表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/171

000.魔王と蒼い瞳と

魔王視点.


*諸々訂正(2017/11/23)

 最期に見たのは、彼の鋭い蒼の瞳。




「哀れで滑稽なお人形さん

 舞い踊る姿は道化の女王

 糸が切れてもくるくる踊る


 紅い林檎は蜜の味

 ひとくち齧るとあら不思議

 お人形さんは死んじゃった」


 扉の開かれる音に、口遊んでいた私は希望の光を見出した。眼の前に立つ彼の姿を認め、自然と笑みが浮かんでくる。






「――――ようこそ、人々の希望たる勇者。お会いできて光栄だわ」


 広間に現れた彼に向かって、できるだけ艶を滲ませた声でそう宣った私は、でもと小首を傾げて見せた。


「でも残念ながら、もうお別れだわ」


 そう言って私が手放した王杖を、彼は怪訝そうに眉を顰め……私の手の中にあるものに気付いたよう。鈍く煌く、鋭利な刃。命のひとつやふたつ、簡単に奪い去ってしまうことのできるそれ。

 武器の重みなど知らなかった、白くて細い手に持つ短剣を、私は握り直す。ちょっぴり重くて、気を抜くと落としてしまいそう。でも、決して落としはしない。


「なんだか争いにも飽きてしまったわ。此処まで来て貰っておいて、貴方には悪いのだけれど」


 私は短剣を両の手で持った。鋭い剣先を、自分の細い首筋に添える。

 精悍な面差しは驚愕を浮かべ、信じられないという風情で私を見つめていた。


 蒼い瞳に映るのは、困惑と吃驚と――――焦燥。どうして焦っているの? 私にはわからないわ。


 それでも構わない。悪者(わたし)は早く舞台から降りて、幕を引かなくてはならないのだから。


 重みで剣を持つ手が、ほんの少し震えた。その際に皮が裂けたのかしら、ぴりっとした痛みが走る。

 彼は痛ましげに顔を歪め、1歩踏み出した。私は反射的に、それと同じだけ足を引く。


 私は微笑んだ。彼の目に私が妖花に見えるように。悪者が悪者らしく、彼の目に映るように。


「さようなら」


 争いのないこれからの世界に、魔王(わたし)は必要はない。だから消える。ただそれだけ。




 そしてそれは、この私に許された唯一の自由。




「待てっ!」


 彼が手を伸ばしてくるけれど、私は構わずに剣を動かして、自分の細い咽喉を切り裂いた。鮮血が散り、紅い唇から命の雫を吐き出す。


「っ! 魔王!」


 彼が床に倒れた私に駆け寄ってきた。彼は血に汚れることを厭うこともなくて、私は逞しい腕に抱き起される。


「なんで……」


 視界の隅で、光加減で薄紫に見える銀の髪が血に染まっていく。私の唯一と言っても過言ではない、密かな自慢だったのに。彼に会うからと折角用意して貰った紫のドレスも、無残に色を変えてしまっている。彼に綺麗な姿を見て貰いたかったのに。残念。


 視界がぼんやりしてきて、もうよく見えない。彼の声も、水の中にいる時のように不透明でよく聞こえない。


 でも、これだけは。


 私は彼に手を伸ばそうとし、指先が血に汚れていることに気付いて止めた。引き戻そうとしたその手を、彼が取る。


「なんで……っ!」


 彼は泣きそうな顔をしてそう繰り返すけれど、直接響いてくる低い声が心地よくて、私は微笑んだ。紅い鮮血に塗れた唇を開く。



 初めて彼の存在を知った時から、私の世界は変わった。彼のお蔭で、私は私の真実と、それ以上に大切なたくさんのものを護ることができた。


 ひゅうひゅうと、切り裂いた咽喉が嫌な音を立てている。彼に握られている指先は冷え切り、感覚は既にない。

 目頭が熱くなり、余計に視界が滲む。


 ああ、もう時間は殆ど残ってはいない。本当は、もっともっと彼とお話をしたかった。

 もっともっと早く出逢いたかったけれど、私は彼らの敵だから仕方がない。


 でも。でもね。



「……あえ…て…………よか、た…………」



 彼の蒼い瞳が見開かれる。綺麗な蒼玉の双眸。このような時でさえ、見惚れてしまうくらい――――とても綺麗。


 彼が何かを言おうとする前に、私の意識は閉じていく。


 最期に彼の瞳を見ることができてよかった。薄れていく意識で、私は何年振りに心から笑った。

 たとえどれほど強大な敵を前にしても、真っ直ぐに前を見据える蒼い瞳が、私は好きだった。




 願わくば、もう一度貴方に出逢いたい。敵としてではなく、ひとりの女として。

 そしてその蒼い瞳に私を映して欲しい。その瞳で、私を見つめて欲しい。


 そう思うことは、自由であってもいいでしょう……?






 +*+☽+*+☾+*+






「…………私は貴方に恋をしていた」


 暗い室内。静寂の揺蕩う冷たい床の上に、密やかな声が落ちる。


「私にとって、貴方は光だった。貴方は何よりも強く、何よりも逞しく、何よりも鮮烈で――――そして何よりも綺麗だった」


 ぽつり、ぽつりと。白い頬に幾筋もの線を描く透明な雫が、毛布を握り締める手の甲に落ちては砕けていく。


 あの最期の出来事が、もう夢でしかないことはわかっている。わかってはいても、彼が恋しくて恋しくて――――胸が締め付けられるよう。


 嗚咽を漏らすことなく静かに涙を流し続けていた私は、のろのろと顔を上げた。締め忘れたカーテンの隙間から、光を失った白い月が見える。

 緩慢な仕草で私はベッドから出ると、窓を開けて星の散りばめられた空を見上げた。まだ春先のため、ひんやりと肌を刺す空気が閉ざされていた室内に忍び込んで、足下をくすぐる。


 街はまだ眠りの中にいて、目覚める気配はない。だからと言って再び眠ってしまうことは、何か勿体無いような気がしてできなかった。

 夜風が頬を撫で、長い黒髪を揺らす。


「…………逢いたい」


 逢いたい。逢いたい。



 貴方に、逢いたい。






 夜の帳に閉ざされていた世界に、朝の足音が聴こえてくる。

 闇と光が交差する空を眩しそうに見つめて、私は目を細めた。



 夜明けの時だ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ