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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第10話『ある少年の野望』
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 その場の流れもあり、ネオはヘリティアらと夕食をとった。

 宿の一階にある食堂で、考えていた以上に和気藹々と楽しい時間を過ごした。何せ彼らはあっさりと、まるで十年来の友であるかのようにネオを受け入れてくれたから。

 食い気が激しいという格闘娘ミストの食いっぷりは人間かどうか疑ってしまったほど。一人で十人分平らげて「お腹空いた」と言っていたのを聞いた時は驚いた……。食卓を満たす二十人分を彼ら五人は軽く消費した。その風景は笑いが絶えず、勢い良く食べ物を口に運んでいる様はお世辞にも行儀良いとは言いがたいものだったが、一人で食事をとる事の多いネオには少々羨ましく映った。

 食事中、考えていた事がある。

 彼らには伝えても大丈夫のような気がして、言う気持ちは固まっていた。何がどう大丈夫なのかまではネオにもよくわからなかったのだが、彼らは受け止めてくれると確信出来ていた。伝えるべきだと感じて口を開いた。

 ──ヘリティアとルヴィスは親友たるアルフィードの師ギルバートを幼い頃から知り、親しくしていたと聞く。だから、伝えた。ギルバートの死を。

 ヘリティアは口元に運んでいたフォークの先の果物落としたまましばらくポカンとしていた。が、我に返るや「祭りだっ、みんな騒げ!」と叫んで残り四人を急き立てる。

 この村で“祭り”をやれと言うのだ、いきなり。

 宿の人だけでは飽きたらず、村人全員を巻き込んで、ネオの邸のある丘に集まらせた。それはもうドタバタと忙しない。村人らの苦情も何のその、力技で家々から引っ張り出し、押しやった。眠そうな子供まで抱えて連れ出す始末。

 それらの後ろで、領主の息子たるネオが村長フライレや村人らに付き合ってやってくれと頼み込んで回っていた。理由はと聞かれて答えられなかった時、勢いに負けたのだと気付いたが、もう遅かった。

 幸い、村人らは好意的だった。ネオ達が村を救ったという昼間の記憶が彼らの中でまだ鮮明だったおかげだろう。恩義からか、夕飯時の無茶を聞き入れてくれた。

 ヘリティアのハチャメチャな行動を、ネオは半ば呆然としたまま手伝った。その行動力は有無を言わせない迫力があって、指示するにも大声、身振り手振りも大きく、考えている事を思ったままにズバズバと言ってのけていうように見えた。己の好きなよう、わがまま一杯の振る舞いと言ってしまえばそれまでだが、ネオの持たない性質なので憧れに近い感情が湧き上がった。

 ネオは貯蔵庫の食料や酒類を振舞うように邸の管理を頼んであるターナに告げた。

 準備を整えるのに日暮れから1時間とかからなかっただろう。

 ざわざわと村人が邸の前に集まっていた。

 十三年前に、大洪水から逃れて来ていたように──。

 ただし、今、人々の手には酒に満たされた杯がある。格闘娘のミストと剣士リゼルが急遽、山で仕留めてきた猪の焼肉を頬張る者が大勢いる。バーベキューの火の係りはビーラグがしている。その火の明かりが主な光源で、ヘリティアの指示から他には最低限の灯火しかない。

 村人は口々に十三年前の大洪水の事、今日の洪水の事、また助けられたメライニの話が上っている。メライニは村の子供達と話している。子供達には甘い菓子が配られていた。すべて、ヘリティアからの依頼でネオが用意させた。

 喧騒から少し離れたところ、邸の玄関前の階段に腰を下ろしていたネオの隣へ、元神父のルヴィスがやって来た。

「ヘリティアのわがままに巻き込んですまない。フライレ長老や村の人には君が話を通してくれたんだろう?」

 ネオは慌てて立ち上がった。

「いえ、その位、大した事では……それに──」

 顔を上げ、理由のわからない“祭り”の様子を見回した。一大事のあった日なのに、誰もが笑っている。

「みんな今日は大変な思いをしたでしょうから、元気が出るならこういうのもいいかなと……」

 頷き、手に持った杯を傾けるルヴィス。ネオはヘリティアの姿が見えない事に、はたと気付いた。

「そういえば、ヘリティア様は?」

「……ん……ああ、あいつは──」

 ルヴィスが言いかけた時、夜空にパンと一発目の花火が上がった。オレンジの火花はひゅるると空へ舞い上がり、円く飛び散って巨大で美しい花を空に咲かせた。

 村人達からわぁっと歓声が上がる。

 二発目、三発目と花火が上がる。どんどん調子を上げ、何発も。同時に、または連続で花火は舞い上がり、夜空を彩っていく。二発、三発、五発同時に上がったかと思えば、二段構えのもの噴水のようなものまで。視界に収まり切らないようなとても大きなものや、オレンジだけでなく、グリーンやブルーなど色鮮やかな花火がポンポンとあがってゆく。

「……あの花火の下辺り、かな」

 いつしか巨大なキャンバスと化していた夜空に心を奪われていたネオの耳に、ルヴィスの声が聞こえた。

 ──そうか、あれは魔術の花火か。

 甘い果物酒の香りがふわりと風に乗って届いた。ルヴィスも手に杯を持っており、少しずつ飲んでいるようだった。

 二人して夜空を見上げたまま、横顔に花火の光を映す。

 十三年前の大洪水。

 今日、村の上空を占めた洪水。

 子供のまま戻ってきたメライニ。

 そして……。

 誰もが、空へ空へと花開く火を、それぞれの想いを胸に抱いて見上げた。



 花火は一時間余り続き、静けさを取り戻した頃には幼い子供達は眠がっていた。

 片付けを終えた頃、ミスト、リゼル、ビーラグが村人らを村へ送り、汗だくになって戻ったヘリティアをネオとルヴィスが邸で迎えた。

 ヘリティアの金色の髪は額や頬、喉に張り付いており、疲労の色が濃いように思われた。昼にも大魔術を使っているのだから、当然と言えば当然の状態だった。

 ヘリティアはルヴィスを見つけると抱きつくようにドサリともたれかかり、ネオを見た。

「ギルバートはね、きっと良い精霊になって、今日のどんちゃん騒ぎも、私の花火も見てくれたはずだわ」

 ヘリティアは自分自身に言い聞かせているように見えた。そして、「きっと……きっとね……」と呟いて眠るように気を失った。閉じた瞼が内側の涙を押し出した……。

 ルヴィスはそんなヘリティアをひょいと抱き上げると、ネオを見た。

「君が夕飯の時に躊躇っていたのはよくわかっていた。何か言いたそうだな、とね。言ってくれて、感謝する」

「……え?」

「ギルバートの跡を継いで副総監になるのは、もしかして君かい?」

「……あ、はい……」

 ネオが顔を逸らすと、その横っ面にルヴィスの笑い声が飛んできた。見れば、どこかギルバートを思わせる笑顔があった。

「君が気に病む事は何一つないさ。君が跡を継ごうが何だろうが、ね。ギルの死に辛い思いをする者を気遣っているなら、それもあまり気にしない方がいい。当人達の問題だからな。君は君なのだから、他人の痛みにまで共感しすぎる事はないんだ」

「…………」

 ネオはルヴィスをすがる様に見上げていた──もっと、知りたい。

 ルヴィスは「ん?」と首を傾げ、言葉を続けてくれた。

「様々に、ギルへの思いに沈む者達がいるだろう。その中には、君のように跡を継ぐ事になって戸惑う者や、ヘリティアのように派手に祈る者、思いに沈んだまま立ち上がれない者……色々いるだろう。そんな様々な思いや痛みに、他人の物思い全部にいちいち君が付き合う必要はないぞ。とはいえ、人間関係上の気遣いというヤツは必要だが、自分の心全部傾けてしまうとキツくてやってれんから、ほどほどにな。……ん? 悪い癖だ。説教くさいな」

 何故か「におうか?」と鼻をすんすん言わせている。真面目そうな元神父なのに……と、ネオはどう対応したものかと一瞬だけ悩んだ。

「いえ! そんな事ありません。僕は、僕は多分、そういったお話をもっと伺いたいんです」

 ルヴィスは少しだけ困った顔をした。

「俺の言ってる事は俺の主観で、ゼヴィテクス教でも世間一般論でもないよ、多少近くてもな。なぁ、ラヴィル・ネオ・スティンバーグ君──」

 ルヴィスはそこで言葉を一旦切って、ヘリティアを横抱きに抱え直した。

「君は第一級魔術師で、副総監にもなる。今までして来れたかもしれない『人に相談する』事も、これからは出来なくなるかもしれない。上に立つ者として密命を受ける事もあるだろう。誰にも言う事が出来ない悩み、隠し事を持って自力で克服するしかない時も出てくるだろう。自分で深く学び、知り、情報を取捨選択し、決める。一見簡単そうだが、本当の意味では困難な事だ。これからの君はそれが出来なければならない。これは副総監として最初に克服すべき事だと思って、自分で答えを見つけた方がいい」

 そう言ってルヴィスは去り、月明かりの下、ネオは一人、邸の前で立ち尽くした。

 カイ・シアーズも言った。これからの君は、過去の君の中から見つけ出すことが出来る──と。つまり、自分で探せと。

 たった今の自分を、過去に読んで学んだ書物と照らしても、答えというものは見い出せなかった。

 それで、ほんわりと気付いた。気付いてしまった。

 例えば、模範というものは書物に書いてある。魔術のノウハウも大概書いてある。訓練は師匠から受けた方が良いのは良いのだが、書いてある。医学だって、料理だって、道具の作り方だって、法律、国の歴史だって。何だって。

 でも、それらをいくら読んで知っても、今のこの状況を、自分のもやもやした気持ちを解決してくれるものはない気がした。

 心に関する解説書も読んだ事はあるが、どこかピンと来ない。

 結局、今までの自分がどれだけ書物の中にある模範を基準に生きてきたかが、浮き彫りになっただけのような気がする。

 どれだけ本を読み、第一級の魔術師資格を取得し、様々な仕事をこなしてきていても、全部模範のままだったなら、きっとそこに“自分”はいないのだろう。

 それだけを痛い程自覚して、ネオは夜空の下、しゃがみ込んだ。肘を両膝に乗っけた両手を前にぷらんと投げ出した。

 魔術を学んだきっかけはここにあった。だから、来てみた。その頃の原動力は、強い憧れだった。

 大津波から沢山の命を救った英雄をこの村で目にした。

 英雄のその背中に、焦がれた。

 理由なんてものは、何も無かった。いや、考えなかっただけかもしれない。答えすら求めていなかった。なぜなら、そこにあったから──“自分”の気持ちが。

 祖母に師事し、第一級資格への階段をグングンと上った。気付いた時には、第一級魔術師資格試験には一度失敗したものの、史上最年少で合格した。やんややんやともてはやされたのを、随分と遠い気持ちで眺めていた記憶がある。どうして、そうなったんだろう。

 第一級魔術師を目指していた頃は、いつも英雄の背中を見ていた。

 でも、いつの間にか、多分、見なくなった。

 目的を失ったと言ってしまえば簡単だが、英雄への道が第一級魔術師資格を取得する事と単純に摩り替わっていた為に、そんな事になったのかもしれない。頭の中では英雄を目指していても、心が勝手に区切りをつけた。もう、十分と。

 ──僕は、知らず知らずのうちに簡単な方を選んだんだ。

「…………」

 少しずつ村の家々の灯りも消えてゆき、辺りは完全な闇に覆われ始める。もう、自分の靴のつま先も見えない。

 ネオはためらった。

 世間の人は、第九級魔術師資格を取得するのも大変だと言うかもしれない。魔術師になるというだけでとんでもない事だと言うかもしれない。

 でも、ネオにとってはそちらの方が簡単だったのだ。

 第九級魔術師資格を取る方法も、第一級魔術師への道もきちんと整備されていて、いくつも前例があった。全部本に書いてあったんだ。

 ネオは気持ちが萎んでいくのを止められなかった。堪える為に、唇をかんだ。こんな気持ちに気付いたのは、初めてかもしれない。

 ネオは、考える事を先送りしていたのだ。

 不甲斐ない自分。情けない自分──ネオはもう、ただただその気持ちを抑える為に決意した。

 ──英雄の背中を、もう一度追いかける。

 ギルバートが亡くなった。

 ユリシスの表情がたまらなく切なかった。

 ギルバートの居た場所に自分が立つ事が恐ろしい。

 ユリシスは自分の事を憎むだろうか、恨むだろうか。

 シャリーもユリシスの心配をしていたから、ギルバートに成り代わる自分をどう見るのか怖かった。

 それが、一番の本音。

 恐れるのは、模範を求めるからなんだ。

 模範と異なったスタートを切る。

 いきなり数少ない友人を失うかもしれないという恐怖。

 今まで、第五級へ、第四級へと上がる時、短いスパンでどんどん上へ駆け上がっていく中で、沢山の友人を切り捨てて来ていた事に、今更、気付いた。別に離れなくても良かったのに、もしかしたら妬まれているかもしれないと遠ざかった。自分からそれを選んだような気がする。

 副総監へ、また上がる。

 今度は失いたくない。

 ──他の人が痛みを持っているように、僕だって痛みを持って走り始める。誰にも痛みがある事を僕がちゃんと、ただわかっていればいいのだ。その上で、僕は僕の決意を持っていればいいのだろう。

 僕がどう判断されるかは、これからの僕に関わっている──はずだ。

 気持ちの基盤が無いとグラつきそうだ。

 ただただ模範であるだけでは、きっと駄目なんだ。それは自分の基盤にならない。きっと、道を失った時、立ち戻れる場所が、自分が無い。模範なんて自分じゃないんだ。

 目的を持つというのは、迷った自分を正す基準を持っておくという事。

 それは時に勝手に摩り替わり、楽な方へ簡単な方へと向かってしまう危険性も持っている。

 ネオは下を向いて息を吐き出した。

 ……ならば、夢と呼ぶか。

 だが、英雄を夢見ると言うのもネオは首を傾げたい。前科のある自分では、また簡単に何かに流されてしまいそうだ。

 ふっと顔を上げる。闇だった夜空に星が瞬き始めており、月が綺麗な円を描いて輝いていた。

 自分にはいくつもの未処理の課題がある。答えは何も出ていない……。

 ユリシスのあの表情を受け止められるか。シャリーとずっと変わらず友人のままでいられるか。カイ・シアーズの言った事を理解できるか。ルヴィスに示された試練を超えられるか。

 まだ何も手も付けられていない。

 それでもネオは立ち上がった。

 ──ならば、野望と呼ぼう。

 僕にはきっと、それ位が丁度いい。

 やっと顎を、顔を上げた。

 優しい月明かりが降り注ぐ中、ネオの深い蒼の瞳に、目の前の現実を受け止める決意の光が宿った。

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