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006.珠貴と大賢者の記憶と

珠貴視点.


*2017/11/29 手直し.

 問題です。

 私は一体だーれだ?



 ————なーんて訊いても、普通は訝しまれて終わりだと思う。

 だっていきなり「私は誰なのか」なんて、記憶喪失でもない限り有り得ない……いいや、そうは言い切れないかもしれないね。


 現に私は、時折考えるんだ。私は誰なんだろうって。




 私の名前は千歳珠貴。地球って惑星の日本というそれなりに高度な文明を持つ国に住んでいる、ただの女子高生。


 だけど……それだけが『私』なんじゃないんだ。



 私には前世の記憶というものがあって、ソフィアという名前だった。日本とは異なる、魔法の存在する世界に生まれた、エルフという特殊種族出身の娘だったんだ。

 魔王領に程近い、緑豊かなエルフの森で生まれたんだけど、好奇心の旺盛だった私は森を飛び出して、冒険者として旅をしていた。


 エルフは人間よりもずっと……ずぅーっと長い寿命を持っている。私は前人未到の遺跡を突破し、魔法の研究に歳月を注ぎ込み、武闘もいくつか修めた。

 他にすることもなかったしね、賢者と呼ばれ敬われても、手当たり次第に様々なことに挑戦していたよ。



 気が付くと、私は1000年の時を生き、『大賢者』と呼ばれるようになっていた。



 永く生き過ぎたためか、その頃の私は生きることに飽きて来ていた。私は『最強』と称され、向かうところほぼ敵なしだったから、喧嘩を売ってくれる存在もいないし。

 できるだけ正体を隠して旅を続けていたんだけど、私が『大賢者』であることを知るや否や、誰にも彼にも畏怖の眼差しで傅かれて……本当に面倒だったし。


 いい加減に死にたかったんだ。




 この上なくあの世界から消えてしまいたかった私が、晩年に大切にしていたもの。


 ひとりは、旅の途中で出会った、後に勇者と呼ばれる冒険者の少年。

 最初は生意気そうな餓鬼だと思っていたんだけど、信念を貫く強さを持っていて、数百年振りに興味を惹かれた人間だった。元々剣の素質があったから、ちょっと教えてやっただけでめきょめきょと私よりも強くなった。生まれて20年も経っていない小僧に負けたことにむかついて、不意打ちで魔法をぶっ放してやったのはいい思い出。


 ひとりは、友人の娘であり、魔族の王に祭り上げられた悲運の少女。

 少々気弱で穏やかな性情の彼女は、偶に私が訪ねるといつも旅の話をせがんできた。自分も世界を見てみたいと言っていたから、誕生日の贈り物として遠見の魔法のかかった水晶をあげたら、無邪気に喜んで笑ってくれた。お返しにと大切にしている綺麗な薔薇の冠を作って、私の旅の平穏を案じてくれるような、魔王の娘とは思えないような心優しいお姫様。



 生まれも育ちも、性格も考え方も全く異なるふたり。そんなふたりを、私は息子や娘、下手をすれば孫のように思っていた。

 彼らの命を見守りたいと、まだ生きていようと、再び思うようになったんだ。


 いつかふたりを引き合わせてあげよう。どちらも私は愛しているんだと伝えてあげよう。

 全く異なるふたりだけど、異なるからこそ、案外仲の善い友人になれるかもしれない。もしかしたら、恋仲になるかもしれない、なーんて。


 そんな風に、私は思っていた。




 でも……何がいけなかったんだろう。

 友人である魔王が不審死を遂げてから、全ての歯車が狂い出した。

 



 彼が死んだとき、私は嘘だと思った。

 だって彼は強かった。私と同じくらいの時を過ごしてきた彼は、私と同じくらいには強かった。

 『彼女』に彼の力が受け継がれることはなかったけれど、幼い愛娘を「なんて賢い子なんだ! 大賢者よりも賢くなるに違いない! いやなる!」と子煩悩丸出しで可愛がる姿に、私がいらっとするくらいには強かった。


 友人の死からそれ程間を置かず、祝福以外の力を持たない『彼女』は魔王として即位することになり、魔族の国は野心ある側近たちのやりたい放題になっていった。

 魔王領と言えど、一国家。欲に塗れた、無法に等しい無理な政治が上手く成り立つ筈がなく。反乱や紛争で国は荒み……闘いの度に側近たちの行う重税や度の過ぎた行いは、全て優しいだけで何もできない『彼女』のせいにされた。


 やがてその歪みは人間の国にまで飛び火し————『魔王』を倒すために、人間の王が勇者の選別を始めた。その報せに、私は嫌な予感がした。


 『彼』は勇者としての資質を備えていた。剣の腕も魔法の才能も十分で、何よりも彼の世界の女神に愛されてしまった存在だったから。


 予感は的中し————あろうことか『彼』は勇者として『彼女』を殺すことになった。




 あの子たちには、幸せになって貰いたかった。なのに敵同士として対峙することになってしまった。


 私は『大賢者』として、『彼』(ゆうしゃ)の仲間として、『魔王』討伐に向かうことにした。魔王城には既に私の友人はいなくなっていたから、護る理由もあるようでなかったし。

 それに討伐したと見せかけて、密かに『彼女』を逃がしてやろうって思ったんだ。私なら『彼女』ひとりを隠すことも養うことも容易いし、何よりも友人の忘れ形見を失いたくなかったんだ。



 でも、状況は意外な方向に転がっていった。

 『彼』が『彼女』に、ひとりの女として興味を持つようになったんだ。



 私は『彼女』との関係がばれないようにしながら、秘密裏に『彼』に『彼女』の情報を流すようになった。

 関係を隠したのは、もし『彼』が心変わりして『彼女』を殺そうとした時に、覚られずに逃がせるように。秘密だったのは、『彼』に懸想した王女が邪魔をしないようにするため。

 思いの外上手くいって、いつしか『彼』も私と同じ考えを持つようになっていった。


 彼の国と使い魔を通じて、顔見知りだった宰相と連絡を取り合っていた私は、『彼女』も『彼』を想っていることを知った。

 ふたりが恋仲になるかもしれない。淡過ぎる幻想が、一気に色付いたね。




 ————現実はそんなに、甘くはなかったけど。




 私が広い筈の王の間に駆け付けた時、血の匂いが嫌に鼻についた。

 玉座の近くで膝を突いた『彼』の姿に、広がる薄紫のドレスと赤黒い染みに、そして二度と開くことのない瞼に、私は呆然自失した。

 嘘だと、現実を否定したかったのに。


 『彼女』を抱いて絶望に慟哭する『彼』に、私は胸が締め付けられる思いだったよ。

 『彼』の腕の中で眠る『彼女』の安らかな面差しに、数百年振りに泣きたくなったよ。


 『彼ら』はこんなにも、想い合っていたというのに。女神様はなんて意地悪なんだ。


 

 泣きたかった。叫びたかった。この世界から目を逸らして、壊れてしまいたかった。

 けど面倒な奴らはまだ蔓延っていたから、まずはそっちを掃除しないといけなかった。


 だってここは、友人とその愛娘の国だ。私にとっても、馴染みある国なんだ。

 彼らには静かに眠って貰いたい。そのためには、この世界は煩わし過ぎる。


 私は自失している『彼』を叱咤し、『彼女』たちの国を建て直すように示唆した。宰相も現れ、『彼女』の日記を用いて『彼』を都合よく為政者に仕立て上げた。『彼女』の想いを利用するのに良心が痛んだけれど、『彼』にもちゃんと『彼女』の想いを知って欲しかったからと、自分に言い聞かせた。


 やがて『彼』が国を纏め上げ……かつてとは異なる、民の笑顔を見て。

 私は誰にも見つからないように、『彼女』の眠る薔薇の庭で、漸くひっそりと哭いた。



 『彼』が『彼女』の国の仮初の王として、一生を終えるのを見届け。

 私は新たな王の即位を確認すると、生まれ育ったエルフの森に消えた。






 私は考える。私は誰なんだろう。中学の時にはいい加減に割り切って考えないようにしていたけれど、最近また考えている。


 それは多分、『私』が愛した『彼ら』を見つけてしまったから。




 さっきから教室の前で、うろうろしている小さな女の子。癖のない黒髪や小さな子どものような小柄な身体付きは、『彼女』とは似ても似付かない。着ているものだって、多少は可愛いけれどドレスではなくて制服。


 でも、その中にある魂は、私の間違いではなければ『彼女』の筈なんだ。


 入学式の時、同じクラスに『彼』も見つけた。そして今、『彼女』が目の前に立っている。


 これは何の運命の悪戯なんだろう。『私』の愛した存在がそこにいる。それだけで、目頭が熱くなって来たよ。


 彼女は『私』を憶えているかな? 『私』は、『君』を憶えているよ。



「何をしているの?」


 びくぅっと小さな身体が跳ね上がった。その際に彼女の持っていた紙袋が床に落ちてしまって、大きな音を立てる。

 私は紙袋を拾うと、彼女に差し出した。


「そんなに怯えなくてもいいよ。多分、君は『私』を知っているから」


 恐る恐る見上げてくる、紅みがかった大きな瞳。薄紅の瞳も綺麗だったけど、今の瞳も綺麗だ。

 不審げな眼差しに、私は苦笑した。


「やっぱりわからないかなぁ? 昔とは髪も瞳も色が違うし、何よりも魔力がないし」


 昔は白っぽい銀髪に、青い瞳だったしね。髪も今みたいにウェーヴかかってなかったし。

 ここまで来れば流石に気付いたよう。もしかしたら憶えていないかもしれないという考えに及ばない程、『私』はこの瞬間に浮ついていたんだ。


「え……うそ……」


 ちょっと信じられないみたい。彼女は何度か口を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返す。

 でも……もうそろそろ、何か言って欲しいかな?


「…………ソフィ、ア?」

「あったりー」


 かつてのように少々戯けてみたら、彼女はくしゃりって表情を歪めた。今にも泣きそうで、紅い唇が戦慄いている。

 『私』は薄く笑みを浮かべた。


「『私』の可愛い可愛いお姫様。私は笑っているお姫様の方が好きだよ」


 笑っていて欲しくてそう言った私に、彼女は頬を微かに赤らめて、昔見た優しい微笑を見せてくれた。ちょっとぎこちなくて、長い睫毛に雫が乗って煌いていたけど、それでもとっても綺麗。


 懐かしい時を想起させるその微笑みに、『私』まで泣いちゃいそうだよ。





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