前編
パソの整理中に昔書いた物が出てきました。
折角なので短編に仕立て直して放出しようかと……。
前後編の二話なのでサクッと終わります、暇つぶしになる……かな?
「……こっ、これはっ!
見渡す限り何も無い真っ白な空間にふわふわとした現実味の無いおかしな感覚、そして目の前には申し訳なさそうに佇んでる超平凡顔の女!
最後のがちょっとばかし想定外だけどそんな事はこの際どうでもいいっ! コレはアレだよね、テンプレだよね! 待ちに待ったこの瞬間がついに…、ついに…、つーいーに、来たんだぁ―――っ!!!」
拳を天に突き上げ楽しそうに跳ねまわる少年。
少年の脳を大量のアドレナリンと共に数々の妄想が駆け巡った。
現在の少年に果たしてアドレナリンが存在するか否かはこの際重要では無い。
中学一年にして既に中二病末期という早熟な(?)一人の少年、H。
厨二病進行度、末期。
回復の兆し、無し。
回復の見込み、な……不明。
そんな少年がこの状況で思う事はただ一つ、―――『ロリ婆を出せっ!』
……では無い。
剣に魔法。
冒険活劇。
ファンタジー。
つまり、―――『転生フラグっ! キタァァァ―――っ!!!』
……である。
少年は心ゆくまでこの状況を堪能した。
それはもうここぞとばかりに、思いっきり堪能した。
少年に巣食う厨二病と云う名の病、それは一度死んだぐらいで治る様な、そんな生易しい病気では無かったようだ。
少年にとっては短く、逆に他者にとっては悪夢の様に長く感じる時間が過ぎ去った後、ハッと我に返る少年。
それさえも堪能した後でやっと目の前にいた女性に視線を戻し――ある意味で非常に大物である――女性が引きつった笑顔で自分をじぃーっと見ていた事に気付いた。
見ず知らずの女性と思わず見つめ合う少年。
さっきまでの自分の行動を省みて恥ずかしそうに俯く……ような事もなく、少年は瞳をギラギラと輝かせて満面の笑みで女性に歩み寄る。
どうやら少年にとってこの程度の奇行は些末な事だったらしい……。
だがしかし、少年に『超平凡顔』だの『そんな事』だの『どうでもいい』だのと言われた女性。
彼女は外見が普通なら感性もまた、ごくごく普通だった。
つまり、彼女は引きつった表情でドン引きしながら跳ねまわる少年を見ていた。
目は口ほどに物を言うなどと云うが、その視線には当然の如く好意の欠片も存在しなかった。
……少年の自業自得と言えよう。
だがそれは一瞬の事。
少年が近付く前に瞳に浮かぶ感情を消し、すぐさま申し訳なさそうな表情を作ると少年が正面に立つ頃には目に涙まで浮かべて少年を見つめていたのだ。
……プロである。
中学生に成ったばかりの純朴な(?)少年にそれを見抜けと云うのは些か酷と云うモノ、少年はものの見事にコロッと騙された。
いや、少年はむしろ騙されたがっていたのかもしれない。
なにしろ目の前の光景は少年が何度も何度も何度も何度も妄想し、夢に描いたものなのだ。
いわゆるご都合主義と呼ばれる展開。
そしてついに、少年の夢が現実になる瞬間がやって来たのだっ!
『私の手違いであなたを殺してしまったの……』
『元の世界に生き返らせる事は不可能だけど、その変わりに別の世界へ送ってあげる!』
『本当にごめんなさい、お詫びにあなたの望む力をあげるわ』
少年の耳にだけ聞こえる甘く都合のいい調べ。
真っ白い空間の中で期待に胸と鼻を膨らませる少年H、そしてそれを見つめる平凡な容姿の推定年齢ピーな女性。
彼女は少年に縋る様な眼差しを送りながら、ゆっくりと口を開いた。
……何度も言うが、プロである。
こうして少年の夢は―――、
「助けて下さいぃぃぃっ! あなたと一緒に亡くなったあなたのお兄様に異世界に逝って頂かなくちゃいけないのに嫌だと仰るんですぅぅぅっ! どうかお願いです、彼の説得に御協力下さいぃぃぃーっ!」
―――終わった。
少年Hの兄。
どこもかしこも平凡で厨二病を患うこの少年の兄にして、顔良し頭良し身体良しのリア充公式チート男。
だがその実態は『弟とは人生の最初期に無料で手に入る下僕の一般的な呼称の事』だと本気で思っている腹黒鬼畜なドSである! (主観:弟H)
少年は虚ろな眼差しでガックリと崩れ落ちた。
手を握りしめ歯を食いしばり……だがそれだけで耐えられるほど少年の精神は強くは無かった。
……むしろ非常に脆い。
耐え切れず少年の口からは怨嗟の言葉が零れ落ちる。
「……なんで、なんでいつもいつも兄さんばっかり……。兄さんなんて……、兄さんなんて、死んじゃえばいいんだぁぁぁーっ!!!」
全てを持っているクセに自分のたった一つの希望までをも奪うのかっ!
そう思った瞬間に思わず少年の口から溢れ出た言葉。
もし仮に少年の兄がこの言葉を聞いていれば、『奪うどころか熨斗を付けてくれてやるわこのド阿呆がっ!!!』
そう怒鳴り返すに違いない、完全なる言いがかりである。
少年にしてみても決して本気で言ったわけでは無い。
だが言わずにはいられなかったのだ。
女性はそんな少年の葛藤を静かに見つめていた。
彼女はその瞳に静かな決意をたたえ、ゆっくりと少年の震える肩に手を伸ばし、温もりを分け与えるように優しく触れた。
「……大丈夫ですよ」
肩に感じた暖かな温もり。
かけられた言葉に縋りつく様に少年はおずおずと顔を上げる。
交差する二人の視線、少年の瞳に浮かぶのは嫉妬に後悔、羨望、そして……。
抑えきれない心の乱れそのままに、不安定に揺らぐ瞳。
縋る様なその眼差し、その全てを受け止める様に女性は満足気に微笑み、真実と云う名の救いを少年に投げ与えた。
「だってお二人とも、もうとっくに、
―――――死んでるじゃありませんかっ♪」
「……」
その通りである。
こうして少年の魂を振り絞る様な叫びは現実という名の暴虐の前には何の意味も成さず、虚しくも儚く散って逝ったのだった……。
これは決して『超平凡顔』だの『そんな事』だの『どうでもいい』だのと言われた女性の報復などでは無い……はずだ、多分。
こうして思春期に差し掛かった少年の胸に、死してなお得難い教訓がまた一つ、刻まれたのである。
――女、恐い。