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第八話

「ああ、来たよ。うちが売った絵の事聞かれた。」よく通る声で、若い店主は言った。

「銀竜なんて連れてる人は珍しいし、ハンヴィクさんはお得意さまだからよく覚えてる。その子は君の銀竜?」

 はい、と都は頷いた。

 迂闊(うかつ)に動くと何か落としてしまいそうな狭い店内には、額に入った絵や分厚い本がぎっしり並べられている。しかも歩くたびに木の床がきしきしと音を立てるのが気になる。

 肩に止るコギンにも「大人しくしててね」と言い聞かせるが、すでに好奇心旺盛な金色の瞳はきょろきょろと店の中を伺っている。

「具体的に、何を聞かれて何を答えたのかしら?」とクラウディア。

「聞かれたのは絵の出所と、描かれた風景がどこか、ってこと。」

「描かれた風景なんてわかるの?」

「時と場合によるけど……」店主が言うと同時に都が声を上げた。

 振り返ると、銀竜が一番高い書棚の上にちょこんと止って皆を見下ろしている。

「大人しくしててって言ったでしょ!」もう!と都は唇を尖らせた。

 けれどそんな主人(あるじ)の様子などどこ吹く風で、コギンは口が裂けんばかりの大きな欠伸を一つ。

 その様子に思わず店主が笑った。

「すみません。コギン!」

「構わないよ。あそこは銀竜には愉しい場所なんだろうね。」

「え?」

「彼の銀竜も同じようにあそこに飛び上がっちまったもんだから、それで思い出したんだ。」

「思い出した?」

「あの絵の風景。銀竜の後ろにあるもの、見えるかい?」

 言われて都は伸び上がって目を凝らした。

 文字か記号らしきものが描かれた小さな板が置かれている。随分長い間そこにあるのか日に焼けて見えづらい。例えて言えば神棚に置いた神社のお札か破魔矢のような雰囲気。

神舎(しんしゃ)の護符……かしら。」

 クラウディアの言葉に店主は頷く。

「もう少し南に行くと小さな村がある。」

「レンナね。」

「そう。そこから少しばかり行った先にある集落……」

 クラウディアは思い出す。

「神の砦?」

「そう。」

「歴史で習ったような気がするわ。」

「神舎なんだけど姿が凄いからね。元は竜の時代の遺跡だって話だから要するに古いものに違いない。」

「そこを描いたものだったの?」

「あんな建物は滅多にないから。ただ、絵の出所は……」両手を広げて首を振る。

「個人が持ってきたわけではないの?」

「ガラクタを専門に扱う商売人だよ。古い家で買い付けたりすると本が混じってるだろ。向こうは必要ないから、そういうのが溜まるとうちに持ってくるんだ。」

 ちょっと待ってろ、と言うと机の下をごそごそ引っ掻き回す。引っ張り出した台帳から目当てのものを見つけると書き写してクラウディアに渡した。

「留守が多いけど、レンナに住んでるから聞いてみるといい。」

 ぎゃう!と鳴いてコギンが降りてきた。

 礼を言って外に出る。

 石畳に狭い道。それに城壁に囲まれたここはまるでヨーロッパの古い町のような趣がある。町の中央には広場と役所があり、それの周りを店の連なる路地がぐるりと取り囲んでいる。

「人の流れも物の流れも多いから」と町外れでクラウディアが竜を空に帰したのを思い出す。

「人が多いところは目立つから。彼も気乗りしないみたいだし。」荷物を無造作に肩にかけながら、クラウディアが言った。

「彼?」

「竜よ。彼らは自然の気が満ちている場所を好むから。」

 そう言われて今ひとつ判らなかったが……

「確かに……人、多いかも。」

 それにコギンがしがみつくので歩きにくい。結局クラウディアに言われて、コギンにはいつもどおり斜めにかけたカバンに入ってもらった。ふと、思い出して口元が緩む。

「なぁに?」

「リュートって、本当にいつもフェスと一緒なんだなぁと思って。」言いながらコギンより少し大きく、少し灰色がかった彼の銀竜を思い出す。

 初めて対面した時は、当然ながらそんな生き物を慣らしていることに驚いた。けれど自分が銀竜を名付けて一緒に暮らしてみれば、彼がフェスに対して抱いている信頼や愛情がそのまま銀竜との絆につながっているのだと理解した。

 もちろん都とてコギンのことは大切な相棒だと思っているが、さすがに普段の生活でおおっぴらに連れて歩くことはできない。けれどリュートは早瀬の家にいるときもフェスと一緒に行動することが多いらしく、玄関で彼を出迎えてリビングに行ったら先回りしたフェスがベランダのサッシの前でちんまり待っていたことも何度かあった。

 早瀬は「習慣になってるんだよ」と言うが、それほど長く一緒にいられるものかといぶかっていた。けれど……。

「ハンヴィクさんもさっきの本屋さんも、リュートとフェスがひとまとめになってる感じだったから。」

「執務中は外で待機させてるけど、基本的には連れて歩いてるもの。なんたって子供の頃は学校にも連れて行ってたのよ。」

「それ、ありなんですか?」都は目を丸くする。

「一度揉めたみたいだけど、フェスはあの通り大人しくて頭がいい銀竜だしラグレスの家に銀竜はつきものだから、誰もそれ以上反対できなかったみたい。」くすくすとクラウディアも思い出し笑いをする。

 そんな話に感心しつつ、自分もコギンとそんな関係を築けるだろうかと思う。

 それからしばらく二人は町を散策した。

「行政機関の出張所や市場もあるのよ。」

「連合国……って一つの国じゃないんですよね。」

「昔々はそれぞれの国だったけど、今は小さな国の集合体ね。」

 北の大山脈を発端とする大河を国境に、大陸の四分の一の面積を占めるこの国の内訳は、大きく四つの地域から成っている。

 北の海に面したアバディーア、その南に位置するホルドウル。そしてアバディーアの隣の内陸州、ガッセンディーアと、その南に位置するカーヘル。おのおのの州が独立した議会を持ち、その地域性を尊重した行政を行っているのは各地の風土と産業に関わるところも大きい。

 アバディーアは主に鉱物資源を持ち、同じく北に位置するガッセンディーアは織物や加工技術に優れている。そして地域の半分が海に面したホルドウルは交易と海軍の拠点であり、大河の河口に州都を形成したカーヘルは豊かな土壌を有する農業国としてその名を馳せている。もちろんそこに至るまでの歴史は決して平坦ではなかったが、ここ百年ほど戦争らしい戦争は起きていないし、宗教による差別も表立ったものはない。

 二人が今いるバッシはガッセンディーアの州都と、カーヘルの州都を結ぶ街道筋にあり、そのため昔から人や物が集まる賑やかな町なのだという。

「ガッセンディーアの州都はガッセンディーア、ですよね。」

「カーヘルの州都はシンラータ……って歩きながら書いてるの?」

「だって覚えられなくて……」都は手帳を片手に持ったままペンで書き付ける。

「転ぶわよ。ミヤコが怪我したら伯母さまが心配するわ。」

「でも……」

「今は愉しんで、勉強はあとから家庭教師でも頼めばいいわ。」

「そ、そんな大げさな……」

「大げさじゃないわ。ミヤコが知りたいと思った時に教えてもらうのが一番でしょ。忙しいリュートなんかアテにならないもの。」

「それはそうなんだけど……」

「あたしはミヤコに色々知って欲しいと思ってる。この国のことや、竜や英雄伝説のこと。」

 だからこの件は自分からエミリアに話しておくと言われ、仕方なく手帳をカバンにしまった。

 顔を上げ、ふと、すれ違う人が自分を見ていることに気付く。

 最初は気のせいかと思ったがどうも違うらしいと不安になったとき、強い視線を感じて足を止めた。

 見回すと、少し先にたたずむ老女が都のことをじっと見ていた。好奇心とも恐怖ともつかないぞっとするような表情で、上から下まで検分するような絡みつくな視線を遠慮なく投げかけてくる。

 いたたまれず思わず俯く。

「ミヤコ?」都の様子に気付いたクラウディアの手が、そっと背中に触れた。

「堂々となさい。」

「でも……」

 怖くて顔が上げられない。

 そうすると余計に傍らを通る人々が自分を見ていく気がしてならない。

「悪意はないの。ただこんな内陸の町では、他国の人間は珍しいだけ。」

「他国……」

「ミヤコはこの辺りの顔立ちじゃないから少し目立つだけ。背中を伸ばしていれば気にする人なんていないわ。」

「そんなこと言われても……」

「その程度の人たちだと思いなさい。」

 クラウディアの言葉は有無を言わせないものがあった。それはどこか彼女の伯母、エミリアを思わせる真っ直ぐな言葉。

「だって悪いことをしたわけじゃないでしょう。それに、ミヤコが可愛くて見ていく男性もいるわ。」

 えっ!と思わず顔を上げる。

 すかさずクラウディアの手が彼女の華奢(きゃしゃ)な腰をぐっと押す。

「く、クラウディアさんっ!」

 自然にのけぞる形になって、慌てて腹に力を入れた。そうすると背筋が伸びて視線が高くなる。

「それでいいわ。」クラウディアが微笑む。

「よくないですぅ!」抗議するがクラウディアは取り合わない。

「次はレンナね。知り合いがいるはずだから……」

 そこまで言って彼女は立ち止まった。

「全く。」と、息を吐き出し、くるりと(きびす)を返す。

「こそこそしないで出てきたらどぉ?」

 その言葉を合図に、路地から一人の男がのっそりと姿をあらわした。

 縦も横も大きい男の様相に、都は目を丸くする。

「知り合い、ですか?」

「同僚。」

 よっ、と男はクラウディアに手を振った。


「オーディエ・ダールだ。」

 差し出された大きな手が、都の手をがしっと握る。ぶんぶん振り回されて都は面食らった。

「話はラグレスから聞いてる。」

「リュートの悪ガキ仲間だものね。」溜息混じりにクラウディアが言う。

「ひでーな。幼馴染と言ってくれ。」

「あなたとリュートが悪さするたびに、伯父さまとあなたのお父さまが謝罪に行ったの、忘れてないわよね。」

「親父達が頭を下げたのは二回だけ。うち一回は言われのない罪だぞ!」

 都は相手を見上げた。

「つまり……リュートのお友達?」

「そういうこと。職場も立場も似たようなもんだからな。」明るい青色の瞳が嬉しそうに頷く。

 髪は黒く、やや長い癖のあるのを首筋で束ねている。けれどそれより目立つのは何といってもその体格。二メートルはゆうにある身長に、肩幅も似合ったいかつさ。まるで自分が小さい子供になったような錯覚を覚える。

「で?リュートのお友達のダールさんが、どうしてこんな所にいらっしゃるのかしら?」

「セルファに会ったんだよ。」

「どうせ、しつこく聞き出したんでしょ。」

「馬鹿言え。いくらおれでもワィラートの家で、んな真似するか。」

 ああ、とクラウディアは呟く。

「アニエ、まだ家に戻ってないのね。」

「戻る気もないらしい。」

「お疲れ様。」

「おれじゃなくアニエに言ってくれ。とにかく状況はセルファに聞いた。んで、いくらラグレスでもフェスが何も言ってこないのはおかしいだろう、と思ったわけだ。」

「それ、上司に言ったの?」

「だからここにいるんだろう。それにミヤコにも会ってみたかったしな。相棒はどこにいるんだ?」

 銀竜のことだろうと察して、斜めにかけたカバンを少し開いた。

 金色の瞳が「うな?」と見上げる。

「でかくなったな!生まれてたての時はちっこくてぴーぴー鳴いてたのが、いっちょまえの銀竜になったか!」

 彼が生まれたばかりのコギンを知っていることに都は驚いた。それを見せるほど彼とリュートは親しい間柄なのだろうか。

 そんな都の気持ちを察したのか、ダールが提案する。

「落ち着いて話せる場所に行こう。」

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