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死神の口説き方  作者: 海水
第2章 侍女イシス
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第9話 すれ違いの夜会

第2章最終話です。

 今夜は晴れてはいるけど外はまだまだ寒い。夜空に綺麗に浮かぶ月も薄ら寒く見える。穏やかに吹く風も頬を冷たく撫でていく。春はまだ先なんだと教えられた。

 サディアス兄様は婚約者と来ると思っていたんだけど、1人で来たみたい。公爵家の跡取りが1人でいるからか、良く目立つ。熱い視線を送ってる女の子の数も多い。お兄様ってモテるのね。

 あたし達侍女は王妃様の傍で立って待機してる。今年初めての夜会という事もあってかなりの人数が参加しているみたい。あたしも初めてだから判断付かないけど。

 陛下の挨拶で夜会が始まった。会場ではワルツが演奏され始めた。1人で来ていたサディアス兄様が陛下に挨拶する為に歩いてくる。 あたしが見た事の無い、かっこいい兄様の姿だ。

 会場に目を移せばそこには色とりどりのドレスを着た女性がいる。みんなバッチリお化粧して綺麗に着飾っ凄く可愛い。あたしと同じくらいの歳の女の子が集まってたりしてる。本来ならあたしはあそこにいたのかしら?

 あたしと言えば今日は大人っぽく体の線が出やすい細身のワインレッドのドレスに厚めの白いボレロ。尻尾には同じくワインレッドの可愛いリボン。装飾品は真珠のネックレスと腕輪くらい。お化粧もばっちりだからちょっと大人の女って感じ。ルティも鼻を押さえながら、素敵です!って叫んで何か妄想をしちゃったみたい。





「叔母様に聞いたが、頑張ってるそうだな」


 あたし達の前に陛下への挨拶を終えたサディアス兄様が来た。黒に近い紫の服を着ていつもより10割増し大人に見える。立派な大人なんだけどね。


「お兄様、今日は婚約者の女性と一緒ではないのですか?」

「……私の婚約者なら隣にいるじゃないか」


 サディアス兄様はあたしの隣にいるテクラちゃんを見た。釣られたあたしが振り向くとテクラちゃんはさっと頬を赤く染めた。


「え、えぇ! テクラちゃんなの!?」

「テ、テクラ!?」


 声を裏返して驚くあたしとカルラちゃんに対してお兄様は不思議そうに首を捻ってる。


「知っていると思っていたのだが、父上に聞かなかったか?」

「……そういえば、前に聞いたかも」

「自分の気になる事ばかりに意識が行っているからだ」


 サディアス兄様は肩を落とし盛大にため息をついた。


「お父様に言われて?」


 また父が政略結婚でもしたんだろうと思って聞いてみた。本人の前でちょっと意地悪だったかしら。


「私から婚約を申し入れたんだ」


 サディアス兄様は首を左右に振った。その言葉にテクラちゃんは照れてはにかみながら俯く。眠そうな目だけど恥ずかしそうに頬を赤く染めるてるテクラちゃんがすっごい可愛い。


「お兄様はいつテクラちゃんと知り合ったの?」

「あぁそれはな」


 出会いは王都の屋敷でのお茶会だって。たまたま屋敷に用事があって行った時にテクラちゃんに出会ったんだって。話している内に意気投合して、それから何回か食事なんかの後、婚約を申し出たとのこと。お父様が「身分が地位が」とかうるさいからってふたりで話し合って箔付けの為に王妃付きの侍女になる事にしたんだって。それならば妻に迎えるのに不足はないだろう、というのがテクラちゃんが侍女になった理由みたい。お兄様の推薦も強く働いたみたい。

 サディアス兄様が話している間中、彼女は下を向きっぱなしで耳をプルプル震わせてた。いつものテクラちゃんと違って普通の女の子みたい。


「テクラちゃんのどの辺に惹かれたの?」

「彼女はテキパキと物事をこなすことが出来る。いつも眠そうに見えるかもしれないが、動作は流れるように軽快だろう?」


 あたしの意地悪な質問にもさらって答えてくる。

 確かに侍女として働いていても居眠りなんかしないし、食事の用意も軽快な動きだ。


「テクラちゃん、結構毒を吐くけど?」

「物事の本質をちゃんと理解した上でないと毒は吐けないものだ。彼女は非常に聡明で、私なんかよりも賢いぞ。勿論、器量も良いと思っているが、そこだけに惹かれた訳ではない」


 サディアス兄様は真面目な顔で「彼女は素晴らしい」と言わんばかりの答えを出してくる。 

 あたしはテクラちゃんをしっかりと評価してる兄様に驚いた。それと同時に本当に彼女を好きなんだっていうことにも。

 堅物で真面目しか取り得が無いと思っていた兄様がここまで情熱的に語るなんて思ってもみなかった。


「父上がなんと言おうと君を妻に迎える」


 サディアス兄様は熱のこもった視線でテクラちゃんを見つめながら断言した。プロポーズにも近い告白に彼女は湯気が立っちゃうくらい真っ赤になってる。サディアス兄様ってこんなに男前だったんだ。知らなかった。


「はぁ、熱いことで」


 カルラちゃんがぼやいた。





「ふふ。サディアス君にテクラちゃん、1曲踊ってらっしゃい」


 ヴィルマ叔母様に言われるとふたりは見合ってはにかみ合った。ふたり揃って叔母様に礼をしてから、馴れないサディアス兄様のエスコートで会場の真ん中に向かった。


「叔母様は知ってらしたのですか?」

「兄様から聞いていたからね」


 そうだったんだ……あたしって周りを見ないから。


「兄様は権力を求めてるっていわれてる。確かにそれはあるのだけど、私やサディアス君のように、人の想いを理解はしてるのよ。ただ、その機会を利用しているようにも見えてしまうの」

「叔母様は望んで王妃になったのですか?」


 あたしは政略結婚だって聞いてた。違ったのかな?


「そうよ。沢山の女の子を飛び越して当時王太子だったエドゥアルト様の所へお嫁に行ったのよ。だから陛下のお傍にてもおかしく言われないように、私は頑張ってるつもりよ」


 にこやかな笑みを浮かべてるその顔は、自信が溢れているようにも見えた。


「あたし、全然知らなかった」


 あたし、全然大人じゃない。子供だ。身体だけ大きくなっただけじゃない。


「イシスちゃんの一途に想う気持ちは分かるの。でもね、視界を狭めてはだめよ。周りを見て、情報を得ながら攻めていかないと、アサルはなびかないわよ」

「え……」

「あの子の闇は深いの。あの子が抱えてる闇を理解してあげないと、振り向いてはくれないわよ」


 ヴィルマ叔母様はじっとあたしを見つめてる。あたしの頭は突然の情報にこんがらがっちゃった。

 曲が終わり、兄様と別れたテクラちゃんが嬉しそうに帰ってきた。あたしにはその笑顔が、眩しくて羨ましかった。





「イシスちゃん、まずはアサルに聞いてみなさい」


 叔母様があたしの背中をぽんと押してきた。振り返ればにんまりとした叔母様があたしを見てる。

 アサルさんは獣の仮面を付けて、いつもの青いローブを着て警護の為に陛下の脇に控えてる。

 先日の夜の鍛錬以降、まともに話が出来てない。朝の鍛錬もやらなくなってた。意図的に避けられてる気がする。でも叔母様は「聞いてみなさい」と言ってくれた。


「よし……」


 あたしは意を決して彼の元に歩いていく。ダメ元で行くしかない。ダメだったら、その時考えよう。





 アサルさんは近づいてくるあたしに気が付いてこっちを見てきた。獣の骸骨はあたしの意図が分からないからかちょっと首を捻ってる。彼の目の前に立って、にっこりと笑って見上げる。獣の骸骨を見つめる笑顔のあたしに周囲がざわつき始めた。構わずあたしはゆっくりとドレスの裾をつまんだ。


「あたしと踊って頂けませんか?」


 耳をピクピク動かしてアサルさんは陛下を見た。陛下は黙って頷いてる。死神にダンスを申し込むという奇妙な光景に会場は静まり返った。


「ダンスにローブは無粋だな」


 陛下の声が厳かに会場に響いた。


「しかし、陛下の警護が」

「ここには近衛騎士もいるのだ。折角の美人からの誘いを断るのは紳士ではないぞ」


 アサルさんは陛下に言われ渋々という動作でフードを外した。そこにはあたしが求めてやまなかった、銀色に輝く髪があった。大きな耳に青みがかったシルバーの髪。『あの人』がそこにいた。その見事な銀色の髪に周囲はざわめきからどよめきに変わる。


「やっぱり……」


 アサルさんが青いローブを脱ぐ間中、会場を支配するどよめきはは収まらない。

 あたしは嬉しくて仕方なかった。ずっと見たかったあの銀色の髪が今、目の前にあるの。『あの人』が目の前にいるの。

 ローブを脱ぎ終わったアサルさんがあたしの前に立ってる。獣の骸骨は見事な逆三角形の上半身の肉体美を見せつける様にビシッと直立不動の姿勢で動かない。


「慎んでお受けいたします」


 アサルさんが滑らかな騎士の礼で答えて左手をあたしに差し出してきた。あたしは震える手で差し出されたその手を取る。





「あたし、8年間ずっと、アサルさんを探していたんです」


 曲はまたワルツに戻っていた。なれないダンスをたどたどしく踊りながらもあたしは想いをぶつける。さっき叔母様に言われた言葉が頭をよぎった。アサルさんは闇を抱えてる。その闇があるからこの獣の骸骨なんだと思う。だから壁を作るんだ。


「もうそんなに経つのですね」


 獣の骸骨は当然表情なんか変えない。声色も変えない。抱えてる闇が作り出す壁は分厚いんだ。


「あたし、大きくなりました」


 あたしは、真っ直ぐ獣の骸骨を見つめる。


「お転婆さんは立派になりましたね」


 ターンを決めながらもアサルさんは答えてくる。がっしりとした肉体に安心感を感じる。


「ずっとずっと、会いたかった」


 あたしはアサルさんを見つめて想いをぶつける。視界がぼやけてくるのが分かる。


「……しかし、私はその想いに応えることは出来ないのです」


 アサルさんは、やんわりとだけど、はっきり拒絶してきた。





 なんとなくは分ってた。断ってくるのは、分かってた。あたしが押し掛けても会話に進展はなかったし。大きな壁もあった。女官舎裏の出来事もあった。分かってたけど、悲しい。でも涙だけはこらえる。

 気持ちが沈み込んでしまう前に、これだけは聞かないと。泣きたいのは歯を食いしばって耐える。


「それはアサルさんが『死神』だから、ですか?」

「……私に関わった女性は、みな死にました。私は『死神』なのです。もう誰も犠牲にしたくはないのです」


 獣の骸骨の奥から、思い出したく無い悲しい記憶から絞り出すような声が聞こえてきた。


「だから、ダメなのですか」


 獣の骸骨は小さく頷いた。





 曲が終わり、アサルさんにエスコートされて王妃様の元に歩いて帰ってきた。あたしは大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。視界がぼやけて来たけど、大丈夫。頬の筋肉は動いてくれてる。

 あたしは静かに立って控えてる。ドレスのスカートをぎゅっと握って、ただ足元の床だけを見てる。あたしの目からポタポタ水滴が落ちては滲んでいく。手をぎゅっと握って我慢するけど、次々と滴っていく。周りはザワザワしてるけど、あたしは下を向いたまま。


「イシスちゃん?」


 ヴィルマ叔母様の声が聞こえる。すみません、今は顔を上げられないんです。


「イシスちゃん?」

「おい、イシス!」


 テクラちゃんとカルラさんの心配そうな声も聞こえる。あたしは大丈夫。だから気にしないで。





 「あの子の闇は深いの。あの子が抱えてる闇を理解してあげないと、振り向いてはくれないわよ」


 ヴィルマ叔母様の言葉が頭の中を駆け巡ってる。アサルさんが抱えてる闇って、何ですか? 


 「私に関わる女性は、みな死にました」

 「私は『死神』なのです」

 「もう誰も犠牲にしたくはないのです」

 

 アサルさんの言葉も頭の中を駆け巡ってる。どうしようもなくぐるぐると頭の中を渦巻いてる。


 「私はその想いに応えることは出来ないのです」


 抱えてる闇がなくなったら、あたしの事も見て貰えるのかな? あたしは子どもだから、ダメかな?

 目の前が日が沈むみたいにゆっくり暗くなっていく。身体がぐにゃぐにゃして、立ってるのかも分からなくなってきた。身体が宙に浮いてるみたい。


【それじゃアサル君は振り向いてくれないよ】


 あたしの耳に、知らない女の声が入って来た。ドサッと言う音が聞こえて、身体に衝撃が襲って来た後に、あたしの意識は黒く塗られていった。

お読みいただきありがとうございます。

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