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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
99/139

(099)【1】閃光(1)

(1)

 夏の日差しが大地を焼く。

 むき出しの赤土の上を一人、ジワジワと歩いていた。

 右を見ても左を見ても、前も後ろも、延々赤茶けてさらさらに乾いた大地が続いている。

 汗がポタリと頬を伝う。

 アルフィードの下を離れ、ユリシスは歩いてある都市を目指していた。

 都市と言っても、もう二〇〇〇年以上前に滅んでいるのだが。

 ──例えば、魔術を使える事を隠していた。

 あるいは、これからも隠さなければならない事。

 他にも、王家に狙われている事、自分の未来を誰かが知ったかぶっている事。

 ……ギルバートを失った事。

 自分のペースで歩みを進めつつ、肩からずりかけた鞄を持ち直した。洗い替えしている服が二着分と食料が三日分。

 ギルバートと旅の真似事をした記憶が頭の隅を掠めていく──あの時は、馬に乗っていたっけ。

 手の甲で汗を拭いながら、ユリシスは歩みを止めなかった。

 突き詰めたところにあるものは、自分という存在。

 魔術を得ようとして得たけれど、隠さなければならない。本当になるまでの秘密だっただけ。そのつもりだった。

 縁なんてないはずの王家に狙われなければならないのは何故か。

 何故、見も知らない輩に寿命はあと何年だなどと言われなければならないのか。

 ……何故、ギルバートを死なせてしまったのか。

 …………何故、何故、何故……ぐるぐるぐるぐると問いだけが頭の中を巡った。

 自分の事なのに、答えは自分の中になかったのだ。

 周囲に問うべき人も、答えてくれる人もいない。導いてくれる人も、もう誰も。

 ──ならば、動いて探してもがいて、自分で見つける他に無いじゃないか。

 生易しい事は出来ない。心があまりに痛いから。

 自分の肉体を傷つけて、極限まで痛めつけてしまいたかった。その先に死があったら、それもいいと思った。

 寿命がどうとかという言葉に反抗して、今そうなっても……そう思った。でも、もし反抗するなら二十歳より多く生きなければならない。変な話だが、ユリシスの心はそこからハングリー精神を取り戻し始めた。

 ギルバートに救われた事は、直視できない問題の一つだった。

 だが、現実にユリシスは魔術を使える事が公にならず、体だけは元気でいる。命懸けでそうしてくれたのがギルバート。自分は、生かされた。

 だから……あんな言葉に負けるものかと思わなくてはならない。

 そんな気持ちが生まれ始めたところ、アルフィードから「お前の事はしばらく俺が決める」なんて言われる。

 なんだそれはと、止まっていた心がむくむくと動き始めるのを感じた。

 一つ一つ受け入れていく事は大事かもしれない。でも、納得がいかない。

 ──ちがうっ、ちがうちがうっ!!

 誰にともなく、心は叫ぶ。ユリシスは自分では説明のつかない激情を心の奥に感じた。

 何がどう違うのか、今のユリシスでは言葉には出来なかった。

 だが、ふっきれた。

 アルフィードの目はギルバートの死を責めるように敵愾心でいっぱいだったのに、変わった。

『罪だと決めるのは一体どこのどいつが決めた基準だ』

 その目は全力で「お前じゃねぇだろ」と言っているように思えた。

 ──責めるべきは己か? 見つめるべきは過去か?

 勝手に魔術を使い、隠している自分を──そんな風に生きてきた自分を、ギルバートと出会って幸せを感じた自分を……今までをぜんぶ責めて何になる。否定して、何か変わるのか。ギルバートは戻ってくるとでもいうのか。

 だから、やりたいようにやるしか、思ったまま動いてみるしかないと思った。それがどんな結果を招くとしても。

 そうして、アルフィードの問いに不敵な笑みで答えた。

 根拠なんて何もないけど、同時に迷いもなかった。

 何が『ちがう』のか、自分が何なのか、確かめるところから始めればいい。

 思い立ったら体がそわそわして、すぐに交流戦を棄権した。特例で第九級魔術師に昇級したばかりだった事もあって、あっさり承認された。ただし、今年度の第八級への魔術師試験受験資格は失効になった。第六級魔術師資格まで試験は年二回行われている。うまくすれば一年で二級上がれるのだが、その機会をユリシスは失った。次の試験は来年に持ち越しになったが、ユリシスは「そんなもの」と簡単に捨てられた。

 交流戦を欠席したユリシスは、王都ヒルディアム──オルファースには戻らず、旅に必要なものを街で買い集めた。必要なものと言っても、魔術を使いこなすユリシスにとってあまり多くはない。水と保存食、簡単な着替え数枚だ。

 アルフィードとは街で別れて旅を始めたユリシスが最初に向かったのは、小高い丘にこしらえられたギルバートの墓。

 手作りで立派ではないが、作った時の記憶もあやふやだが、アルフィードと土を掘った。そこに眠るギルバートに報告をしようと思ったのだ。

 しっとりと湿った、ツヤツヤで丸い大きな石が置いてある。大人一人が丸くなった程の大きさだ。アルフィードが魔術を込めて作ったもので、この墓を暴こうとする輩がいたら排除する役目がある。

 小高い丘にある墓への道なき道を歩いた。もう、背をむけない。

 まだ心が対峙できない問題もある。ギルバートの死の受け止め方を、きっとわかっているけれども、直視できない。そんな事は、抱えたまま走り始めるしかない。

 今はただ、一人、もくもくと体を動かしたかった。

「……ギルは夢を叶えろって言った。今は、それを頼みにしたっていいよね……」

 太陽を見上げ、ぽつりと呟いた。

 ユリシスが墓に辿り着いた時、昼をまわっていたが、墓を見た瞬間に空腹も忘れた。

 さわさわと草原を風が走り抜ける。

 ユリシスが呆然と見下ろしたものは、無残な墓の姿だった。

 墓石は真っ二つに割け、大地には大きな穴が開いていた。

 暗い地面の底には、何も無かった。

 ユリシスは慌てて一度別れたはずのアルフィードの元へ急いだ。

 街へ戻ったがアルフィードの姿は無く、王都ヒルディアムでも探しまわった。夜になって、ギルバートの執務室から出てくるところを捕まえた。

 事情を話すとアルフィードは腕を組んで考え込んでいたが、しばらくして顔をあげ、「俺がやる」と言った。

「ギルの事は俺が調べる。お前はお前で何かあるんだろう? 行ってこいよ」

 ギルバートの事が気にかかる。お墓が暴かれるなんてよっぽどだ。

 ──よっぽどなのだ……自分と関わった事が……。

 ユリシスは後ろ髪をひかれる思いでヒルディアムを離れた。

 確かめなければならない、自分の事を。触れたくなかった事だが──『この紫の瞳がもたらす災厄』の理由を求めて……。

 そうしてユリシスは数日かけ、赤茶けた砂に半ば埋もれた都にたどり着いた。



 ここら一帯が昔の都の一部だとわかるのは、平らにならされた大地に倒れた柱や壁らしき朽ちた瓦礫があって建物の跡が散見されるからだ。大きさがほぼ均一な瓦礫がゴロゴロと転がっている。別の場所で伐り出された石だと思われたが、風雨にさらされ角はない。

 ようやっと辿り着いたらしい。

 ギルバートの墓の事もあり、立ち寄ったオルファースで予備知識を多少なりとも頭に入れてきたユリシスは、大きな残骸に巨大な建造物の痕跡を見る。きっと都の中心だ。

 二日程前に都に入ったはずなのに、いつになったら何らかの残痕に辿り着くのかと歩いていた。予定と異なって時間がかかったが、それでも焦れることはなかった。

 延々と同じ景色が繰り返されても、足が棒になりそうな程歩いても、喉がカラカラに乾いてひきつって痛くなっても、むしろ心地よかった。笑みさえ浮かんだ。

 この程度、命を奪い取る程の──ギルバートに与えられた衝撃に比べたら、どうって事ない。

 どうしてだろう。泣きたいと思うと泣けない。

 なのに、何も考えていない時、ふいに涙が溢れる。

 ──…………自覚が無いのが、証拠になるのか。

 アルフィードの言葉が思い出される。彼はこう言った。

『だから、魔力が乱れてるって言ってんだ。制御できてないんだろ。古代ルーン魔術を使えてもまだまだ未熟という事か……。』

 ……自分で気付けなかった、自分の事。

『感情制御と魔力制御は近い。あんだけの術が打てるお前だから魔力制御の力は本来ある。それは断言できる……感情の制御が出来ていない、といったところか』

 自分に対して、今、客観的な目が正常に機能していないという事になるのだろうか。

 魔術は自分の内から集めて高める魔力と、周囲にある精霊からかりる力、両方を後ろから見つめ制御する目が必要となる。客観的な目だ。自身を、周囲を冷静に見つめる目。魔術師として、絶対必要不可欠のスキルだ。

 赤い夕日が地面すれすれを揺らいでいる。

 ユリシスはそちらにちらりと目をくれてから、夜露を凌げる場所を探し始めた。

 崩れた瓦礫に足を取られる。地面の凹凸はユリシスの身長をゆうに超える。登ったり降りたりを繰り返す。疲れきった足が時折もつれ、転びそうになる。転んでもうまく受身をとったりする──転ぶ先に魔力の塊を放出してクッションにしていた。シャリーと出会った時に使ったテクニックだ。こんな時などは、簡単に魔力を制御している……。

 ──本当に、自分自身、どうなっているんだか……。

 ユリシスは溜息を吐きたくなる。

 気持ちの方も「自分のやりたいようにやるんだ!」とそわそわする時もあれば、どんよりと落ち込んで何も手がつかなくなる時がある。立ち直れたと思っても、やっぱりムリだと二の足を踏む。心の整理がまだついていないのだ。

 気持ちを切り替えようとユリシスは周囲を見渡した。

 遺跡を調査に来る人などはいないのだろうか。先ほどから周囲に人の気配は無い。

 ギルバートと訪ねた王都ヒルディアム周辺の遺跡には人の手が入っていて、進入禁止のロープを張られていたり、修復中の注意書きと共に結界が張られていたりした。それと比べてしまう。

 これは遺跡というよりも、廃墟だ。

 時折、風が強く吹きつけては乾いた砂を巻き上げた。その度にぎゅっと目を瞑って両腕で顔を覆った。

 泣きたいと思う時に泣けなかったり、何も考えてないのに涙が止まらなくなるのはきっと、綻んだ目を縫って本音が出てきているのだろう。

 心が止まったんじゃなくて、見つめるのを止めていたんだ。

 ユリシスは、廃墟を見回して、口に出して言ってみた。

「……全ての原点……は、ここにあるの?」

 一体、何日ぶりに声を出したのだろうか。一人きりの旅だとそんな事さえ久しぶりだ。

 全部、きっとゼロから仕切りなおしなんだとユリシスは思った。

 一応、夢はかなって、今、第九級魔術師の資格を持っている。

 だけど、全身が砕けて力を失ってしまいそうな痛みがあって、それから目をそむけたくなる。いや、実際まだ真っ直ぐ見れない。だって、彼と代償に得られてしまったから……まだ、向き合えるわけがない。

 正々堂々と得た魔術で人を笑顔にしたい。その夢を、彼は『いいよ』と言ってくれた。いい夢だと。『きっと叶えな』と。

 ──きっと、できるさ。

 心の内に蘇った声に、思わず立ち止まって胸を押さえた。

 目を瞑って息を吐いた。目を開け、再び歩き出す。

 今のユリシスは『無理』と言いたい。

 でも、読めない自分の本音。『無理』なんて、きっと自分で許せなくなる。経験から、記憶から、そう思う。

 だから歩き出した。だから始める決意をした。

 だから、彼を犠牲にした自分の正体を知りたい。その為にユリシスはここへ来た。

 今のままでは動いているにすぎない。生きるためには、彼の笑顔を素直にたくさん思い出して、そして自分も笑えるようになるためには、前のめりでも、探すだけだ。

 生かされた命。自分が納得して、信じて行ける、そんな進むべき生きる道を。



 夕日が落ちる頃、廃墟で人と遇うなんて思ってもいなかった。

 地下に向けて斜めに空いていた穴を見つけ、進んだ先で遭遇した。

 ──“その人”は、魔術師を目指していた頃、隠さなければならない魔術を手に入れていた頃、「めげずにがんばれ」と言葉をかけてくれた人だった。

 最初の命の恩人だった。

「ゼクス……」

 ようやっと名を思い出した。呼ぶと、焚き火の向こうに座るその人は眉を一瞬クッと上げ、微笑んだ。

「……」

 ただ魔術を得たい、そう思っていた幼いあの頃。純粋に求めていた。なんだか、あの頃の自分が眩しく輝いていたように思えて、羨ましかった。自分の事が羨ましいなんて変な話だ。

「……魔術師の資格、もらった。一応、だけど……」

 少しかすれた。小さな声でユリシスは言った。聞こえなくてもいい、それくらい小さな声。でもゼクスは、聞き返す事もなく「うん」とこちらの顔を覗き込んでうんうんと頷いた。

 焚き火の赤い光を受けながらゼクスは目を細めて微笑んだ。

「よかったね」

「……」

 聞こえていた。ユリシスは口を少し開いたままゼクスをしばらく見ていたが、ふいとそっぽを向いた。ゼクスの表情から目をそむけた。

「うん」

 ゼクスの声、その柔らかな声音に真剣味が少しだけ加わった。

「──いっぱい、苦労したろうね。君がここへ来た、その事実だけで、そのくらいはね、わかるんだよ?」

「…………なんで……時々いる。私の事を知った風に口をきく、私がよく知らない人達」

 顔を逸らしたままぽつりと言うと、ゼクスは「だって」と言った。

「君は有名人だもの」

 何を今更という風にサラリと言っている。

「……え?」

 ユリシスはゼクスの方を向いた。ゼクスは一言付け加える。

「ほんの一握りの人達に、だけどね」

「誰も、教えてくれない」

 目線を落としてユリシスがそう言うと、ゼクスは目をぱちくりさせた。

「なんだ、やっぱり? みんなケチだなぁ~」

 今度はユリシスが目をぱちくりさせ、笑うゼクスを見た。

「それがきっかけになるのも、引き金になるのもイヤってトコなのかなぁ。ふふふ……変なの……ふふ……」

 一人で楽しそうに笑っている……。ユリシスは眉間に皺を寄せた。

「……ゼクスも教えてはくれないの?」

「ん? ああ、いやいや、そんな事はないよ、俺は。ちょっと面白かっただけ」

 くすくす笑っている。やはり、初対面の時に感じた通り、ゼクスは不思議な人だ。感覚かどこか違う。

「単純な話だよ」

 ゼクスはユリシスの紫紺の瞳をひたりと見つめ、言った。

「君が、メルギゾーク第九代目の女王なんだよ」

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