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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第8話『合格なんか欲しくない』
75/139

(075)【1】ここから始める(3)

(3)

 それから二週間あまり、平穏な日々を過ごすことが出来た。

 やはり第一級魔術師という師匠が一緒だと、今まで行けなかった博物館や図書・資料館に行けるようになり、ユリシスはギルバートをあちこち引っ張り回してしまった。ギルバートは「なかなか、年寄り臭い趣味だな」と呆れていた。王都なので華やかな劇場や喫茶店も世界的に有名な服飾店・宝飾店・玩具店も山ほどある。若い娘がそういう場所を好むらしい事はユリシスも知ってはいた。が、いかんせん貧乏……縁が無さ過ぎて興味も向かなかった。

 そんなある晴れた日の事──。

 ユリシスは『黒の封環』というものを目にするが、その時はまだ名前を知らなかった。

 邸の扉がノックされた時、ユリシスは朝食の後片付けをしていてギルバートが居間がいた。

 ギルバートが「俺が出る」と言ったのでユリシスは片付けを続けたが、陶器の割れる高い音が聞こえてきて驚いた。

 慌てて玄関に向かうと、飾っていた花と割れた花瓶のかけらが水浸しの床に散乱していた。

 全身鋼色の鎧で覆われた二人の騎士がぐったりとしたギルバートの両脇をがっしりと抱えていた。ギルバートの両手首は何か黒く硬そうな物で固定されている。これが『黒の封環』だ。

 うつむいていたギルバートはユリシスに気付くと顔を上げ、ニヤリと笑った。あまりに状況と合わない様子──ユリシスはうろたえるよりおぞましさを覚えた。

「……なに?」

「あいつを呼べ。お前は大人しくしてろ。大した事じゃない。すぐ──うっ……帰る」

 言葉の途中でギルバートはがくりと首を前に倒した。騎士がギルバートのみぞおちに鋼色の篭手で固めた拳を深く沈めたのだ。ギルバートは意識まで失う事はなかったが、眉間にしわを寄せて細く咳き込んでいる。

 ユリシスが目と口をぽっかり開けて手を胸元で合わせている間に、ギルバートは二人の騎士によって通りに停めてあった馬車に連れて行かれた。慌てて玄関付近を飛び越え、追いかけた。

「あっ……ちょっ……と」

 六頭の漆黒の馬が足踏みしている。馬車も黒く塗りつぶされていた。力を失ったギルバートはそんな馬車に連れ込まれる。黒い馬が一斉に嘶く。御者がムチを打ったのだ。

 ユリシスの思考が追いつく前に馬車は地響きと共に走り去った。

 直前、ユリシスは魔力波動を感じて空を仰いだ。

 宙空に黒髪の少年が停止している。その少年とギルバートの間で何か魔術が交わされたに違いない。

 少年に声をかけようとしたが、彼は彼で風の術を追加で描いてさっさと飛んで消えた。

「……え? なに? なに??」

 左手の指を櫛のように前髪に突っ込んだ。感覚が鈍い。爪をたてて頭をかいた。

「な、なんなの?」

 狙われていたのは自分だったはずだ。何故ギルバートが連れて行かれる? いや、ギルバートを連れ去った連中がユリシスを狙う黒装束の忍び達と同じであるとは限らない。では、何故?

 たった今起こった出来事をユリシスは反芻した。彼は「大した事じゃない。すぐ帰る」と言った。

 ──でもギル……それは嘘だ。嘘吐きの私だからわかる。ギル、すぐには帰れない。あなたはその事を自覚している……。

 いつもと同じトレードマークの笑顔、何ら変わらない声音。だが、わかる。

 瞳の奥に決意が見えた。

 ──何を……? 

 ユリシスはただ見送るしかなかった。

 唇を噛んだ。何をしていいのかわからない。

 ユリシスは馬の蹄の跡を追おうとして、やめた。

 ギルバートは言った、大人しくしていろと、あいつを呼べと。

 あいつとは、十中八九、アルフィードの事だ。

 だが、ユリシスはアルフィードに言葉を飛ばすすべがない。

 言葉を飛ばす類の術は、お互いが見知っており、目印か、あるいはそれに相当する魔術をお互いにかけあっておくなど約束事が無ければ出来ない。ユリシスはアルフィードとそんな約束事を決めた事がない。

 そわそわと家の中へ入ったユリシスは、扉も閉めず、割れた花瓶も無視して先ほどまでギルバートの掛けていたソファとテーブルの周りをグルグルと歩いた。その歩幅は小さく、足取りは早かった。

 ユリシスはぴたりと足を止めた。思い出した。アルフィードが小粒の紺呪石を沢山じゃらじゃらとぶら下げていた事を。紺呪石に魔術が詰まっているなら、それだけの数なら、それなりの魔力の塊になる。

 細い息を吐き出し、意識を澄ませた。アルフィードの魔力波動を王都内から探れないだろうか。何も感じない……居間では無理だ。

 ユリシスは居間の窓から通りに面していない庭に飛び出し、周囲を少しだけ見回してから青白い光を指先に灯すと文字を描いた。

 文字と短縮文字たる記号を併せた──古代ルーン魔術。

 たった一人の魔力波動を追跡する現代ルーン魔術は思い浮かばなかった。だから、ユリシスは魔術を新たに興す。

 語りかけるのは風の精霊……。

 紺呪石がまとまって動いている気配を追う。

 動いていなければ商店などで販売されていたり、保管されている紺呪石の可能性が高い。それは除外する。

 ──……だめだ、ひっかからない。

 第一級魔術師の魔術がたっぷり詰め込まれた紺呪石のはずなのに、追跡が出来ない。石が小さかった事を思い出した。気配遮断の為にもあまり大きな術は入れられていないのかもしれない。

 ユリシスは諦めて術を止めた。

 動いているものはいくつか見つかったが、逆に規模が大きすぎた。それは商隊などによって運搬されている紺呪石だとすぐにわかった。

「っもう……」

 ユリシスは髪をクシャクシャッと両手でかきむしって、空を仰いだ。

「アルフィードォ!!」

 叫んだ所で彼の声など返って来ない。自分が何もできない事への苛立ちを声に乗せただけだ。

「肝心な所でいないんだから……」

 仕方なく、ユリシスは邸へ入った。そのまま素通りして玄関へ向かう。

 やはり、馬の蹄の跡を追うしかない。ギルバートの言いつけをまた破ってしまう事になるが、事態がわからないのだ──調べなければと思う。あのギルバートが、忍び達を簡単に追い返してしまうような彼が、あんなにもあっさりと捕まってしまった。その事実は、重く見た方がいい。

 玄関口で、しかし、割れた花瓶を踏みつけて床を鳴らしたのは──アルフィードだった。

 息の上がった彼を見るのは初めてだ。慌ててここへやって来たようだった。

「ここに、黒塗りの馬車が来たか?」

「来た。ギルバートを連れて行った」

「……マジかよ……」

 アルフィードには似合わない、青い顔をしている。

「あの馬車、何なの?」

 アルフィードはユリシスを一度強く睨んだ後、苛立たしげに壁を拳で打った。

「黒塗りの馬車は、魔術師の葬送馬車とも呼ばれてる。死刑が確定したヤツの護送に使われる、死の匂いのキッツイ馬車なんだよっ!」

「……ギルは……どうなるの?」

 ユリシスは恐る恐る尋ねたが、アルフィードはもはや聞いていなかった。ブツブツと独り言を言っている。

「……死馬車の元締めは……国王──!」

 アルフィードは翻って宙を舞い、遙か空を飛んで行ってしまった。

 その先は、王城だ。

 ──……王……城??

 劇場や服飾店より縁が無い。

 同じ地上にあるとは思えない場所だ。

 小さくなってゆくアルフィードの後ろ姿をユリシスは暫く眺めていたが、邸へ戻ると二階の自室へ飛び込み、机の引き出しを引っかきましてすぐに表へ出た。紺呪石をいくつかポケットに詰め込んできたのだ。石には魔術をいくつか込めて来た。

 躊躇いはない。

 ユリシスは行った事も近寄った事もない王城へと駆け出した。

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