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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第8話『合格なんか欲しくない』
83/139

(083)【3】決めていたから(3)

(3)

 用事を済ませ、今日こそはオルファースへ戻ろうと馬車へ乗り込みかけていたデリータ総監を、慌てて駆けてきた魔術警備兵が止めた。

 ──塔に侵入者あり。

 瞬時に表情を厳しくして、デリータはふっと宙に浮くとそのまま塔へ飛んだ。伝えた魔術警備兵も思い出したかのようにデリータの後を飛ぶ。

 塔の入り口には二十余名の魔術警備兵達が集まっていた。

「総監、封鎖魔術が……」

 一階の階段に施していた魔術が全て粉微塵に砕かれているのが、デリータにはわかった。これは解いたというより──もちろん魔術でだが──強引に引きちぎっているように見えた。

 魔道具の力を借りた込み入った術だが、これならば確かに術を解く解除ルーンを使うよりも早かった事だろう。

「何とも、乱暴ね」

 デリータは真剣な表情のまま言い、二十名余りの魔術警備兵達を伴って階段を登った。

「封鎖ルーンは全て解かれていたの?」

「はい」

「では、犯人は上にいるのね?」

「……多分」

「多分?」

 八階建ての塔の階段を順に上った先、七階から八階へ上がる階段の前でデリータは立ち尽くした。魔術警備兵は言う。

「上がりたくとも上がれません。物理的に塞がれていますし、それに……」

 デリータは八階の天井が見えていたはずの階段を三段目まで登った。そこから先は天井と同質の壁になっていた。石が溶かされていびつに流し込まれ、そのまま固まったかのように八階へ通じる道が潰されている。

 デリータは唾を飲み込んだ。その横顔に魔術警備兵は続ける。

「我々もここにかけられているであろう魔術を解こうと試みました……が、あまりに難解で」

「…………」

 閉じられた八階への階段を見ていたデリータは驚きのあまり声を失っていた。

 魔術警備兵達は声をかけても反応の無いデリータを見つけ、お互い顔を見合わせた。何かしらの指示を仰ぎたかったのだが……。

 その指示は、背後から飛んできた。

「──道をあけなさい」

 声に、デリータは慌てて階段から降りると脇に退いた。

 魔術警備兵達は声の主に驚き、転げるようにして道をあけた。

 声の主はゆっくりと階段に歩み寄り、魔術警備兵達には目もくれず、デリータの前で止まった。

「騒々しいので来てみたら、侵入者ですか。デリータ」

「はい、申し訳ございません──マナ様」

 豊かな紅い髪がさらりと揺れた。整った顔立ちと碧色の瞳が顕になる。辺りの精霊を震わせる、しかし穏やかな声──その主はこの国の秘宝マナディア姉姫だ。

 マナは右手を胸の前で広げた。久呪石が握られていた手の平に魔力の揺らめきが生まれると、くるりと球体になって石に飲み込まれた。久呪石の真上に、赤、青、黄、様々な色の波形線が描き出される。

 マナは八階へ続いていたはず階段と潰された天井を見上げると、視線をそのままにしてデリータに声をかけた。

「これは侵入者が?」

「はい、おそらく」

「……それならば、犯人の特定はいずれ簡単に出来てしまうかもしれません」

「……」

 魔術警備兵の一人が立ち上がって敬礼をした。

「先ほど捕らえた第一級魔術師の仕業かもしれません。見て参ります!」

 制止する間も無く、魔術警備兵は階段を降りて行った。

 マナは目だけでそれを追い、呟いた。

「……意味のない事を」

 そうして顔を上げるとデリータを見る。

「いずれわかるのだとしても、今、捕らえる事が重要です。デリータ、貴女も手伝いなさい」

「これを!? これを解くのですか……いえ、解けるものなのですか?」

 マナは小さく息を吐いてから微笑んだ。

「絶結界術である事を目視で見極めた貴女はさすがです。見極めたから解けないと思うのでしょう? でも、ルーンを引きずり出しさえすればいいのです。ルーンさえわかれば私達に解けない魔術はありませんよ、デリータ」

 自信に満ちたマナに、デリータは形だけ従った。

 現代ルーン魔術には結界──他の何かの侵入を拒むという魔術ならば継承され残っている。

 様々な術式があるが、つまり、術で空間を二つにわけてしまう術の事である。それは風か水か、何でもかまわない。壁をそそり立たせるだけでも分けてしまえば結界と言えた。

 一方、絶結界術は分けた空間と空間の間の精霊に歪みを与えて干渉を途絶させ、孤立させてしまう術である。通常の空間とは切り離されてしまっている為、結界の向こうに繋がる壁に穴を──今回の場合、潰された階段や天井に穴を空けたとしても、そこには虚ろな闇しか残らないのである。

 伝説上、空間と空間を繋ぐ“地穴”という魔術があったとされているが、それと近い。絶結界術は大気と大地の力に助力を願う術となるが、今ではこちらも失われて久しい。

 マナ姫とともに解除術の為に、ここに施された魔術のルーンを引き出そうとし始めた時、背後で人の倒れる音がした。

 マナとデリータが振り返ると、階下からこちらに上がった所に先ほど部屋を飛び出した魔術警備兵が倒れており、その後ろからアルフィードがゆったりと上がってきていた。

「こいつをよこしてくれて感謝するぜ」

 後ろ手に縛られたままのアルフィードだが、どうやら魔術警備兵を気絶させ、ここまで引きずって来たらしい。『黒の封環』をされたままにも関わらず、器用なマネが出来たものだと感心しなくてはならない。

 目を細めるだけのマナに対し、デリータは目を見張る。犯人は牢を抜け出したアルフィードだと思っていたのだ。だが、よく考えれば『黒の封環』は解除道具が無ければ外せないのだから犯人になりようもなかったとわかる。

 対魔術師最強の道具と言える『黒の封環』が、今もアルフィードを封じている。魔力も体力も『黒の封環』に吸われながら、様子を見に来た魔術警備兵を襲ってここまで来たのだろうが……驚くべき力だはと思うが、この塔の封鎖魔術を解き、八階へ通じる階段を埋めた犯人とは言えない。ならば、この上の階で一体誰が何をしているというのだろうか。



 魔封環──『黒の封環』からダメージを受けながら、アルフィードは戻ってきた。根性から引っ張りだした火事場のクソ力というやつだが、さすがに息は上がっていた。

 アルフィードはマナ姫とデリータの立つ向こう、八階へ続く階段を見上げた。

 どれ程の間、気を失っていたのかはわからなかった。

 自分はいつの間に牢へ戻されたか。それは誰によって行われたのか。

 向いの牢を確認するのを忘れていた事に、歯噛みした。

 ──ユリシスはどこに居る?

 魔術警備兵が約二十名。どれも正魔術師であるのは間違いない。

 さらには経験豊かな第一級魔術師であるデリータ総監、そして未知数の力を持つマナ姉姫。王族は皆第一級魔術師クラスの魔術を扱えるという事が聞き知っていたが、『黒の封環』をされたままの今は手の出しようがない。

 ふと、牢でのやり取りも、ユリシスが古代ルーン魔術の使い手だとわかった事も夢だったのではないかと思えた。

 この上の階に自分は居たはずなのに……。

 上階への唯一の道である階段は潰してあるし、どうやら結界まで施されているらしい。どうやって自分は牢へ戻った? しかもまた『黒の封環』をされているのはどういうわけだ。黒装束の男は……。

 アルフィードは八階への潰れた階段を睨みつけた。

 ──ユリシスはどうした!?



 天井にぽかんと穴があいて、切り取られた空が見えた。

 差し込む陽の光とともに梯子が生まれ、目の前に降りてきた。

 この上にギルバートがいるかもしれない。

 そう思うと気が焦った。

 梯子に片足をかけて上りかけた時、ユリシスは黒装束の男を振り返った。雷のような光は小さくなっていたが、拘束は硬いままだった。その術を施したのは自分なのだが、ばちばちと爆ぜる光に覆面の隙間からのぞく目が何度もしかめられていのが見えて、酷い事をしたのだろうかと少しだけ考え込んでしまう。

 ユリシスはぽつりと黒装束の男に声をかける。

「その魔術、そんなに長くはないから」

 冷たい言い方かなと思いながらも、ユリシスは自分を狙う相手には優しすぎるはずだと決めた。だから、拘束は解けても階段が封じられているので「ここから二、三日は出られないだろうけど」とは言わなかった。

 梯子を上りながら、思い出がいくつも頭の中を去来した。

 あの赤いくせっ毛のギルバートを初めて見たのはきのこ亭だった。

 アルフィードと一緒にお客として来ていたんだ。

 ──トイレの場所を聞かれたっけ。

 それはちょうど一ヶ月前だ。

 その翌々日には西の洞窟で遭遇してしまって慌てた覚えがある。

 その時、黒装束の男達が王家の誰かの使いだと知った。

 時間としては、とても短いかもしれない。

 でも、出会って、たくさん話して過ごした──共有した時間は、一生分と等価だと言っても過言ではないとユリシスは思う。

 それまで隠し事だらけだった。そこから古代ルーン魔術を使うという点を除いて、隠していた全てを話す事が出来た。

 ギルバートは言ってくれた。

 本当は聞こえていた。恥ずかしくて目を開けられなかったが、ちゃんと聞こえていた。

『いつでも言えばいいんだ。どんな秘密でも、俺が半分持ってやるよ』

 ユリシスは梯子を強く握った。

 ──必ず、助ける。

 誰も信じられず、行き場を見失い、どうしたらいいか迷ってどん底にいた。そんな時、手を差し伸べて導いてくれたギルバート。

 今度は自分が助ける番なのだ。

 梯子を握る力を少しでも緩めたら、疲労からくる震えで手は支柱から離れて体ごと床に落ちそうだ。

 大火事を消し止めた時の、あの魔力を使い果たした後のどうしようもない喪失感を思い出さずにいられない。二週間も寝込んだ。

 また、ああなるかもしれない……。

 でも……──決めているから。

 何がどうなろうと、なりふりなんて構わない……結果として、ギルバートを助けると私が決めているから。

 ユリシスは、梯子を上りきり、屋上へ出た。

 風がない。

 柵も何も無い屋上を囲うドーム型の魔術に気付いた。外から感じた巨大な魔力波動はこれだったのだ。

 ユリシスは八階とこの屋上を繋いでいた魔術の扉をしめるべく術を描いた。ふぅと穴が消えた。

 ──床は平ら。一面に古代ルーン魔術が描かれているのがすぐにわかった。

 その中央に、ギルバートが居た。

 ギルバートの姿を見た瞬間、心臓がドンと高鳴った。全身がその心音の為にぐらぐらと揺れているような感覚に陥った。

 ユリシスは目を一度瞑り、開いた。

 自分自身に落ち着けと、心の中で何度も叫んだ。

 動揺している間も、泣いている余裕もないのだから。

 自分の胸に両手を当て、早くなった呼吸を押さえつけた。

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