第5話 王妃様の差し入れ
「つーかーれーたー」
部屋に戻ってベッドにバタンと倒れ込む。尻尾もくったりしてる。もうだめ。
今の時間は午後の5時。6時から夕食なのよね。
「もう足がパンパンよ~」
立って控えてる時が多いから足が痛いのよ。テクラさんも痛そうにしてたもの。カルラさんは鍛えてるから平気そうだったけど、お昼過ぎにウトウトしてザビーネさんに尻尾をにぎにぎされてた。
「お嬢様、お疲れ様です」
「疲れた……」
「紅茶でも入れましょうか」
「おーねーがーいー」
今日はハードだわ。大体3年くらいで王妃様付の侍女が変わるってのも分る気がする。3年もやってると婚約やら結婚やらでいられなくなっちゃう娘も出てくるのよね。テクラさんなんて婚約者がいるんだから大変だろうなあ。
「はい、ご用意が出来ましたよ」
ルティが紅茶のカップをコトリと置いてくれた。暖かそうに湯気が出てる。日も落ちたから気温も下がって身体も冷えちゃってるのよね。
「ありがとう。ルティもどう?」
ルティも大変なんだから休憩も必要よ。カップに口を付けフーフーしてからちょっとだけ舌の上で転がす。あたし猫舌なのよ。こんな事するから子供に見られちゃうのよね。
あぁ、紅茶の暖かさが尻尾にまで染み込んでいく感じ。温かい飲み物を飲むと落ち着くのよね。
「私は大丈夫ですよ」
にっこりと笑って部屋の片づけなんかしてる。大丈夫なのかしら?
「屋敷に居る時と違って私の仕事はお嬢様のお世話だけなんです。やる事は逆に減ってるんですよ」
「そうなの?」
「えぇ、屋敷にいるときは奥様のお手伝い等もありましたから」
そんなこと言いながらあたしがぐしゃぐしゃにしたベッドのシーツも綺麗に伸ばしてる。
「だから私の事は気にせずに王妃様のお手伝いをしてください!」
ルティが長い耳をピコピコさせながらニカっと笑った。
「疲れたねー」
「王妃様の~侍女は~たいへ~ん」
「右に同じだ」
夕食も済んでちょっと休憩中。王妃様のお手伝いも終わって後は自分たちの時間。ルテイたちお付の侍女は湯浴みの準備で先に部屋を出て行った。
「3人ともお疲れ様です。よく頑張りましたね」
ザビーネさんはテーブルでくったりしてるあたし達を労ってくれてる。
「今日は特に忙しい日でした。普段はもうちょっと落ち着いています。その代りに各所への視察が入りますが」
「そっか、今日は忙しい日だったんだ」
毎日これだったら身が持たない所だったわ。でもこれくらい出来る様にならないとね。
「明日は~何があるんでしたっけ~?」
テクラさんがテーブルに突っ伏しながら聞いてきた。三角の耳もへんにゃり元気がない。
明日の予定管理はあたしの番だ。
「明日は午前中に騎士団の視察で、午後は軍の視察。陛下は合間に会議が入ってるわね」
「今日よりは……楽そう……だな」
カルラさんも頬杖をついてうつらうつらしてる。彼女、身体は丈夫そうだけど眠り姫さんなのね。今にも寝ちゃいそう。
ザビーネさんも仕方ないわねってため息ついてる。
「ちゃんと湯浴みをしてから就寝するのですよ」
「「「はーい」」」
最後にモノクルに手をかけて注意をしてから部屋を出て行った。
ザビーネさんも大変よね。髪の毛の白髪からすると結構な歳なんでしょうし。ずっとあたし達といるんだもんね。
侍女長の背中を見てそう思った。
侍女仲間でまったりしていたら扉がコンコンとノックされた。時刻はもう7過ぎだ。こんな時間に誰だろう?
「は~い~ど~な~た~?」
テクラさんが眠そうに答えると「アサルです」と返事が帰ってきた。
「ア、アサルさん?」
途端に耳がシャキンとして尻尾もピンと立った。眠気もどっかに行っちゃって体がどんどん熱くなってくる。なんかドキドキしちゃう。隣でテクラさんがふふっと小さく笑ってるのが見えた。ばれちゃったかしら。
「失礼します」
ガチャと音がして青いローブを羽織った獣の骸骨がするっと入ってくる。でも手にはトレーを持ってるからローブの前がぱかっと開いて青い騎士服が良く見える。なんか筋肉が騎士服に閉じ込められてるみたいに見える。親衛騎士だから凄い鍛えてるのかもしれない。
「王妃様より差し入れです」
音もなくテーブルに近づいてくると持っていたトレーを静かに降ろした。トレーの上には布で隠された皿と紅茶でも入っているのかポットが置いてある。
3人が注目する中、さっと布を取るとそこには赤いジャムがたっぷりと乗ったタルトが置かれていた。
「わぁ、タルトだ!」
美味しそうなタルトを見た途端、へんにゃりしてたテクラさんとカルラさんの耳はピンと起き上がり、くったりしてた尻尾もピコーンと元気になった。女の子だもんケーキは好きよね!
「疲れている時は甘いものを食べると疲労も減ります」
アサルさんは優しい口調で話しながらあたし達にケーキを配ってる。怖い獣の骸骨が優しくしゃべって優雅にケーキを切り分けてるのを見るとおかしくなっちゃう。
「へ~凄い~切り慣れてるので~す」
「王妃様からの差し入れは良くありますので」
叔母様って気が利くのね。王妃なのに凄い。尊敬しちゃうわ!
アサルさんはポットからカップに緑色の何かを注いでる。カップからは香ばしい匂いと暖かそうな湯気が漂ってきた。何かしら?
カルラさんが指さしながら「それって何だ?」と聞けば「ハーブティです」と返してる。「疲労回復の効果があるマテにローズマリーを加えてあります」と補足してくれた。
「死神さんが~入れてくれたのですか~?」と棘のある言い方をされれば「毒は入っておりません」と気にしない様子で答えてくる。
獣の骸骨は怖いのに声は優しいの。その声を聞いてるとあたしの頬は緩んでいっちゃう。
「温かいうちにどうぞ」
アサルさんが促してくる。食べたばかりなのにくぅってお腹が鳴っちゃう。横からも同じ音が聞こえてきた。顔を見合わせて「えへへ~」と照れ笑いをする。
あたし達はニンマリして食べ始めた。
「美味しい!」
一口食べて思わず叫んじゃった。生地の中にリンゴの砂糖漬けも入ってる! 甘くてほっぺが落ちそう!
ふたりとも「美味しい~」「旨い」と言いながら嬉しそうな顔だ。耳も忙しなくピコピコ揺れてるし尻尾もぶんぶん振られてる。甘いタルトにちょっと苦みのあるハーブティがまた良く合うの!
「流石王城だ、王都の有名なケーキ屋よりも旨い!」
タルトをフォークに刺しながらカルラさんが絶賛してる。凄い嬉しそう。
「あれ~カルラさんは~甘いものが~お好きで~すか?」
テクラさんはフォークに刺したままのタルトをクルクル振ってる。
「ふん、似合わないとは良く言われるよ!」
カルラさんはタルトを頬張りながらふてくされてる。
「女の子はみんな甘いものが好きだもんね!」
「だよな!」
あたしのフォローにカルラさんはニカッと笑って同意した。普段はぶっきらぼうだけど、笑うと可愛いのね。
「脳筋なだけじゃ~ないんですね~」
「悪かったな!」
「もう、そんなこと言わないの。テクラさん!」
あたし、間に挟まれて板挟みになりそうな予感がしてきた。アサルさんから何となく憐れむような視線を感じるのは気のせいかしら?
「あ~旨かった!」
「美味しかったね」
「はぁ~~甘味が~尻尾にまで~行き渡りました~」
カルラさんが唇に付いてるジャムを舌でペロッと舐めとった。なんかカルラさんぽい。テクラさんは上品にナプキンで拭き取ってる。
あたしも、はしたないけどペロッと舐めちゃった。だって美味しかったんだもん。
「ふたりとも~はしたな~いで~すよ?」
「良いんだよ。あたしらしかいないんだ」
「……」
「えっと……」
ふとアサルさんを見れば、大きな耳をペタンコにして困ったオーラを醸し出していた。気配も音もしないから忘れられちゃうわよね。あたしはちゃんと分かってるわよ?
「満腹だ」
「おいしかった~で~す」
あたし達が甘さの余韻にぼーっと浸ってたらアサルさんはテキパキと片付けをして「私はこれで」と部屋を出て行った。あー、タルトに夢中でお話が出来なかった。でもまだ侍女も始まったばかり。お話しする機会なんてこれから沢山あるわよ。
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