プロローグ
俺は丁寧にミカンの木の根元の雑草をむしっていく。
ミカンの木の根元15cmくらいは裸地にしておいたほうがナメクジやカマキリの被害防止に効果があるのだ。
「こうちゃーん、ごはんよー!」
姉さんが庭で日課のミカンの木の手入れをしていた俺に声をかけてきた。
「ああ」
そう言うと俺は木の根元から抜いた雑草をゴミ袋の中に集め、外から見えないところに置いた。
「恥ずかしがらなくてもいいのにー」
姉さんはニコニコしながら俺のほうを見ている。
「•••そうか」
俺はそう呟くと少し赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「はやくあがってきなさいー」
姉さんはニコニコしながら俺に言う。
俺は玄関のほうに回り込みきちんと靴を揃えてから家に上がり、洗面所で綺麗に手を洗ってから食卓へと向かった。
「今日は麻婆豆腐よー」
思わぬ大好物に飛び上がって喜びそうになったが堪える。
「…そうか」
俺は出来るだけ冷静にそう言うと食卓のテーブルへと向かい、いただきますと手を合わせてから好物の麻婆豆腐を食べる。
「おいしいー?」
「ああ」
俺はそう答えるとすぐに麻婆豆腐をおかずに夕飯を食べ終わりごちそうさまと姉さんに言い、食器をうるかしてから自分の部屋に戻った。
俺は自分の部屋に入ると本棚から一冊の本を取り出し読み始めた。
親父の形見の本だ。
葬式のあと身辺整理の際に処分されそうになっていたところを何冊かくすねてきたのだ。
内容は探偵が主人公のハードボイルドもの。
感情に流されず時には冷酷に目的を達成する。
そんな姿に俺は刑事だった親父のことを思い出す。
(いつか俺もこんな風になりたいなあ)
そんなことを思い始めたのは親父が不慮の事故で行方不明になった10年前のことだった。親父は出張で船にのり離島へ向かったのだが船か離島へ着いた時には親父の姿が忽然と消えていたのだ。
船の中には親父以外の乗客は居らず船員全員にアリバイがあったため、親父は海に落下して死んだということになった。
始めは家族皆が感情的になっていたが、俺は家族の中で唯一の男だったため感情を出来るだけ押し殺し、生前の親父のように冷静に振る舞った。
当時7才だった俺に手をかける必要がなかったからか死んだ親父に変わり母さんが一家の大黒柱になり、俺の母親代わりに姉さんがなった。
そんな家族に迷惑をかけないように、自分でいうのもなんだが手がかからないようなよい子供だったと思う。
だがまだ親父のようなハードボイルドには程遠く、顔に感情が出てしまう。
(親父のようにハードボイルドな、冷静な人間にならないと…そしていつかこの小説の主人公のような探偵に…)
そう考えながら本を読んでいると俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
次に目を覚ますとそこは真っ白な空間だった。