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第七話

「案外平気なものね。」

「楽しかったです。」

 言いながら、都は大昔の飛行機乗りのような耳当てのついた帽子とゴーグルを外して、くしゃくしゃになった前髪を手ぐしで整えた。後ろは「もう少し長ければいいんですけど……」と言いながらイーサが束ねてくれたので乱れていないようだ。

「セルファさんに連れて来てもらったときは、何がなんだかわからなくて……」

「セルファの飛び方、乱暴だもの。」言いながら、クラウディア・へザースは竜の灰色の肌にそっと触れた。

 その姿を都は眩しそうに見上げる。

 すらりとした背に、膝丈までの上着をベルトで締めた格好はいささか男性的だが、その下のメリハリのあるプロポーションは隠しようがない。瞳はラグレスの血筋らしく黒く印象的。ウェーヴを描く長い茶色の髪は頭の上で無造作にまとめていて、それが彼女には似合っていた。日焼けした肌にそばかすが浮いているのも含めて闊達(かったつ)な印象だが、その中にどこか上品な仕草が見え隠れする。

 彼女と顔を合わせたのは朝食の席だった。一目で彼女がセルファの双子の姉だとわかったのは、隣に彼がいたせいもあったのだろう。物凄く似ているわけではないが、二人並んでいると確かに雰囲気が近い。

「可愛らしいのね。それに肌もすっごく綺麗。」

 満面の笑顔を都に向ける。

 リュートより二つ年上と聞いているから、都より十一年上になるはずだ。けれど懸念(けねん)していた違和感はなく、彼女が砕けた物言いをしてくるので都はホッとした。

 リュートの足取りを追う彼女に同行すると決めてから、足手まといにならないかと心配していたのだ。

「任せて。案内は得意なの。」

「姉上。物見遊山ではありませんよ。」セルファが釘を刺す。

 あら、とクラウディアは目を丸くした。

「せっかく飛ぶんだから楽しまなくちゃ。天気もいいし、せっかくピリピリしてる職場を抜け出したのよ。」

「長老の件ですか……」

 セルファの言葉にクラウディアは頷く。

「仕方ないですね。それで今日のご予定は?」

「順番に辿っていくわ。途中で出会えればそれでもいいわけだし……念のために聞くけど字は読める?」

 都は首を振った。

「すみません。こっちのこと何も知らなくて。」

「いーわよ。ミヤコが謝ることじゃないもの。教えないリュートがいけないんだから。」

 セルファと同じことを言われて、さすが姉弟と感心する。

 朝食後、都が身支度を整えて庭に出ると、灰色の竜が庭の草花に埋もれるように待機していた。そして今と同じようにクラウディアは(うろこ)で覆われた竜の背に手を触れていたのだ。言葉はないが、まるで対話をするように。

「約束してちょうだい。」エミリアが声を掛ける。

「決して無茶はしないと。」

 都は反射的に頷いた。

「エミリアさま……」

 その言葉にエミリアは眉をひそめる。

「言ったはずです。あなたは私の娘だと。」

「えと……お義母(かあ)……さま?」

 戸惑いながらそう呼ぶ都にニコリと微笑む。そして腕を伸ばして抱きしめると、耳元で優しく言った。

「いってらっしゃい。」

 そう送り出されて最初に飛んだ先は、ラグレスの家からさほど離れていない場所だった。

 湖を背にした石造りの古い屋敷は、空から見ると小さかったが地上に降りるとラグレスの家よりずっと大きかった。

 クラウディアは竜を待機させると都を促して屋敷の入り口に向かう。

 案内を待つ間、物珍しさにホールを見回し天井の高さと飾られた絵や調度品の多さに目を見張った。それは廊下や階段も同じで、それだけ豪奢(ごうしゃ)なものを見せつけられると、前を通過するだけでも気後れしてしまう。それにこんなカジュアルな動きやすい格好で来てしまって良かったのかと心配になる。

 その一方で、あることを不思議に思い自分の姿を見下ろす。

 ラグレスの家にいた時もそうだが、今着ている膝下丈のキュロットのようなズボンにベルトのついた上着、編み上げの革靴に至るまで都のサイズにちゃんと合っているのである。自身で寸法を申告した覚えはないし、昨日の今日でどうなるものでもないと思うのだが。

 そんなことを考えながら歩いていると、本棚に囲まれた部屋に通された。

 安楽椅子と机、それに銅版画で描かれたような竜の絵が掲げられているだけの実用本位の空間である。

 間髪いれずに、痩せぎすの初老の男が部屋に飛び込んできた。髪はすっかり白いが、明るい茶色の瞳は嬉しそうに輝いている。

「これはこれは……」

 大仰(おおぎょう)に両手を広げ、少しかすれる声でクラウディアを迎える。

「麗しき女竜騎士の訪問とは珍しい。」

「ご無沙汰しています。お元気そうで何よりですわ。」

「最近は調子がよくてね。」嬉しそうに彼は言い、傍らの都に向き直る。

「これはまた、可愛らしいお客人だ。」

「ミヤコ・キジマ。伯父さまの紹介で滞在していますの。ミヤコ、こちらはハンヴィク家の当主様よ。」

 都は頭を下げた。肩に止っていたコギンもそれを真似て頭をぴょこんと下げる。

「もしかして、カズトと同じお国の方かな?」

「ええ。この国に来たばかりなので、あちこち案内しているところですわ。」

「ではカズトと面識が?」

「あ、はい。いろいろお世話になってます。」

 そうかそうかと嬉しそうに頷きながら、二人に椅子を勧める。

「カズトと私は同期のようなものでね。もちろん彼にはかなわないが一緒に何度も空を飛んだものだ。先日リュートが手紙を持ってきてくれたが、カズトも元気なようだね。」

「銀竜のこととか、色々教えてもらってます。」

「生憎と我が家の銀竜は娘と共に出かけていてね。リュートが来たときは彼の銀竜……フェスに随分遊んでもらった。」

「そのリュートですが、こちらに来たときに変わった様子は?」

「昨日セルファにも言ったが、いつも通りだった。カズトの手紙を持ってきてくれて、あとはこの隠居の話に付き合ってもらった。そういえば、絵を気にしていたな。」

「絵、ですか?」そういう素養はなかったはず、とクラウディアは首をかしげる。

「最近手に入れた画帖(がちょう)でね。誰かが亡くなって市場に出たものだと思う。懇意(こんい)にしている本屋が持ってきたんだが……」

 使用人が持ってきた紙挟(かみばさ)みを受け取り、二人の目の前で紐を解いて広げて見せる。

 それは都が美術の授業で使っているクロッキー帳ほどの大きさで、もっと厚手の紙が何枚も綴じられていた。素描(そびょう)に透明感のある顔料で表現された絵は、素人目に見ても上手いのだとわかる。風景画をめくるハンヴィクの手元を見ていた都は、次に現れた絵に息を呑んだ。

「竜……」

「うん。なかなかよく描けてる。」

 何枚か同じモチーフが続く。

 けれど全て違う個体とわかるほど、細かい描き込みと色付けがなされていた。

「ハンヴィクさんは、竜にちなんだものを集めてらっしゃるの。」

「そう言えば……廊下にもいっぱいあったような……」

 クラウディアに言われて、都は玄関ホールからこの部屋までの道筋を思い出す。

「ご先祖から引き継いだものもあるが、やはり自分が飛んでいたせいもあるのだろうな。竜に関するものを見るとついつい放っておけなくて。」

「特に竜と一族、英雄にまつわる蔵書は、聖堂の書庫に匹敵すると言われているわ。」

「家族には呆れられているよ。」苦笑する。

「でもリュートが今更こんなものに興味を示すかしら?」

「いや、リュートの興味はもう一冊のほうだった。もっと小さい……日記のような物で、素描ばかりだった。二冊まとめて買ったんだがそちらは興味がなかったのでそのままリュートに進呈した。」

「何か言ってました?」

「買った店の所在は聞かれた。あの店は親父があちこち出歩いて良いものを仕入れてくる。店は息子が仕切っているから今ひとつ頼りないんだが……」言いながらハンヴィクは立ち上がり、窓際の物書き机にかがみこむ。店の名を紙片に書くとクラウディアに渡した。

「リュートがどうかしたのかね?」

「銀竜を探し回って、戻ってこないんです。」

「そりゃあ、昔のカズトそっくりじゃないか!」ハンヴィクは笑う。そして思い出したように机の引き出しを開けると、何かを取り出して都に渡した。

「これを、彼に返しておいてくれないかな。」

「リュートの……時計。」

 懐中時計だった。

 銀色のケースに文字盤も日付もアラビア数字で表記されている。

「量販店で買った安物のクォーツ」と言っていたのを思い出す。(ふた)を開け上着の上から身につけた腕時計と比べると、日付は合っていたものの時間は少し遅れていた。

「どうやらうちの銀竜が悪戯(いたずら)したらしい。彼が帰った後に気付いて、いずれ届けようと思っていたところだ。申し訳ないと伝えておいてくれるかな。」

 頷く都をハンヴィクの茶色の瞳が優しく見つめる。

「リュートはカズトに似ていささか行動的だから、腹の立つこともあるだろう。だがエミリアに似て一途だから、大切な人をないがしろにすることはない。それは私が請合う。」

「あの……」

「リュートの婚約者……なのだろう?」

「あ、えと……」そうです、と消え入りそうな声で都は言った。

 了解しているつもりだが、面と向かって言われると恥ずかしさのほうが先立つ。

「ご存知だったんですか。」クラウディアも息をつく。

「カズトの手紙にあったんでね。名前や生国(しょうごく)のことは何もなく、息子の契約相手が決まったとだけ。だがその銀竜を見れば察しはつく。」

「銀竜?」

 都は椅子の背に止まっているコギンを振り返った。

「ルーラの子だね?」

 ええ、とクラウディアが応える。

「ルーラの子を託すほどとなれば、よほど大切な人と想像がつく。」

 自分が引き合いに出されたと思ったのか、コギンが小さく鳴いた。

「おめでとう……という言葉でいいのかな。」

 都は慌てて姿勢を正した。

「儀式はまだまだ先ですけど……でも……」ありがとうございます、と頭を下げる。

 それから半時ほど世間話をした後、名残惜しげなハンヴィクに礼を言って二人は竜の元に戻った。クラウディアの手を借りて灰色の背にまたがると、コギンも舞い降りて背びれのような突起に小さな手で捕まる。

「自分で飛ぼうって気、ないのかな。」

「銀竜の翼は小さいから、ついて行かれないってわかってるの。もちろん、何日も時間をかけて移動することはできるけどね。」

 同意するようにコギンが鳴いた。

 大きな翼を振り下ろして竜が舞い上がる。

 最初は余裕もなかったが、慣れてくると地上の風景を見ることが楽しい。

 黄色と緑の布をつないだような微妙な色が連なる畑。輝いて見えるのは水路だろうか。何か生き物らしき動く影。そして上を見上げれば、隊を作って飛ぶ鳥の姿。

 突然、都はそのことに気づいた。

 ほんの一瞬、呆然としていたのだろう。

「どうかした?」

 耳元で聞こえたクラウディアの声に、「いいえ」と慌てて首を振る。

 他の人には当たり前すぎて何の感慨(かんがい)も涌かないだろう。けれど……

(リュートと同じ空の下にいる。)

 たったそれだけのことなのに、都は胸の奥が痛くなるほど嬉しかった。

明日の更新予定でしたが、都合が怪しいので半日前倒しでの更新です。

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