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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第10話『ある少年の野望』
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 ギルバート・グレイニーが死んだ……そうだ。

 この国には十九人の第一級魔術師がいた。

 十八人になってしまった。

 総監と、副総監は一人減って九人……これだけで十人。

 外回りの、調査や依頼で都に留まらず旅に出ている魔術師が五人。 自分とあと二人が都にいる。

 別に、第一級魔術師がどうというわけではないけれど。

 魔術機関オルファース本部、のどかな中庭を抜けて歩いていた。

 ギルバートが死んだという話を聞いて二日経った今日──副総監として着任する事になってしまった。

 まだ十八歳の自分にどれだけの事、何が出来るのかわからない。いや、そもそも、そうした組織に入った時に自分が何をしたいのかがわからない。

 こうなりたいという理想の魔術師のイメージはあっても、オルファース魔術機関の中、その社会で自分が何をしていくのかいまいちぴんと来ないのだ。

 ギルバートの後任に自分が抜擢された時は、とても驚いた。

 多くの人から祝福された。末っ子という事からか普段放ったらかしにされていたのに、両親からも。

 でも、彼の養女になっていたユリシスとは一度も会えていない。

 彼の弟子であるアルフィードに至っては、どんな噂も姿もない。

 正直な所、ギルバートの後任になった今、彼らとどう接したらいいのか皆目見当がつかなかった。

 頭の中でシミュレートする。たったそれだけでも、喉になにか大きな塊が詰まったかのように、息苦しくなる。

 そもそも、ギルバートの死には謎がある。

 逮捕後の処刑である事はオルファース上層部だけの秘密であるとしても、謎がある。単純すぎて、だから真っ白な程わからない。

 ──なんで逮捕?……処刑? 早過ぎないか?

 温かな風が吹く。昼ご飯はもっと早く済ませておくべきだった。少し、眠い。

「ネオ!」

 声は、中庭の上空から降ってきた。仰ぐと銀色の髪を躍らせてシャリーが風に乗ってふわりと舞い降りてきた。

 彼女も、副総監という地位に着いた事を祝ってくれた一人である。だが、彼女もまた、自分と同じように単純に事実だけを受け止めてはいない。

「着任おめでとうっ!」

 それでも当事者である自分を気遣ってあえて笑顔で言ってくれる。少し、いやかなり嬉しかった。

 着任式というものが、少し憂鬱だったから。

「まだだよ、着任式はこれから」

 ネオは微笑んで応えた。

「そうなの?」

 きょとんとするシャリーにネオはうんと頷いた。シャリーは目線を少しだけキョロキョロさせた。何故かコソッと耳打ちしてきた。

「さっき、ユリシスに会ったの」

「ユリシスに? どこで?」

 お悔やみを言おうと、シャリーはこの二日間ほとんど家にも帰らずユリシスを探し回っていたのだ。きのこ亭にも、ギルバートの家にもどこにも見つからなかったという事だったから。

「第三別館の前よ、つい……さっき」

 シャリーはそっと離れ、言葉を選んで続けた。

「誰かを待っていたみたいだったわ。私、やっぱりありきたりな言葉しか言えなかった……」

「そう……」

「ユリシスはね、ありがとうって言ってくれたの。私、切なかったわ……とても、とても。ギルバート様の事は、私もとても悲しかったから」

「……」

「それで、なんだか私の方が落ち込んでしまって。そうしたらユリシスの方がつらいのに、私なんかを気遣ってくれたのよ……教えてくれたの。第九級魔術師資格をもらえたって。手続きに手違いがあって不合格だった今年の試験、合格にしてもらえて晴れて魔術師見習いになれたって!」

「へぇ? 本当に!」

 少し無理に笑みを含ませてネオは言った。その声音にシャリーも表情を和らげて微笑む。

「ええ!」

「それは、とても良い事だね」

「ええ、だから思わずおめでとうと抱きついてしまって、私。お悔やみを言いに行ったのに。それを謝ったら、ユリシス、笑ってくれたわ……」

 言いながら、シャリーの表情はまた曇っていった。

「……シャリー?」

 言葉を止めたシャリーにネオは声をかけた。シャリーは目を潤ませていた。彼女は指先をまとめた白い手を口元に当てた。揺れてどうにもならなかったようだ。

「……なんて、切ないのかしら」

「……」

「ねえ、ネオ。これは現実なの? ギルバート様は本当にお亡くなりになってしまったの? 私、まだ……まだ信じられなくて」

 シャリーにしては低い、聡い彼女の、懐疑的な声。

 ネオはそれに応えてやる事が出来なかった。

 シャリーと別れ、ネオは本館の受付を済ませた。

 着任式といっても、総監の部屋でバッチをもらって、集まっている他の副総監達に簡単に挨拶をするだけ。式とは名ばかりで堅いものでもない。

 挨拶だと言った所で、副総監になるのは第一級魔術師である事が最低条件だから、他の面子は顔見知りばかり。そんなものだから、着任する本人と、総監以外は自由参加。会議の方がよっぽど重要だ。

 それでも着任式に副総監達が集まるのは後々の立場、人間関係を良好に保つ為にすぎない。付き合いという類になる。

 ネオが総監の部屋へ着いた時、受付では「皆さんお着きになっています」と言われたにも関わらず、そこには総監の姿しかなかった。

 キンと耳が痛くなるような沈黙が総監の部屋にはあって、ネオは息苦しかった。

 おばあさまと声をかける事は以前以上に許されない。

 祖母である前に総監、直属の上司。

 ゆったりとした薄い桃色のローブを身に纏い、総監はネオを迎えてくれた。

「副総監着任、おめでとう。ラヴィル・ネオ・スティンバーグ」

「ありがとう……ございます」

 変な感じがした。

「本当は他の副総監達も来てくれるはずだったのですが……あなたの先任であるギルバートの穴を埋める為に奔走しているのです」

 任期なんてものはない。大昔は百名を超えたと言われる第一級魔術師も、千年以上前から二十名前後しかいない。その内十一名がオルファース幹部になるわけだから辞めると宣言しするか死なない限り、副総監は変わらない。あるいは総監が空位となった時、それまで副総監だった者が総監になる時か。いずれにしろ、空きが出なければ新しい副総監は選出されないし、着任式も行われないのだ。

 本来ならば、先任が辞める前に後任に業務の引き継ぎをする。この平和な世では戦死という事も起きないので、突然死で無ければ問題なく引き継げていた。だから、今回は異例だ。ネオには引継ぎなんてものはされていない。

 誰もギルバートから引き継いでいない。だから、こうしてドタバタとするのだ。少し気が重い。

「……はい」

 ネオは小さく、返事をした。

「あなたの働きに期待します」

 そう言って総監は、細かいルーン文字が書かれた指先程の大きさの銀の丸いバッチをネオの胸に付けた。

「僕でお役にたてるのであれば……力を尽くします」

 それが、ネオの挨拶となった。

 聞いてくれたのは、総監だけだった。



 たった数分の着任式を終えて、ネオは中庭で仰向けに寝転んでいた。

 芝がちくちくするが、気になるほどでもない。

 本部の受付から、突然の事で先任の副総監の執務室が片付いていないと言われた。する事はまだ何もなかった。

 薄い薄い青い空に、糸のような白い雲が流れている。

 風はほとんどなく、ぽかぽかと暖かい。長閑な午後だった。

 考えるべき事は多分いろいろあるのだが、眠くて仕方ない。重い気持ちに体は持ち上がらず、特に予定のないネオは睡魔に任せる事にした。

 次に目を覚ました時は、空がオレンジ色に染まっていた。

 どれだけ眠っていたのかと考える前に、真横に気配を感じてそちらに目をやった。

 ユリシスがいた。横で座って膝を抱えている。前だけを見ていた。横顔にオレンジの光があたっている。影は濃く、表情の半分が見えなかった。

 それでも、一つわかった。ひどい無表情だ。

 普段会う時は口の両端をほんの少し上げて、微笑んでいるように見えていた。おしゃべりではなかったが、社交的な女の子だったのに。今は微笑は無く、昏い紫紺の瞳を半眼にして前だけを睨んでいる。

 ネオは寝ているフリを、ユリシスが去るまで続けた。

 もしかして、起きるのを待っていたのかもしれない。

 でも。

 とにかく気が重かった。

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