第3話 ふたりの護衛
王都までは馬車で2日程の道のりだ。ウィザースプーン公爵領は比較的王都から近い場所にある。本来であれば領地の屋敷からは当家子飼いの護衛がつくんだけど、今回は特別に王城から専属の護衛が来て守ってくれるって話だ。領地内は子飼いの護衛で、そこから王城までは専属の護衛だって。母から聞いた話では王妃様が手配してくれたみたい。なんか重要人物みたいて嬉しいな。
「お嬢様、馬車には酔いませんか? 寒くありませんか?」
向かいに座ってるルティが心配そうにあたしの顔を覗いてくる。実はあたし、馬車には弱いのよね。ただ座ってる状態でごとごと揺られるのがすっごい苦手。自分で動き回ってる時はどんな動きでも、ぐるぐる回っても酔わないのにね。
「まだ大丈夫」
実はちょっと気持ち悪くなってきてるけど、ここはぐっと我慢。でもお腹が膨れたみたいに感じて、気持ち悪いの。
ルティはそんなあたしの顔を見て「無理は禁物ですよ」と小さいため息をついた。我慢してるのはバレちゃってるみたいね。
「横になってても良いんですよ。ここにはお館様もいませんし」
お父様がいるときは我慢に我慢を重ねて拳をぎゅっと握りしめてる。はしたないだの情け無いだの言われたい放題なんだもの。体質なんだから仕方ないじゃない!
「あー、もうダメ、限界」
あたしは毛布に包まって、座ってる長椅子にベタンと横になる。
あーギボヂバドゥイよー。
ふさふさの尻尾を抱き枕代わりにするとらふわっと香料の良い香りもする。そしてモフモフが気持ちいい。
尻尾を抱き締めてると気持ちが落ち着いてくるの。すりすりモフモフしてるとちょっとだけ気持ち悪いのも収まってくる。
あたしの身長はすごく小さいから横になっても足が伸ばせちゃう。ルティは女の子にしては大きいから足を曲げないと横になれないのよね。
小さいから幼く見られて悔しい思いをすることが多いんだけど、この時ばっかりは良かったって思いに浸れるのよ。
馬車のゴトゴトと揺れる適度な振動と暖かい毛布があたしを眠りに誘っていく。あの人の夢が見れるといいなぁ……むにゅむにゅ……
「……様、お嬢様!」
ゆさゆさと身体を揺らされてる。う~ん、な~に~?
「あれ、止まってるの?」
いつの間にか馬車の揺れが無くなっている。ゴトコトと地面を進む音もしてない。
「ルティ、どうしたの?」
あたしが目をこすりながら起き上がると外から男の人の低い声で「おぉ! こりゃ美人さんですな!」なんて聞こえてきた。
「だ~れ?」
声のした方を見れば、馬車の窓からこっちを見てる男の人が見えた
赤が混ざった金髪を短く刈り上げた頭には小さい丸い耳。力強い意志を持った赤い目の熊族の男の人だ。
「王城からの迎えですって。近衛騎士って言ってるんですけど……」
ルティが胡散臭いものを見る目で、窓から眺めてくる青年と窓の外にいる更に怪しい人影を睨んでる。
「おっと、ワタクシは近衛騎士団副団長のコルネリウス・クヴァントと申します。あっちにいる気味悪いのは親衛騎士のアサル・コウンカルエムです。我々は王城からイシス様をお迎えに上がりました。あっちは怪しいかもしれませんが、ワタクシはれっきとした近衛騎士ですよ! しかも副団長です!」
騎士副団長と名乗るコルネリウスさんはそう言うと右手を左胸にあて、深々と礼をしてきた。ちょっと軽めの口調からは予想できないくらいピシッとしてて綺麗な騎士式の礼だ。
白い近衛の騎士服に胸部と籠手、脛当てに金属の防具を装備しただけの簡単な武装ではあったけど、大男と言える身長とがっしりとした体格で腰には大きな剣も下げてる。護衛としては頼もしく思えた。その辺はちょっと安心ね。
気味の悪いと言われた人はちょっと離れたところで乗ってきた馬の脇に立ってる。本当に薄気味悪くてとても騎士とは思えない容貌だ。
「何なの、アレ……」
狼か何かの肉食獣の頭蓋骨みたいな仮面を付けて頭から黒いローブを纏って佇むその姿は、冥府からやって来た死神に見えちゃう。雪で一面真っ白な景色の中、そこだけ黒く空気が歪んでいるみたい。
でも胸を張ってピシッと姿勢良く立ってる。不気味だけどシャッキッとしてて、なんだか目が離せない不思議な存在だ。
「おいアサル、挨拶くらいしろよ。護衛対象だろ!」
コルネリウスさんに言われてその獣の仮面をつけた気味の悪い人物は音もなく馬車に近寄ってくる。
「なんか不気味ね……」
雪の上を歩いてるのにちっとも音がしない。普通は靴で踏みしめるきゅって音がするんだけど、足音もローブが擦れる音すらしなかった。本当に死神かと錯覚しちゃう。ちょっと怖い。
「……親衛騎士のアサル・コウンカルエムと申します。陛下並びに王妃様より警護を仰せつかっております」
丁寧なあいさつをしてきたその声は、風貌からは予想もつかないくらい柔らかいテノールの声だった。親衛騎士のアサルと言う人もスッと音もなく見事な騎士の礼をして来た。その時、一瞬ではあったけど、獣の骸骨の向こうから藍色の瞳が覗いてきた。
よかった、ちゃんと人間なんだ。本当の死神だったらどうしようと思ったけど、そうじゃなさそう。
「私はイシスお嬢様付の侍女でルティ・ストッパードと申します。いきなりで申し訳ないのですが、護衛は御ふたりだけなのですか? イシスお嬢様は王妃様の姪にあたられるんですよ。もっと護衛の人数がいてもおかしくないと思うのですが」
ルティはあたしの前に立って護衛の騎士ふたりに険しい口調で捲したててる。スカーレットの耳をビッと聳え立てて臨戦態勢だ。
護衛の数が少ないから疑ってるのね。
右手は太ももに括り付けてあるナイフをいつでも持てる様にスカートの裾をたくし上げてる。はしたないとは思うけど武器を表立って持ち歩けないから仕方ないのよね。
お付の侍女が険しい表情してるからかコルネリウスさんが親衛騎士のアサルって人の方をちらっと見て肩を竦めた。
「ワタクシとこのアサルは、これでもこの国の上から数えた方が早いくらいの強さですよ。具体的に言うと1番と2番です!」
言い終わるとコルネリウスさんは「はっはっは」と闊達に笑った。この人は身体みたいに豪快な人なのかな?
馬車の窓から突然獣の骸骨がヌッと現れた。あたしとルティは「ぎゃぁ!」と悲鳴を上げた。急に不気味な獣の骸骨が目の前に現れたら驚くに決まってるじゃない! ビックリして尻尾の毛がぶわっと逆立っちゃったわよ!
いつの間にかすぐ脇に来てた不気味なアサルさんが、ローブの懐から一通の封筒を取り出した。彼が差し出した封筒はピンク色で、紙の帯で厳重に封をされ、ご丁寧に印璽までされてる物だった。
「……王妃様よりイシス様へお渡しする様に、と仰せつかっております」
そのピンクの封筒をあたしに向かってスッと差し出して来た。さっきあたしを見てきた獣の骸骨の窪んだ目には何もなく、真っ黒な空間しかなかった。さっきの藍色の瞳は幻だったのかしら?
あたしが封筒を取ろうと手を伸ばしたら、ルティがサッと先に取っちゃった。封筒をじっと見て、触ったり振ったりして危険が無いか調べてる。もぅ、大袈裟ねえ。
「特におかしな点はなさそうです。印璽もカルステン王家の紋章ですし」
ルティがあたしにその封筒を渡してきた。可愛い犬の模様が描かれてるピンクの封筒だ。開けても良いのかな?なんて思って獣の仮面をつけてるアサルさんを見ればコクっと頷いた。あたしが何を言いたいのか分るのかしら?
厳重に封をしてある紙をガサガサと破り、封筒の中の手紙を広げる。
『イシスちゃんへ この手紙を見てるということは、護衛に会えたという事ですね。アサルは、見た目は不気味ですが、腕と忠誠は確かですし、なにより彼は特別です。何かあっても必ず守ってくれます。安心して大丈夫ですよ。城で待ってます。ヴィルマ ・カルステン』
王妃様はこの不気味なアサルさんを特別だって言ってる。何が特別なんだろう? 怖いから? 強いから? 不気味だから?
あたしはこの手紙をルティにも見せた。彼女は難しい顔をして「むむむむ」って唸って信用するべきか迷ってる。
でも子飼いの護衛はここまでだし、彼らと一緒に行くしか無いと思うのよ。王妃様が大丈夫って言ってるんだから、きっと大丈夫よ!
外にいるふたりの護衛さんにニッコリと微笑んで「よろしくお願いします」と言っておく。だって護衛をして貰うんだからね。
コルネリウスさんは「ヒュー」と口笛を吹いた。あれ、おかしかったのかしら?
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