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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第8話『合格なんか欲しくない』
81/139

(081)【3】決めていたから(1)

(1)

 七回は階段に仕掛けられた封鎖魔術を解いた。そこで駆け上がった場所は円形の部屋だった。真っ白の床から天井に太い柱が三本伸びている。今までの部屋と違うのは上る階段が無い事だけだ。

 前をアルフィードが歩いて室内を調べている。

 術を使っては階段を駆け上がり、次々と連続で濃度の高い魔力を出し続けた結果、ユリシスは肩で息をしていた。整え終わった頃、部屋を一周したアルフィードが戻ってきた。

「大丈夫か?」

「うん……これくらいならまだ平気」

 限界は知っている。まだまだ大丈夫。

「それにしても……ハズレだったか? 何もないぞ」

「……」

 ユリシスは周囲を見回す。それらしいものは、つまり魔術の痕跡を含めた総監が封鎖した何かは見つけられない気がした。

 すんなりギルバートが居てくれたら楽だったのに──室内中央の下り階段周りにある三本の柱の内の一本にユリシスは歩み寄った。

 白い部屋にはアルフィードとユリシスの足音だけが小さく響く。呼吸の音さえ目立って聞こえそうな程の静かさだった。

 ゆっくりと右手で柱に触れる。柱を通り過ぎ、手はそのまま壁へ伸ばした。そのままするすると沿わせて歩く。次の瞬間──何者かに右手を掴まれた。

 音もなく息を飲んで慌てて見れば、黒装束の男が立っていた。

 気配なんて微塵も、姿だってどこにも──。

 掴まれた利き腕の自由を取り戻そうするが、相手の力が強すぎる。少しも動かす事が出来ない。

「アルッ!」

 背後にいるはずのアルフィードに助けを求め振り向いた瞬間。

 右腕に痛みが走る。

 見れば、鋭く尖った指先ほどの大きさの氷が天井付近から雨のように降り注いでいた。小さな氷のつぶてはユリシスの右腕を何箇所もかすめていたが、それ以上に黒装束の男の腕に何本も何本も突き刺さっていた。

 男が逡巡した小さな隙に、拳大の凝縮されたエネルギーがユリシスとの間に渦を巻き、爆発した。

 とっさに左手を上げて顔をかばったユリシスだったが、その正面に青白い光の膜が生まれていて爆発から守ってくれた事に気付いた。これら全てユリシスのやった事ではない。

 爆発に驚いて三歩後ろへ下がったユリシスは右腕が解放されていた事に気付く。

 身を屈めてこちらを睨めあげる黒装束に気付くと、ユリシスは弾かれるようにより後方に退いた。

 距離を空けたのを見計らったのか、男の居る辺りへ今度は人の腕ほどの氷柱が数十本、いや数百本、矢継ぎ早に轟音とともに突っ込んでゆく。

 十歩程離れた場所、術を両手で描くアルフィードをユリシスは見つけた。

 ──早い……!

 左右の手が独立してそれぞれ違う術を描いている。魔力を集め、何を記述するか考え、指を動かす──それを二種類同時にやってのける。ギルバートのものを含めこれを見るのは何度目かになるが、何度みても驚きを隠せない。

 ユリシスは数箇所うっすらと皮膚の裂けた右腕を抱え、後退りながら辺りを見回す。

 黒装束は柱の陰に隠れていたのだろうか。アルフィードが一度確認したのに、こんな何もない部屋で見逃したなんて……何か──術が無ければ無理だ。

 先程ユリシスが腕を掴まれた場所には氷柱が突き刺さっており、柱から壁にかけては凍りついている。周辺の水蒸気は凝結して白い煙となって視界を妨げる。

 敵はもうそこにはいない……ハズだ。

 アルフィードの目には現状がどう映っているのだろうか。少なくとも、ユリシスは自分の役割が掴めなかった。チクチクと響く痛みをこらえた右手で治癒の術を描きながら、やはり周囲を見回す。

 部屋の端からゴッと低い音がした。

 煙は消え、視界は一気に鮮明になる。

 アルフィードの右手は黒装束の男の左手の短剣を握り、残った手は掴みあい──力比べになっている。いつの間にか近接戦になっていた。刃を掴んでもアルフィードは傷を負う事はないようだ。とっくに全身の強化魔術を施し終えていたのだ。

「おまえは……!」

 魔術を使っているにも関わらず、拮抗している。アルフィードは黒装束の男を睨みつけた。

「──おまえは前に会った奴だ、そうだな」

 黒装束はアルフィードを無視して一旦離れようと後ろに退がる。が、アルフィードはそれを追い、ベルトから中三本指で紺呪石を二個つまみ剥がすと魔力を込め、投げつける。

 石は黒装束とアルフィードの間、四歩余りの距離の中間で二つとも小規模ながら爆発する。ボンボンと二回爆ぜる音がして、灰色の煙が散る。黒装束に当てる事は出来なかった。

「──くそ」

 床に魔力を失った紺呪石が転がっていく。小さな針が刺さっていた。黒装束の男が針を投げ、着弾前に爆発させてしまったのだ。

 アルフィードは右の踵をコンコンと鳴らしてから、黒装束に蹴りを繰り出す。そのつま先から膝まで、縦に青白い五本の刃か生えていた。ブーツに仕込まれた紺呪石が発動している。

 黒装束の男は後ろへ退きながら──こちらは左手の指の間からカシュッと小さな音をさせ──手甲の内側に仕込んでいた四本の鋼の爪を飛び出させていた。それを五指の間で挟むように握る。爪──暗器は手のひらをいっぱいに広げた幅の長さだ。

 二人の近接戦を目で追うのに必死になっていたユリシスは、はっと気付いた。

 黒装束の注目はアルフィードにある。今なら動いても問題ないはずだ。

 ユリシスは階段へ駆け寄ると下を覗き込んだ。

 微かに、硬い靴底の足音がいくつも聞こえた。

 爆音が下に届いて、侵入者ありという事を伝えてしまったのか。

 ユリシスはアルフィードを振り返ったが、彼は黒装束の男と交戦中でとても言葉をかけられる状況ではなかった。

 二度、階段の下とアルフィードを交互に見て、ユリシスはグッと口を引き結んだ。

 地面に魔術を描く。床の周囲を引き伸ばし、下へ通じる階段を埋めてしまう。ユリシスは舌なめずりすると、さらに、古代ルーンで魔術をいくつか施した。

 これでいい、と思った矢先──。

「よけろっ!」

 声に振り向いたのと同時、黒装束の男が低い姿勢で突っ込んで来ていた。

「──っん……」

 激しいタックルにユリシスは息を詰まらせ、壁まで吹っ飛ばされる。

 壁でバウンドするように地面へうつ伏せに倒れこんだ。どことわからない激痛が全身を襲う。ごほごほと引っかかるような咳が出た。

 ずるりと姿勢を立てなおそうとするユリシスに、黒装束の男がさらに突っ込んで来る。が、アルフィードが間に入った。

「こいつが居るならギルバートも居る! 探せ! 入り口を!」

 体当たりされたみぞおちから少し下も、壁と激突した背中も、頭をぶつけないよう堪えた首も、これまで感じた事の無い衝撃だ。鈍く、重いものが圧し掛かったままのような痛みに立ち上がるのも苦労した。壁に手をついて、やっとで立ち上がる。視界が少しふわふわしていて、ユリシスは頭を二回振った。

 探せと言われても、目視では何もない。

 見回す視界の端で、再びアルフィードと黒装束の男が激突している。魔術師は本来、近接戦が苦手だ。戦うには狭いこの部屋だと中距離も取れない。不利だ。時間はそんなに無い。

 ユリシスは焦る気持ちを胸元をトントンと叩いて押さえつけた。

 魔術でどこかに扉があるのだとしても、魔力波動は感じない。

 ──感じない……?

 直感した。

 ユリシスは再びしゃがんで、床に術を描いた。

 古代ルーン文字はスゥッと床に飲まれる。直後、階段付近の床、自分の動いた跡、アルフィードと黒装束の戦闘の跡を追いかけるように青白い光の点が浮き上がった。そして、階段を挟んだ対角線上、北東の壁付近の床にも青白い光が点滅している。これは足跡を浮かび上がらせる魔術。

 ──あそこだ。

 階段にいくつもあった封鎖魔術で護られていたこの塔なのに、最上階に何もないはずがない。それはやはり、魔術で隠されているはずなのだ。なのに魔力波動がないなんて、おかしい。

 仕掛けのほとんどを魔術に頼っているこの国で、その王城で……。

 ユリシスは壁に沿って、北東の壁へ足早に進んだ。

 足跡が点滅した床、壁、天井に向けていくつも魔術を描いて試す。

 そこに仕掛けられた魔術を誘発させる為──姿を見抜いて解く為に。

 大きな魔術をドカンと使うのではなく、中程度に消耗する魔術をこんなにも連発するのは初めてかもしれない。

 いつも隠していたから……。

 その時、背後で一際大きな──鈍く低い音がした。

 振り返ると、床には力なく倒れたアルフィードがいた。その傍らで彼を見下ろす黒装束の男……。

「ア、アルフィード!」

「……この男には元より用がない」

 ユリシスが叫んで駆け寄ろうとするも、黒装束の男が覆面の隙間からこちらを見てきて足がすくんだ。男はこちらへゆっくりと歩み寄って来る。

 ユリシスは魔術をいくつか描く。身体強化の術だ。この黒装束の男は魔術に頼らず、生身の力でアルフィードを倒してみせた。

 ──……退ける事が出来るのか。

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