第2話 大事な話
あたしが食堂に着いたのは家族の中で一番最後だった。テーブルにはお父様、お母様、そして兄様が既に座って待ってた。あたしには姉様もいるけど、もうお嫁に行っちゃって屋敷にはいないの。
「ようやく来たか」
サディアス兄様がヤレヤレって顔でため息をつきながらぼそりと呟いた。当家は公爵家で、20歳になるサディアス兄様は後継者としてばっちり教育されてるから頭は良い。あたしは、まぁそれなりかな?
「遅れてすみません」
あたしの遅刻は毎日の恒例行事だもん。ペコリと形だけお辞儀して席に着く。斜め後ろにはルティが控えてくれるいつもの形。
「では食べるとしよう」
お父様の合図で食事が始まった。
「イシス、ちょっと話がある」
食事も終わって席を立って部屋に戻ろうって時にお父様に呼び止められた。あたしを呼び止めたお父様は、ギュッと口を結んでる。それだけ言うと、先に席を立って歩いて部屋を出て行っちゃう。
なにかしらね?
「わかりました」
嫌な予感を感じながらも、話を聞くために応接室に向かう。
「寒っ!」
白い息を吐きながら無意識に厚いカーディガンの袖口を掴む。
部屋は暖房が効いているからそう寒くはないけど、廊下は凄い寒い。自慢の金色のふさふさ尻尾が縮こまっちゃうくらい。思わず尻尾を抱いて暖房の代わりにしちゃう。
「今日は特に寒いわね!」
「いつもと一緒です、お嬢様」
寒いからか、後ろからのルティの言葉まで冷たく感じるわね。ルティは厳しい口調の時はあるけど、基本的にあたしには優しい。
「お嬢様は寒さには殊更弱いですからね」
ほら、ちゃんとフォローが来た!
振り返ってルティを見あげれば、スカーレットの長い耳がへにゃりと垂れ下がってる。
「ルティだって寒いんじゃない!」
「冬ですから」
ルティは寒さでブルッとしながら少しはにかんだ。
応接室に入れば、そこにはお父様とお母様が椅子に座って待っていた。大事な話だと予想したルティが「私は外で控えております」と席を外そうとした時に、お母様から「ルティ、あなたも聞いて頂戴」と声がかかった。
あたしが向かいに座り、ルティは斜め後ろに控えてる、いつものポジションだ。
「イシス、お前も16歳になった。だが、ずっと屋敷にいたせいだろう、お前はちょっとばかり世の中の常識に疎い」
お父様が腕を組みながらあたしと同じ翡翠の瞳で見つめてくる。射抜くような怖い視線だ。
あたしはこの視線が嫌い。あたしを見ていないで、何か別な物を見ているような視線に感じるから。
「それでね、あなたを王妃様の侍女に推薦しようと思ってるの。王城で侍女として働いていれば、色々な常識と知識が得られるわ」
お母様が話を引き継いだ。お母様の琥珀色の目はちょっと揺れている。あたしが王城へ行くのを不安に思ってるのかもしれない。
あたしは幼いころからお転婆で転んで怪我ばっかりしてたしね。その度にお母様は「お嫁に貰ってくれる人がいるかしら?」って心配してるの。つい最近も転んで膝を擦りむいたばかり。
「それに、良き縁にも出逢えるかもしれないからな」
お父様は、ちょっとだけ口に弧を描かせた嫌らしい顔をした。多分これが目的ね。
「で、ですが王妃様の侍女となれば、普通は子爵や伯爵のご令嬢の役目です。イシスお嬢様は公爵令嬢です。不相応です!」
後ろにいるルティがまくし立ててあたしを擁護してくれた。王妃様の侍女となるにはあたしは身分が高すぎるのよね。逆に言えば、あたしは安く売られたって事。
「ふん、私を誰だと思ってる。王妃の兄だぞ」
お父様は自慢げに鼻を鳴らす。お父様は現王妃様の実の兄だ。そもそも公爵で権力をふるっていたのに、更に権力が欲しいかったみたいで自分の妹を当時王太子だったカルステン国王陛下に紹介したと噂で聞いた。
あたしの叔母に当たるヴィルマ叔母様はそれを知っていて、嫁いでいったのだとか。昔、お母様が教えてくれた。
今度はあたしを使って、また権力なんて良く分からない物を求めていくのかしら? あたしには理解できないわ。
「もちろんイシス一人で行かせる訳にはいかないわ。ルティ。申し訳ないんだけど、あなたも一緒に王城へ行って欲しいの。日々のイシスの世話をお願いしたいのよ」
お母様の琥珀色の瞳は更に不安の色が濃くなっていた。
「お任せください、奥様!」
ルティがお母様の不安を嗅ぎ取ったのか、腕をぐっと上げて力こぶを見せた。
「も~~~~う、許せません!」
あたしの部屋に戻ってきた途端にルティが大きな声で叫んだ。
「なんでお嬢様が王妃様の侍女なんですか! そりゃ名誉な事かもしれませんが、お嬢様はウィザースプーン公爵のご令嬢なんですよ! そこらの貴族令嬢じゃないんですよ!」
ルティは憤慨やるかたなしって感じでダンダンと地団駄を踏んでる。
「こんな愛くるしいお嬢様を獣共が巣食う王城に送り込むなんて、理解できません!」
ルティが長い耳を振り乱して頭を左右に振ってる。頭をふりふりして地団駄を踏んでるその仕草が実は可愛いの。
そこまであたしの心配をしてくれてありがとね。でもね。
「あたしは行くわよ!」
あたしの言葉にルティは「へ?」と間抜けな声を上げた。
「だだだだって、お嬢様だってお気づきでしょう! お館様は政略結婚の相手を探すためにお嬢様を王城へ送り込むんですよ! うぅぅぅ」
ルティは感極まってあたしに頬ずりしながらちょっと涙ぐんでる。ルティの感情表現はちょっと危険な領域に入っちゃうこともあるのよね。あたしは、仕える主なんだけど、同時に妹みたいにも思ってるみたい。小さいときから一緒だったからね。
「そうかもしれないけど、王城は色々な情報が集まるでしょ!」
王城って、国で一番情報が集まってくる場所なの。その集まってくる情報の中に『あの人』の事が入ってるかもしれない。おまじないで怪我を治せちゃう凄い人なんだから、もしかしたら王城にいて国王陛下に仕えてるのかもしれないし。
とにかく行くんだ! 親の決めた政略結婚なんて、あたしは嫌よ! 『あの人』のところにお嫁に行くんだから!
数日後、あたしが王城へ行く事が決定された。あたしに話をした段階で侍女の件はもう決まっていたのね。選択権なんてなかったみたい。
ルティはまぁるい尻尾をピクピクさせて怒ってる。でもこのまま屋敷に残っててもあたしに待ってるのは政略結婚だけ。だったらあたしは『あの人』を探しに行っちゃうんだ。絶対に探すんだ!
王城へ出発する日はよく晴れて、青い空もより透明になって雪一面で真っ白の地面を更に光らせている。きらきら輝く雪の海だ。海なんて絵本でしか見た事はないけどね。
出発の準備も整って後は馬車を出すだけになった。見送ってくれるのはお母様と使用人達。お父様は一足先に王城へと向かっていた。
「挫けないで頑張るんですよ」
「はい、お母様!」
馬車の窓に手をかけ、身を乗り出して挨拶をする。お母様の琥珀色の瞳は、やっぱり揺れていて、目の縁にはちょっぴり涙も姿を見せていた。
お母様の心配を打ち消すようにあたしは元気に「頑張ります!」と続けた。
「ルティ、イシスをお願いね」
「必ずやイシスお嬢様をお守りいたします!」
お母様の言葉にルティはグイッと力こぶを見せた。ルティは筋肉でものを考える時があるから、王城で暴走されると困るな。あたしがちゃんと手綱を握っておかないと。
「行ってきます!」
御者が合図をすると馬車は走り始める。あたしはお母様の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。段々と小さくなって見えなくなっていく屋敷。早くても1年は戻って来ない。もしかしたら、ずっと戻って来れなくなるかも。そんな予感もしてる。
でも、王城に行けば『あの人』の情報もあるかもしれない。むしろ王城でなければ情報がないかもしれない。きっと何か手掛かりがあるわよ! 頑張らなくっちゃ!
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