表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の口説き方  作者: 海水
第2章 侍女イシス
17/46

第8話 亀裂の始まり

 ある日の事、財務を扱う大臣である父様があたしを訪ねてきた。


「イシス、侍女には慣れたか?」


 王城は広い。王城で働いてると言ってもお互いが会う確率は低い。だからあたしが侍女になってから初めて会う。 

 久しぶりに会うお父様の顔は、表情といえるものが無い仮面のようだった。相変わらずあたしの向こう側を見透かしてるような眼をしてる。


「慣れてはきましたが、どうにかこうにかやってます」

「そうか、それは良い事だ。慣れれば身体も楽になってくるだろう」


 無表情で頷くお父様。

 何が良い事よ。確かに身体はこの生活リズムに慣れては来たけど。


「私の部署でもイシスの話はよく聞くぞ」

「どのような話ですか?」

「王妃様の傍には美しい侍女がいるとな」


 テクラちゃんもカルラちゃんも王妃様付の侍女になるだけあって可愛いもんね。あたしは、いつもの通り。


「騎士団長からの覚えもめでたいようだしな」

「お陰様で」


 お父様の浮かべる笑みが気持ち悪い。あからさまに嫌悪感を覚えるわ。心のなかで「べ~」って舌を出しちゃう。


「大変だろうが、頑張ることだ」

「はい」


 あたしが返事をすると立ち上がり扉へと向かう。

 ふぅ、やっと終わった。


「あぁそうそう、来週から夜会のシーズンに入るぞ」


 部屋を出る際に父が振り返り告げた。


「お前も出る事になるだろう」

「……はい」


 満足そうな顔でお父様は部屋を出て行った。





「あ、兄様だ」


 侍女の3人で王城の廊下を歩いてたら向こうからサディアス兄様が歩いてくるのが見えた。紺色の官僚の服を着てる。

 官僚の服は詰襟タイプの服で左胸に部署識別のバッジが付いてる。ちなみに武官は茶色の詰襟。


「お兄様、なんで王城に?」


 屋敷にいるんじゃなかったかしら?


「……わたしは財務官僚で王城に勤務しているんだが」

「え?」


 サディアス兄様は呆れた顔であたしを見てくる。


「お前はひとつの事に夢中になると周りが見えなくなるからな。もうちょっと周りを気にした方が良いだろう」

「う……」


 思い当たり過ぎて返す言葉がないわ。


「おふたりはあまり似てませんね」


 あたしを見ながらカルラちゃんが、らしくない丁寧な口調で話した。サディアス兄様は、髪は栗色で瞳は琥珀色でお母様の影響が強いの。あたしはお父様の方ね。


「あぁ、私は母上に似たからな。イシスは父上の血が濃いんだろう」


 ディアス兄様も普通に受け答えしてる。なんか凄い違和感。


「……お前は何をそんなに驚いている?」


 怪訝な顔をしてあたしを見てくる。そんなに驚いた顔してたのかしら?


「はぁ。テクラ嬢、コイツを頼むな」

「は、はい!」


 サディアス兄様はため息をつくとテクラちゃんに声を掛けて歩いて行ってしまった。


「テクラちゃんてお兄様と知り合いなの?」

「えっ?」


 テクラちゃんは素っ頓狂な声を上げて、何で?って顔をしてる。おかしいこと言ったかしら?


「それにカルラちゃんが普通にしゃべってた」

「あのなぁ、あの方はいずれ公爵を継ぐんだぞ? あたしだって相手は見るぞ!」


 カルラちゃんは「はぁっ」て大きなため息をついて呆れてる。





 夕食も終わり、食堂でまったりしている所に侍女長のザビーネさんがやってきた。ルティ達も続いて入ってくる。ルティ達も椅子に座った。


「来週に王城で夜会が催されます」


 モノクルを弄りながらザビーネさんが話を切り出した。お父様が言っていた奴だ。


「夜会では王妃様のお側に控える必要があります。あなた方にとっては初めての夜会になりますので、準備は怠らないようにして下さい」


 ザビーネさんは掌に定規の様なモノを当てながら説明を続ける。


「あなた方もキチンとした格好で出るのですよ」

「普通にドレスではダメなんですか?」


 あたしは確認の意味で質問をした。夜会に出たことなんてないもの。


「王妃様に挨拶に来た方には、あなた達を紹介しますからね」

「私達はどうすればよろしいですか?」


 ルティが代表で手を挙げて聞いてる。彼女達が夜会に参加するって事はないんだろうけど、呼ばれたって事は何かしら関わるってことよね。


「あなた方は隣の控え部屋で待機して貰います。化粧が崩れて直す必要があったり、体調が悪くなった時の為に控えて貰います。勿論私も控え部屋におります」


 初めての夜会だし、お酒も出るからね。あたし達が飲むわけにはいかないと思うんだけど。夜会の雰囲気に呑まれて気分が悪くなったりするのかもしれないわね。


「それとダンスの誘いを受けた時は相手を選んで行動してください」


 ザビーネさんのモノクルがキラッと光った。


「あたしらもダンスを踊るのか?」


 カルラちゃんは不満そうに口を歪ませてる。彼女の役目は王妃様の護衛だもんね。でもカルラちゃんも可愛いんだけどね。


「あなた達はこの4週間程で大分顔も知られました。ダンスの誘いがあってもおかしくはないでしょう。特にテクラさんは婚約者もいる事ですし」


 ザビーネさんが「婚約者」と言ったところでテクラちゃんがぽっと頬を赤く染めた。ちょっぴり俯いちゃって可愛い。


「へぇ、テクラも照れる事があるんだな」

「あたしだって~女の子~なんで~す」

「お熱いことで」


 肩を竦めたカルラちゃんの茶化しへの返しにも毒がない。


「ま、あたしを誘う奴なんていないだろうから、王妃様の護衛をしてるよ」


 カルラちゃんが任せとけとぐっと拳を握った。





「アサルさんは夜会に出るんですか?」


 夕食も終わって夜の8時過ぎ。女官舎の裏手のアサルさんが鍛錬してる所にお邪魔してる。最初は「危ないから帰りなさい」と言われてたけど、最近は諦めたのか言わなくなった。


「えぇ、陛下並びに王妃様とイシス様の護衛がメインでおまけ程度に喧嘩の仲裁です」


 真っ暗の中、剣で影を相手に稽古してるアサルさんが答えてくれた。体から湯気が上がるほど激しい動きをしてる。


「喧嘩の仲裁って何ですか?」

「貴族同士、必ずしも仲が良い訳ではありません。抱えてる事業などで競合する貴族同士は仲が悪いものです」

 

 一旦鍛錬を止めてあたしの方に向かって歩きながら説明してくる。持ってきたバケットの中から冷たい水の入った水筒と仮面を付けたままでも飲めるようにストローも用意した。


「そんな貴族同士が夜会で出会えば睨みあいくらいにはなります。悪ければ言い合いに発展してしまいます」


 あたしが差し出した水筒を受け取ると獣の骸骨の口を開いてストローを差し込む。おもしろい飲み方なの。意地でも仮面は取らないつもりみたい。


「陛下の御前で喧嘩など以ての外です。まして外国の来賓があった場合など国の恥となってしまいます」


 喧嘩とかは見たことないけど、王城の廊下で睨みあいをしてる貴族は見たことがある。殺気立ってて怖かったな。


「その仲裁が私の役目です。この仮面で近づいていくと大抵の場合、両者は逃げていきますから」


 ちょっとだけ肩を竦めるアサルさんにふふっと笑ってしまった。本当に極稀に今みたいにアサルさんが感情を表す時がある。

 普段は事務的な受け答えに終始した会話しかないんだけど、たまーに、こんな会話ができる。そんな時、あたしは嬉しい。


「そうですね、普通の人だったらこの獣の骸骨は怖いですもんね」


 獣の骸骨を突然見れば不気味に思うのは当たり前だと思う。でもあたしは見慣れちゃった。もう3週間以上見てるんだもん。急に出てきても大丈夫。

 あたしは手を伸ばし、ふわっと獣の仮面に触れる。するとアサルさんの体がビクッと波打った。


「あたしはもう怖くないですよ」


 あたしが骸骨をすりすりとしていたら、アサルさんはすっと後ろに移動しちゃった。動揺してるのか耳がパタパタ忙しなく動いてる。


「逃げなくても良いじゃないですか」

「私には近づかない方がよろしいかと」


 アサルさんはまた事務的な口調に戻っちゃった。


「イシス様に悪い噂が立ってしまいます」

「あたしは気にしませんけど?」


 にっこり笑顔で答えちゃう。負けないんだから。


「……イシス様、ここは安全ではないのです。もう来ない方が良いでしょう」


 獣の骸骨はきっぱりとそう言うと、黙って鍛錬に戻ってしまった。あたしはその有無を言わさない後ろ姿に声をかけられなかった。





 その次の日からアサルさんがここで鍛錬することは無くなった。あたしはただ1人うなだれてポツンと寂しく立っていた。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ