第3話 ふたりの誓い
女官舎のあたしの部屋についた時には恥ずかしくて顔も上げられなかった。抱っこされてるのを見られたのは恥ずかしい。でもそれよりも、寝ぼけてアサルさんに何を言っちゃったのか分からない方がもっと恥ずかしいのよ。あたし何を言ったのか覚えてないのよ~!
「それでは私は失礼致します」
あたしを壊れ物のようにそっとベッドに横たえると、スッと騎士の礼をして獣の仮面は影のように消えていった。残されたのは羞恥心で胸がパンパンのあたし。
「いやだぁ~~恥ずかしくて明日から顔を合わせられないよ~~! 変テコな娘って思われた~~! きっと廊下で笑ってるんだ。おかしな娘だって笑ってるんだ。うわぁぁ~~!」
支離滅裂な事を口走りながら尻尾を抱きしめてベッドの上を転がり回る。
「お嬢様、大丈夫、ですか?」
あたしがベッドでゴロゴロ転がって自分のやらかした事に「うわぁぁ」って悶絶してると、ルティが心配して声を掛けてきた。枕に頭を突っ込んで「穴があったら潜り込みたい~!」って答えたら「ちゃんと尻尾も隠しましょうね」って冷静に突っ込まれた。
恥ずかしくって仕方ないけど頑張って顔を上げたわ。まだほっぺが火傷しそうに熱いの。顔から火が出ちゃいそう!
「アサル様と何かあったんですか?」
赤い瞳はあたしの心を射貫くような視線を送りつけてくる。話しをするまでは視線を逸らさない、と顔に書いてある。
そうよね、まだ話してないものね。ちゃんと話をしないと協力してもらえないよね。
あたしは上ずっちゃってる気持ちを落ち着けるために大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
「あ、あのね、スミットの街でね」
ふたりでベッド腰掛けながら王城に来る時に泊まった夜の事を話をした。廊下で転んだ時に青いローブの男の人に不思議な力で怪我を治してもらった事。その人は、声から推測するとアサルさんだろうって事。一瞬見えた顔は『あの人』だった事。そしてそれから導き出されるのが『あの人』がアサルさんじゃないのかって事をね。
話してる時も顔が熱くなっちゃってほっぺに手を当てっぱなしだった。さっきの恥ずかしい出来事が頭の中を渦巻いちゃってなかなか冷静になれない。
あたしの話を聞いてる間中、ルティはスカーレットの長い耳を交差させてずっと難しい顔をしてる。眉間に皺が寄ってて、何かを必死に考えているみたい。折角の美人さんが台無し。
「お嬢様の話が確かだとすると、アサル様が『あの人』である確率は高いです。陛下の言われた特殊な力というのにも符合します」
あたしが「でしょ!」て言おうとしたら先に「ですが!」って遮られちゃった。
「あの不気味な仮面は何なのですか? それに頭からフードを被ってしまっていては銀色の髪なのかどうかも分かりません」
真剣な表情のルティがそこで黙っちゃった。スカーレットの耳は髪の毛に沿うように垂れ下がってる。
そう、何で仮面を付けてるのかは分からないの。それに髪の色も見た訳じゃない。確かに不確実なのよね。
アサルさんが『あの人』っていうのは、単にあたしの願望がそう思わせてるだけなのかもしれない。こうだったら良いなって思ってるだけなのかも。
なんか急に不安になっちゃった。下を向いて尻尾をぎゅって抱きしめちゃう。ねぇ、尻尾さん、どうなの?
「……でも、ちょっとですが、手がかりがつかめましたね」
ふっと顔を上げればルティが大きめな口を弓なりにしてにっこりと笑ってた。やっぱりルティは優しい!
「そうなの!」
嬉しくってルティの手をとって上下にぶんぶん振っちゃった。あまりにも激しかったから目を白黒させて驚いてる。
「あ、ごめんね。興奮し過ぎちゃった……」
ぺろっと舌を出しちゃう。
そんなあたしを見てルティは「な、何かに目覚めそうです」とまた鼻を押さえ始めた。
「お嬢様。『あの人』を見つけるまでにはかなりな困難がありそうですが?」
ルティはあたしを試すように上目遣いで見てくる。美人さんの上目遣いはドキドキしちゃう。
あなたの答えは分かってるわよって顔の、ニヤニヤしてる赤い兎さんが答えを待ってる。もちろんあたしの答えは決まってるわ。
「そんな困難なんてぶち壊せば良いのよ。障害なんて乗り越えるためにあるんだから。障害を乗り越えてこそ、真実の愛があるのよ、きっと!」
どんな事があったって、絶対に『あの人』に辿り着いてやるんだから! 『あの人』が死神っていわれてても構わないもん!
「それでこそお嬢様です!」
ルティが胸の前で腕を組んでうるうるしてる。屋敷を出てからだいぶ違う道に外れてる気がするんだけど。大丈夫かしら?
「希望を持っていきましょう、お嬢様。先程、聞き捨てならないセリフを聞きましたし」
ルティは突然パッと花を咲かせたような笑顔になる。
「あたし、寝ぼけてて分らなかったけど、アサルさんは何か言ってたの?」
お姫様抱っこされてるのが分ってからは恥ずかしくって頭に血が上っちゃってて全然覚えてない。夢の中で会話してたのは薄っすら記憶にはあるんだけど。聞き捨てならないセリフってなにかしら?
「アサル様は『イシス様はあの頃からお転婆さんなんですね』って言ってたんですよ! って事はですよ、昔にお嬢様に会ってたって事ですよ!」
ルティはまるで自分の事の様に嬉しそうに話す。
「そ、そんな事言ってたの?」
「ばっちり言ってました!」
だとしたら、あたしが8歳の時に会ったのはアサルさんなの? それとも違う機会に会ってたの?
「お嬢様、まずはあの不気味な獣の仮面をはぎ取りましょう! 顔と髪の毛の色を確認しましょう!」
ルティは拳を握りしめ、温泉が吹き上がるような勢いで立ち上がった。真っ直ぐ上に拳を突き上げて会心の笑みだ。
あたし、気落ちなんかしてられない!
「そうね。邪魔な障害は一つ一つぶち壊していくのがセオリーよね!」
あたしも両手をパンと鳴らして立ち上がる。あたし達はやる気に満ちた瞳で見つめ合った。
「頑張るわよ!」
「頑張りましょう!」
ふたりでがっしりと手を取り合って誓った。
ふふ、獣の骸骨さん。首根っこ洗って待ってなさい!
「その為には、まずは明日の朝をちゃんと起きる事からですね!」
ルティの赤い目がギラッと光った。あうぅ、それは難敵すぎて勝てないわよ。
「朝は5時に起床して身支度。6時に集合して先に食事をとります。7時に王妃様が起きられるのでその際の身の回りのお世話。午前中のご公務の補助。10時にはお茶の時間です」
「う、うぐぅ……」
ルティはさっきザビーネさんから受けた侍女の役目を朗々と説明してくる。うぅ、よく覚えてるわね。あたしなんかもう頭の中からすっぽり抜けてたわよ。
もう頭はアサルさんの事でいっぱいだったもの。あぁ、早くあの獣の仮面を剥ぎ取りたいわ!
「午後は13時から公務。15時にはお茶の時間。ご公務の終了は17時です。それを終えてから風呂、夕食。就寝は21時です」
「うわぁ、むりよぉ!」
頭を抱えて思いっきり叫んじゃったわ。こんな時間できっちりと決められてるとは思わなかったわよ。ヴィルマ叔母様って激務なのね。
「更に夜会や祝賀行事、来賓の歓待などにも一緒に参加する事になるんですよ」
無情にも更に追い打ちをかけてくる。
「夜会にも付き添うの?」
きょとんとしてたら、ルティはスカーレットの耳と人差し指をビシと立てて「当然です!」とあたしに迫ってくる。
「王妃様の侍女としては、私の様な者が当然付いています。王城の侍女ですから、化粧や身支度のプロが付いてるはずです。それはもう有能な事でしょう。ですが、夜会や国賓の歓待などにはそのような侍女は出られません。あくまでも裏方なのです」
説明しながらもあたしににじり寄ってくる。うぅ、凄い迫力……
「だから貴族の令嬢を侍女にするんです。王妃に付き従う侍女といえどある程度の作法や階級が求められてしまうんです!」
そ、そういえばザビ-ネさんもそんな事言ってたわね。だから伯爵や子爵の令嬢を侍女にするんだって。
「表舞台で王妃様の助けをするのがお嬢様の役目です。これは大事な役目なんですよ!」
立派な長い耳をプルプル震わせながら力説してくる。赤い目が血走っててちょっと怖い。あたしの尻尾の毛がぶわって逆立ってる。
「そ、そうよね」
「お嬢様にはちゃんと侍女のお仕事もこなして、一人前の淑女になって頂きます! 勿論、私もちゃぁんとお手伝い致しますからね。頑張りましょう!」
言い終わると、ニカっと今日一番の笑顔を見せてくれた。ルティがこれだけあたしの為に頑張ってくれてるんだ。当のあたしが頑張らないと失礼よね!
「あたし、頑張るわよ!」
「そうですよ、立派な淑女になって『あの人』をメロメロにしちゃいましょう!」
「そそそ、そうよね!」
アサルさんをメロメロに…………夜のバルコニーでふたりっきり。優しく抱き締められながら愛の言葉を囁いて…………そのままお互いの顔が近づいて…………
きゃー、想像したら照れちゃってダメだわ! 尻尾を抱きしめてベッドにダイブしてごろごろ転がって悶えちゃう。
呆れてるルティのため息を聞きながらも、あたしはベッドで悶えながらずっと妄想に浸っていた。
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