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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第11話『ある青年の……』
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 翌々週、オルファースの円形闘技場が試験場として開放された。

 王都ヒルディアムから馬車を半日走らせた場所──かつては、森に囲まれた小さな宿場町だった。六百年余り前、街の傍らに魔術機関オルファースが円形闘技場を建立してからは人口五十万人を超える大衛星都市として栄える事になった。

 円形闘技場は設計者の名をとってミルア宮殿という愛称で親しまれ、普段は魔術試術場として、また、劇団の公演や催事、特別な市場として使われた。地元の人間はもっぱら宮殿と略してしまう。

 宮殿と呼ばれたのは、オルファース魔術師でありながら建築家としても名を馳せていたミルアが、数多くの力宿す魔術意匠を施し、闘技場とは言い難い緻密かつ豪奢な装飾で築き上げた為だ。

 近隣諸外国の場合、この手の施設を建立するには多くの労働者が集められる。だが、魔術機関オルファースの名のもとに作られる事になったこの闘技場には魔術師が集められ、その大いなる力の数々によって粛々かつ迅速に、半年もかけずに作り上げられた。外観もさる事ながらそういった伝説を残したミルアの闘技場は、ミルア宮殿と呼ばれるようになった……。

 オルファースの外部施設なので、魔術の試術場であるのが本来の姿。その他に、三ヶ月に一度、年間四回、交流会が催されている。交流会という名の魔術戦トーナメント大会だ。

 その年最初の大会で魔術師見習い九級~六級が、その三ヶ月後には正魔術師五級~三級が、さらに三ヶ月後に再び九級~六級の大会が行われる。最後には第一級魔術師と第二級魔術師という上級魔術師による大会が催される。

 観客席は四万人を収容可能だが、今回のような見習い魔術師の大会には関係者が足を運ぶのみで閑散としている。正魔術師が出てくると魔術ファンが増え、第一級や第二級魔術師が登場する大会には毎年満席になる。

 その日、アルフィードはユリシスを連れてこの街へ来ていた。

 六人乗りの相乗り馬車が魔術機関オルファースから何台も出ており、そのうちの一台に乗って二人はやって来た。朝早くに出て、昼過ぎには街に着いた。魔術を使えばもっと早いのだが、ユリシスを抱えて飛ぶ事にアルフィードは抵抗があった。途中で、わざと手が滑る気がしたのだ。

 街の北へ街道を三十分余り歩いた所にミルア宮殿はある。

 宮殿の周囲には巨大な噴水と公園もあり、ちょっとした娯楽施設になっている。ミルア宮殿にある食堂で昼食をとったが、二人とも朝から一言も口をきいていなかった。──いや、朝会った時だけユリシスは口をきいた。例のごとく「これをあなたに渡す」と……。

 元は森の中にあった街に作られたミルア宮殿の周辺だが、とっくにしっかり開拓されそれており、木々は密集していない。

 下見を兼ねたミルア宮殿での食事を終えると、二人は街へ戻った。

 第六級以下の交流戦参加者とその師がオルファースからの馬車で続々と集まってきていた。都からの馬車の列は途絶えず、その日の夕方まで続いた。

 明日、一日目一次予選が行われる。各級三十二名に絞る簡単な試験だ。

 二日目の明後日には二次予選として試合が行われ、四名に絞られる。

 三日目には各級の一位が決まり、四日目に九級から六級の優勝者四名がバトルロイヤルで闘って魔術師見習いのトップを決める。

 アルフィードらは街に戻ると商店が軒を連ねる大通りを過ぎ、ひっそりした路地へ入った。予約していたレンガ造りの六階建ての宿に着くと受付で鍵を受け取り、最上階の部屋へ向かった。

 アルフィードの予約した部屋のバルコニーからは、北方向に巨大なミルア宮殿が見える。アルフィードもこの交流会に参加していた頃はこの宿に泊まっていたので慣れたものだ。大通りに面していないながら、周囲の建物の中でも二階分は高く、街も見渡せる。

 部屋の前に着いて、アルフィードは後ろを歩いていたユリシスに隣の部屋の鍵を投げた。

 鈍い鉛色の鍵には木の札が付いている。そこに部屋番号が書いてある。

「俺はこっち、お前はそっち。じゃあな。明日は朝早いから、勝手に行っててくれよ。宮殿にさえ行けば明日は受付と案内役がいる。申し込みは済ませてあるから、名だけ言えばいい」

 言い捨て、アルフィードは自分の部屋へと潜り込んだ。ユリシスの反応は極力見ないようにして──。



 ユリシスは──……。

 閉ざされた扉の前で、受け取ったばかりの鍵を着替えも詰めた小さな鞄にそっと入れた。

 ゆっくりと来た道を戻り、階段を降りて宿の入り口に立った。

 部屋に入る気にはなれなかった。ジッと座っているだけになるから。

 街をのんびりと歩いた。

 しっかりした店構えの商店が続く大通りを抜けてしばらく行くと、露店が軒を連ねる市場へと出た。間近の人々の喧騒が遠くに聞こえる。この奇妙な感覚は、ギルバートが死んでからずっと治らない。生き生きとした活気のある街だが、遠くに感じた。まるで書物で読む街の中にポツンと降り立ったかのような……現実感の無い──熱気のある街で──うすら寒い感覚にすらとらわれる。

 ──……独りだけで取り残された……。

 消えない感触は、どうにも出来なかった。

 その時、背後、街の正門辺りから歓声が聞こえた。地面が揺れる程の大きな歓声だ。

 人々の声に耳を傾けると、どうやら、交流戦観覧の為、オルファース総監とその直属の部下が護衛を務めるマナ王女一行が到着したらしい……。地味な大会に華を添えるだけの公務だが、傾国の美女とも言われる自国第一王女が王都を出て自分達の街に来てくれたとなると、誰もが落ち着かず、警備の厳しい馬車の列を物見高く見る。

 ユリシスは人の流れに逆らって足を止め、華やかな行列と王女の到着に歓声を上げる人々を遠目に眺めていた。

 辺りにまかれて舞い飛ぶ色とりどりの花びらが、目に映った。一番豪華な馬車に乗っているであろう王女本人の姿は見えない。

 辺りの人々とは逆で、ユリシス周辺の空気はゆっくりと凍りついてゆく。

 昏く目を細め、ユリシスは大きくてキレイな馬車を紫紺の瞳でじっと見つめた。半眼で、心の中は空っぽで、ただ見つめた。

「──おい!」

 ユリシスの肩をぐいっとひっぱり、その目線を馬車から逸らす人物があった。ユリシスはその人物の接近に全く気付いていなかった。

 はっとしてゆっくり見あげれば、その人物は宿に居るはずのアルフィードだった。

 ユリシスはアルフィードに目を覆い隠され、人ごみを避けた裏路地へと連れて行かれた。

 ぽいと暗い路地に投げ出されたユリシスはたたらを踏み、膝をついた。その背中にアルフィードは言った。彼にしては珍しいほど、狼狽えた声だ。

「お前……お前……ばかか?」

 ユリシスは首を回してアルフィードを見上げ、ゆっくりと立ち上がりながらポケットを探った。紺呪石を探していたのだ。早く、早く渡さなければならない。

 ──渡さなければならない。

 頭の中はもうそれで埋まっていた。




 ユリシスが何をしようとしているのか気付いて、アルフィードは眉間にぎゅっと皺を寄せた。彼女がひどく憐れに思えたから。

 この段階になってやっと、アルフィードは直視出来た。

 ユリシスはただ手を差し出している。アルフィードに向けて伸びる白い手のひら。いつものように紺呪石があった。

「……お前……」

 急に気付いた。

「これをあなたに渡す……」

 薄暗い路地でほんのりと青白い光を放つ紺呪石を確認してから、アルフィードはユリシスの顔を改めて見た。紫紺色の瞳はどこかきょとんとしている。

「……お前、まだ正気じゃないだろう」

 ユリシスからの返事は無い。アルフィードはしばらく沈黙した後、声音を改め、普段通りを心がけてユリシスに言った。

「……その石は?」

 ユリシスはしばらく口だけをパクパクと動かしていた。出てこない声より先に、紫紺の瞳が揺らいで涙がこぼれ出ていた。

「……ギルが、あなたにと」

 やっと出てきたユリシスの掠れた声を聞いてから、アルフィードは紺呪石に手を伸ばした。紺呪石を胸の前で強く握ってから、アルフィードは懐にしまった。

 もしかしたら、この形見を自分に渡すまでユリシスの時は止まっていたのかもしれない。申し訳ない事をしたと、アルフィードは今も止まらないユリシスの涙を前に思った。かと言って、それに触れてやれるような男ではない。

「──ユリシス、お前、一次予選落ちろ」

「……え?」

 唐突な話に涙も引っ込んだようだ。ユリシスはアルフィードを見上げる。

「一次予選は筆記試験だからお前なら軽く突破できるんだろうが、必ずでたらめに答えを書いて、落ちろ」

 アルフィードも正直なところ、ユリシスが持てる力をちゃんと出せたなら、交流戦の優勝──九級から六級全てのトップになる事だって容易いだろうと思っている。

 だが……。

「なんで……?」

「お前……魔力、乱れてるぞ。さっきも精霊がざわめきはじめていた……気付いてなかったみたいだが」

 さっきというのは、ユリシスが王女一行をにらんでいた時だ。

「表が騒々しいから外をのぞいて、ギョッとしたぞ。慌てて窓から空へ出て大通りから見たが、一番に目がいったのはお前だ。少なくとも五級レベルの魔力を無駄に放って……撒き散らしていたぞ。一体、何の魔術を使う気だったんだ?」

 ユリシスは「……え」と呟いて、首を小さく横に振った。そんなつもりは微塵もない、そういう表情だ。

「ついでに言えばあれは……」

 アルフィードは言葉を選んだが、良いセリフは思いつかなかった。柔らかい表現にならないのなら、率直に言っておくべきだろう。

「殺気だ。お前、殺意に満ちた魔力を練りながら王女の馬車を睨んでいたんだぞ。護衛は総監達だ。俺が気付くのが少しでも遅ければお前……」

 ギルバートがユリシスに第九級魔術師資格を与えた事、命懸けで護ってユリシスが生き残っている事、諸々、すべてが無駄になる……。

 ユリシスはただ呆然としている。

「私、そんなつもりは全然……」

「だから、魔力が乱れてるって言ってんだ。制御できてないんだろ。古代ルーン魔術を使えてもまだまだ未熟という事か……。感情制御と魔力制御は近い。あんだけの術が打てるお前だから魔力制御の力は本来ある。それは断言できる」

 アルフィードは一旦言葉を止めると、残りを息を吐きだすように呟く。

「……感情の制御が出来ていない、といったところか」

 時期が時期だ、仕方が無いのかもしれないとも思う。

 ユリシスは乾いて張り付く喉に触れ、やや下を向く。

 魔術師が冷静なのではなく、冷静だからこそ魔術師たりえる。冷静であるという事は、感情に左右されず、落ち着いている事を指す。その状態ではじめて魔力は制御され、魔術になる。

「……そ、そのくらいは、わかってる。だから気持ちを消す事でコントロールを……」

「出来てねぇから俺が教えるはめになってんだ。わからないか? 今、お前が魔術を使えば十中八九、暴走するぞ」

 言い切られてユリシスは沈黙するしかなかった。

 そこらに転がってる程度の魔術師の術が暴走するのならまだいい、アルフィードが抑えつけてやる事も出来る。しかし、あの国民公園の大火事を消し止める程の巨大な魔力を内に持つユリシスの術が暴走したなら……。

 アルフィードは溜め息を吐き出すとこう言った。

「一次予選には俺も後から行く。俺だって……思うところは色々あるんだ。なのにお前がそんなだとギルの死が無駄にされそうで怖い」

 それだけ言い捨ててアルフィードはユリシスをそのまま放って行こうとして、やめた。

 ──とんだ形見だぜ、ギル。

 アルフィードはユリシスの手をとると引っ張るように宿へ戻った。



 自分よりも狼狽している。まだ自分自身の姿すら見えない程に動揺している。何も、前も後ろも左右も何も、見えていない。今のユリシスが憐れに思えて仕方なかった。あまりにも痛々しい姿に少しだけ自分を重ねた。

 自分も他の人間にそう見られてはいないかと。

 そう思うと、突き放したままではいられないと思えた。

 まだマシな自分に気付いた時、自分が受けたダメージだけではなく、ユリシスの受けたダメージにもやっと注意を向けられるようになった。

 ギルバートの血を浴びて座り込んでいたユリシスは、膝に彼の首を受け止めたのだろう。鮮やか過ぎる死の重みを体感しただろう。それは狂気じみていて、気がふれかねない……。

 狂気の世界の一歩手前で踏みとどまるだけで、きっと精一杯だったのだろう。

 だからと言ってまだ……。まだ、アルフィードはユリシスを許せそうにはなかった。だが、同時に思う。ユリシスは許されなければならない何かをしたのかと。

 今、ギルバートの死は誰のせいかと心で問えば、ユリシスのせいだと結論付ける。変な事に首をつっこんだユリシスをかばった結果なのだろうから。だが、それは事実の外郭でしかないように思えた。

 大体、手を下したのは王の手先共だ。

 ならば、ユリシスがそうしたように、許してはならないのは、殺意を向けるべき対象は、王家か?

 ──俺は、知らない事が多すぎるな……。

 少なくとも、ギルバートはユリシスを護ろうとした。その程度の事しかわからない。

 数々の古代ルーン魔術を生み出してきたユリシスの華奢な手を、アルフィードは強く握り、ぐいぐいと引っ張っぱって歩いた。

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