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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第10話『ある少年の野望』
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 漠然と、災害を食い止めて村を救ってくれたという“魔術師”にネオは焦がれるような憧れを抱いた。その理屈を説明せよと言われたところでどうにも難しい。ネオはいいところのお坊ちゃんとして安穏とした生活を送っていた。貴族の息子であちこちでチヤホヤされて可愛がられていたが、末の子という事もあってそれほど束縛されなかった。そんなネオが初めて見た自然の脅威。恐ろしさ。それをずぶ濡れに、ボロボロになりながらでも払いのけて人を救う“魔術師”の姿──ヒーローの姿に強く憧れたのだ。しかもヒーローは大人ではなく子供、十代前半の少年だった。

 都に帰ってからは幼いなりに魔術師について調べた。身内に魔術師が居るという事をこの時知り、ネオは魔術師への道を歩み始める。

 ターナの反応を思い返せば“メライニ”がこの村でどういった存在だったかはおおよその見当が付く。あの災害を生き延びたメライニは……。

「フライレ」

「はいはい?」

「メライニにはどこに行けば会える?」

 誰かの息を呑む声が聞こえ、場は騒然となる。

「おやめください! あの女は魔性です!」

「関わっちゃいけない!」

「し、死んでしまいます!」

 あちらこちらで声があがる。ヒステリックな悲鳴じみたざわめきに、一層“メライニ”に会いたくなった。

 ネオは構わずフライレを見たが、その時、自分の口角に笑みが浮かび上がっていた事に気付き、少々驚いた。

 フライレはそんなネオをじっと見ていた。そうして、渋い顔でこう言う。

「大河のほとりに小屋があります。あの辺りにはメライニしか住んでおりません。すぐお分かりになるでしょう」

「なぜ、魔性と呼ばれているか聞いても?」

「…………」

 フライレは重く口を開いた。

 メライニが大洪水で助けられたのは八歳の時だった。

 明るく、女の子のクセにガキ大将で、そこらの子供達を率いて冒険ごっこと称して山へ河へと毎日のように暴れまわっていたお転婆だった。

 それが、大洪水で救われてからぱたりと止んだ。

 両親兄弟を失ったメライニが落ち込んでいるのだと誰もが思った。九死に一生を得て、幼いながらに人生観が変わったのかもしれないとも。

 時間が解決するのを待とうと、村人は皆メライニに温かく接した。

 村はスティンバーグ家当主の支援もあり、少しずつだが確かに復旧した。

 怯えてはならないという事でメライニは村の中心にあるフライレの家に預けられる事になった。三年もした頃には家々は建ち、大洪水前とさして変わらぬ風景が戻っていた。だが、人々は大河のほとりには住まなかった。そんな中、メライニが自分の家を持ちたいと言った。

 ふさぎがちだったメライニに村人達は家を建ててやる事を決めるが、彼女が示した場所を見て皆だめだと言った。

 メライニが住みたいと言った場所は大河のほとり。

 少し歩けば、流され、水に膨れた遺体のあがった川岸へ出る。

 大人たちの説得も無意味だった。メライニは河辺に住めないのなら生きていきたくないと駄々をこねてしまう。三日三晩飲まず食わずでこのまま死ぬと言われては、わがままを通してやるしかなかった。

 結局、大河のほとり、死の臭いの強い場所でメライニは生活を始めた。

 それから、間もなくの事だった。

 次々と家畜が死んでゆく。丘の上で。

 死因は、衰弱死。あるいは、水死。

 それは、メライニの家のある方からジワジワと村に近寄って来ていた。

 村人の一人がメライニを見てこう言ったのだ。

「こいつの瞳は紫だ。災厄の紫紺の色だ!」

 ずっと大昔の、本当かどうか怪しい実話が元にされただけの御伽噺で、紫紺の瞳は忌避されている。それをここで持ち出したのだ。メライニをよく知っていた者は、大洪水の前まで彼女の瞳の色が赤茶色だった事を覚えていた。

 大洪水でメライニは変わってしまったと村人達は騒いだ。

 そんな風に扱われてもメライニは平然としていた。静かに暗く、長いスカートの裾を引きずって大河のほとりの自宅へ帰って行く。

 今なお、家畜が陸で水死する事件は起こり続けている。

 そんな事情からか、村人達から少しずつ元気が消えていっているような気がすると、フライレは締めくくった。

 ネオがメライニの家へ行くと言った時、村人皆が押しとどめようとした。領主の息子がここで事件に巻き込まれたり、怪我をするだとか、最悪死んだとなれば、この村はどんな仕打ちを受けるか知れない。村人達は心底怯えたのだ。

「よほどの事がなければ僕は負けませんよ」

 ネオはそう言うのだが村人達はネオを取り囲んで行かせまいとする。押し問答に半時は費やしていただろうか。

 ネオが動きを止め、大河の方を見た。

 村人達も、戸惑いどよめきながらそちらを見た。

 水の壁が、建物五階分はあるだろうか、大河の辺りで立ち上がっていた。左右は、終わりが見えない。

 なぜ、河から津波が……──?

 そんな疑問も今は無意味。

 村人達は凍り付いた。幻かと思われた。何人も目をこすって見なおしている。ネオもそう思ったが、すぐに頬を引き締めた。波全体から漂ってくるただならぬ気配──。

 洪水とはまた違う、水面が底上げされたようにかさが増えている。

 ──音もなく、突如出現した第一の波。

 高くせり上がった水の壁がゆらりと揺れてこちらに倒れ込んでくる。

 村人達の間から悲鳴があがる。丘の方へ逃げていく。波を睨むネオを連れて行こうと村人はその腕を掴む。が、ネオはその手を振り払って地面を蹴り、宙へ飛び上がった。同時に全身で魔力を練って放出の準備をする。術を描いて一気に上昇した。

「──ぅぉああああっ!」

 顎を限界まで開き、喉の奥から気合の声を上げた。そうでもしなければ、こんな数瞬の出来事に対応しきれない気がしたのだ。

 左手を頭上で構え、迫る水流の盾にした。大量の水が流れ込んでくる真正面へ飛び出すと、体の中心から一気に湧き上がる魔力の塊をそのまま押し出し、直接ぶつける。

 水はネオの魔力の壁にぶち当たると弾けて左右に流れて落ちていく。

 ネオは全身から魔力を放出して盾を展開、時間を稼ぎ、右手で術を描く。水しぶきがネオの全身にかかる。波が巨大なせいで盾も大きさ重視、穴がところどころあるせいだ。

 さらに落ちていく水の塊、ネオを避けて流れる水は村へ滝のように落下していく。

 が、それが村の家々の屋根に落ちる寸前、弾かれて跳ねるように舞い上がる。その水は何も無い宙空に生まれた透明の巨大な樋を流れるように河の下流へ押しやられる。

 ネオが右手で描いた魔術だ。防護魔術が広範囲に渡り水の浸入を止め、強制的に向きを変えさる。すべて河の下流へと押し流していく。

 頭から大量の水を浴びながら、ネオは顔の前に腕を上げ、濡れた前髪を避けつつ目を開いた。村が無事なのを確認すると、大河の方を見た。

 波は収まったかに思えた。ネオにかかる水も減り、そろそろ無くなってせり上がっていた水の壁は元の河の水位に戻るだろう。そう考えてほっと一息ついたネオは頭を振って水を払った。

 しかし、一気に魔力を練り上げた反動から肩で息をしていたネオはごくりと唾を飲み込んだ。

 同じ規模の第二の波が立ち上がり始めている。

 ネオは眉をしかめた。第二の波は持ちこたえられない。

 今は咄嗟の魔力障壁と魔術で凌いだが、これはあまりにも消耗が激しい。

 大量の水はザバザバとネオの顔にもかかって息もし辛かった。

 体力は急激に無くなった。今、この状況は良くない。すぐに回復する事は難しい。

 ネオが、動揺したその瞬間。

 大河の方で魔力波動が二つ、爆発した。

 宙に浮いたままのネオは驚いて目を見張り、そちらを見た。

 村に襲い掛からんとしていた水はネオの魔術によって下流に流されていたが、それがギチチッと音を立てて急速に凍り付いて行く。

 もちろんほぼ同時に新しい第二の波にも冷気は伸び、氷の壁と化していく。第二の波とこの氷る冷気──爆発した魔力波動はこの二つ。

 何が起こっているのか──それをのんびり見ている暇はない。このままではネオ自身が冷気の魔術に巻き込まれてしまう。ネオはさっと後ろへ下がった。ネオに付いた水滴を追って冷気が追いかけてくるが、すぐにその流れは引き、陸に上がり込んでいた大量の水を凍らせていく。

 ほんの数秒の出来事にネオは戸惑った。さっきまでの暖かな気候が嘘のように寒くなり、ネオはぶるっと震えた。

 眼前の氷に手を触れた。内側にとても力強い魔力を感じる。

「凍らせ続ける事に誰かが魔力を放ち続けている……」

 そんな方法を取っていては、その誰かの魔力が尽きた時、氷の壁となった津波は再び解き放たれ、今度は重さに耐え切れず砕ける氷の塊が落下する。村にこんな巨大な氷の塊が落ちたんじゃ、潰されてしまう。

 魔術の源──魔術師をネオは探した。大河のほとりに向かって飛ぶと、同じく宙空に魔術を描いている人がいた。

 長い金糸雀色の髪を大きな赤のリボンで留めた女性。

 半袖ショートパンツの黒い服はワンピース。腰には丈の短い揃いの外套が袖で巻いてある。女魔術師のほとんどが身に着けるブーツスパッツも身に着けており、彼女の場合、黒。所々金で装飾が施されている。

 ネオが近付くと彼女はとっくに気付いていたと言わんばかりに目線だけを寄越し、にやりと笑ってこう言った。

「ねぇ、ちょっとだけ付き合わな~い?」

 どこかで見たことがある人のような気がした。ネオが返事の仕方に戸惑っている間に、女魔術師は真剣な面持ちに戻っていた。

「……シー・ネ・ソ・リアート……ザーロー・ズ・フォロート……」

 女魔術師は何かぶつぶつ言いながら、右手は青白い魔力で文字を描いている。冷気の魔術の源はこの女魔術師である事は間違い無い事は精霊の流れでわかっていたので、ネオは彼女を支援する魔術を書こうとした。

「待って」

 ネオの動きを制止しつつ、また何かつぶやいている。

 ──もしかすると……。

「言霊術?」

「あら、マイナーなのによく知ってたわね。併用すると結構いいのよ?」

 体ごとこちらを向いて女魔術師は微笑んだ。

 第一級魔術師アルフィードと魔術戦で互角にわたりあう女魔術師がいる。アルフィードが両手で魔術を描くように、女魔術師は利き手と言霊で魔術を二つ同時に描く。が、ネオはその特徴から女魔術師が誰であるかまでは思い至らなかった。

 待っている間、先ほどの消耗を回復しようとネオは呼吸を整えていた。

 下を見ると、大河のすぐ近く、レンガ造りの家屋が見えた。

 ──あれがメライニの家か。

 下には五人居る。横に居る女魔術師を加えると六人──男三人女二人、一昨日から村に滞在しているという旅の者達……あとはメライニか。

「──いいわ」

 女は爽やかに言い放ち、続ける。

「私の術で気付かなかった? この洪水……というより津波ね。魔術……みたいなのによるものよ。その術はとりあえず解除したから、あとはこの氷を海へ還すの」

 やはりと思うネオを見透かして彼女は微笑う。

「私はこれを氷としてとどめるのに精一杯だから、君、海へ“転送”してってくれない?」

「……はい」

 簡単に“転送”と言うが、第一級魔術師のネオであっても簡単な術ではない。確かに見える所から見える所へ送る作業になるのだが。

「転送魔術を使う必要はないわ。コツは簡単、精霊に道を示してやるの。氷の中にいる水精霊に語りかけて、そちらへ行くように促す。そうすれば物体も自然とそちらへ流れてゆくわ」

 現代ルーン文字を使ってオリジナルの術を興せと言っている。こう、簡単という単語を使われて、出来ないなどとはネオも言えない。知識を総動員して、普段組む事のない術を編み上げた。

 氷の中でざああっと精霊の気配が動きだす。

「いいわね、なかなか上手」

 ネオは一息ついた。

 河の海に近い方で氷が大きな音を立てて崩れ、そこから氷の中の水が流れ出ていく。氷は次第に小さくなっていった。

 これで、村には被害なく事を収めるられた。

 ネオは下にいるであろうメライニを見る。メライニは“紫紺の瞳”だというが、果たして──。

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