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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第10話『ある少年の野望』
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(5)

 氷が全て消え去るのにそれほど時間はかからなかった。氷が小さくなっていくと、女魔術師も魔術を描いて水を海へと流していったからだ。

 ネオは村に張ったままだった防護魔術をその場で解いた。

「村は君が護ってくれてたんだね。私達では間に合わなかったからちょっと絶望してたんだ」

 女魔術師は肩をすくめて困ったように笑う。眉を上げて「助かったわ、ありがとう」と言うと、スッと降下した。ネオも事情が知りたいと思い、またメライニに関係するトラブルがあるのならと後を追うように降りた。

「──どう?」

 降り立ち、女魔術師が問う。

「わかんないよぉ~」

 腰を落として構えた少女が、背後から近寄る女魔術師に手を振って答えた。地団駄でも踏みかねない甘ったれた声だ。

 少女はオレンジ色の闘衣を着ている。格闘家なんかがこういった服を着ている。が、彼女の場合は両手に二の腕から甲までを覆う大きな篭手のようなものを身に付けている。その篭手には刃物が仕込まれてあるようで、純然な拳と拳で闘うという格闘家とは少し違うようだ。同じようなものが両足にも付いていて重装備にも見えるが、重さを感じさせない非常に軽い動きをしていた。

 少女と対峙しているのは、長い黒髪の女。頭を抱えて苦しんでおり、低い声で「ううぅ……ううああ……ううう……」と途切れがちに唸っている。髪を振り乱して暴れかけているが、その度、目に見えない何かにバシリと縛られて空を仰いでもがいている。

 黒髪の女から三歩離れた場所にゼヴィテクス教の法衣を纏った青年が聖書を片手に、右手を女にかざし、何かブツブツ呟いていた。法衣の男も言霊術を使うようだ。もともとゼヴィテクス教では言霊術を使うが、その担い手は減っており、先ほど女魔術師が言ったように『マイナー』な術の一つになっている。

 言霊術は、言葉に魔力──ゼヴィテクス教では『聖なる原初の力』と呼ぶらしい──を乗せ、音と韻で精霊に干渉して助力を願い、語りかける術だ。この青年の事もネオはどこかで見た事がある気がした。青年は女魔術師と目配せするが、言霊術で詠唱中の為、何かを話すことはなかった。乱れた黒髪の女──おそらくメライニ──を魔術で縛っているのだ。

 家屋にもたれるように、剣を腰に佩いた男が立っていた。剣士は前かがみに頭を抱えており、息づかいが荒い。女魔術師はこちらへ駆け寄った。

 女魔術師は剣士を覗きこみ、目を細めて何かつぶやいている。

 ネオはその様にぴんと来た。

 ゼヴィテクス教には清魔師と退魔師が居る。後者の退魔師の方は教則に違反するという事で、退魔を行っているとゼヴィテクス教に知れた時点で破門となる。両者がどう違うのかまでは、ネオは知らないが。どちらにしろ、人に悪影響を及ぼす精霊を退ける事を生業としている者達を指す。

「ああんっ……もうっ!」

 女魔術師がステップで二歩さがる。剣士が剣を抜き、女魔術師を薙ぎ払おうとしたのだ。

 両手をだらりと下げ、剣士の目は生気を持たず怪しく淀んでいた。剣士は脂汗を流し、荒い息をしている。

「ミスト! 頼んだ!」

「あいよ~!」

 オレンジの闘衣をまとった少女がピョンと飛び上がり、女魔術師と剣士の間に入る。間延びした頼りない声だが、動きにはキレがある。

「ぐうぅ……うう!」

 黒髪を振り乱し、メライニが剣士を睨んでいる。

 力の流れを感じる。メライニが剣士を操っているのかもしれない。

 法衣を着ている青年の言霊──声に、より強い力がこもる。

 魔術とは異なる力が流れる中、ネオはどう手を貸したらいいかを悩んでいたが、その肩にポンと手が置かれた。振り返ると背の高い大柄の男がネオを見下ろしていた。

「落ち着け、そう──俺様のように」

「…………」

 女魔術師とオレンジ闘衣の少女、ゼヴィテクス教法衣の青年と剣士と大柄の男──これが村人の言っていた五人の旅の者だろう。

 ミストと呼ばれた格闘娘は剣士の振るうキレのある剣筋をよけながら、間合いを詰めようとしている。どちらの動きも、見失ってしまいそうな程、早い。

 そのミストの後ろで女魔術師は剣士に手をかざし、言霊術を続けている。

 ただ見守るネオの後ろに立っている大男が声をかけてきた。

「うん──この村に立ち寄る前にな、この大河沿いに旅をしていたんだが、最初に遭遇したのがそこの娘さんだったんだ」

 ちらりと見るが、大男は忙しない格闘娘と剣士の動きを目で追っている。時々視線は魔術師二人と周囲に移動する。油断なく辺りを伺っているようだが、声はのんびりとしたものだった。

「今がんばっている魔術師二人は元より、色々経験している俺様はそこの娘さんの精神攻撃とでも言うかね、耐えるのは容易い事だったんだ。あと食い気で川の魚に気を取られまくっていたミストも当然ながら、娘さんの精神攻撃の範囲外。今でこそ、あのちょっとちぢれた感のある黒髪を振り乱すホラーな娘さんだが、俺様たちが遭遇した時はこう、品の良さそうなお花畑の似合いそうな清楚な娘さんだった。そこの剣を振り回している──ああ、リゼルというのだが──若い剣士には刺激が強すぎたようでな、すっかり取り憑かれてしまったようだ。その時にそこの魔術師二人に聞いたのだが『取り憑かれているという状態ではない』との事だが、俺様には区別もつかん。ともかく、旅をしていた我々は疲れきっていた事もあって、リゼルを殴りつ──寝かしつけ、娘さんへの追求も程々に村へと逃げた。リゼルは本当に腕のたつ剣士なんだ。相手をしていたら面倒くさ──日が暮れるから休むことにしたんだ。そして、今日、こうして娘さんにリゼルを開放するよう要求しに来たんだが、突っぱねられてしまってな。そこの魔術師二人しかまぁ、事情は飲み込めていないんだが、俺様にとってはこんな二日間だったな」

 ネオが細かく事情を話してくれた男の方を向き直り見上げると、彼は「うん」と頷いた。少し眉をひそめ、顎を突き出すように言う。

「俺様も暇なんだ」

「…………」

 黒髪のメライニと操られているらしい剣士リゼル。

 この二者と直接対峙するのが格闘娘のミスト。その後ろで法衣の青年と女魔術師が言霊術をブツブツと呟いている。少し離れてネオは立っていたが、その後ろで大柄の男は腕を組んで成り行きを見守っているようだった。

「──たくっ!」

 剣士リゼルに言霊術を続けていた女魔術師が吐き捨てる。

「たまったもんじゃないわよ。面倒臭くて死にそうだわ。もうこんなの勘弁してよ。私はね、正直言って言霊なんてネチッこいの好きじゃないのよ!」

 既に、言霊術は止め、手元に魔術を描いているのが見えた。

「ガッチリ描いてドカンと一発スカッと爽快! それが──魔術ってもんじゃないの!?」

 次の瞬間、剣士リゼルと家屋がドカンと吹き飛んだ。

「…………」

 ネオは口をポカンと開いて、呆気に取られるだけだった。

 メライニに向かって言霊術を使い続けていた青年の声音が裏返りか、音量がグンと上がった。女魔術師に何か言いたいのに言えないのだ。目はギリギリと女魔術師を睨んでいる。

「もぅ~、ヘルったら、リゼル死んじゃったらどうすんの~?」

 格闘娘のミストはブツクサ文句を言いながら家屋のガレキの中から気を失った剣士リゼルの足を引っ張り出した。片手で成人男性一人引きずって戻ってくる辺り、見た目以上に怪力のようだ。

「死にゃしないわよ、アホみたいに頑丈なんだから」

 そう言って、ヘルと呼ばれた女魔術師は剣士リゼルに馬乗りになり、魔術を描く。

「それは……!」

 ネオが呼び止める前に術は発動した。

 見かけはただ眠らせる術に思えるものだが、意識を止める術だ。長くかけ続けると死に至る、取り扱いに注意が必要な高度な術でもある。また、時に副作用が出て記憶が混乱したり、無くなってしまったりする術でもある。

「いいのよ、意識層はそこの女に支配されてるんだから」

 女魔術師はふんっと金の髪を払った。

「──あ……」

 ネオはやっと思い出した。

「ヘリティア様?」

 今では十八名となった第一級魔術師の一人だ。

「ん?」

 ──そうか。

 ネオは法衣を着た青年の方を見た。彼も魔術師だ。ヘリティアという第一級魔術師はルヴィスという第一級魔術師と共に国の南周辺を旅していたと記憶している。ならばこの法衣の青年はルヴィスだ。どちらも庶民出身で、ネオの記憶が正しければ、アルフィードととても仲が良く、またギルバートとも親しかったはずだ。

 ヘリティアは法衣のルヴィスの横に立った。

「まだなの? ねえ、まだ退魔終わらないの??」

 気だる気に睨んでくるヘリティアをルヴィスは眉をしかめただけだった。

「一体、どうなっているんですか?」

 ネオが尋ねると、ヘリティアがメライニに背を向けてこちらを向いた。

「あの女、ごっそり魂ないわよ」

「──え?」

「何で体が生きてんだかまではわかんないけど。私の見立てでは、この女が過去、死にそうな目にでもあった際、魂追い出されて、別の魂が入り込んだのね。この女の魂は、ないわよ。目を見ればわかるわよ、紫紺よ? 実体のないものを象徴する青と、実体を象徴する赤が混ざった色だわ。実体に間違った霊が入った時、大体こんな色よ」

「え……?」

「“紫紺の瞳”ってのは、狂気の側に堕ちちゃった奴の成れの果て……その目印ってわけ!」

「……狂気?」

「君、意外とモノ知らないのね。それとも、旅に旅を重ねる私の方が知識も経験も豊富なのかしら」

「どういう……?」

 女魔術師ヘリティアはネオの問いには興味を示さず、くるりと背を向けてルヴィスの法衣の袖をひっぱった。

「ねぇ~、その体は確かに生きてるけど、中身死んでんのよ~? いいじゃん、もうさ、楽にしたげよ?」

 ルヴィスがヘリティアを睨め下ろしているが、魔力の流れがある。しばらくしてヘリティアはガクリと脱力して目を細めると呆れ顔をした。

「……あっそ……」

「なになに? ルヴィス、何か魔法の声飛ばしてきた?」

 剣士リゼルを引きずったままのミストがヘリティアに問う。乱暴に駆け寄るのでリゼルの顔面は地面にがつんがつんぶつかり、擦られている。

 基本的に言霊術を使っている間は他の言葉を発することが出来ない。故にルヴィスは魔術の声をヘリティアに投げたのだ。

「えーっと……『魂がないとは言い切れない。仮定を事実のように言うのはお前の悪いクセだ。何より耳元でギャーギャーうるさい。俺の集中力低いのわかってるだろが、少しは黙って座ってろこの破壊魔』……だって」

 耳の後ろ辺りからうなじの髪を乱暴に掻き毟り、ヘリティアは「あ~あ~あ~あ~」と大きな声でため息をついた。

「ねぇ! じゃあさ、村帰っていい? 私、さっき苦手な氷の術使って疲れてるんだけど?」

 ルヴィスがギロリと睨む。

 疲労は確かなものだろう。あれほどの大規模な水の壁を一気に凍らせたのだ。並々ならぬ魔力を放出したに違いない。

「──はいはい、確かに手伝ってもらったわよ~。でもその後、リゼルに言霊退魔術使ったりさ、慣れない術なのよぅ」

 ヘリティアはルヴィスから魔術の声を受け取っているようだ。

「……確かに、最後は破壊魔術? 使ったけど~…………………………あ~~もぅっ、うざったい! なんでこんな女の術にかかっちゃったワケ? リゼルはバカだよ! バカ! ほんとバカ!! バカすぎて──」

 ヘリティアはリゼルの足を蹴飛ばしかけてやめた。真顔で黒髪のメライニを睨む。その目線を追ったネオもメライニの紫紺の瞳を見つける。

「ルヴィス、急いで! その女──!!」

 ネオはその瞬間、ゾッとした。

 別荘から村の中心へ行く前に感じた、粘着質のある感覚が辺りに満ちた。今度はその時と比べ物にならない程濃い。

 ──ここが源だったのか。

「体の力が…………抜ける……」

 ミストが喘いでドサリと倒れた。

「──ミスト!」

 家屋のガレキの中からネズミやらカエルやら小動物が慌てて逃げ出して行く。

 ネオも体をくの字に曲げた。不吉な気配、魔力の流れが周囲の精霊に干渉している。

 ルヴィスの言霊も途切れ途切れになっている。そのかざす右手の向こうで、メライニがさらりと髪を流して顔を上げ、ニヤリと笑っていた。紫の瞳でこちら見下ろしている。

 この辺り一帯──村はこの妖しい気配の結界で覆われてしまったらしい。

「……この村はもう支配下だったってワケか。このまま精霊を集められたら、さすがに……」

 ヘリティアは眉間に皺を寄せ、膝をついた。が、すぐにバッと振り返ると余裕の態で腕を組んだままだった大男を見た。

「ビーラグ! 生き物、持ってきて! 出来れば小さいの! 贄にする、生きたままよ! ルヴィス! 何も言わせないわよ!」

 後ろで暇そうにしていた大男は一瞬消えたように見えた。速すぎて見えなかった。既にヘリティアの隣で右手を差し出している。手に握られているのは──。

「ネズミだ」

「見りゃわかるわ、ありがとう! そのまま持ってて。逃がしちゃだめよ!」

 そう言い、気合いの掛け声とともに立ち上がると全身から魔力を押し出し、術を記述し始める。今度はネオを勢い良く振り返る。

「君! 余力があれば離法陣参の型とそれに伴うルーンの記述をお願い!」

 ネオはヘリティアが何をしようとしているかわからないまま、言われた通りルーン文字を描いた。

 ほどなく、視界が青白い光で覆われ──終わった。




 そろそろ、夕暮れが迫る。

 ビーラグと呼ばれた大男は、羽根突きの大きな帽子をかぶり、意匠の細かい踝まである上着を肩に羽織っている。金のヒラヒラのついた黒いズボンは動きにくそうにも見える。上半身は裸だ。

 右手にネズミを、左脇には気を失ったままのリゼルと呼ばれた剣士を抱えて歩いている。

 ビーダグの後ろには法衣のルヴィスが気絶したミストをおんぶして続く。聖書は懐にでもしまったのだろう。ネオはその隣を歩いていた。

 一行の先頭を歩くのは、破壊魔こと女魔術師ヘリティア。

「まぁ~ったく、無駄に厄介な事件だったわ。つ・ぅ・か、リゼルさえ巻き込まれなかったら関わる事もなかったっていうのに……──は。疲れた」

 ブツブツ文句を言っているヘリティアの右手にはメライニの左手が繋がれている。

「お姉ちゃん、疲れたの?? メライニはすっごい元気だよ! 分ける?」

 メライニは満面の笑顔でヘリティアに話しかけていた。長い黒髪はそのままだが、顔色が良くなっている。目の下にあった隈も見当たらない。

 その瞳は紫などではなく赤茶色で澄んで見えた。

「分けられるんなら分けてほしいわよ……」

「うん、わかった! う~~~ん、とりゃ!」

 と、メライニはヘリティアの右手を額に当てて言った。

「どお? どお?」

「あ~っ!?」

 怒りを滲ませているが、ヘリティアは無駄と悟ったのかすぐに息を吐いて「……全然だめ」と言った。

「えーー、メライニ頑張ったのにーー! もういっぺんいくよ?」

 そんなやり取りを続けている。

 メライニは二十歳を超えている女性──のはずだが……見た目も二十歳前後なのだが……言動が子供のそれだった。

 ルヴィスがネオに言った。

「魂は眠っていたのだろう。眠っていた間、彼女の時は止まっていた、という事か」

「彼女に取り憑いていたという魂は……」

 ネオが問うと、前を歩く大男のビーラグが右手をずいと出してきた。

「多分、これだな」

 すっぽりと右手にくるまれたネズミはヂィーヂィーと激しく暴れている。

 ネズミの目は、透けるような紫紺色をしていた。


 村の中心に着くと、変わり果てた、いや元に戻って子供のままのメライニを、村人達は温かく受け入れてくれた。

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