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002.瑞葉と勇者の記憶と

瑞葉視点.


*諸々訂正(2017/11/23)

「————お人形さんは死んじゃった」


 それは、とても小さな、囁きよりも微かな声だった。正直歌として認識できたことに自分自身でも驚いた、俺こと八剣瑞葉(やつるぎみずは)は、聞こえてきたフレーズに耳を疑った。思わずついさっき擦れ違った女子生徒を見ると、彼女はちょうど角を曲がって来た男子生徒とぶつかり、こけはしなかったが衝撃でプリントを取り落とす。


「大丈夫か?」


 散乱したプリントを拾って目の前に差し出してやった俺は、凛とした面持ちに、真っ直ぐに見上げてくる赤みを帯びた瞳に、思わず息を呑んだ。




 俺には前世の記憶がある。これだけを聞けば中二病めいて聞こえるが、夢でも妄想でもなく事実だ。

 前世の俺がいたのは魔法の存在するファンシーな世界で、電気もガスも水道も発達していない、何とも程度の低い、一体いつの時代だよ、な文明の世界だった。


 そんな世界で、俺は冒険者だった父さんの後について世界中を廻っていた。遺跡廻りは楽しかったと思う。色んな魔法の罠とか遺跡の番人とかいて、楽しかったし、序でにいい修行になった。

 10になる少し前にエルフの大賢者ソフィアに出遭ってからは彼女から魔法と武術を習い始め――――何時の間にか同世代で剣と魔法において、俺に敵う奴はいなくなっていた。




 18くらいまでそんな生活をしていた俺だが、魔物が侵攻してきたからって国が勇者選抜なんぞやり始めて、で、何を間違ったのか女神の加護を受けてしまった結果、勇者になってしまった。正直ばっくれてやろうかとも思ったが、褒美に何でも好きなものをやると言われたから、まあいいかと父さんと別れて魔王討伐の旅に出た。


 父さんと大賢者以外と旅をしたことがなかったからどうなるかわからなかったが、なかなか煩わしかった。中でも王女が一番鬱陶しかったと思う。魔法が使えるからとついて来たが、戦闘では魔物を怖がって大して役に立たないし、他の仲間に対しては高圧的だし。勇者として名声を得始めていた俺にあからさまに媚びて来るしで、何度魔物の中に捨てて行こうと思ったことか。


 一番真面だったのは、やっぱり師匠の大賢者だったな。ていうか、あいつがいなかったらまず旅は成り立たなかった。魔物に詳しいの、あいつだけだったし。



 思った以上にさくさくと魔物を倒しながら旅をしていく中で、俺はあることに気付いた。

 どんな怪我を負っても、やけに治りが早い。あと魔王城に近付くにつれ、何故か魔物の量が減っていったんだ。


 何か可笑しくないかと大賢者に零したら、奴はあっさりと認めやがった。


『何にもできないお姫様かと思っていたんだけど、そうでもなかったみたいだよ』


 意味がわからなくて問い返す。そしたら大賢者は無駄に綺麗な笑顔で、魔王のことを教えてくれた。


 魔王自体は大した力もなく、『傀儡姫』と呼ばれて側近たちからいいように扱われていたこと。

 彼女は自分の国の有り様に涙して、でも何もできない自分を嘆いていること。

 そしてその彼女が、争いを停めるために手を回して、魔物の力を削いでいること。


『実は彼女には祝福の力があって、ちょこちょこ私たちの様子を見ては、無意識に私たちの傷を治していたんだよ。まあ、彼女はそのことに、気付いていないんだけどね』


 祝福の力しか持たない魔王に、俺は興味を持った。

 いくら戦を収めるために尽力していても、魔王ということで彼女はどの道殺されてしまうだろう。だが、それはなんだかつまらない。


 絶世の美女だというから、褒美に彼女を貰うのもいいかもしれない。王は俺と王女を結婚させたそうだったが、残念ながら俺は王女が嫌いだ。

 大賢者曰く、穏やかで気弱な性格の姫らしいし。世間知らずで外の世界に興味があるようだし、環境があれば自分の世話は自分でできるらしいから、今の立場から連れ出してやったら、喜んでくれるだろうか。



 何時の間にか、俺は名も知らない魔王に会うのが楽しみになっていたんだ。




 遂に魔王城に着いた時、そこには魔物の1匹もいなかった。大賢者曰く、無害な者は全て魔王が逃がした、らしい。

 鬱陶しい王女や打倒魔王を謳う王につけられた同行者たちを大賢者に押し付けて、俺はひとりで城の奥に進んだ。魔力の波動には敏感だったから、魔王が何処にいるのかすぐに分かった。それに俺を誘導するように、回廊の灯りがひとりでに灯っていった。



「————紅い林檎は蜜の味

 ひとくち齧るとあら不思議

 お人形さんは死んじゃった」


 広間に着いた俺は、遂に薄紅の瞳の彼女に出逢った。



「――――ようこそ、人々の希望たる勇者。お会いできて光栄だわ」


 俺と彼女以外誰もいないがらんとした薄暗い広間の中、不思議な色の石の煌く王杖を手にした彼女は、艶やかに微笑んで玉座に座っていた。

 床まで届きそうな波打つ長い薄紫の髪に、白雪のような肌。人形みたいに綺麗な貌をしていて、紅く塗られた唇がやけに艶めかしかった。


 薄紫の髪に華奢なティアラを頂いた彼女は、立ち上がると可愛らしく小首を傾げた。


「でも、残念ながら、もうお別れだわ」


 そう言って、彼女は左手に持っていた王杖を手放した。澄んだ音を立てて転がる王杖を一瞥することもなく、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


 どういう意味なんだ。彼女の意図の知れない俺は、彼女の右手に握られているものに気付いた。鈍く煌く一振りの短剣。武器など持ったことのなさそうな彼女に、それは酷く不釣り合いだった。


「何だか争いにも飽きてしまったわ。ここまで来て貰っておいて、貴方には悪いのだけれど」


 何を、言っているんだ? 嫌な汗が肌を伝ったが、静か過ぎる薄紅の瞳に、言葉を発することができなかった。

 そんな俺の前で彼女は短剣を両手で持ち――――鋭い剣先を細い首筋に向けた。


 なんで、剣を首に添えているんだ?

 なんで、そんな穏やかな目をしているんだ……?


 剣先が肌に触れたのか、白い肌に紅い血が滲んだ。思わず俺が一歩踏み出すと、彼女は同じだけ離れてしまう。

 彼女は微笑んだ。嫌な予感がした。


「さようなら」

「っ! 待てっ!」


 躊躇うこともなく、彼女は短剣で自分の咽喉を掻き切った。鮮血が辺りに飛び散って、彼女の纏っていた紫のドレスを紅く染め上げ、ティアラの落ちる甲高い音が広間中に響いて。


「魔王!」


 俺は彼女に駆け寄った。血溜まりの中に倒れる身体を抱き上げ、俺は叫んだ。


「なんで……っ!」


 彼女はもう、死ぬ必要はなかった筈だ。俺が褒美として彼女を譲り受けてしまえば、外に連れ出して、後は好きなようにさせてやるつもりだった。彼女が魔王であったことに問題があるのなら、彼女が死んだことにして、密かにでも穏やかに暮らせるようにしてやるつもりだった。


 抱き上げた身体は思っていたよりも華奢で、触るとあっさり壊れてしまう飴細工のようだった。

 彼女が伸ばしてきた手を、その手を俺は取った。血に汚れていたが、構わない。氷のように、冷たい指先だった。


「おい! しっかりしろ! 魔王!」


 薄紅の瞳は、白く濁り始めている。たくさんの血が、流れてしまっていた。

 彼女の命が失われる。その事実に、俺は心が押し潰されそうだった。


「今賢者を呼んできてやるから! だから……!」

「……ぁ……」


 掠れた声が、彼女の唇から洩れた。俺は息を殺して、決して聞き逃さないように耳を澄ませる。


「……あえ…て…………よか、た……」


 逢えて、よかった。微笑む彼女の目から、透明な真珠のような綺麗な涙が、零れ落ちた。

 大賢者を呼びに行こうとしていた俺は、その場から動けなくなった。彼女の言葉の意味を考えて。彼女も自分と逢えたことに喜んでいることを知って。


 俺も、逢いたかった。


 そう言いたかったのに、叶うことはなくて。

 彼女は静かに息を引き取った。とても綺麗な微笑みを浮かべて。


「っ……魔王――――――――っ!」




 彼女は穏やかな王ではあったが、全く気弱な魔王じゃなかった。


 彼女の身体を抱き締めて呆然としていた俺は、様子を見に来た大賢者に叱咤されて、のろのろと動き出した。

 やることはたくさんはあった。俺は、それをこなさなくてはいけない。


 俺は彼女の身体を大賢者に手伝って貰って綺麗に清め、彼女が気に入っていたという薔薇の植えられていた城の中庭に埋めた。彼女が王であった証であるティアラと王杖も共に、棺に納めた。

 その後、隠れていた宰相と大賢者の力を得て、彼女の国を建て直した。彼女が亡くなってまた暗躍し始めた勢力を跡形もなく潰し、彼女の国を支配しようとする人間たちを制し、俺は争いの必要ない平和な国を造った。


 それが、彼女の願いだったから。




 彼女のことは、彼女の部屋で見つけた日記が全て教えてくれた。

 何もできない自分を嘆いていたこと。争いを停めたいということ。

 人間の国を虎視眈々と狙う側近の勢力を削ぐ日々のこと。

 そして、水晶越しに見る俺を想ってくれていたこと。


『願わくば、もう1度貴方に出逢いたい。敵としてはなく、1人の女として。

 そしてその青い瞳に私を映して欲しい。その瞳で私を見つめて欲しい』


 それからの俺は仮初の王として一生をかけて彼女の国を護り、天命を迎えて生涯を終えた。





 もう二度と、彼女に逢うことはないだろうと思っていた。俺は世界を跨いで転生し、彼女もまた別の場所で転生しているだろうと思ったからだ。


 だから……目の前の少女に我が目を疑った。

 感情の薄い達観したような冷めた眼差しは、自分に通ずるもので――――どうしても、彼女を想起させたから。






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