第1話 イシス・ウィザースプーン
基本的にコメディ調です。
「イシスちゃん、転ぶから走っちゃダメよ!」
「は~い、わかりました、おかあさま!」
「今日は大切なお客さまが来るからおとなしくしてなさいね」
「は~い!」
お返事は大きな声で!
でもお庭に出たらそんなの忘れちゃうも~ん。
「イシスお嬢様、待ってくださ~い!」
侍女のルティおねーちゃんが叫んでくるけど、あたしの耳にはいりませ~ん!
今日もお気に入りの枝にのっちゃうんだから。
「アレ?」
青いローブを着た人がこっち歩いてくるのが見えた。
銀色の髪の人だ。
「わぁ~キレイなかみのけ~。はじめてみる~!」
夢中で見てたら足が滑った。
あたしが見てる景色がぐるんと傾いていく!
「んぎゃっ!」
足を滑らせて枝からドスンと落ちちゃった。
ぶつけた足が青くなっちゃってさわると痛いの!
「あの、大丈夫?」
声をかけて来たのは木の上から見た人だった。
青い服を着た銀色のキレイな髪のお兄さん。
すぐ傍にしゃがんで藍色の瞳で心配そうにあたしを見てくる。
「きからおちて、あしがいたいの!」
あたしは指差しながら青くなってはれてる足をみせた。
「あぁ、これは痛そうだ」
お兄さんは青くなってさわれないくらい痛い場所を優しく覆ってくれた。
手のふれてる部分がとっても暖かくて、わーって染み込んでくる。
お兄さんはちょっと高い声で「痛いの痛いの、飛んでけ~」とおまじないを唱えた。
なんか笑っちゃう!
でも足の痛みは、そのおまじないと一緒に嘘みたいに消えちゃった。
「あれ?」
お兄さんがゆっくりその手を離すと、あたしの足の痛みはすっかり無くなっていた。
青くなってないし、さわっても痛くない!
「すっご~~い! まほうみたい~!」
びっくりして見上げると「よく泣きませんでしたね、えらいね」と優しく微笑んでくれた。
あたしの頭に大きな手がふわっと触れてきて、耳を優しく撫でてくれたの。
お兄さんの目はキレイな藍色で、その瞳には嬉しそうなあたしの顔がはっきりと映っていた。
「あたし、イシスっていうの! おにいさんの、なまえは?」
お兄さんは、頭の上の大きな三角の耳をピクっと動かして困った顔になっちゃった。
でもニコッと微笑んで一指し指をゆっくりと口に押し当てた。
片目をぱちっと閉じて「内緒」ってささやいたの。
その仕草にあたしの小さな胸は大きくドキンと飛び跳ねた。
ほっぺたがあったかくなっちゃう。
あたしはケガを治せる不思議でステキなお兄さんに見とれちゃった。
「ぎんいろのおにいさん、なまえは、ないの?」
また名前を聞いた。
どうしても名前を聞きたかったの。
名前だけでも知りたかったの。
でもお兄さんは困った顔をしてる。
「なまえは、ないの?」
あたしはまた聞いた。
その顔はやっぱり困ってる。
あたしは悲しくなっちゃった。
「そうだね、イシスちゃんが大きくなったら、ね」
お兄さんはそう言うとあたしのほっぺにふわっと手を添えて頬を優しく撫でてくれた。
はわわわ~なんかキラキラお星様がたくさん見えるよ~!
「お嬢様~~、イシスお嬢様~!」
後ろからルティおねーちゃんの声が聞こえてきた。
「あ、ルティおねーちゃんだ! お兄さんあのね……あれ?」
あたしが振り返っている間にお兄さんはいなくなってた。
「どこにいったの? ねえ、どこにいったの? どこにいっちゃったの? おにいさん! ぎんいろの、おにいさん!」
お兄さんを見失っちゃったあたしは、声を上げて探し続けた。
見つからないけどずっと声を上げ続けてた。
「お嬢様~。お嬢様~! おじょうさ……………
…くだ………起き………起きてください! お嬢様!」
身体が凄い勢いでゆさゆさと揺らされる。
「……なーに?」
「お嬢様! もう朝です!」
「……もう一回寝る」
折角あの人の夢を見てたのに。もう一回あの人の夢を見るんだ。あの人に逢いに行くの!
枕をぼふっと被って心地よい眠りに誘われていく、あたし。
「むにゅにゅにゅにゅ」
暖かい毛布にくるまれて尻尾を抱きしめてヌクヌクの幸せ。これであの人が傍にいてくれれば、何もいらないのになぁ。
「イシスお嬢様!」
「うわぁ!」
威勢の良い声と一緒に、あたしが被ってた枕と暖かい毛布が剥ぎ取られて、耐えがたい冷気が体を包んでくる。
「ささ寒わよ、ルティ!」
「寒いのは当然です! 冬ですから!」
刺すような冷気が容赦なくあたしの意識を覚醒させて来る。折角温まってた耳がどんどん冷めていく。無意識に耳に手を当てて温めた。
「早く朝の支度をしないと、お館様に『また』叱られてしまいますよ!」
その言葉にあたしはガバッと起き上り、キッとルティを睨む。
「なんでもっと早く起こしてくれないの!」
ルティはその鮮やかなスカーレットの長い耳をピクピクと痙攣させながら「何度も起こしました!」と言い返してくる。あたしも負けずに「起きるまで起こしてよ!」とやり返す。「そんな事言って、起きないじゃないですか!」とルティが返してくる。あたし達の言い合いは毎朝の恒例行事だ。
「ウィザースプーン公爵令嬢ともあろうお方が、毎朝これではお嫁の貰い手はなくなっちゃいます! もう16歳で立派な大人になったんですから、朝は自分できちんと起きてください!」
ルティがあたしの着替えを手伝いながらぷりぷり怒ってる。コルセットをぎゅっと締められて「ぐぇ」っと短い悲鳴を上げた。思わず耳も尻尾もピンと跳ね上がる。
「またそんなはしたない声をあげて! もうちょっと可愛く『きゃぁ』って悲鳴を上げてください。お嬢様の折角の美貌が『無念じゃ』と言ってます」
今日のドレスを準備しながら、ルティはブツブツ文句を言う。
「この美しいウェーブのかかったハニーブロンド。程よく丸みのある輪郭。宝石の様な翡翠色の瞳。愛らしくもぷりっとした唇。鼻血が出そうなくらい愛くるしい顔なのに、どうしてこんな残念女子なんですか!」
「残念てのが余計よ!」
「あぁダメです、鼻血が出そうです」
「ちょっと止めてよ!」
鏡台の前で髪を梳かされながらも、あたしとルティの言い合いは止まらない。
鏡の中に映るあたしの顔は、確かに整った顔をしてると思う。人に言わせれば「愛くるしい」というらしい。
でもそんなの要らない。あたしが欲しいのは夢で見たあの人! 不思議なおまじないであたしの怪我を治してくれた、優しい微笑みで耳を撫でてくれた、銀色の髪をした『あの人』の傍にいられれば良いの。
名前も知らない『あの人』には、あれ以来夢でしか出逢えていない。
「また『あの人』の夢でも見たんでしょう?」
あたしの、長い髪を梳かしながら、ルティは優しく慰めるような、そしてちょっと呆れが混ざった声で話しかけてきた。彼女は、あたしがもう8年も想い続けてる事を知ってる。
ルティはあたし専属の侍女だ。子供の時からずっとあたしの世話をしてくれてる。もう彼是10年になるかな。元々は伯爵令嬢だったんだけど、とある事件でお家が取り潰しになって、働きに出されたのが当家、ウィザースプーン公爵家だった。
兎族のルティは長い耳が良く目立つ、あたしよりも4つ上の、20歳のお姉さんだ。鮮やかなスカーレットの髪は勿体無いけど、肩に届かないくらいに短く切りそろえられてる。
あたしの世話をする為に身につけた護身術に長い髪は邪魔なんだって。
ちょっと切れ長の目で髪とよく似た茜色の瞳をしてる。ちょっぴり大き目の口だけど、にっこりすると誰もが振り向く程の美人さんだ。結構縁談の話が舞い込んでくる。
でもまだ嫁いでない。あたしがどこかにお嫁にいくまでは独身を貫くんだって。
「やっぱり見つからないの?」
「知り合いに聞いてはみてるんですけど、怪我を治せる銀色の髪の男の人の話は聞かないんですよね」
「そっか……」
「お嬢様。あたしも精一杯頑張りますから、諦めないで探しましょう!」
鏡の中に映るルティがニカっと笑ってぐっと力こぶを作った。
「さ、出来ましたよ」
鏡の中のあたしは、薄い化粧までして朝の支度を完了してた。あたしも16歳になって、そろそろ縁談の話も出てくる年頃になっちゃった。そんな話が出てくる前に、『あの人』を見つけたい。絶対に見つけるんだ!
「食堂に行きましょう。皆さんが待っておられますよ」
「うん!」
ルティの元気な声に押し出されて、あたしは食堂に向かった。
お読みいただきありがとうございます。
何度か改稿してます。話は変わらずです。コレジャナイ感を減らすためてす。