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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第4話『少女の見る夢』
9/139

(009)【3】少女の見る夢(1)

(1)

 何は無くとも日は暮れて、朝が訪れるのである。 

 朝が来ると、早起きユリシスはさっさと外出して、いつものように森で読書にふけったり、泉で泳いでみたり、魔術を試してみたりと、悠々自適の時間を、街を抜け出して過ごした。昼が来る頃には『きのこ亭』に帰り、エプロンを下げて汗して働く。魔術師になりたいなどと言ってみても、八年、いや九年目に突入したその仕事を、気に入ってはいたのだ。でなければ、続くはずもない。

 時折、自分にはこちらの方が向いているのではないかと、思わなくもない。

 真昼の忙しい時間帯を過ぎて、少し手の空く三時ごろ、ユリシスがカウンターに立っていると、遅くで食べに来たという常連のおじさん達の一人が、ユリシスに話し掛けてきた。

「ユリシスちゃん、魔法使いにはなれそうかい?」

 近くの土手を綺麗に作り直しているとか聞いた気がする──泥と汗に塗れたおじさんだった。

「いや~、やっぱり難しいですよー」

 ユリシスは眉を寄せつつも笑みを浮かべて答えた。

「そーかい。難しいかい。でも、ガンバんなよ。あのねー、おじさんの息子の友達の彼女の友達の弟の友達の親が第九級に受かって魔法使い見習いだった人がいるんだけどね、結局芽が出なくてヤメたらしいんだよ、その親って人は。その娘の方は今魔法使いになってるとか」

「……?……う…はい」

「その魔法使いは農村から出てきた、生粋の農民っ子なんだと。今、結構高い位に居るって聞いたよ。だから、なれないモノじゃないんだから、生まれとか関係ないんだから、ガンバりなよ」

 こうやって、応援してくれる人が沢山いるのだ。

 他のおじさんも言ってくれる。

「若い頃の夢は大事だよ。年をとってくと、どーしても、どーーーしても、夢を譲んなきゃなんない時が、来ちまうもんだからね」

「はっはっは! ユリシスちゃん、コイツ、このゴツイ奴が吟遊詩人になりたかったんだぞ、お笑いだよなぁ!」

「うるさいぞ、じいさん! 俺は歌が好きなんだ、吟遊詩人になりたかったのが、ソレの、ソレのどこが悪いッてんだ! 俺だって、今のかみさんに会ってなきゃ、だなぁ……!」

 ユリシスはそうやって、自分とは世代の全く違う人達の話も沢山聞いた。大概、笑い話で、笑い話だけれども少し悲しい話だったり、どうにもならない現実の話だったり……そうやっていろんな人と話をするのが好きだった。

 その時、コウの母親にして『きのこ亭』の女将メルがチョイチョイっと厨房から手招きした。

 メルは小柄な女性で、ユリシスよりも拳一つ分背が低かった。それでもその存在感が大きく見えるのは、ニコニコと何でも受け入れてくれる心の広さ故だろう。

「何? おばさん」

「あのね、ユリシス、昨日話そうと思ってたんだけどさ」

「?」

「アンタ、このまま、ウチに居る?」

「は……い?」

「アンタも今年十七になったろう? そろそろ、なんてゆーのかねー、将来進む道、みたいなのをハッキリさした方が良いと思うんだ。 ほら、ウチのシュウも料理人としてバッチリ働いてるだろう? コウもそろそろ厨房に上げるかどうかってトコまで修行が進んでるし」

 シュウは長男、コウは次男で、二人ともに料理人志望。日々料理長の父親にしごかれている。

「…………」

「そりゃあ、アンタが魔法使いになりたくて必死で頑張ってるのはアタシだってよく知ってるさっ! 応援だってしたいよ! ……けれどねぇ、やっぱり、いつまでもそう、夢を追いかけてるばかりじゃぁ、生きてけはしないだろう? ──それで、アンタにはとりあえず、選択肢が二つ、真っ先にあるんじゃないかと思ったんだ」

「二つ……?」

 ユリシスの頭の中には、魔術師になる未来しかない。それ以外の将来の自分の姿は、微塵も想像がつかない。

「この都……ウチで働きながら魔術師になれるまでガンバリ続けるか、田舎に……アンタの故郷に帰って家を手伝うか」

 ユリシスは九年前に、魔術師になりたくて家を飛び出し、この王都で女将メルに拾われた。

「ここで頑張るか、実家に帰るか……」

「どちらがイイのかなんて、アタシには皆目見当もつかない。だって、これは、ユリシスの人生の話だからね。未来ってのは、どこで何が起こるか全然わかんない、博打みたいなモンだから、今、選ぶ事が未来の全てを決めちまうって事があるのかないのか、全く保証できない。もしかしたら、アンタが実家に帰る方が魔法使いに一歩近づけたりするのかもしれない。人生ってのは、不透明なモンさ。そうだろう、ユリシス?」

「…………」

 魔術師になる為には、資格をもらう為にはやっぱりオルファースに、予備校に通わなきゃならない。都を離れて魔術師になれる、なんて事、あるわけがない……ユリシスにはそれ以外考えられなかった。

「アンタ、長期のお休み毎に帰ってるんだろう? 家に。アンタ、家の話全然しないけど、その辺りどうなんだろうって思ってさ。アタシは、アタシら一家は、居て欲しいって……、我侭だけどね、思ってるよ」

 長期の休みは年に三回もらっていた、十日程度が二回と、一ヶ月に及ぶものを一回。メルは他の従業員達より沢山休みをくれていた。幼かったユリシスを気遣い、両親が心配していると配慮して、極力予備校の長期休みの時期に合わせて休みをくれて実家に帰るようにと言っていた。

「すぐに答えを聞きたいってワケじゃないからさ、ちょっと考えてみといておくれね」

 そう言って女将は厨房の奥へと去っていった。

 ユリシスは小さな、自分にしか聞こえない小さな声で呟く。

「何さ、コウのバカたれ。何が、たいした用事でもない……さ。

 十分たいしたモンじゃないのさ」

 何も考えず、夢だけを追っていられる時は、終わろうとしているのかもしれない。

「実家の事まで、持ち出されちゃったじゃんかよ……。ここ九年、一度だって帰った事ない、実家の話をさ……」

 ユリシスは休みを使って実家に帰った事は無かった。制止を振り切って家を出たユリシスは、魔術師になれるまではと帰る気になれなかったのだ。

 女将が心配してくれているのはよくわかる。だがその心配は、ユリシスを針のむしろに立たされている気分に、させるのだった。




 翌日、ユリシスは夜明けと共に森へは、行かなかった。

 森への途中に小高い丘がある。以前から見つけていたそこには洞窟のようなものがあって、今日はその奥へと入ったのだ。

 一面広がる風渡る草原に、ぽっかりと開いた地中への穴。

 中に入る程にゴツゴツした岩肌が剥き出しになっている。どこかで地下水が漏れているのか、ピトンピットンと、雫の音が反響していた。

 ユリシスはここを発見した時から少しずつ探索を進めていたが、ある地点に立った時から止めてしまっていたのだ。

 今更また進めようと思ったのに大きな理由はない。敢えて理由を見つけてしまうなら「最近、なんだかスッキリしなくてムシャクシャするから」といったものになる。

 入ってすぐ、ポケットから引っ張り出した紺呪石に灯りの魔術を宿し、足元を照らす。

 三十分も潜った頃、紺呪石の明かりが照らし出す──。

 剥き出しだった岩肌は唐突に終わり、特別な空間が口を開けている。

 あちら側からは、壁が砕け、空間が破けたかと見えるのがこちらの岩肌。洞窟は、ここで終わり。

 時に湿って滑りそうな、今まで歩いて来た洞窟とは打って変わって、その空間の床石は、白地にグレーや濃紺のまだら模様が細い線で入った優美な柄が見られた。表面はツルツルに磨かれており、正方形に切り出されて綺麗に敷き詰められている。

 天井までは大人六人分以上の高さがあって、幻想的な天使の絵が描かれていた。真っ白な羽を背に持つ、人とよく似た、天使。それを囲むのは数多くの魔術師。金を問わず、銀を問わず、豊かな色彩で描き出された巨大な絵が天井を彩っていた。壁にも、柱にも装飾は施されており、これでもかという程の贅が尽くされている。

 その空間、部屋の角が崩れて洞窟と繋がっていたのだ。

 ユリシスはオルファース本部の中を覗いた事がある。これには劣るが、豪勢な飾りが壁を、天井を幾本もの柱が網の目に走り、緩やかな扇型のゲートが建ち並んでいた。

 初めて“ここ”を訪れた時も息を飲んだが、二度目でも、同じだった。今まで最も豪奢だと思っていたオルファース本部よりも艶やかかつ派手な見た目でありながら、相反する静謐な空気が漂う。厳かな、静止した空間。

「……スゴイ……人間ってのは、やっぱスゴイよねぇ」

 地下どの位の深さなのか、ユリシスにはわからないが、洞窟から唐突に切り替わって展開する空間。この、人の手によって作られた世界。一体どうやってそんな彫り物が出来るのか、どういった指の動きが精緻な風合いを石に刻み込むのか。人以外、このようなものを作れる生物はこの地上に居ない。

 以前訪れた時は、ゴツゴツの岩肌から足が離れなくて、中には入れなかった。圧倒されて、ユリシスはそのまま帰ってしまったのだ。

 ゆっくりと足を持ち上げて、ユリシスは中へと入っていく。見回して、オルファースの講義室と比べる。四十人入れば窮屈になる講義室が、十は入る。

 広い、広い、贅沢な空間。

 細かい意匠はどちらを向いても数秒見た程度では計り切れない奥深さを湛えており、それらの意味するものに思いを馳せるのに、歩み通り過ぎる時間は短すぎる。鼻から吸い込む空気すら、外と違った味のように思われた。

 カツン、カツンっと、ユリシスの足音は高めの音で響いた。

 部屋の真ん中まで進むと、部屋の壁のあちこちに紺呪石付きの棒、紺綬棒がある事に気が付いた。

 その紺呪石がただの紺呪石ではなく、久呪石と呼ばれるものである事までは、気付かなかった。何せ、見たことが無かった。

 久呪石とは、紺呪石が魔術師によってただの石ころを変化させた“時限付き”の加工石であるのに対し、天然で魔術を閉じ込めておく事の出来る石。天然であるが故にその効力は“無期限”という代物だ。久呪石は、貴族達がこぞって集める『宝石』の中でもごく稀に発見される、『宝石』の中の『宝石』である。

 紺呪石も大概高価な代物で、一般市民や下級貴族では手が出ない。その紺呪石をはるかに上回る金額で取引されているのが久呪石で、市場に出回っている数もとても少なく、大変貴重なアイテムの一つだった。

 上級の魔術師でさえそうそうお目にかかれない久呪石が、壁のいたる所に配置されていた。

 ユリシスの持つ紺呪石だけではこの部屋を照らすのには足りない。手にある紺呪石の灯りの範囲はせいぜい人間二人が両手を広げた程度。

 街中に配置された紺呪棒など比べ物にならない、宝石をまぶしたように付けられたその棒の先に、これまた綺麗にカットされた久呪石が付いている。この久呪石一つで、ユリシスの住む下町の人間100人が一生衣食住に不自由無く暮らすことが出来る。触れることさえ躊躇われる、驚くほどの高級品、久呪棒。

 ユリシスは、魔術を閉じ込めた石が在るのを簡単に確認すると、自分の持っていた紺呪石の術を解いた。辺りが闇に潰される。

 全い闇では目を開けていようが閉じていようが同じながら、ユリシスは集中を高める為、静かに瞑る。

「……ふぅ……」

 魔術を使うには、何はなくとも、リラックスした状態であることが大前提となる。

 魔術師は冷静であるという偏見がこの世の中には蔓延っているのだが、魔術師だから冷静なのではなく、冷静であるからこそ魔術師たり得るのである。

 冷静さは精神の安定の為の前提。

 物事に落ち着いて対処出来る状態でなければ、より集中力を必要とする魔術など、使えようもない。

 そのリラックスした状態を体にもたらすのは、呼吸である。魔術師見習いになれば真っ先にその呼吸法が伝えられる。

 四度鼻で息を吸って、四秒止め、吸い込んだ空気を全身にめぐらせる。四度口から息を吐き出して、四秒止め、体をゼロに戻す。その繰り返しの末に、体の内の魔力というものが浮かび上がってくる。。

 体の中で力を練り込んでいく。

 唇を軽く噛んだ。

 ──まだ、まだ……もう少し……。

 ユリシスは必要以上に魔力を練った。力を右手に集めていくと、うっすらと青みがかって輝く。

 その右腕を、左手でそっと支えながら頭上にかざして、力を込めた。

「ハっ!」

 力を溜め、放つ時の気合の声は、本人も驚く程に澄んで大きい。

 ユリシスの右手に握られていた魔力が一気に解き放たれて、広い空間の隅々を青白い、だが強い輝きで照らし出す。その魔力の放出は激しく、部屋のあちらこちらにあった久呪石は、個別に石に対して放たれたのではないにもかかわらず、力に反応して中に封じ込められていた明かりの術を発動させていった。

 それらを見回すユリシスの瞳は、青みがかった紫紺色をしていた。

 やがて、ユリシスの体から滲み出ていた魔力の輝きは消える。同時に、青みがかっていた瞳の色は赤に近い紫紺の色に変わる。

 その空間は、既に久呪石の照らし出す光で明るい。昼の日差しが影も無くそこに注いでいるように、まぶしい程であった。

「ふぅ」

 満足そうに息をついて、ユリシスは部屋の真中でぱたりと仰向けに倒れた。倒れた、といよりも、寝転んだといった方が正しいかもしれない。両足を投げ出して、両腕は頭の下で組んで枕にした。

 視線の先の天井の絵を、ユリシスはぼんやりと見た。

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