね。

 




「……コルネリウス、来たぞ。御者は馬車を止めてくれ」


 アサルさんが御者に近づいて指示をとばした。仮面を付けてるからちょっと籠った声なんだけど意外に聞こえるのよ。不思議ね。


「あぁ、どこから嗅ぎ付けたのかお客さんだ。御者は中に隠れてくれ」


 コルネリウスさんが大声で相槌を打った。

 馬車の反対にいるのに良く聞こえるわね。熊族ってそこまで耳が良いのかしら?

 ブレーキをかけたのか馬車の速度がみるみる落ちていく。


「4,5人って所ですか?」


 左手で窓をしっかりと掴みながら身を乗り出したルティが額に手を当てて前方を睨んでる。


「いえ、脇の林に隠れている奴を合わせれば10人程だと思われます」


 アサルさんは淡々と修正してきた。何が10人なのかしら。あたしが窓から身を乗り出そうとしたら「イシスお嬢様は座っていてください!」って肩をつかんで止められちゃった。


「あたしにも見せてよ!」

「前方に不審な人影が4人います」


 ルティがひそひそ声で教えてくれた。

 ここカルステン王国は北と南を巨大な山脈に挟まれた東西に長く延びた国。主な産業は交易と通行税。山脈に挟まれてるけど、ここを通らないと反対側へは行けない交通の要衝なの。その交通の要衝が国になったみたいなもの。国を横断する交易路を昔からずっと護ってきてるの。

 商人や旅人が多く通ればそれを追剥する者も生まれる。この国は通行税のお陰で比較的豊かな収入があるから軍に力を入れられているの。収入源の交易路を守る為の軍にね。

 だから治安は良い方なの。それでも追剥や盗賊は無くならない。今みたいに出てくるの。





「よし! アサル、馬車とお嬢様方は頼んだぜ!」


 「はっ!」と手綱で絞るとコルネリウスさんは馬で駆けて行ってしまった。御者は「ひゃぁっ!」といいつつ慌てて中に入ってくる。


「ひとりで大丈夫なのかしら?」

「近衛の副団長ですし、大丈夫でしょう。それよりもこっちの方が心配ですけど!」


 ルティはコルネリウスさんよりも馬車を護るアサルさんを心配してるみたい。当のアサルさんはいつの間にか馬から降りて、何処に隠し持っていたのか見事な長剣を背負っていた。鞘も柄も青い剣だ。馬車に背を向けた獣の骸骨が林の方を睨んでる。


「お嬢様は伏せていてくださいね!」


 ルティは太ももに括り付けてた大きなナイフを手に持ち窓から外を警戒してる。スカーレットの長い耳もジャキンと聳えたった。


「だだだ大丈夫なの?」

「お嬢様はあたしの命に代えてもお守りします!」


 ルティはニカッとして力こぶを作った。





 突然、空気を裂く音がして何かが馬車に刺さった。


「うおぉぉ!」

「お嬢様、そこは可愛らしく『きゃぁ』です」

「だって驚いたんだから仕方ないじゃない!」

「伏せてください!」

「んぎゃっ!」


 あたしの頭をむんずと掴んだルティが無理やり体勢を低くしてくる。床に這いつくばるような格好になって身を隠した。

 遠くの方で金属同士が激しく当たる音と野太い悲鳴も聞こえる。その間にも次々と音を立てて馬車に何かが刺さっていく。


「ど、どうなってるの?」

「お嬢様、頭を上げては危険です!」


 一瞬だけ見えた視界には、倒れている数体の人影の傍に、剣を携えてポツンと立つアサルさんの姿があった。


「ぐぇっ!」


 ルティに頭を掴まれて伏せの姿勢にさせられた。

 これって結構苦しいのよね。


「お嬢様、可愛く、ですよ」

「だったらもっと上品におさえてよ!」

「そんな事出来ません!」


 あたしとルティが言い合っていると外から男の悲鳴と「くそ、逃げろ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。





 ルティが首だけニュッとあげて外の様子を窺ってる。


「大丈夫……そうですね」


 ぐるっと360度見渡してから立ち上がった。続けてあたしも立ち上がる。


「ふぅ、やっと楽になった」


 突然獣の骸骨が窓に現れ「ご無事ですか?」と声をかけてきた。あたしは驚きのあまり「ぎゃぁ!」と、ルティは可愛く「きゃぁ!」と叫んだ。

 突然の獣の骸骨は心臓に悪いから本当に止めて欲しい。


「お嬢様、そこは『きゃぁ』です」

「分かってるわよ! 点が付いただけでしょ!」

「その様な問題ではありません!」


 窓から見ればコルネリウスさんが馬に乗って戻って来たところだった。無事なようで何よりね。





「傷は負わせたがあっさり逃げた。巧い具合に誘き出されたな」


 馬を下りたコルネリウスさんが白い息を吐き、頭を掻きながら歩いてきた。


「……4人仕留めた。ひとりくらい生きてるだろう。連れて行く」

「まぁ、そうなるな。だが邪魔にならんか?」


 ふたりの、当たり前のように淡々と交わされる会話が怖い。


「この先の街でヴァジェットが待ってる」

「あぁ、あの小さいのか」

「身体の事は言ってやるな」


 コルネリウスさんが馬車に近づいて来て、入れ違いにアサルさんが倒れてる人の所に歩いていく。

 真っ白い雪の中で赤く染まってる所に全部で4人転がってる。冷たい雪に晒されてるのにピクリとも動かない。あたし達も馬車から出て雪の上に立った。ブーツを履いてるのに足元から冷気が襲ってくる。


「し、死んでるの?」

「動きませんね」


 思わずルティの背中に隠れる。身体が震えてくるのは、寒いからだけじゃないよね。護って貰わなかったらって考えたら……だめだ、落ち着かなきゃ。強く息を吸えば鼻の中が凍っていく。


「イシス様は第1級の護衛対象なので、襲って来る者には容赦はしません。特にあいつはね」


 コルネリウスさんが振り返るようにしてアサルさんを見てる。4人の内のひとりの手足を縛って猿轡をして片手で馬にどさっと乗せた。大人の男の人なのに軽々と持ち上げてた。


「さて先を急ぎましょうか。夕方前には経由地に着きたいですし」


 コルネリウスさんに促されてあたし達は馬車に入る。遅くなれば冷え込みも厳しくなるし、もしかしたら雪が降るかもしれない。明るい内に街に着きたいよね。

 御者が席に戻って手綱を引いた。ゆっくりと馬車は走り始める。雪の中の赤い水たまりには力無くだらんとした尻尾が3つ見える。天気は良いけど領地を出てすぐ襲われるなんて幸先悪いわ。これからのあたしを暗示してるみたいで不安になっちゃう。

 王城での侍女生活、無事に送れるのかしら? 『あの人』にも会えるのかしら?

お読みいただきありがとうございます。

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