表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

プロローグ

 名前を呼ばれて足を止めた。

 振り返ると、金色の髪を束ねた男が小走りにこちらに向かってくる。

「相変わらず、歩くのが早いですね。」

 追いついたところで緑の瞳が笑いかける。三十をいくつか越えているが、まるで少年のような表情(かお)にカズトも自然と笑みを返す。

「そういうつもりはないんですが……休暇だったのでは?」

「明日からです。その間にあなたがいなくなると聞いて……お会いできて良かった。やはりご実家に戻られるのですか?」

「ええ。」

 そうですか、と溜息にも似た声が漏れる。

「あなたのその(いさぎよ)さが羨ましい。」

(うらや)むほどのものでもありませんよ。ただ、やらなくてはいけないことを……父の残した仕事を引き継ぐだけ。それは君と同じです、スウェン。」にっこりとカズトは笑う。

 黒髪に濃い茶色の瞳。異国の出らしい顔立ちに違和感を覚える者もいるが、その人懐こい笑顔と穏やかな物腰に好意を感じる者も多い。

 彼もその一人。

 年齢も生国も違うただの同僚に過ぎないが、時折顔を合わせて彼と言葉を交わすことを楽しみにしていた。

「あなたがいなくなると、寂しくなります。」

「そう言っていただけると嬉しいですよ。上の連中は、僕がいなくなって清々(せいせい)するでしょうから。」

「そんなこと……」

「僕は君ほどの重役ではないから、欠けたところで支障ありません。」

「好きでこの地位にいるわけではありません。英雄の子孫と言われても、そんな遠い昔の話……それに、あなたがいなくなると遺跡の話をする相手がいなくなってしまう。」

「それは……少し残念に思ってます。まだ君の模写したものも見ていませんからね。」

「また、こちらには戻ってくるのですか?」

「ええ。僕一人が出稼ぎに行くようなものですから。妻と息子はそのまま……」

 ああ、と緑の瞳が笑みをたたえる。

「例の優秀な息子さん。」

「優秀かどうか……もしかしたら、どこかで君の指導を受けるかもしれませんね。」

「優秀な父親に飛び方を教わったのなら、わたしの出る幕はありませんよ。わたしはあなたほどの乗り手ではありませんから。それに……」

 その唇が何か言おうと動いたそのとき。

「オーロフ殿!」

 名前を呼ばれた。

 スウェンは振り返り、「なんだ?」と苛立ったように返す。

「そろそろ会議が始まります。」

「すぐに行く。」

 まったく、と息を吐き出すと今一度カズトのほうを向く。

「お元気で。」

「君も。今度戻った時には、ぜひまた遺跡の話を聞かせてください。」

 スウェンは頷いた。

 もう一度、呼ぶ声。

「今行く!」叫んでから会釈(えしゃく)して(きびす)を返す。

 その姿が見えなくなるまで、カズトはその場に立って後姿を見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ