後編
「ああ、そうですかぁ~。で~? 御呼びじゃ無いこの僕にぃ、一体何をしろってぇ、言・う・ん・で・す・かぁ~? 言っとくけど僕にあの兄さんの説得なんてぇ~、無ぅ~理ぃ~だぁ~かぁ~らぁ~」
……グレた。
完全にやさぐれた。
ヤンキー座りでメンチを切りながらダルそうに話す少年。
そこに先程までの目をキラキラ(ギラギラ?)と輝かせ、期待に鼻をプクプクと膨らませていた少年の面影は微塵も無い。
亡くなってからグレるとは、中々器用な少年である。
そんな少年の打って変わった様子に引きつった笑みを浮かべる女性。
口からは「やばっ、やり過ぎた! 怒られるっ!」とか何とか、ブツブツと呟きが漏れている。
この女性にしても、まさか少年がここまで打たれ弱いとは思わなかったのだ。
彼女は暫らく「あぁー」だの「うぅー」だのと奇声を発して現実からの逃避をはかっていた。
だがそれでどうにかなったらそれこそ奇跡、神様はいらないのである。
彼女は頭を抱えていたが仕方が無いとばかりに覚悟を決めると、妄想型厨二病末期患者から無気力型なんちゃって不良少年へと斬新かつ華麗な転身を遂げた少年へと、じりじりと近付いて行った。
顔に営業スマイルを張り付け、ヤンキー座りの少年に話しかける。
……一応はプロである。
「……あのですね、あなたのお兄様にはどうしても異世界に逝って頂かなければならないんです」
「へー? ほー? だ~か~ら~ぁ~? 勝手にすればぁ~」
取りつく島も無いとはこの事か……。
だがそれに負けじと都合良く聞こえなかった事にして、女性はそのまま続きを一気に捲し立てた。
「……なのにあなたのお兄さんってば
『存在する物質、物理法則、自然科学、進化の方式、文明の在り方、そう云った諸々が異なる世界に現在の常識や記憶を維持したまま赴けと? あなた、馬鹿なの?』
なんて小難しい事を言って拒否するんです! 特別な力も用意しているからって言ったら、
『この俺にそんな物が必要だとでも? ――ハッ』
って鼻で笑うんですよ!? 酷いですよねっ! だから一緒に説得して下さい!」
「――ハッ」
何のかんのと言っても兄弟である。
鼻で笑った顔はそっくりだった。――特にふてぶてしさと憎々しさが。
――コホンッ
「………………………………もちろん、タダでとは言いませんので」
「あ”~ん?」
少年はヤンキー座りのまま女性を斜め下から睨み上げるようにして見る。
少年なりに一番迫力の在りそうな角度を計算しての事だ。
だが年の割に小さく子供っぽい印象の少年がそんな事をしても、威圧感を与えるどころか毛を逆立てた子猫の様で逆に微笑ましさが沸いてくる。
しかしそんな事を口にすれば色々と台無しな事は流石に女性にもわかっていた。
女性は下手に笑ってしまわないようにと腹筋に力を入れ、だけど営業スマイルは保ち続けると云う難易度の高い状態を必死に維持していた。
だがそれにも限界はある。
彼女はもうどうにでもなれと最後の手段――取って置きの餌を少年にポイっと投げた。……面倒になったとも言う。
「お兄様の説得に成功した暁には……(付属品として)憑いて逝く事がデキ「この僕に万事お任せ下さい!!!」…ルカ…モ…?」
少年は餌に食いついた。
喰い付き過ぎるぐらいに猛烈な勢いで喰いついた!
何やら微妙なニュアンスと不穏な語尾とが付いていたようだが、少年の特殊な耳はそれを全力でシャットアウトする事に成功した!
「お任せ下さいお姉さん! この僕が何としてでも兄さんを説得して見せますっ! さあ逝きましょう! 直ぐ逝きましょう! とっとと逝きましょうっ!」
少年は猛烈な勢いで立ち上がった。
その勢いのままに時間を置いて気が変わったなどと言われては堪らないとばかりに、女性に目を血走らせて詰め寄る。
その鬼気迫る様子に内心では冷や汗をかきながらも、女性の営業スマイルが崩れる事は無かった!
プロである! ……その笑顔がやや引きつって見えるのはきっと気のせいだ。
「……ア、リガトウゴザイマスデスハイ。では早速お兄様の元へお送りしますのでこの中にお入り下さい。サアドウゾ、ハイドウゾ、ズズイットドウゾ!」
言葉と同時に少年の足元に小さな円が浮かびあがる。
少年は疑う事無く――そんな時間も惜しいとばかりにさっさと円の中に入り………………少年の姿は音も無くかき消えた。
――後は野となれ山となれ
そのあと少年の夢が叶ったのか、そして女性が怒られたかどうかは誰も、知らない――。
―――おまけ―――
「――君は俺を巻き込んで死んだだけじゃ飽き足らずにどの面下げていったい誰に向かってそんな世迷言をほざいているのかな? まさかとは思うけどこの俺にじゃ無いだろうね?
思い返せば幾星霜、俺とのあまりの違いに育児ノイローゼ気味になっちゃった両親に変わって君のオシメをせっせと取り替えてあげたこの俺に?まさかまさかミルクを飲ませて毎回ゲップさせて離乳食まで作って食べさせてあげたこの俺に?夜泣きする君が眠るまで毎晩子守歌にマザーグースを歌ってあげたこの俺に?君の将来を考えてクイーンズイングリッシュと日本語訳バージョンで繰り返し繰り返し歌ってあげてたら何故か夜中に一人でトイレに行けなくなっちゃった君に付き添ってあげたこの俺に?幼稚園で桃組の美代ちゃんに告白して俺のお嫁さんになるから無理って振られて魂を飛ばしてた君にいかに女心が移ろいやすいものかを懇切丁寧に説明してあげたこの俺に?それからそれから――――」
「…………もう、ムリ……許し、て……兄ちゃん、もうほんと……ほんっっっとにもう、勘弁……」
「するわけ無いでしょ、この程度で。
全く、馬鹿は死ななきゃ治らないって言うのに君の場合は死んでも治らないどころかより一層悪化してるってマジこれ何の嫌がらせなの!?……こうなったら俺が責任を持って矯正してあげないと……幸か不幸かここでは時間はたっぷりあるらしいからね、さ、続けようか」
「………………………………クッ殺せ! 一思いに殺してくれぇぇぇっ!」
「ん? 別に構わないけどもう死んでるよ? 無駄じゃないかな?」
「――ちっがぁぁぁうっ!違うよ兄さんその突っ込みはダメダメだよ! クっ殺さんは殺しちゃ駄目なんだよぉぉぉ―――っ!」
「………………うん、どうやらまだまだ余裕みたいだね? だったら遠慮なくガンガン行こうか――次は小学生の頃の――」
「イィィィ―――ヤァァァァァァァァァ―――っ! はなから遠慮なんかしてない癖にぃぃぃ―――っ!」
―――おまけのおまけ―――
厨二病・弟 VS リア充・兄
厨二病 空気感染…… レジストされました
厨二病 飛沫感染…… レジストされました
厨二病 接触感染…… レジストされました
厨二病 経口感染…… レジストされました
厨二病 脳内感染…… レジストされました
厨二病 侵食感染…… レジストされました
厨二病 洗脳感染…… レジストされました
厨二病 汚染感染…… レジストされました
厨二病 布教感染…… レジストされました
腐男病 腐教感染…… 徹底駆除されました
勝者――リア充!
「兄ちゃんなんか爆発しちゃえばいいんだぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」
「だから君はいったい何を言っているのかな!?」
――――完
マザーグース
英語の伝承童謡の総称です。
実は非常に残酷でグログロな内容なんですよね、御存知でした?