第2話 アサルの特殊な力
アサルさんの紹介も終わって侍女の説明も終わった。明日から5時には起きなきゃいけない。
後は銘々部屋に戻って明日の準備って時に黒猫のカルラさんが鼻息を荒くしながらルティの前に大股で歩いてきた。
「あんた、ストッパード家のルティだね!」
そう言うとビシッと指をさして睨んできた。当の本人はニッと笑って挑発的な顔をしてる。
もう、揉め事は起こさないでよね。
「元、で御座います。もうストッパード家は御座いません。ウィザースプーン公爵家に拾われて、今はイシス様の武装侍女をやらせて頂いております」
大きめの口に弧を描かせて優雅にスカートをつまんでる。綺麗な礼だけど若干嫌味も入ってるわね。
「師匠が言ってたよ。あんた以上の弟子は居ないって」
カルラさんは負け惜しみの様な言葉を吐くと白いドレスを大きく翻して歩いて行く。部屋の入り口で優雅に礼をするとスタスタと出て行っちゃった。お付きの侍女が「お嬢様!」と慌てて追いかけてる。
「はぁ、困った娘ですねぇ」
ルティが撫で肩にしてため息をついてる。あたし、なんだか胃がチクチクしてきたわ……
その後は解散になってあたしとルティ、ザビーネさんが部屋に残った。そういえばあたし達が滞在する部屋も聞いてないわね。それに聞きたい事があるのよ。今がチャンスね。
「侍女長、アサルさんの事なんですけど」
違う方を向いていたザビーネさんが一瞬で振り向いて「何ですか?」と強い口調で言ってきた。
ななな何? ど、動揺しちゃうじゃない。ま、まぁ気を取り直しましょ。
「あの、侍女長はアサルさんの特殊な力って、ご存知ですか?」
ザビーネさんは両手を前に重ねて姿勢を正してあたしと向かい合ってる。「特殊な力」って言葉を聞くとぎゅっと両の手を握りしめた。
「……あなた、それをどこで」
モノクルがキラッと光った。今度はさっきよりも強く光った。モノクルの奥にある目は細く狭められてあたしの心臓を締め付けてくる。襲ってくる重圧に後ろに控えてるルティが後ずさる音が聞こえた。すっごい怖いんだけど。足がすくんで震えてる。
「あ、あの、先ほど陛下から特級護衛対象と言わ」
「その事については王妃様からお聞きしています。理由まではお聞きしていませんが」
あたしが言い終わる前に強い口調で遮ってきた。
くぅ、怖いよぉ。
「これは、口外厳禁の筈ですよ!」
眉間に皺を寄せて睨まれちゃった。あたしが「す、すみません……」と謝ると「聞きたい事はこれだけですか?」とかぶせて来た。気圧されちゃってるけど、まだ聞きたい事が聞けてない。怖いけど、頑張って聞かないと!
「小さい時の事なんですけど、銀色の髪の男の人に、不思議な力で怪我を治して貰ったんです。あたしはその人に会いたくて、ずっと探してるんです! 色々な情報が集まる王城なら何かわかるかなって思ったんです。侍女長はそんな男の人の話を知りませんか?」
怖くて足が震えながらも言い切った。言い切っちゃたわよ!
ザビーネさんは「そうですか……」と言ったっきり黙っちゃった。やっぱり聞いちゃいけなかった事なのかしら。でも長く王城に居るみたいだから色々と知ってると思うのよ。今のところアサルさんが『あの人』かどうかの確証は無いから色々知りたいの。
「……そのような男の人の話は聞いた事がありません」
目を閉じたままだけど答えてくれた。でもこれって、知ってるけど話せませんって事よね。アサルさんには色々と事情がありそう。
「その事は、くれぐれも、口にしない事です。あなたの身の安全の為にも」
モノクルに手を添えながら最後に特大の釘を刺してきた。あたしは俯いて「はい、分かりました」って答えるのが精一杯。
はぁ、遥か高く聳え立つ壁が立ちはだかってる感じね。思ってたよりもずっと大変そう。なんか気が重くなっちゃったなぁ。
尻尾も力なくだらーんと垂れ下がってて、あたしの気持ちを代弁してるみたい。
「……ですが、想い続けていれば会えるかも、知れませんよ」
ザビーネさんは去り際にぽつりと声をかけてくれた。しょげて俯いてたあたしがその言葉に振り向いた時には、もう扉から出るところだった。
「侍女長……」
あたしは誰もいない扉をじっと眺めていた。
ふぅとため息をついた時、あたしが使って良い部屋を聞いてない事に気がついた。ダメじゃない、あたし!
「侍女長、ちょっと待ってください!」
あたしが追いかけて部屋を出ようとした時、部屋の入り口に青い塊が現れた。急に出て来たから勢いよくぶつかって「んぎゃっ!」て情けない悲鳴を上げた。
固い壁に激突した時みたいに跳ね返されて倒れそうになったあたしの腰に、何かがまわされて身体が空中でガクッて止められた。
「いったぁ~い、もぅなんなのよ~」
ぶつけた拍子に強かに鼻をぶつけたのかすっごい痛い。あたしが痛みに鼻を押さえてたら少し上から「イシス様、大丈夫ですか?」と聞き覚えのあるテノールの声が降りて来た。
ハッとして目を開けたら鼻先で獣の骸骨が心配そうにあたしを見てる。
「ぎゃぁぁぁっ!」
いきなりの獣の骸骨に驚いたあたしの視界が、真っ暗に塗りつぶされていった。
―――そうだね、イシスちゃんが大きくなったら、ね
『あの人』はあたしの頬に手を当ててそう言った。あたし、大きくなりました。背はちっちゃいですけど。
あなたはどこにいるんですか? 探してるけど見当たらないんです。指名手配にしたいくらいです。
どこにいるんですか? 会いたいんです。会いたいんです…………
なんだか身体がゆらゆら揺れてる。ゆりかごにでも乗ってるのかな? 良い感じのリズムで寝ちゃいそう。
ふわぁ~~今日も色々あって疲れたなぁ……明日から侍女修行だ。ちゃんと出来るかなぁ。
「大丈夫、出来ますよ」
そうかしら? あたし、自慢じゃないけど掃除とか苦手よ。汚すのは得意だけど。
「イシス様はあの頃からお転婆さんなんですね」
そうよ、あたしは小さい時からお転婆さんだもん。走るのも木登りも大好きだもんってちょっと、あたし誰と話してるのよ!
ぎょっとして目を開けてみれば目の前には獣の仮面の顎が目に入ってくる。
「うわぁぁ!」
身体を見れば、あたしはしっかり抱えられて、所謂お姫様抱っこで運ばれてた。ゆりかごみたいな揺れは運ばれてる時のものだったみたい。
「えぇぇぇ!」
あたしを抱っこしてるその腕はすっごいがっしりしてて、金属みたいに堅いの。腕があたる胸板も筋肉ですっごいの……
「あああ、あのあの!」
顔が熱くなるのが分かるから手で隠しちゃう。あたし寝ぼけて何言ってたかしら? とんでもない事言ってなかったかしら? 変な娘って思われたらどうしよう!
「もう少しで部屋につきます」
え? 部屋?
指の間から周りを見てみれば廊下を歩いてるみたい。すれ違う女の人がじろじろ見てくる。
「あら~早速ですか~?」
脇から間延びしたテクラさんの声が聞こえてきた。
ぎゃー、見られた~!
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