第7話 騎士団での出来事
あたしが侍女になって3週間が経とうとしてる。段々とこの生活リズムにも慣れてきた。
まだまだ寒い日が続くけれど、ちょっと暖かくなってきて春は少しずつ近づいてるって感じ。
「カルラちゃん?」
「……寝てますね~」
朝食を前にしてカルラちゃんは目を開けたままフォークとナイフを持って静かに寝息をたてている。
「目を開けたままよく寝られるわね」
「ほら~起きてくださ~い~」
とろんとした目のテクラちゃんがゆらゆらと身体を揺すればビクッとして動き出す。
「んあ。……悪い、また寝てた」
カルラちゃんはパタパタと黒い耳を忙しなく動かして恥ずかしいのを誤魔化してる。
「照れてるカルラちゃんて可愛いよね」
「う、うるさい!」
気が強そうなカルラちゃんがほっぺを桃色にしてそっぽを向いてる様は本当に可愛い。本人に言うと怒るんだけど。
「イシスちゃ~ん、この恋文~、どうするんですか~」
「そんなの暖炉にポイしちゃって!」
何故か知らないけど騎士達から恋文が届くの。アサルさんからの恋文なら欲しいけど。
「残酷だな、イシス」
「死神さんに比べたら~ただの騎士なんて~雑魚ですからね~」
テクラちゃんは「にしし」と笑ってる。
「健気に毎朝騎士団に死神を迎えに行ってるからだろ」
「騎士さんも~お馬鹿さんですよね~」
「あ、そろそろ迎えに行かないと!」
あたしはパンを口に詰め込んでスープで流し込んだ。急がないと!
「イシスってさ~、公爵令嬢って柄じゃないよな」
「お転婆は持病よ! 簡単には治らないの!」
「はは、あたしの居眠りと一緒だ!」
カルラちゃんはケタケタ笑ってる。
あたしのお転婆も重症だけど、あなたの居眠りもよっぽどよ!
「タオルと、水筒と。じゃ、行ってくるね!」
「遅れな~いよ~にね~」
あたしは部屋を出て、まだ寒い王城の廊下を小走りで向かった。目的の騎士団の訓練所は中庭を挟んでこの部屋の反対側にある。小走りでも3分はかかっちゃう。
すれ違う顔見知りに白い息で「おはよー」と挨拶をして、ぶつかりそうになれば「急いでるんです、ごめんなさい」と声をかけひたすら走る。
「間に合った?」
息を切らせて騎士団の訓練所に辿り着けば既にルティが待っていた。スカーレットの耳を立たせておすまししてる。
「えぇ、大丈夫です」
「良かった!」
アサルさんはほぼ毎朝ここでコルネリウスさんと訓練をしてる。お互い実力が拮抗してて練習相手にはもってこいなんだって。それをルティに教えて貰ってからは「王妃様に頼まれて迎えに行く」ついでに汗拭き用のタオルと水を持ってきてるの。
早い時間なのにもう騎士達が集まり始めて訓練所はザワザワしてる。あたし達がここに来た当初は朝早くなんてコルネリウスさんとアサルさんしかいなかったのにね。
「そろそろかな?」
「ですね」
訓練所の奥の方でアサルさんとコルネリウスさんが試合方式で訓練をしてるの。金属同士が激しく当たり合う音が聞こえてきた。危険だけど鉄製の練習用の剣を使ってる。木の剣だと軽すぎてダメなんだって。
金属の音がしなくなったら訓練の終わりだ。あたしは「おはようございます!」と挨拶しながらアサルさんに近づく。訓練なのに獣の仮面は付けたまま、ローブも着たままだ。それで副団長と激しく打ち合いをしてるんだから不思議よね。
「はい、タオルです!」
あたしはとびっきりの笑顔でアサルさんを出迎える。タオルをすっと差し出して有無を言わさない。
「イシス様、何度も言うようですが」
「ダメですよ、王妃様の『指示』ですから!」
毎日この会話から始まるの。ふふ、ちょっと嬉しい。
「ですが、ヴァジェットも来ております」
従者のヴァジェットさんが来てるのも知ってる。一緒に訓練してるのも知ってる。でもあたしはアサルさんとお話がしたいから毎朝来てるの。大体、訓練に没頭してて遅刻するから、王妃様に「迎えを寄越します」って言われちゃうのよ!
「苦情は王妃様までお願いします!」
「しかし」
「アサル。おまえ、こんな可愛いイシスちゃんに迎えに来て貰っておいて何言ってんだよ!」
汗を拭きながらコルネリウスさんも呆れた顔で口を歪ませた。熱いのか体から湯気が立ってる。
「もっと言ってやってください!」
アサルさんはと言えば、大きな耳をビクビクさせて困ってる感じ。仮面を付けて表情が分からないけど、その代わり耳が良く動くの。意外に分かりやすいのよ。
「まぁ、お陰でうちの奴らもやる気になってるようだし」
コルネリウスさんは後ろを振り返り、わざとらしく声を出して素振りをしてる若い騎士達を見て揶揄した。あたしが見れば彼らはふいっと視線を逸らしてくる。ルティの方をチラチラ見てはため息をついてる人もいる。
「その代わりコイツには殺気のこもった視線が突き刺さってるけど」
コルネリウスさんは憐れみ溢れる目でアサルさんを見てる。あたしが毎日迎えに来てるのを気に入らない人もいて、妬まれてるみたい。ヴァジェットさんもちびだからって騎士達に馬鹿にされて笑われてるの。
アサルさんはそもそも親衛騎士で陛下に付きっきりなのを気に入らない騎士も多くて嫌われてたってのもあるの。
許せないけど顔には出さないように気をつけてる。あたしが不機嫌な顔をしたことで更に立場が悪くなっても嫌だもん。
「チッ、また貴様等か!」
声を荒げて入ってきたのは騎士団長のヴィクトール・リッベントロップ公爵だ。そう、この人もアサルさんを嫌ってる。もう大っ嫌いってくらいに。
濃い茶髪で深紫の綺麗な目、頭の上には可愛い丸い耳の虎族の人だ。顔は整っていてカッコイイといえる。前騎士団長だった父親が急死してしまい19歳の若さでその座を引き継いだの。家柄も良くて若くて端正な顔で騎士団長、となれば若い女の子には非常に人気のある男の人だ。
あたしは興味ないけど。
「おはようございます!」
愛想笑いで挨拶をしておく。あたしの顔、引きつってないといいけど。
「やぁおはよう、イシス嬢! 君は今日も美しいね。まるで女神様だ!」
さわやかに手を上げながら、すすすっとあたしにまとわりつくように寄ってくる。困ったことにこの人自意識過剰なのよ。
自分は格好良くって頭も良くって強いって思っちゃってるの。実際は家柄だけで騎士団長になってるんだけどね。コルネリウスさんが盛大なため息ついてるもん。
業務の大半は彼はタッチしてなくて、全部コルネリウスさんに丸投げしてるんだって。この前「イシスちゃん聞いてくれよ!」って愚痴られちゃった。
でも彼に憧れてる女の子はそんな事どうでも良いみたい。権威が欲しいなんてお父様みたい。ばかばかしい。
「あんな気味の悪い男の世話など美しい君には似合わない」
眉間に皺を寄せて吐き捨てるようにアサルさんを馬鹿にしてくる。そのくせにあたしには目をキラキラさせて言い寄ってくるの。今もあたしの肩に手を乗せて来てる。気持ち悪いからやめて欲しい。
「王妃様の指示なので」
あたしは困った笑顔の演技をする。叔母様、言い訳にしてご免なさい。でもおかげで大分演技が上手くなった気がするの。
「王妃様も困ったものだ」
彼は額に手を当てて気取ったポーズをとってる。困ったものは貴方です。あぁもぅ、鳥肌がたっちゃうわ。
「お嬢様、そろそろ行きませんと間に合いません」
見かねたルティが助け舟を出してくれた。ありがとう!
「わ、大変です。アサルさん行かないと!」とわざとらしくアサルさんに声をかける。元気に「失礼しましたー!」と挨拶をしてそそくさと訓練所を後にしちゃう。挨拶だけは元気にね。
「ふん、貴様のような奴が来て良いところではない!」
騎士団長は訓練所を出る間際のアサルさんに捨て台詞を投げつけた。
「アサルさんも言い返せばいいんです」
「彼は公爵様ですので」
「そうですけど!」
4人で王妃様の部屋に歩いて行く途中、廊下で言い合いになる。あたしは可愛くないふくれっ面よ。
「私が例外なんです」
獣の骸骨は真っすぐ前を向いたままだ。でも声はちょっと寂しそう。
「言ってる事は分かりますけど」
「イシス様が心を痛める事はありません」
獣の骸骨だけあたしの方を向いた。窪んだ眼の中にある藍色の瞳があたしを見てる。でも一瞬見えただけで暗くなって何も見えなくなっちゃった。
どんだけ近づこうとしてもアサルさんの前には見えない壁がある。あたしはその壁越しでしか会話が出来てない。何か人との繋がりを頑なに拒んでる気もする。ても藍色の瞳が見える時は何かアサルさんの気持ちがあたしに向かってる気はするの。気がするだけかもしれないけど。
アサルさんはまた前をむいちゃった。まだまだ彼には近づけてない。あたしの想いはまだまだ届かない。
はぁ、遠いなぁ。
「何故手を抜いているのですか?」
「な、なんの事でしょう?」
後ろではルティがヴァジェットさんを問い詰めてる。これもいつもの事。騎士団の訓練場での動きが納得いかないんだって。
「歩いている時の足の運び、手の動き、身体の芯のブレなさ、重心の位置、それに陽炎のような掴み所の無い気配。貴方は私よりもずっと強いはずです!」
ルティはキッと彼を見下ろしてる。
「そ、そんな事ある訳ないじゃないですか!」
言われたヴァジェットさんは顔を赤くして反論してる。でも彼もアサルさんと一緒で歩いている時に音はしないの。
「騎士に勝てないからって、そんなに虐めなくても!」
そう、彼は何時も練習試合に負けてる。身長の高い騎士に良いように剣で打たれてるの。ルティはそれが納得いかないみたいでいっつも怒ってる。武人としてどうのとか、あたしには良く分らない事でぷりぷりしてるの。
「今度こそ練習試合を受けて貰いますからね」
「僕が負けるだけですよ」
「それはあり得ない事です」
「ルティさんの方が強いんですよ?」
「そんな訳はありません」
朝、ふたりが廊下で言い合いながら歩いてるのはもう王城では有名なの。このせいもあってヴァジェットさんは余計に嫌われちゃってるのよね。ルティはヴァジェットさんにはしつこく絡んでいくの。なんでかしらね?
「急ぎましょう」
アサルさんの言葉にあたし達は急ぎ足で王妃様の部屋に向かった。
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