第4話 侍女生活初日
「お嬢様! 起きてください!」
何時も聞いてる声がしてゆらゆらと身体が揺すられる。ルティの起こす声が聞こえるから朝なのね。今日から王妃様の侍女生活なんだわ。でも眠いの……
「う~ん、あと5分~」
睡魔が襲ってくるのよ。睡魔が悪いの。だからあと5分寝かせて。
「あ、アサル様おはようございます」
「え、ちょっとなんで!」
思わずがばっと起き上ったあたしの目にはニンマリしてるルティの顔が入って来た。きょろきょろしてもアサルさんはいない。
「騙したわね!」
「ふふ、この手は使えそうですね。さ、お嬢様支度をしてしまいましょう」
ブラシを片手に持ったルティが悪い笑顔で近づいてきた。
6時から食事になる。王妃様が起きる前に終わらせておかないといけないのよ。
「おはようございます!」
集合場所の侍女用の食堂に集まることになってる。王妃付きの侍女とそのお付の侍女が一緒に食べるの。当然侍女長も一緒。
あたしは5分前に食堂に入った。ルティはあたしよりも先に来てて配膳をしてるはず。本当は各自用意しなきゃいけないんだけどね。
「おはよう、イシスさん」
ザビーネさんはモノクルに手を当てながら抑揚のない挨拶をしてきた。あたし達侍女は貴族の位に関係なく敬称は「さん」付けだ。
「おはよ~イシスちゃ~~ん♪」
意外にも眠たそうなテクラさんは既に食堂にいて食事の用意をしていた。半目で眠そうなのに鼻歌をまじりで軽快に配膳をしてる。
「おはようテクラさん」
「意外って~思ったでしょ~」
テクラさんは「にしし」と笑った。この娘って不思議よね。
「くそっ、寝坊だ!」
「何回も起こしましたよ!」
「分かってるよ!」
廊下から騒がしい声が聞こえてくる。あの声はカルラさんだ。バタンと扉を開けて勢いよく中に入って来た。
「お、遅れました!」
冬なのに額に汗をかきながら挨拶してる。あたしよりもお寝坊さんなのね。「ふふ」っと笑ったらカルラさんはそっぽ向きながら「あたしは朝が弱いんだ」なんて返してくる。あら可愛い。
「おはよ~カルラちゃ~ん」
やっぱり眠そうな声で挨拶をするテクラさん。カルラさんは「おはよう……」とぼそっと挨拶をする。朝が弱いから元気ないな~。
なんて思ったら背後から「おはよう、カルラさん」と挨拶したザビーネさんがカルラさんの黒い尻尾をぎゅむっと掴んだ。尻尾をむぎゅむぎゅされて耳と身体をビクビクっとして悶絶するカルラさんに対して低く怖い声で「一日は挨拶から始まります。いいですね」と指導が入る。
「イ、イエスマム!」
悶絶して頬が赤いカルラさんが背筋をピシっと伸ばして叫んでる。なんか可愛い。
「皆さんもよ!」
わぁ、あたし達にも飛び火しちゃった。
朝食が終わって僅かな時間だけど、侍女長からレクチャーが入った。時間をとって教えられるわけじゃないから空き時間にこうやって覚えていくのね。
今日から1週間は侍女長が付きっきりで教育してくれる。その間に覚えなさいって事みたい。いきなり難易度高いわね。あたしに出来るかしら?
「基本的には王妃様の身の回りの雑用やご公務の際の手伝いなどが仕事です」
まぁ、王妃様と一緒に行動して補助とか手伝い雑用がメインなのよね。専門的な事っていうのはあんまり無い。
「ですが、公爵夫人が開催するお茶会などに呼ばれることも、稀ではありますが御座います」
公爵家っていうとうちも含むのよね。確かこの国には3家しかなかったはず。交易が主な産業の国だから商人になっちゃう貴族もいるくらいだし、他国に比べると少ないのよね。
「イシスさんのウィザースプーン公爵家、騎士団長のリッベントロップ公爵家、宰相のアダルベルト公爵家くらいは覚えておいてください」
テクラさんもカルラさんもあたしをチラッと見てくる。仕方ないじゃない、公爵家に生まれたんだもの。
次は王妃様が起きる時間に合わせてお部屋を伺って着替えとかを手伝うの。基本的にドレスを着なきゃいけないからひとりじゃ着替えは無理だし、お化粧もしなきゃいけないの。
化粧は専門の侍女がやるんだけど着替えと部屋の掃除はあたし達の仕事。
「ふふ、初々しいわね」
ヴィルマ叔母様があたし達を見て微笑んでる。刺繍がたくさん入ったステキなネグリジェを着てる。すっごいステキだけど、あたしには似合わなそう。もうちょっと女らしい体系だったら似合うかも。自分の胸を見てそう思っちゃう。
寝室横のドレス部屋で着替えるんだけど、とにかく量が凄いの。毎日着ても1年間は同じドレスを2回着なくて済むんじゃない?
「今日は冷え込んでますので暖かい色のお召し物の方が良いかと」
「そうね。そうしましょう」
ザビーネさんとドレスの色を決めてる。これもあたし達の仕事になるのかしら?
「午前中の予定は?」
「10時から~謁見がありま~す。11時からは~陛下は会議が入って~おりま~す」
今日はテクラさんが予定管理の担当なの。これも大事な仕事。
「あれ、王妃様、首筋に虫刺されがありますよ?」
着替えてる最中に赤くなってるのを見つけちゃった。虫刺されなんだろうけど、今は冬よね。王城の中は暖かいからかしらね。
「え、あ、あぁ、それはね、ちがうのよ?」
「そうなんですか?」
ヴィルマ叔母様ったらほんのり赤くなってる。熱でもあるのかしら?
あたしが首をかしげてたら「イシスちゃんは~お子ちゃまですね~~」って言われちゃった。なによお子ちゃまって!
ぷぅってほっぺを膨らませてたらカルラさんまで「お前、本当に分からないのか?」だって。ひっどい!
でも何なのかしら?
食事も済んで10時の謁見までは王妃様の事務仕事のお手伝い。お部屋の模様替えとか調度品の交換なんかの最終決定権が王妃様にあるんだって。だから書類にサインをするんだけど、その数が多いの!
王城だけじゃなくてスミットみたいな外の街の事も決めなきゃいけないんだって。大変だ~~
「イシスちゃん、そっちの書類持ってきて!」
「はい!」
「テクラちゃん、これ終わったからそこの籠に入れて置いて!」
「わかりました~」
「カルラちゃん、そっちじゃないわ!」
「も、申し訳ありません!」
あたしも書類を持って部屋から部屋へと走り回ってるの。書類を取りに来た官僚さんに渡したり、持ち込まれた書類を分野別に分類したりとまるで戦争よ!
テクラさんもカルラさんもてんてこ舞い。書類を処理してるヴィルマ叔母様ったらすごいカッコイイの。内容を確認してはペンを持って次々とサインしていく。
「急がなきゃって、うわぁっ!」
走ってたら足がもつれちゃってべたーんと転んじゃった。いったぁ~い……当たり前だけど、ドレスで走っちゃだめね。
「イシスちゃん、大丈夫?」
ヴィルマ叔母様が心配して声をかけてくれた。思いっきり顔をぶつけちゃったけど鼻血は出てないし、問題ないわね。
笑顔で「大丈夫です!」って答えたけど「ダメよ、鼻が赤いじゃない。医務室に行きなさい!」って怒られちゃった。
「王妃様、そろそろ謁見の時間です」
白い服の近衛騎士が王妃様を迎えに来た。時計を見れば後5分で謁見の時間になってる。時間が経つのはあっという間ね。
「んもぅ、タイミング悪いわね。ザビーネ、イシスちゃんを医務室まで連れて行ってあげて。テクラちゃんとカルラちゃんはあたしと一緒に来てね!」
「畏まりました」
「はっ!」
「は~い」
ヴィルマ叔母様がテキパキ指示を出して、ふたりを引き連れて颯爽と部屋を出て行った。カッコイイ!
「イシスさん、医務室に行きますよ」
「はい!」
急いで部屋を出ていくヴィルマ叔母様を見送ったら、あたしはザビーネさんに医務室に連行された。
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