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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第7話『優しい手』
66/139

(066)【3】素敵な嘘(5)

(5)

 いつもと同じように、ユリシスは早朝の城下町を駆け抜け、視界を塗りつぶす巨大な城壁の前に辿り着いた。魔術を発動させると、その城壁さえ跳び越えてゆく。空へ舞い上がると、まだ明けきらない夜の色が視界の端を掠めていった。だが、それも一瞬の事。王都を飛び出し、緑の平原に音もなく着地した。

 例えば、一ヶ月半程前、オルファース魔術師第九級資格取得試験の不合格をもらった。国民公園の大火事を消し止めたばかりで意識不明だったのは、三週間程前だったか。

 毎日のように王都を抜け出していた日々が、随分と遠い昔のような気がする。

 何の気はなしに、たった今乗り越えた背後の城壁を、さらにそのまま空を、見上げた。ぐるりと仰いで正面に向き直った。遠くの森を眺め、足元の草まで緑を追い、自分のくたびれた靴を見た。そうして、両の手の平を胸の前で広げると、まじまじと見つめた。裏表返してみる。

 たいして変わらない世界と、ほとんど変わらない自分。

 不合格をもらってから、何も変わってないのにな、と心の中だけでため息をもらした。

 不思議な感覚で、妙に新鮮な気持ちになった。

 どうしようもない手詰まりなら、思うままに動いてみるしかない、きっと──。

 そうして、四度目の洞窟へ駆け出した。記憶の中、微かに残る“天使”が、ユリシスをいざなった。

 走り始めて一分とたたない内に、ユリシスは気付く。足は止めなかった。違和感からじわじわと確信に変わった、それ──。わかってきたのかもしれない。早朝の爽やかな空気に混じって、重く鈍い殺気が臭った。

 後をつけられてでもいたのか、都を出た途端これとは……いい具合のタイミングなのだろう。

 ユリシスはササッと魔術を使って駆ける速度を上げる。古代ルーン魔術は使わなかった。

 少しずつ、ユリシスなりに考え始めている事があった。

 古代ルーン魔術という分野は、現代ではほとんど使われておらず、現代ルーン魔術よりもはるかに学びにくい。今や、ほとんど習得出来ない魔術らしいのだ。

 ユリシスが以前、エナ姫を助けた時や、アルフィードと相対あいたいした時、さらには国民公園の大火を消した時、全て古代ルーン魔術を使った。古代ルーン魔術の使用者が少ないオルファースの魔術師達から、それだけの技能を持つ魔術師を特定しようと探れば、そこに見つけられない事に気付くだろう。だから、オルファース以外で古代ルーン魔術を使う者があれば……その存在が真先に疑われる。

 自分がまた古代ルーン魔術を使えば、ただ魔術を使えてしまうのみならず、そちらでも疑われる原因になりはしないだろうか、と思い至った。どちらでバレても、厳罰は免れないのだが、何をしたかまで特定されるのは何だか気まずい。

 黒装束に狙われる理由がエナ姫を助けた件なのか、どの件なのかはわからないが、古代ルーン魔術は使えませんと言い張ったら、襲撃されるのは終わらないだろうか。ただの希望的観測だが、物は試しの精神で臨もうとユリシスは決めたのだ。

 古代ルーン魔術の方がユリシスにとっては使いやすいのだが、現代ルーン魔術だって十二分に使えるものだとわかっている。あまり慣れないが。

 そういった事を頭の端に思い浮かべながら、まだ距離はある追っ手を、どうやって撒こうかと思案した。

 今は、一直線に洞窟へ向かっている。進路を変えるのは得策じゃない。連中は早い。方向を変えたら一気に間合いを詰めてくるだろう。

 このまま洞へ突っ込んで、一直線のチューブ状の空間である事を利用して、どうにか追い返すのがいいだろう。

 右手を下に向けて魔術の記述を始める。

 ルーン文字は左から右へ読む。前へ走って行くから魔力の軌跡は後ろへ流れてゆく。左から、という法則を念頭に入れるなら、ルーンを後ろから記述するか、前から裏文字で記述するか、上下逆字で書くか、とにかくややこしい。これは人によるが、ユリシスの場合は上下逆で書く。それにしたってさっさと魔力の文字は流れるから、一文字一文字大急ぎで記述してゆく。

 ふと思う。こんな時は記述を少なくした古代ルーン魔術の方がいいなのにな、と。何かにつけ、得意な方に流されそうになる。現代ルーン魔術も定型文を覚えて練習しておけば問題は少ない。今、言っても仕方ないが。結局、古代ルーン魔術だろうが現代ルーン魔術だろうが、目的を達するしかない。

 洞窟の入り口まで走ってきた所で術の記述が終わり、最後の一文字を、洞窟の中に入ってから宙空へ叩きつけた。すぐに文字列は青白く煌いて、洞窟の入り口にぴっちりと張り付いた。

 すぐにその場を離れ、洞窟の奥を目指した。

 灯りの魔術は使わなかった。その代わり、青白い魔力を両足に集めて光源にした。暗闇の岩場を、靴が破れるんじゃないかと構う余裕もなく、駆け抜けた。

 ユリシスの影が入り口から見えなくなりかけた頃、三人の黒装束が洞窟に辿り着いた。サッと目配せした後、洞窟へ突入しようとした、その瞬間──。

 入り口の岩壁が全方向からグニャリと伸び、厚い扉となる。洞窟が塞がれた。

 黒装束の一人がサッと飛び出し、腰を落として拳をどすんと当てた。

 分厚かった筈の岩の扉が砕け、灰のようにサラサラに舞い落ちてしまった。

 ──ユリシスの魔術は、あまり時間を稼ぐ事は出来なかったようだ。

 洞窟にいくつも魔術のトラップを仕掛けながら、ユリシスは進んだ。そのトラップに引っかかってくれるもよし、引き返してくれるなら、なおいい。しかし、押し殺された静かな殺意は、淡々と、時折、ユリシスのトラップに足を数秒止めながら、追って来ていた。

 このままなら例の広間まで勝負は持ち越しになる……。

 ──一対三……きつい。

 戦い方をあまりに知らなすぎる。

 ゴツゴツした岩ばかりの地面を蹴りながら、ユリシスは必死で策を練ろうとした。しかし、答えを導けないまま、広間へ飛び出てしまった。一歩入ってすぐ、今来た洞窟を振り返った。

 肩で息をしていた。左手で鎖骨辺りの襟を握り、とんとんとんと三回叩いて荒い呼吸が鎮まるよう念じた。

 広間は、以前、ユリシスの灯した明かりが残ったままで明るい。あちこちに崩れた瓦礫が転がっている。

 追ってくる三つの殺意の塊は、一層速度を上げてこちらへ向かってくる。

 ユリシスは大地を操る現代ルーン魔術を描き、この広間への進入路を塞いだ。しかし、破られるのは容易いだろう。入り口で仕掛けたものと同じなのだから。古代ルーン魔術なら、触れた瞬間にマグマのように煮えたぎらせたり、触れた者を飲み込むように組み換えるのに……──ユリシスは歯噛みしながら身体能力を上げる記述と、さらに魔力障壁を全身に巡らせる記述を描いた。指先に灯した青白い魔力の光で、次々と現代ルーン魔術は編み上がる。ユリシスは漠然と、直接対決に備えた。

 準備は終わっても、戦闘のイメージは全く沸かない。

 五歩退いて、ごくりと唾を飲んだ。

 その直後、あっさりと、しかし、轟音と共に岩壁は破られ、三人の黒装束の忍び達がこの広間へ入って来た。

 ──……贅沢かもしれないけど、この広間をこれ以上壊したくない。ここで確認したいものがあるのだから……。

 覚悟を決め、ユリシスが足止めにと大地に干渉する記述を描き始めた時、黒い忍び達が目配せをした。

 何かして来るのかと警戒して記述を早めたが、それは無駄に終わる。

 彼らは、こちらを向いたまま、後ろへ軽くステップして去って行ったのだ。

 ──……え?

 魔術の記述を続けながら、洞窟の暗闇に姿を消す黒装束を、目を見開いてユリシスは見ていた。

 ──……なんで? い、いいの?

 拍子抜けする程、彼らの殺気が失せていく。来た時と変わらぬスピードで、黒装束三人は去って行ってしまったのである。

 罠だったらいけないと、しばらく気を張って待ってみたが、どうやら本当に退却したらしい。

  ──……一体、なんだったの……。

 ふぅと安堵の息を吐き出したユリシスは、その時になって、自分がどれだけ黒装束達に意識を奪われていたのかを悟った。

 ギクリとした。心臓が一気に跳ね上がって鼓動を早めた。

 黒装束達が追ってきている事に気付いた時とは比べ物にならない動揺が、ユリシスを駆け巡った。

 汗が額を伝ってゆく。

 呼吸が早く、荒くなっているのがわかる。

 目を瞑っても、現実は変えようがない。

 ──なんて事……。

 周囲に流れる魔力波動に気付いた。

 自分のものではない。それは、過去に触れた事がある。

 ユリシスはゆっくりと、背後を振り返った。

 言葉が思いつかない。

 紫紺の瞳は、青と赤が混じりあい、ぐるぐると揺れた。

 ──彼が居たから、黒装束達は撤退したのだ。

 半開きの口が乾いた。集中が途切れて、指先の魔力の光が霧散した。

 今、魔力波動の中心は、背後、瓦礫の陰。

 その人は両手で魔術を描いて、こちらを見ていた。助けてくれようとしたのかもしれない。

 彼は、癖のある赤い髪をしている。いつもの、トレードマークの笑顔がなかった。代わりにちょっとだけ、怒っているように見えた。

 何分たっただろうか。いや、数秒だったかもしれない。ユリシスには随分と長く感じられた。

 黒装束達の気配が完全に途絶え、彼はやっと、両手の魔術を解除して、こちらへコツコツと足音をさせて近づいてきた。

 ユリシスは動けなかった。

 これが現実なのかも疑わしく、夢の続きなのではないのかと、夢であって欲しいと、ただただそれだけを願っていた。

「……まったく……」

 彼は赤い髪をかりかりと掻きながら、口を開いた。

 そうして、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、笑ってくれた。

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