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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第11話『ある青年の……』
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 日は完全に落ちていたが、ミルア宮殿から街に続く道は紺呪灯が明るく照らしており、人通りもまばらながらあった。

 アルフィードが何も言わなくなったユリシスを前にどうしたものかと考えあぐねていた時、噴水の水面が揺れた。

 波の形はゆらゆらと揺れながら変化し、『北通りラコシレストラン』という文字を浮かび上がらせた。ぱっと認識した次の瞬間に、その不安定な文字は消えてしまった。が、すぐにネオからの魔術による伝言だとアルフィードは見当をつけた。

 約束事を決めておき、言葉を飛ばす事が出来る魔術がある。これは第五級正魔術師になる為の試験で問われる技能で、第一級魔術師であるアルフィードはもちろん、ネオも使う事が出来る。さらに上級の魔術に、遠隔地に声を飛ばすというものがある。これは受信者側にも魔力が必要になる。どちらの魔術にも共通しているのは、一方的な送信のみだという事。今回、飛ばされてきた伝言は後者の魔術に該当する。同じように、ギルバートとユリシスが西の洞を見に行った帰りに忍びと遭遇して分断された時、遠隔地にいたアルフィードに届いた応援要請メッセージの魔術もそうだ。その折、要請に応えて行ったもののユリシスは既にギルバートに助けられていたのだが。

 ネオとは約束事を交わしていなかったが、言葉は送られてきた。

 血筋だけでギルバートの後釜に納まったわけではない事がわかって、アルフィードは眉を持ち上げてふんと微笑った。相手を指定した魔術ではなく、おおまかな場所で術を打ち出してきたらしい。一定以上の魔力が無ければ受け取れない魔術とはいえ、地味な印象のある少年にしては誤配を恐れない大胆な使い方をする。情報の重要性が極端に低いものだったとしても、模範だけではない臨機応変さが見えた。

 ユリシスがエナ姫を救出し、アルフィードと顔を合わせないまま戦い終えて地面に書いた文字による交信した古代ルーン魔術があった。このように、たった一つの魔術で言葉を双方向に飛ばすようなものは現代ルーン魔術には存在せず、古代ルーン魔術にしかない。

 今回、ネオはミルア宮殿付近の強力な魔術師をターゲットに魔術を飛ばした。相手がはっきりしていたり、約束事があればしっかりと伝言を送れる。水面の文字が不安定ですぐに消えたのは、どちらも曖昧だったせいだ。

 また、ユリシスの使った古代ルーン魔術と違い、もし、アルフィードがネオに返事をしようとしたならば、何らかの手段でネオの場所を特定し、付近の精霊に伝言を頼む魔術を組む必要がある。ネオがいるとされる街には他の魔術師も多数いる為、不可能に等しい。

 アルフィードはユリシスの手を引っ張って立たせ、そのまま歩き始める。街道に入ると北通りを目指した。

 街道沿いの紺呪灯を一つ二つと数え進みながら、アルフィードは思い巡らせるところがあった。

 かつて、第九級魔術師資格試験に合格したばかりの頃、様々な魔術師に師事しながら十日と持たず捨てられていたアルフィードをギルバートが拾ってくれた。

 今でこそ慎重に行動する事が増えたが、当時はまだまだやってみて考えるという好奇心旺盛な子供だった。実践したがりのアルフィードは第九級魔術師になって魔力とはこのようなものと師匠に見せられた次の瞬間、魔力を発動させていた。そのまま予習していたルーン文字を描いて光の魔術を暴走させたのだ。その場に居た師匠と他の弟子たちが数瞬目を痛めた程度で済んだが、アルフィードはすぐに破門された。十人の魔術師に師事した頃にはアルフィードの悪評は伝わり、誰も弟子にしてくれなくなった。魔術師達のプライドが、アルフィードの才能を魔術を使った悪質なイタズラにすり替えた。まだ抑制出来ないだけ、己の感情の制御もままならない子供だったにも関わらず、つまはじきにされた。

 行く当てがなくなり、魔術機関オルファースの片隅で膝を抱え、誰ぞ魔術師に頭を下げて弟子になるか田舎に帰るかと途方に暮れていたところに現れたのがギルバートだった。当時まだ副総監ではなく、一介の青年魔術師に過ぎなかった。

『お前が──噂のワルガキか?』

 十にもならない子供だったアルフィードはべそをかいた顔のまま彼を見上げた。

 紺呪灯の明かりを背景に、逆光で立つ赤毛のギルバートは、口元にニッカと笑みをたたえていた。

 半べそのまま、ギルバートに手をひかれて夜道を歩いた。

 場所はオルファースだったが、やはり静かな夜道、涙を飲み込みながら紺呪灯を数えて歩いた。鼻歌が聞こえて、そんなに思い悩む事ではなかったのだと教えられた気がした。見上げたギルバートの後ろ姿は大きくて頼もしいものだった。後に自分の方がずっと背も伸びたが、その関係は変わらなかったように思う。

 もう、自分の手を引いてくれる存在はない。代わりに、この手は別の役割を負った。

『さぁ、アルよ。ここからが踏ん張りどころだぜ』

 そんな声が聞こえた気がして、アルフィードは笑った。



 アルフィードとユリシスが街で三番目の賑わいがある北通りのレストランについた時、そこには二つの影が待っていた。

「──げっ」

 距離はまだ二十歩以上離れていたが、アルフィードはそれが誰であるかをはっきりと見取った。

「……なんであの婆さんいるんだよ……」

 待ち人はアルフィードが店の予約を頼んだ相手であるラヴィル・ネオ・スティンバーグ。その横に立つのは背筋のしゃんとした老婆──貴婦人デリータ・バハス・スティンバーグ……オルファース総監その人だ。口元にほんのりと笑みを浮かべている。

 後ろ暗いところの多いアルフィードとしては会いたくない人物の一人と言える。

 店の前でユリシスを放り出すとアルフィードは真っ先にネオを引っ張り寄せ、少し離れて小声で言う。

「なんで総監までいんだよ!?」

「え? 一緒は嫌ですか? おばあさまはユリシスの事をとても心配していて……」

 アルフィードはそれ以上を聞かず、ぺいっとネオも放った。

「──飯、飯! さっさと食おうぜ」

 総監が既にここに居る事はもう仕方が無い。それに、デリータ総監はどうやらプライベートらしい。護衛おともと言えるのもネオだけのようなのでアルフィードはもう構わない事にした。


 ヒルド国でも五指に入る大貴族のネオが馴染みの店だと紹介した。いわゆる超高級レストラン。古めかしい外観はずっしりした石造りで歴史を思わせた。

 普段のユリシスならば圧倒されたであろうし、重厚な内装に息をのみ、敷かれたふかふかの絨毯をつま先で遠慮がちに歩いた事だろう。だが、まるで周りを見ず、昏い目のままデリータに促されて奥へ入っていった。

 個室のテーブル八人席に四人でつくと、コース料理が順にやってくる。

 味に煩いグルメも思わず唸るという料理を、四人でただ黙々と食べた。

 なかなか口をきく者はいない。ユリシスの様子から、食事を楽しめるような状況ではなかった。

 ネオは数日前に見たユリシスの冷え切った表情を思い出さずにいられない。アルフィードの事はいつも通り飄々としているように見えた。が、同じ第一級魔術師とはいえあまり接点はなかった。彼の性格をちゃんと把握していないせいでそう見えただけかもしれない。そう思うと逡巡ばかりで口を開く事が出来ない。

 アルフィードはギルバート自慢の弟子。

 誰の目からもひねくれて見える彼は、同じように誰の目からもわかる程、師に信頼を寄せていた。どんなに平静を装っていても、ギルバートが亡くなって悲傷していないはずはない。

 ネオはやはりかけるべき言葉を捜しきれず、ただ少しでも心に温もりが灯ればと、自分の中での一押しレストランの一押しコースの一押しメイン料理が来るのを待った。

 以前、ユリシスとシャリーの三人で食事をした事がある。ユリシスは色とりどりのメニューを珍しそうに、楽しげに舌鼓を打っていた。それが今、砂でも噛んでいるような、ただ目の前にあるから食す。生きるために、死なないため、義務的に口に運んでいる。感情の無い、冷たい雰囲気。ただただ口に押し込んでいる。

 その、傷の深さを思った。

 一方、デリータはギルバートの死の理由を知っており、立ち会った。現場にユリシスがいた事までは知らないが、精一杯ユリシスを気遣い、明るく接しようと笑顔を浮かべているようだった。

 どんなに話しかけても変化を見せず、言葉を発さないユリシス。だが、ネオとデリータが諦めかけた時、小さな声が漏れた。

「…………例えば──」

 ユリシスは手に持っていたスプーンをことんとテーブルに置いた。

「──例えば、素晴らしいものがあって……人を笑顔に出来るような力があったとして、それは、使われなければ意味が無い……ですか?」

 まだ俯いたままのユリシスだったが、体はデリータを向いていた。

「……それは、そうでしょうね」

 デリータは先を促せるよう、柔らかな声音で応えた。

「それが大罪を犯して在るのだとしたも、やっぱり使われなければ意味が無い、ですか?」

「…………以前にも、似たような事を私に聞いたわね」

 ユリシスは小さくこくんと頷いて、囁きのような、独り言のような問いを口にする。

「使えば罪になる力なのに……使わなければ意味がない?」

 ゆっくりと顔を上げ、ユリシスはデリータを真っ直ぐ見る。自然と声は前へ押し出された。

「罪なんだから、使っちゃいけないんじゃないですか?」

 デリータは試されている事を自覚するが、精神的に追い詰められているのが見てとれるユリシスに対して強い物言いは出来ないと、当たり障りの無い返答をする。

「……力は必ずしも罪ではないわね。使われ方が問題なのよ、きっと」

「力が使われて悲しい結末が訪れたなら……取り返しのつかない事になったのなら、使い方が間違っていたという事ですか? 使わなければ意味が無いと思っていたのに、助けられると思っていたのに……」

「ユリシス?」

 既に周りは見えておらず、ユリシスは独白のように続ける。

「……行かなければ良かった? ……関わらなければ……出会わなければ……ううん、もっと……もっと根本的な……」

 声は泣き出しそうに高く揺れている。ユリシスは両手を顔の前に持ち上げ、わなわなと震えていた。

「──こんなもの、無ければ……」



 誰にとっても息苦しい夕食は終わり、形式だけの挨拶をしてアルフィードとユリシスは宿に戻ってきた。

 最上階の廊下、お互いが部屋へ入る前にアルフィードはユリシスを振り返った。

「おい」

「…………」

 ユリシスは自分にあてがわれた部屋のドアノブを見ている。

「──罪って、なんだ?」

「……え?」

 ゆっくりとユリシスがアルフィードを見た。

「お前は何か罪を犯したか?」

「魔術を……」

「裁くのは誰だ? 罪だと決めるのは一体どこのどいつが決めた基準だ」

「お前が……ギルが裁かれなければならない理由はどこにあったんだよ」

「それは……」

答えられないでうつむくユリシスをアルフィードは見下ろす。

 ──悪いのはこいつなんかじゃねぇんだ。

 答えを見つけられないまま顔をあげたユリシスはアルフィードと目があった。考えている事が伝わったのか、ユリシスの瞳が大きく揺れる。

「……」

 ──責めるべきは己か? 見つめるべきは過去か?



 翌日、二次予選。

 ユリシスは欠席。棄権した。



 午前中、アルフィードは帰り支度を済ませ、ユリシスの部屋を訪ねた。ノックしても、呼んでも出てこないのでドアノブをひねる。鍵は開いていた。

 小さな荷物がひとつ、ベッドの上に置かれていた。

 ユリシスは窓の外を眺めていた。

 逆光の背中にアルフィードが声をかけるより先に、ユリシスの声が──まっすぐ前へ押し出される。

「私はもう、私のやりたいようにやる」

 そう言ってくるりとこちらをむいたユリシスの瞳には、決意が満ちて揺らぎはないように見えた。

 ユリシスの言葉にアルフィードは内心ギクリとしながらも、表情を変えずに問う。

「へ~ぇ……なんでまた?」

「さあ?」

 珍しく悪戯っぽい微笑みだった。肩をすくめ、口角をあげたユリシスは昨日までの陰りが見えない。

 アルフィードはニヤリと笑った。

 どういう心境の変化なのか気になりはしたが、結果がこれなら問題ない。

「いいね。俺はそういうのの方が」

「……うん」

 ややうつむいて答えるユリシスには、まだ闇が見える。気持ちの切り替えを始めたばかりなのかもしれない。

「……お前にコレ、貸しといてやろうかと思ってたんだが、いらなかったな」

 アルフィードがポケットから出したのは、ギルバートのメッセージの入った紺呪石。

「それは、あなたに渡したのよ。何が入っていたのかは、知らないけど」

 盗み見たわけではなかったらしい……。アルフィードは顎を前に出して小さく頷き、ふっと笑った。

 ──ギルバートが養子にまでして護った弟子……か。



 アルフィードはその日、昼過ぎには王都ヒルディアムに着いていた。

 真っ直ぐオルファースにあるギルバートの執務室へ向かい、片付けを始めた。

 尖塔屋上、あの極限状態でギルバートが遺した言葉。

 紺呪石に込められたアルフィードへのメッセージ。

 ──やりたいようにやれよ。俺が許す──

 アルフィードは苦笑する。伝えようとしていなかったユリシスにすら、ギルバートの意思は伝わっていたわけだ。

 机の引き出しの鍵は、その言葉を初めて言われた日の日付だった。『ワルガキ』アルフィードが、ギルバートの弟子になった思い出の日の……。



 ギルバートの私物を邸に引き上げ、すっからかんになった執務室でアルフィードは夕日を見上げる。

 オルファースに対する不満。

 ギルバートを奪われた恨み。

 ユリシスを付け狙う理由。

 そういった色々ひっくるめて……。

 ──そうだな、俺がやりたいのは……見てろよ、ギル。俺が全部、綺麗にしてやる。

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