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パリのミュータント  作者: いろは ポレ
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1. 嵐の花の都パリ

パリ11区、バスティーユの市場を少し北へ上がって幾つか目の角。

杉浦拓海すぎうらたくみはブール通りを見つけたので、それを右に折れた。

それにしても昨夜はすごい嵐だったなぁ・・・・。

拓海はあちこちに散らかるスーパーのビニール袋や空き缶を見ながら、

昨晩の暴風を思い出していた。

彼はホテルの窓から嵐の様子を眺めていたのだが、

裏路地ではネコも飛ばされていた。


え? ネコも? 見間違えか? いや、ネコも災難だと思ったんだから本当だ。

 

もともとパリは、路上にゴミ一つないような清潔で美しい町とはほど遠い。

常に犬の糞やタバコの吸殻が道に捨てられている。

それでも朝一番には、清掃会社の職員が放水車を用いてそれらの一斉除去を行うのだが、

また夕方も近くなれば元の状態に戻ってしまう。

今日は昨夜の嵐のため路上は一層混乱し、倒れた看板やら落ちた煙突まで見える。

フランスでは台風とは呼ばないが年に1、2回このような暴風が吹く。

特に、今のような秋や冬に多いらしい。


『フランス全域の暴風。アルザス地方では倒れたトラックが48台、屋根が飛ばされた家屋90棟』

ニュースではそれっぽいことを言っていたが、拓海には具体的にその規模がどのくらいなのか、

あまりピンとこなかった。それにテレビのフランス語がわからなかったのもある。


拓海がフランスに来てから3ヵ月余りになる。

渡仏前にフランス語の集中レッスンを受けたこともあり、

普段の生活に必要な言葉くらいは使えた。

実際それで事が足りていた。

だいたい 、フランス語を話せなくても暮らしていけるのだ。

スーパーでは物を選んでレジで金を払えばそれで済む。

またパリには小さいながらも日本人コミュニティがある。

日本食料品店もあれば日本語情報誌も無料で配布されている。

インターネットで母国の状況もすぐにわかるので、

たった一人で世界の果てに来たような感覚はまるでない。

航空券の大衆価格化と情報技術の目覚しい進歩によって、

海外という距離はますます近くなったのだ。


しかし拓海は、テレビ番組や新聞、雑誌、フランス人同士の会話などは、

すぐには理解できなかった。

後は人間の好奇心とか探究心の問題だな、と拓海は思っていた。

ただ、自分にそれがあるのかは、あらためて考えたことはなかった。

現実にパリで何が起こっているか、フランス人が何を考えているか、

昨夜の隣人の夫婦喧嘩では、お互いどんなフレーズで文句を言い合っていたのか。

知的といおうと下世話といおうと、

とにかく探求心を満たしたい意欲が我々に外国語を上達させるのだろう。

そして地球上で異なる言葉を話す様々な人々がコミュニケーションをとる。

そして人類がつながる。


何だか人道主義団体のキャッチコピーみたいだ。

でも、そう。この人類の未来のために僕は今パリにいるんだ。

人類のために・・・・。


と、拓海は一瞬晴れやかで誇らしい気持ちになり天を仰いだ。

しかし、すぐにその滑稽さに気付き、自分、何やってんだ? と、目線を戻した。

道路脇ではアル中の路上生活者が、バナナを携帯電話代わりにして架空の誰かと喋っている。

「ムッシュウ・バナナ」命名 by 拓海である。

かなり脳細胞も消耗しているのだろうが、彼もまた人類。


いよいよ拓海は、彼の「人類のためのミッション」にとりかかる。

この世で拓海を含めて数人しか知らないミッション。


フランス人に習って長くとった夏のバカンスは終わりだ。

未練が無いでもない。

バカンスのおかげで、拓海はフランスのいくつかの地方を散策でき、

各地の名産品を味わうことができた。

またヨーロッパの近隣諸国にも足を伸ばした。

拓海が一番気に入ったのはブルターニュの漁師町で食べた生のハマグリのような貝だった。

パリではカキ以外の貝はほぼ生で食べないと聞いていたので、

それにありついた時は一人感動した。

そしてアムステルダムの空港で飛行機の待ち時間につまんだニシンの酢漬けもうまかった。

要するに魚介類に飢えていたのだろう。

いくら世界が近くなりグローバル時代といわれるようになっても、

小さい頃からの食習慣で培われた嗜好だけは変わらない。

拓海には「魚介類」に「醤油」が、

三ツ星レストランのフランス料理や他の外国食より何より美味いヨダレ物の一品なのである。


もっとバカンスを続けていたかった。


しかし、パリジャンたちもほとんどにパリに戻ってきた今、

拓海も東京の義父から指令を受けた任務を開始するのだ。


小須田清造こすだせいぞう、東京の義父。妻、耀子ようこの父。

拓海は清造からの依頼で、現在こうしてパリの街を歩いているのだ。


人類のためのミッション・・・。


拓海はもう一度「人類のために」を反芻した。


どうやらお義父さんに丸めこまれたな・・・。


アル中のムッシュウ・バナナは依然としてバナナを携帯電話にして誰かと話を続けている。

拓海は彼を横目に見ながら角のタバコ屋カフェに入った。


人類のためには、まず一服だな。


拓海はジタン・ライトを一箱買ってテラス席に着いた。

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